拙者は2000年の有馬に感動した侍と申す者

  • 1122/05/02(月) 19:20:59

    義によってSSを書く ご照覧あれ 書き溜めはない



    「トレーナー君。少し出かけよう」
     有馬記念。1年を締めくくるレースの祭典が劇的なクライマックスを迎えてから数日。レース中に負った怪我のため病院で療養しているウマ娘──テイエムオペラオーは、トレーナーにそう言った。
    「行きたい場所があるんだ」

  • 2二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 19:23:45

    期待!!!

  • 3122/05/02(月) 19:53:46

     すぐに戻るから。奇妙な強情さで頼み込んでくるオペラオーに、彼女のトレーナーは根負けして付き添うことにした。まだ怪我が治りきっていない今、余計なことをして来年のレースに影響が出ることだけは避けたい。自分の体のことだから、きっと度を超えた無茶はしないはず。最後にはオペラオーを信じる他になかった。
     今年の初めに買った白い軽自動車に担当ウマ娘を乗せて、指示された場所へ走らせる。ナースには無茶厳禁と強い口調で伝えられている、トレーナーとて全く同意だ。そんなはずはないのに、車の揺れが痛くないだろうかと気になってしまう。結局10分程度のドライビングだったが、人生で初体験といっていい程に安全な運転をした。

  • 4122/05/02(月) 20:07:56

     着いたのは、眼下に住宅街の広がる小高い丘だった。車から降りて2人用のベンチに腰かける。手で座るよう指し示され、トレーナーも隣に座る。華奢な少女と大柄な男が、日も暮れる中でベンチにぽつり。誰かに見られたら通報されかねない絵面だとトレーナーが内心緊張するのを他所に、オペラオーは暫く黙って落ちていく夕陽を眺めていた。
    「有馬記念が終わった。ボクの1着で」
     少しして彼女は話し始めた。ぽつりぽつりと、断続的に呟くように。らしくない担当の姿に、トレーナーの表情が訝しげなものになる。
    「トレーナー君。……君は、ボクの勝利を信じてくれた」
     当然のことだった。担当の勝利を疑うトレーナーが何処にいる。必ず勝てる、それに足るトレーニングをしてきた。それに足る才能を有している。だからこそレースの予定を組み、担当を送り出すのだ。

  • 5122/05/02(月) 20:19:11

    「或いは君だけだったか」
     すぐにそんなことはない、と伝えた。堂々の1番人気で入場し、前時代の猛追を受けきった上で押し返した。オペラオーは間違いなく皆に期待されていた。
    「そうだろうか。……ボクがかけられていたものは、本当に期待だったのだろうか」
     彼女の言葉の真意には、すぐに思い当たった。圧倒的な強さで年初からG1レースを蹂躙し続け、どんな強いライバルにも打ち勝ってきた。なんと煌びやかな1年だったか、光の領域のみを見ればそう感嘆せずにはいられない。
     オペラオーへのマークが厳しくなっている。そう感じたのは、宝塚記念の頃だった。明らかに彼女に狙いを絞った走りが目立つようになってきた。強いウマ娘がマークされること自体は、なにも珍しいことではない。そのウマ娘を抑えなければどれだけ頑張っても2着以下。なれば1着を潰しにかかるというのは、言ってしまえば合理的である。
     ただ、有馬記念においてだけは『合理的』という言葉では片付けられない展開となった。開始直後に数名に囲まれ、まさに蟻の這い出る隙間さえなかった。無理に抜け出していれば、身体接触で最悪失格処分を受けていたかも知れない。オペラオーは終盤まで檻に捕らわれて苦しんだ。

  • 6122/05/02(月) 20:32:14

    「気がついてはいたんだ。皆がボクを見る目が、日を追うごとに憎悪に塗れていくのは」
     勝ち続ければ、全てのウマ娘が敵となる。勝者が得るのは賞賛だけではない。あいつさえいなければ、そんな妬みも向けられる。ただ、オペラオーに向けられた妬みは、常識の範疇を遥かに上回っていた。
    「11番の彼女が横へ逸れなかったら、ボクは負けていた」
     二の句を継げなかった。オペラオーが仮定とはいえ負けを口にするとは。包囲網とさえ形容できる厳しすぎるマークに、覇王といえども恐怖を覚えたか。
    「トレーナー君。ボクはどうして、囲まれたのだろう」
     否、オペラオーが真に恐れたのはターフを支配した負の感情だ。1年以上にわたって積み重なってきた鬱憤が、あの日中山で爆発した。形振り構わない徹底的なマークが重なって、どうしようもない『詰み』の状況が作られてしまった。

  • 7122/05/02(月) 20:43:05

     無論、あれは完全なる偶然だ。仮にレース前に共謀していたなら、彼女達は全員失格処分となる。それ以上の処分も間違いなく降るだろう。外野から見ていたトレーナーとしても、あれは計画的な包囲ではなかった。ただ、何としてもオペラオーに勝たせないという執念の賜物であった。
    「ボクが目指したものは……世紀末覇王は、皆を不幸にする。分かっていたさ、ボクが勝つならそれ以外は負ける。ボクは自らの君臨を示すために勝ち続けた。その結果が……あれだった」
     彼女の体が小刻みに震えているのは、年の瀬の寒さゆえではない。2分34秒にわたってぶつけられ続けた負の感情が、オペラオーを未だに怯えさせている。どす黒い憎しみは、忘れたくても忘れ難い。

  • 8122/05/02(月) 20:52:20

    「勝ちに来てほしかったんだ。ボクがあの3人にそうしたように。負けを願われたくなんてなかったんだ」
     光り輝く才能と上に立つ者への負けん気があったからこそ、オペラオーはこの1年を走り抜くことができた。スペシャルウィーク、グラスワンダー、エルコンドルパサー。敬愛する3人の背を追い越して、最強の座につくことができた。
     大多数のウマ娘には到底真似できないといっていい。押し付けられた負けで不幸にされて、そこから幸福を掴みに挑める反骨心の持ち主など、探したとて皆無に等しいだろう。無いものをねだって強者を妬み、負けてしまえと苛立ちを向ける。受け止める側の気持ちなんて考えずに。

  • 9122/05/02(月) 21:01:38

    「だからね、トレーナー君。ボクは決めたんだ」
     ふと、オペラオーの震えが止まった。二役を兼ねる演者のように、別の人格が首をもたげてきたような感覚。言語化できない圧迫感にトレーナーが気圧されるのを知ってか知らずか、紫水晶の瞳に爛々と炎が宿った。
    「来年、もう一度同じローテーションで走ろう。天皇賞も宝塚も、ジャパンカップも有馬も。1戦たりとも逃げないさ、王者として挑戦者を──新世代の希望を迎え撃つ」
     それがどれだけの苦痛を伴うことか。幕間の独白を聞いた今、トレーナーはそれを止めたかった。次に幕が上がれば、もう引き返せない。1年で彼女を蝕んだ狂気と、さらにもう1年向き合えというのか。炎は粘土のように重く、重く揺らめく。

  • 10122/05/02(月) 21:11:11

    「来年のボクは今年ほど強くないだろう。病院で時間は沢山あった、だから実感できてしまったんだ。精神の中で篝火が燃え尽きた。今のボクを動かしているのは、その余熱なんだ」
     有馬記念のときよりも、彼女が二回りは小さく見えている。テイエムオペラオーというウマ娘は、こんなにも小柄だったか。力なく項垂れて、弱音を吐くような子だったか。いつしか完全に沈んだ夕陽は、僅かたりとも彼女の頬を照らしてはくれない。
    「新世代の希望達が、ボクに勝つなら。越えていくというのなら、受け入れよう。余熱でなお憎悪を焼き尽くせるのなら……」
     その先をオペラオーは言わなかった。自分がどうしようもなく強いがゆえの宿命として受け入れるのだろうか。或いは壁となり続けることを厭い、表舞台から身を引くのか。トレーナーに如何を問う気はなかった、問わずとも分かってしまったから。

  • 11122/05/02(月) 21:19:34

    「戻ろうか、トレーナー君」
     彼女はベンチから立ち上がった。白い吐息が夜闇に消える。車へと歩いていく彼女の背に、翼を幻視した。背丈より大きく立派で、しかし何故か頼りなさげにも思える翼。きっと大空へ羽ばたけるという力強さと、突然壊れてなくなってしまいそうな儚さが併存している。
     オペラオーは戻る。罅の入った心を持って、これまでと同じ世界へ。

  • 12122/05/02(月) 21:22:21

    以上である 拙者はここからオペラオーがどんな気持ちでシニア2年目を走って、どんな気持ちで落日を迎えるのか気になって仕方がない 不可侵の絶対王者として君臨した皇帝のその後だ、誰か文章にしてくれ ではさらばだ

  • 13二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 23:09:34

    ありがとう ありがとう ありがとう

  • 14二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 23:11:41
  • 15二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 01:32:36

    良スレありがとう

  • 16122/05/03(火) 07:42:43

    >>14

    大変興味深い 感謝し申す

  • 17二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 19:31:35

    いいssでしたありがとう

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