- 1二次元好きの匿名さん24/04/17(水) 22:20:26
- 2二次元好きの匿名さん24/04/17(水) 22:21:10
それは、冷たい雨がしとしとと降りしきる、とある午後のことだった。ゲヘナ自治区の端の端、ほぼ廃墟と化したビルの狭い軒先で、私、鬼方カヨコは一人佇んでいた。
別に、傘がないわけじゃない。けれど、雨の日は「あの人」が迎えに来てくれるから…。
この辺りの路地裏は、たくさんの野良猫たちの住みかとなっている。彼らは人の施しを必要としない。彼らなりの尊厳をもって、たくましく生きていることはよく知っている。しかし、こんな冷たい雨の日には……どうしても心配になってしまうのだ。だから生まれた、路地のあちこちに缶詰を置いて回る、自己満足のルーティーン。何の意味もない雨の日の日常に、けれど最近、変化が起きた。降る雨に、意味が生まれた。だから私は、雨が止むのを待つふりをして、ここに立っているのだ。 - 3二次元好きの匿名さん24/04/17(水) 22:22:11
「♪」
ふいにスマホが鳴る。モモトークの通知だ。何の変哲も飾り気もない、「もうすぐ着くよ」の文字。それだけなのに、どうしてこんなにも、頬が緩んでたまらないのだろう。っと、そうだ。
「この辺り、ところどころ道路が陥没してる。中には底も見えないくらいのやつがあったし、気を付けて」っと。
ここはゲヘナ自治区の端。中心地ですら治安が維持できないのだから、道路が補修されていないのも仕方がないだろう。雨で視界は悪いし、万が一ということもある。一応言っておくに越したことはない。……ちょっと口うるさいだろうか? - 4二次元好きの匿名さん24/04/17(水) 22:23:07
「はぁ…」
あれからしばらく待っているが、あの人…先生の姿が見えない。どうしたのだろう、また誰かを見境なく助けているのか、それともトラブルに巻き込まれているか。電話をした方がいいだろうか、でもうるさい女だなんて、先生には思われたくはない…。私が葛藤していた時だった。
「—————」
目線を上げる。誰もいない同じ景色。聞き間違いだろうか?
「————」
いや、聞こえた。誰かの声だ。
「——————」
これは足音だ。足音も聞こえる。
「先生……?」
発した言葉は雨に吸い込まれて消えていった。返事は、ない。薄気味悪くなって、それとともに警戒心が生まれる。腰に提げた愛銃を握り、いつでも引き抜けるようにして、あたりを見回す。いや、誰もいない。人どころか、猫の一匹も見当たらない。再度振り向きかけた私の視界の端で、何かがはためいた。
「ッ!!!」
反射的に向けた銃口の先には————小人がいた。 - 5二次元好きの匿名さん24/04/17(水) 22:23:44
「あれ……」
小人だ。身長は私の膝くらいまでしかなく、透明な雨合羽を羽織っている。なんというか、あまりに常識離れしていて、警戒心が霧散してしまう。というか、丸っこいフォルムといい、細い手足といい、こう、ほんの少し…、
(かわいい…?) - 6二次元好きの匿名さん24/04/17(水) 22:24:15
小人は何をするでもなく、ただ雨の中立っている。と、
(あ…)
小人だ。一匹だけではない。いつの間にか数匹が集まっている。だんだん周りが見えてくると、小人はあらゆるところにいた。側溝から這い上がろうともがく小人、ガラスのない窓枠に座っている小人、ごみ箱に隠れている小人…。小人たちは気まぐれに歩き回り、数匹集まっては何か話しているようだ。内容は聞き取れない。声が小さすぎるのか、言語が違うのか。さっきの話し声はこの子たちだったのかと合点すると、少し気が晴れる。そして、ここで見ているだけというのも物足りなく感じてくる。近づいてみようか、そう思って傘を開いたときだ。小人が一斉に走り出した。同じ方向に、同じ速さで。
「あっ、待って」
真っ赤な傘を掲げて、反射的に追いかける。雨足はさっきより強くなっていた。 - 7二次元好きの匿名さん24/04/17(水) 22:24:56
追いかける、といったものの、追いつくのはそんなに難しくはなかった。何せ足が短い。小さな手足をばたつかせて必死に走るさまは、なんとも愛らしくて、思わずほっこりしてしまう。この子たちは、別に私から逃げているわけではないらしい。時折こちらを振り返ったり、手招きをする子もいるくらいだ。何か見せたいものでもあるのだろうか?いよいよ雨は強くなり、数m先も霞んでしまって見えなくなっている。だというのに、先導する小人の大群だけは少しも見えにくくはならず、むしろ雨にはっきり浮かび上がっていくようだった。
- 8二次元好きの匿名さん24/04/17(水) 22:25:39
いつの間にか道路の幅いっぱいまで広がった大群は、ほとんど土砂降りの雨の中を楽しそうに駆けていく。その時だ。ビュウと強い風が吹いて、傘が飛ばされそうになる。思わず立ち止まってしっかり握り直し、前を見れば、集団は私の10mほど先で止まり、こちらに手を振っている。愛らしさに笑みがこぼれる。早く追いつこうと足を踏み出して——
「フギャーーー!!」
すぐわきで聞こえた声に、思わず足が止まってしまう。向けた視線の先には、小さな黒猫がいた。黄色の目でこちらをにらんでいる。あ、そんなことより今は——
「カヨコッッッッ!!!!」
「わっ」
急に腕をつかまれて引き留められる。今度こそ傘から完全に手を離してしまう。赤い傘は私の前でアスファルトとぶつか
らず、視界から消えていった。 - 9二次元好きの匿名さん24/04/17(水) 22:26:07
どしゃ、と音を立て、座り込んでしまう。スカートにしみこむ水とは違う、おなかの底から上ってくるような寒気を感じ、呼吸が荒くなる。足が震えて力が入らない。
「ハッ……ハッ……」
私の目の前に、地面はなかった。アスファルトに開けられた底なしの穴。私は、その淵の淵で、何とか引き留められたのだ。 - 10二次元好きの匿名さん24/04/17(水) 22:26:43
「落ち着いたかい?」
そう言って先生がほほ笑む。あの後、へたりこみ放心状態になった私を、先生が抱え上げシャーレまで運んできたらしい。人生初、先生にしてもらう抱っこだというのに、恥じらう余裕も、楽しむ余裕もないということを残念だと思う余裕さえ、今の私にはない。暖かいシャワーを浴びて、乾いた着替えを借りて、淹れたてのコーヒーに口をつけても、ぬぐえない冷たさが心に巣食っていた。無言のままの私を見ていた先生は、ふと真剣な顔になってこう言った。
「それで、カヨコ。いったい何があったの?」 - 11二次元好きの匿名さん24/04/17(水) 22:27:08
「えっと……」
返答に詰まってしまう。あの雨合羽は今も鮮明に思い出せるが、そんなことを先生に言っても信じてもらえないだろうし、先生におかしな子だと思われたくはない。
「……先生を待ってる間、暇つぶしに散歩してたんだ。だけど雨で視界が悪くて、穴に気づかなくて……」
「ああ、そういうことじゃなくてね」
小人のことをすべてカットした私の話を、先生はさえぎってこう続けた。
「カヨコ。いったい何を見たの?」
「ッ!?」
「大丈夫。見たままでいい。話してみて」
どういうことだろう。先生はあれを知っているの?疑問は尽きない。けれど、今度は正直に話す。合羽を着た小人のこと。それを追いかけたこと。そして、そして……。 - 12二次元好きの匿名さん24/04/17(水) 22:27:47
「はぁ…はぁ…」
最後まで思い出して、呼吸が荒くなる。先生が来ていなければ、今頃は……。
不意に、両手が温かさに包まれる。いつの間にか固く握りしめていた両手を、先生の掌が包んで、そのぬくもりに溶かされるように、こわばった体の力が抜け、呼吸が元通りになる。
「落ち着いて、カヨコ。カヨコが見たものはね。『天音』というんだ」
「あまね?」
「そう。あまこ、あまころ、あまころも……呼び方は色々あるけどね、たいていは合羽を着た子供の姿で現れる」
あまね、天音。可愛らしい見た目によく合う名前だ。そう、可愛い。可愛らしいのに、あんな……ッ。
「カヨコ」 - 13二次元好きの匿名さん24/04/17(水) 22:28:29
呼ばれて、また呼吸が乱れていたことに気づく。呼吸を整える私をやさしく見守る先生は、ふと真剣な表情になって、口を開く。
「けれどね、天音は、本来そんなに危険なものではないんだ」
「どういうこと?」
「雨音、転じて、天音。天音はね、カヨコ。大雨の日、雨の音が反響して、人の足音や話し声に聞こえる、という現象をさす言葉なんだ」
頭が混乱する。だってあれは、私は。
「そう、そこが何というか、天音の面白いところなんだ。天音はかなり古くから伝わる話で、雨音が話し声に聞こえることをさす言葉だ。昔の詩なんかには時々出てくるね。けれどね、本来はそういう経緯で生まれたはずなのに、天音を『見た』という話は各地に多く伝わっている。そしてそのほとんどが、合羽を着た子供の話なんだ」 - 14二次元好きの匿名さん24/04/17(水) 22:28:57
「……じゃあ、結局あれは、何なの?」
「わからない。雨が見せる幻覚のようなものかもしれないし、本来の天音とは別の何かかもしれない。この現代になっても、天音の目撃談は度々あるけれど、その正体がきちんと判明したことはない。誰かを待っているときに出会いやすいという話もあるけどね……。それにね、今回のようなケースはかなり珍しい部類に入るんだ。天音の目撃談は、それについていった人の話が多いんだけれどね、それに危害を加えられたという例はないし、せいぜい道に迷わされるくらいなんだ」 - 15二次元好きの匿名さん24/04/17(水) 22:29:32
「ニャー」
振りむいた視線の先には、小さな黒猫。ひざまずいて手を差し出すと、体を擦り付けてくる。
「あれ、この子」
「知っているのかい?」
近づいてきた先生に、猫をなでながら答える。
「多分、あの路地裏にいる子だと思う。缶詰を置いてたところ」
「ああ、だからなんだね」
一人合点がいったようにうなずく先生。どういうことなのか聞いてみる。
「あの時、待ち合わせの場所にカヨコがいなくてね、代わりにその子がいたんだよ。そして私を見るなり、ついてこいっていうように走り出したんだ。カヨコを助けられたのは、この子のおかげなんだよ」
目の前の猫をじっと見つめる。黄色い瞳が見つめ返してくる。助けてくれた、もう一人の恩人をそっと撫で、お礼を言う。
「ありがとう」
聞こえているのかいないのか、黒猫はゴロゴロと喉を鳴らした。 - 16二次元好きの匿名さん24/04/17(水) 22:30:07
雨が降りしきる、穏やかな午後。私は廃墟の軒先で、雨宿りをする。別に、傘がないわけじゃない。けれど雨の日には、先生が迎えに来てくれるから。
「♪」
モモトークの通知音。スマホには、「もうすぐ着くよ」の文字。あの日から、先生は前よりもっと急いできてくれるようになった。そんな心配しなくてもいいのに。でも、心配してくれるのがうれしいから、言わないでおく。遠くから、バタバタとそそっかしい人の足音が聞こえる。頬のゆるみを押さえてから、私は振り返る。ああ、だからやっぱり、雨は嫌いじゃない。 - 17二次元好きの匿名さん24/04/17(水) 22:32:38
書き溜めた分はこれで終わりです。ふう、書き終わるのに時間はかかりましたが、やってみれば大したことはなかったですね。まあ当然でしょう。何せ私は
超人
ですから
気が向いたらまた来ます。それでは - 18二次元好きの匿名さん24/04/17(水) 22:34:17
こんな話どこで聞いたんですか元防衛室長
乙です - 19二次元好きの匿名さん24/04/17(水) 22:56:44
乙、良いSSでした
- 20二次元好きの匿名さん24/04/18(木) 09:22:07
天音はオリジナルなのか?Google先生に聞いてもよくわからなかった
- 21二次元好きの匿名さん24/04/18(木) 09:27:41
おつ
最近キヴォトス百物語スレが増えてきて嬉しい