(クロス注意) グリッドマンVSメフィラス星人 Part2

  • 1二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 23:32:30
  • 2二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 23:36:49

    まずは前回ラストの事件直前のグリッドマン達のサイドストーリーの続きからの投下になります……
    が、書いてるうちに膨れ上がって、何故か知らないけどSIDE:DIACLONEみたいな分量になってしまいました
    SIDE:DYNAZENONはもう少し先になってしまいます、申し訳ありません

  • 3二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 23:40:21

    待ってました

  • 4二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 23:41:37

    怪獣墓場の荒涼とした大地を一人の剣を携えた巨人と4つのマシンが進行している。
    4つと言っても3体のアシストウェポン……本来であるならばここにダイナレックスという怪獣型マシンも加わるらしいのだが、現在は別行動中だという。まぁ、なにはともあれ彼らに比べてヒカリ・カイザキのパワードスーツはことのほか小さい。
    それも無理からぬことで巨人……グリッドマンと合体する事も出来るアシストウェポンに対して、ヒカリのはあくまで個人用のパワードスーツなのだ、サイズを比べること自体が間違っている。
    だがそのサイズの違いなど一切気にもせず、堂々と彼らと肩を並べる所にヒカリの気性というかダイアクロン隊員の誇りを感じさせるのだ。
    「……私とグリッドマンが一緒に戦ったことがある」
    そんなヒカリが、パワードスーツの中で首を傾げている。
    ≪覚えていないのか?≫
    「残念ながら」
    グリッドマンにどこか申し訳なく思いつつもヒカリは事実を告げた。
    眼前に現れたシルバークラティオンつまりグリッドマンにヒカリが自分でも驚くぐらいに狼狽し、グリッドマンとパワードゼノンが訝しむこと数刻前。互いに認識と記憶のすり合わせを行ってグリッドマンはヒカリを知っているのにヒカリはグリッドマンを覚えていないのを確認したところである。
    地球にあるフリーゾンエネルギーを狙う異星人ワルダーとの長きにわたる死闘『第一次対ワルダー防衛戦』は地球を守るダイアクロン隊の奮戦の末にワルダー星の重力崩壊という形で幕を閉じた。
    しかし、崩壊したワルダー星は超波動フリーゾン粒子を中核にワルダー星人の残留思念と結合、重力の力を持つ恐るべき怪獣『次元巨獣ジャイガンダー』へと変貌し、地球への侵攻を開始する。
    マルチバースの交錯を引き起こすながら活動するジャイガンダーを止めるため、グリッドマンがやってくるものの超波動フリーゾン粒子が引き起こす無限にも等しい再生能力に苦戦を強いられ、月面に墜落。その際にヒカリと出会い……というか、巻き込んでしまいそこから共闘する流れになったのだという。
    聞けば聞くほどに大変な事件、特に東京シティが壊滅し富士山のフリーゾンエネルギー採掘プラントが陥落寸前まで陥った等というのは記録に残っていなければおかしいはずなのだが、ヒカリはそのような話を聞いたことが無い。

  • 5二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 23:45:01

    ≪お、おそらくではあるが。グ、グリッドマンの存在が、ヒカリのいるユ、ユニバースにとっては大きな異物だと判断されたのだろう≫
    キャリバーは推測ではあるがと前置きをしてヒカリの疑念に応える。
    全ての戦いが終わって後、グリッドマンは修復光線・フィクサービームで破壊された街や世界を直した。しかし、グリッドマンの存在自体があの宇宙にとっての在り得ざる者だった為、フィクサービームによる修復が『グリッドマンが来る以前の状態』にまであの世界を戻したのではないのか。
    推測ではあるが、説得力のある話だ。というか、そうでもなければ記憶も記録も消えている話に説明がつかない。
    ≪そうか、私はそんな事をしてしまったのか……≫
    グリッドマンが明らかに気落ちした様子で呟く。
    「グリッドマン?」
    ≪私は……また他人の時間を奪うような真似を……≫
    別に、グリッドマンに落ち度があるわけではないだろう、彼はただ己の役目を全うしただけの事だし、意図して記憶を消去したのもないのだから、そこまで気にすこともない。
    存外に繊細な神経をしているのだな、とそう思った瞬間に目の前の巨人に親近感を感じてしまう。
    「ほら! 見てよ!」
    パワードスーツのスラスターを吹かして、ヒカリは華麗にして見事な宙返りを披露する。
    本来ならパワードスーツにこんなアクロバティックな動きをさせる合理的理由など存在しない、三次元機動は必要であっても単にジャンプがあれば事足りるし機体に対する負荷や重心移動を行うための演算処理等々を考えればやるべきではない動作だ。
    しかし、スーツに搭載された戦闘用対話型人工知能プログラム『BIG-AI』ならば話は違ってくる。搭乗者の意識とマシンの制御プログラムの高度なシンクロを実現するこのシステムは、合理性のない動作であっても搭乗者が望むのであればそれを機械で行う事ができる。
    単なるプログラムの域を超えた、まさに人機一体のシステムであった。
    「このプログラムはね、多分だけどグリッドマンが教えてくれたものだよ」
    ≪私が……?≫
    「そう、BIG-AIに人間の思考パターンを学ばせる手段にずっと苦戦してた」
    それを助けたのが、ある日唐突に閃いたアルゴリズムだった。自分がシルバークラティオンとなって戦う姿を想像した時に心に浮かび上がったそのパターン。

  • 6二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 23:49:15

    今までも何故あんなアルゴリズムを思いついたのか不思議で首を傾げると気があったが、今なら解る。
    あれは自分とグリッドマンが一体となった時のアルゴリズムを無意識に打ち込んでいたのだ。
    いや、さらに考えれば現在搭乗している対G試作パワードアーマーの色がグリッドマンのそれなのも、グリッドマンが自分たちの世界に残した足跡なのではないだろうか。
    「私はグリッドマンの話を信じる、グリッドマンの事も」
    ≪ヒカリ……≫
    「ありがとう、グリッドマン。私たちを助けてくれて、私たちにヒーローになる方法を教えてくれて」
    ヒカリ達の世界は、ワルダー残党軍が結集し再びの地球侵攻を開始したために戦乱の真っただ中にある。
    BIG-AIはその戦いにおいてダイアクロンの戦士たちに故郷と仲間を護る力となっているのだ、ならばそれを教えてくれたグリッドマンにはただ只管に感謝しかない。
    一時の記憶が何だというのだろう、記憶がなくともグリッドマンの足跡は確かに残ったのだ。
    ≪……そうか、君も裕太と同じようにそう言ってくれるのか≫
    グリッドマンはヒカリの言葉をかみしめるように呟き、大きく頷く。
    ≪ありがとうヒカリ、私も君と出会えてよかった≫
    互いの笑みが交わる。
    きっと再会の言葉としてはお互いに最高のものに違いなかった。

  • 7二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 23:50:32

    「ところでグリッドマン、ユウタって誰?」
    知らぬ名を出され、何気なしにヒカリはその事を問うと心なしかグリッドマンの表情が明るくなったように見える。
    ≪裕太は……今も私と一緒に戦ってくれる大切な友だ≫
    そう切り出すグリッドマンの口調に、なんというか生まれたての子供を自慢やら惚気を延々と語りだす同僚のそれを感じ取り、ヒカリは少しばかしあれこれちょっと面倒くさい流れ?と引き気味になる。
    それに気が付くこともなく、グリッドマンは響裕太との出会いとその思い出を語りだす。
    最初に出会った……というか一方的に乗っ取ってしまった事。
    グリッドマンの意識が響裕太に引きずられ、響裕太として2ヶ月間を過ごした事。
    アレクシス・ケリヴなる悪人を捉えることに成功はするものの、響裕太の2ヶ月間を奪った罪悪感から別の悪意に逆に捕まってしまった事。
    自分が発したSOSを響裕太が受け取り、助けに来てくれた事。
    どの出来事も熱く……というか「熱っぽく」語るのは決してヒカリの勘違いではあるまい。
    その証拠に、アシストウェポン達もどこか呆れて苦笑気味である。
    ≪グリッドマンの奴、裕太の事になると早口になるよな……≫
    ≪内海君の事になると早口になるボラーが言えた義理じゃないと思うけど?≫
    ≪グリッドマン、裕太の事を語るのなら六花の事も一緒に語らねば片手落ちというものだ≫
    ≪ま、マックス、そ、それは、お、お前が語りたいだけではないのか……?≫
    訂正、苦笑ではなくなんかこいつらも浮かれてる。
    グリッドマンもアシストウェポン達も、それぞれが響裕太・宝多六花、内海将の事を語りだすものだから、ヒカリからしてみたら面倒くさい流れを通り越して話題に圧倒されるばかり。
    だが、このような雰囲気がヒカリは嫌いではない。彼らがヒカリの知らない人々の事をとても大切に思っているのだという事を感じ取ることができる。
    「……私も会ってみたいな、そのグリッドマン同盟に」
    ≪あぁ、私も君と裕太たちに会ってほしい≫

  • 8二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 23:53:01

    異なるユニバースを超えて誰かに出会うなどダイアクロンのテクノロジーでも未だに不可能だ。
    それでも、会ってみたいという気持ちが沸き起こるのはグリッドマンを通じた縁があるからだろうか。
    「まぁ、まずはこの怪獣墓場ってのを出てからの話だけど」
    ひときしり互いの情報を埋め合い、改めて現実に向き直る。
    ダイアクロン隊員として数々の脅威を目の当たりにしたヒカリからしても異様としか言いようのない世界は先ほどの穏やかな会話の雰囲気を飲み込んでしまいそうだ。
    ≪たしか、ヒカリは謎の重力振の調査に来たのだったな≫
    「うん、それで試作型の対Gパワードスーツを持って来たんだけど……」
    ダイアクロンが異常な重力振反応を捉え、ヒカリを含む調査団がその重力振のポイントに到達した時、突如として異変が起きた。
    重力振が活性化し、ヒカリが搭乗するダイアウイングを飲み込んでしまったのである。
    不可解なのはヒカリの周辺にいたダイアクロンメカは一切重力振に影響を受けず、ヒカリだけが引きずり込まれたという事だ。
    ≪んで、怪獣墓場にも重力振があると≫
    ≪……おそらく、偶然ではあるまい。≫
    偶然で片付けるにはあまりにも作為的すぎる。
    何者かが、ヒカリだけをこの怪獣墓場へと誘ったのだ、そしてその何者かの狙いはグリッドマンにも向けられている。
    グリッドマンが戦った怪獣の復活と襲撃が何よりの証拠だ、怪獣墓場に眠る怪獣は無数にいるのにそんなピンポイントの復活など確率論から言ってもあり得ない。
    この両者を狙う重力、それは……
    「ッ! 重力振反応が増大してる!!」
    パワードスーツのセンサーが脅威を捉える。
    ダイアクロンの誇る解析システムが次々と悲鳴を上げ、ヒカリに対して警告を鳴らす。
    ここにいてはいけない、即座に離脱するべきだと言わんばかりに。
    そして、ヒカリの眼前でその警告が徐々に形を成そうとしていた。
    ≪やはり!! ジャイガンター!!≫
    怪獣墓場を揺るがす咆哮と共に、かつてグリッドマンとヒカリが打倒した巨大怪獣が現れる。
    憎悪に煮えたぎる赤い目がグリッドマンを睨みつけ、ヒカリを射貫こうとしていた。
    ≪こいつ、グリッドマンとヒカリにリベンジマッチする気かよ!≫

  • 9二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 23:55:27

    ボラーの叫びは正鵠を射ていた。
    ジャイガンターは元々がワルダー星人の残留思念の結合体である。かつてはフリーゾンエネルギーを奪うという方向でワルダー星人達の遺志を果たそうとしていたが、今度は自分を倒したグリッドマンに逆襲するべくここに顕現化を果たしたのだ。
    「この……ッ!!」
    ヒカリはスーツのランチャーキャノンとビームガンを起動させ、即座に応戦しようとする。
    ≪待て、下がるんだヒカリ≫
    「グリッドマン!?」
    戸惑うヒカリに対して、グリッドマンは冷静な言葉を投げかける。
    ≪君のパワードスーツでジャイガンターと戦うのは危険だ≫
    そう、以前戦った時はヒカリはグリッドマンとアクセスフラッシュし、その上でグリッドマンはダイアクロン製のアシストウェポンと合体していた。
    それでもジャイガンターの強大なパワーに苦戦を強いられたのだ、その相手に対してパワードスーツで挑むのは無謀にもほどがある。
    「……私も戦うよグリッドマン」
    ≪しかし……!≫
    「そうやって誰かに頼って待っていたら出来る事を護れることを沢山零してしまう!!」
    ヒカリの胸にある原初の決意。それは弟を喪ったあの日に、誰も助けてくれなかったあの時に宿った炎。
    苦しい時に都合よく助けに来てくれるヒーローなんかいない、だからこそ自分自身が誰かを護れるヒーローになる。
    どんな逆境であろうとも、いや逆境があるからこそヒカリはそれを捻じ曲げたりはしない。
    「力の有無など関係ない、私は私の出来る事をやるべき事をやる!」
    ダイアクロン、それはダイヤように固い友情を胸に嵐のように戦う者達。
    ヒカリに嵐のように戦う決意があるならば、ダイヤの様に固い友情とはなにか?
    「言ったでしょ、私はグリッドマンを信じる。だから……グリッドマンも私を信じて!!」
    記憶などない、ただ状況証拠があるだけ。一時だけの会話、友情と呼ぶには足りないかもしれない。
    けれどもヒカリはグリッドマンを信じると決めた。それだけの優しさと人間性をこの超人に垣間見たからだ。
    そして信じたからこそ、信じてほしい。

  • 10二次元好きの匿名さん23/05/30(火) 00:00:25

    ≪……解った、共に戦おう、ヒカリ!≫
    「うん、いくよグリッドマン!!」
    繋いで別れた心をもう一度繋ぎ合って、グリッドマンとヒカリは並び立つ。
    挑むは次元巨獣ジャイガンター、二人を嘲るように再びの咆哮を上げる。
    そして、その咆哮と共に以前のジャイガンターには無かった胸部の機械的なパーツが妖しく輝くと蜃気楼の如くジャイガンターの周囲に怪獣達が出現した。
    メカギラルス・メカバモラ・メカフレイムラー・メカステルガン……やはり以前にグリッドマンが倒した怪獣達の姿である。
    ≪んだこりゃあ!?≫
    ≪アレは怪獣を復活させる力があるのか!?≫
    ≪いや、以前のジャイガンターにそんな能力は無かったはずだ≫
    ≪な、何者かの、て、手が加えられている……?≫
    ≪さしずめ、改造ジャイガンターって所?≫
    「来るよ、皆!!」

    ヒカリの叫びと共に戦いが始まる。
    それは、怪獣墓場を震撼させる恐るべき死闘の幕開けであった。

  • 11二次元好きの匿名さん23/05/30(火) 00:04:04

    本日はここまででです
    SIDE:DIACLONEは後二回程の投稿になると思います
    すぐにDYNAZENONに入りたかったのですがこうなってしまった事、もう一度お詫び申し上げます
    すいませんでした

  • 12二次元好きの匿名さん23/05/30(火) 06:30:22

    うぉぉ、クオリティ高ぇぇ‼︎

  • 13二次元好きの匿名さん23/05/30(火) 06:48:50

    長かった(ように感じた)
    やっと読めるスレ主ありがとう

  • 14二次元好きの匿名さん23/05/30(火) 10:26:47

    ほしゅ

  • 15二次元好きの匿名さん23/05/30(火) 19:02:47

    急ぐ必要はない。長々と俺達を楽しませてくれ

  • 16二次元好きの匿名さん23/05/30(火) 23:45:26

    再開ありがとうございます

  • 17二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 00:08:28

    お待たせしました、SIDE:DIACLONEの続きになります

  • 18二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 00:10:40

    バスターボラーとバトルトラクトマックスの砲撃が怪獣達を撃ち抜き、スカイヴィッターの翼が翻弄する。
    グリッドマンとキャリバーの剣技が敵を切裂き、ヒカリのパワードスーツが的確にグリッドマンを支援する。
    瞬く間に蹴散らされる怪獣軍団、しかしジャイガンターが吼えると再び怪獣軍団が何事もなかったかのように復活を果たす。
    「これは……!」
    ランチャーキャノンを撃ち続けながら、ヒカリは驚愕の声を上げる。
    アシストウェポン達の攻撃も続いているが、怪獣達は痛撃を受けながらも勝ち誇るような声を上げるのだ。
    打ち砕かれようと真っ二つにされようと、怪獣はジャイガンターが望めばいくらでも復活する。恐るべき無限の軍団であった。
    ≪うーん、このままだとジリ貧だねぇ≫
    ヴィットの緩い口調に、焦りが滲む。状況はそれほどに拙かった。
    ≪ジャイガンターを直接叩きゃいいだろ!≫
    怪獣を復活させている根源を潰せれば勝機はある、それは確かだ。
    しかし、先ほどからジャイガンターにも攻撃を直撃させているものの、堪えている様子が無い。
    今のグリッドマン達のパワーでは、ジャイガンターを倒すには足りないのだ。
    ≪合体さえできれば……!≫
    4つのアシストウェポンとグリッドマンの合体した姿フルパワーグリッドマンならばジャイガンターを倒せるかもしれない。
    その為には合体するための時間が必要だが、ジャイガンターも怪獣軍団もそれを見逃してくれるほどに甘くはなかった。
    グリッドマン達が火力を叩き込むのに負けぬ勢いで反撃を繰り出してくる。いくらでも復活できるためか、怯むことなく吹き荒れる炎や雷、刃の猛攻はグリッドマン達に合体を許してくれない。
    ≪ぬぅおッ!!≫
    ≪マックス! うわっ!!≫
    ≪二人とも大丈夫って、危ッ!≫
    徐々に、こちらが押し込まれてゆく。
    ヒカリも爆発と破壊の連鎖の中を必死に走り抜けながら歯を食いしばる。
    「くぅ……手が、足りてない……!」
    あと一つ、彼らにグリッドマンやアシストウェポンに匹敵する火力があれば逆転の可能性が出てくるのに。
    パワードスーツでは怪獣の気を引いて辛うじて状況を引き延ばすのが精一杯だ。
    「それでも!」
    決してトリガーを引くことは辞めない。
    確かにパワードスーツでは足りていない、けどそんなのは最初から解っていたこと。
    雄叫びを上げ、この身が砕けるその瞬間までヒカリは決して逃げずに戦う。

  • 19二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 00:11:24

    捨鉢でも自己犠牲でもない、むしろそれらからは程遠い。
    生きて戦い抜く為の尽きぬ闘志が体を突き動かす。
    今のヒカリ・カイザキはダイアクロンだ、決して屈することは無い。
    今のヒカリ・カイザキはヒーローだ、決して逃げることは無い。
    戦う事が無意味だなんて言わせない、勝利への可能がたとえゼロであっても掴んで見せる。
    不可能を可能にしていくのは、いつだって諦めない心なのだ。

    ―――そして、その心に応えてくれる仲間がヒカリにはいる。

  • 20二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 00:13:23

    怪獣墓場の空を打ち砕き、鋼の翼が再び現れる。
    しかし、今度のそれはダイアウイングのような小さな翼ではない。
    「あれは……バトルハンガー!?」
    かつてダイアクロンの中枢電子頭脳ランドマスターがグリッドマンと共に作り出したアシストウェポン・バトルハンガー。
    多次元交差現象によって単なるデータ・エネルギーの塊から実体化を果たし、グリッドマンと合体。超神合体バトルスグリッドマンとしてジャイガンターを打倒した。
    その後はグリッドマンと一体化を果たし、彼の傷ついた体を完全復活させたそれが怪獣墓場の空を飛んでいる。
    グリッドマンが去ってよりのち、フィクサービームの効果でバトルハンガーに関するデータもまた消え去った。
    しかし、元々が可変型戦闘マシン・ダイアバトルスV1のデータを流用して作られたバトルハンガーは、なんの偶然かダイアバトルスV2の研究開発の一環として再び開発されていたのだ。
    無論、アシストウェポンとしての機能、つまり合体機構は存在していない。だがその分、戦闘機形態時の性能を追求したバトルハンガーは現行機にも劣らぬポテンシャルを秘めた機体としてごく少数が運用されており、今回の調査でも使用されていてはいたのだが……
    「なんで、あの機体が」
    ヒカリの疑念に応えたのは、バトルハンガーを介して聞こえてきた通信である。
    『聞こえるか、カイザキ隊員!』
    「これは……! ダイアクロンの!」
    そう、ヒカリと共に謎の重力振調査に赴いたダイアクロン隊員たちの声だ。
    それがユニバースの壁を越え、バトルハンガーから確かに届いている。
    『おお、無事だったんだな!』
    「はい! しかし、このバトルハンガーは……?」
    『我々は君が重力振に呑まれて以降、なんとか突入を試みたが失敗していた。しかし、何故君だけがと考えた時、この重力振には意思かもしくは引き起こしている黒幕がおり、そいつの目的が君個人である事に気が付いたんだ』
    それは超科学を持つワルダー星人との戦いを続けているダイアクロンならではの視座だ。
    ワルダーの繰り出す兵器ならば、どのような現象を引き起こしてもおかしくはない。それこそ意思を持つ重力も十分にあり得る。
    『ならば狙いが君一人だけというなら、その判断はどのような手段にしろ生体反応で観ているのではないか? ならば、マシンだけならばその眼を誤魔化せるのではないかと踏んだのだが……』

  • 21二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 00:15:23

    果たしてその目論見は成功した。
    ジャイガンターはヒカリとグリッドマンへの復讐に燃えるあまり、両者しか見えていなかったのだ、それは逆転の手札を揃えるための致命的な隙になったのである。
    「……ありがとうございます!」
    こちらの状況など向こうは何もわからないはずだ。
    それでも、仲間達はヒカリが生きて戦っていることを信じてバトルハンガーを送り出してくれた。その事実にヒカリの胸は熱くなる。
    独りじゃない、いつの日もどこまでも。
    戦士はヒーローは孤高であっても孤独なんかじゃない、自分を信じて戦い誰かを信じて戦いその繋がりが強い力をうねりを生み出す。
    『必ず、生きて戻れよ!』
    その一言を最後に、通信が途切れる。
    必要なものをすべて受け取った、力も声援も。
    ヒカリの心には希望の炎が燃え盛っている、もはや負ける要素が見つからない。
    「グリッドマン!!」
    ≪あぁ! 任せろ!!≫
    友の名を叫べば、ヒカリの意図を理解してグリッドマンは敢然と怪獣軍団に立ち向かってゆく。
    そしてそれは彼の仲間達も同様だ。
    ≪マックス! ヴィット! キャリバー!! 気合い入れてけよ!!≫
    ≪フッ……この状況、悪くはないな≫
    ≪それじゃ、珍しく本気で行こうか?≫
    ≪ヴィ、ヴィット、そ、そういいつつ、お前が手を抜いたことなど一度もないだろう≫
    グリッドマンとアシストウェポン達が怪獣達を必死に食い止めてゆく。
    その隙に、通信システムを介してバトルハンガーの制御権を獲得、巨大な鋼の塊を速度を保ったままにこちらに突っ込ませる。
    ここは戦場だ、乗り換えている暇など存在しない。だが、幸いにしてバトルハンガーの機首を構成する小型戦闘機ボレットファイターには機体下部にダイアクロンのパワードスーツとドッキングするためのアームが備わっていた。
    近づいてくるバトルハンガー、決して速度を落としはしない。
    パワードスーツのスラスターを全開に吹かし、タイミングを図る。
    失敗すれば、数多の怪獣達と共にヒカリはここで眠る事になるだろう。
    だが微塵も恐れはしない、過酷な訓練と数多の戦いを生き抜いた実績、そして自らが手掛けたシステムの性能を信じる。

  • 22二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 00:19:20

    「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!!」
    咆哮を上げて、空を跳ぶ。
    閃光のような一瞬のチャンス、それを逃さず勝利への鍵に接続する。
    バトルハンガーが唸りを上げる、鋼の巨体に人の意思を乗せて、流星の如く怪獣墓場の空を切裂いてゆく。
    無論、それだけでは終わらない。
    「全砲門・一斉射!!」
    バトルハンガーの強力なフリーゾンエネルギーから繰り出される砲撃が次々と怪獣達を撃ち貫く。
    ≪うーん、あれって俺のお株まるっきりうばってない?≫
    ≪おうおう、お前より強いかもな?≫
    ≪……向き不向きというのがある≫
    ≪あ、あえては語らん≫
    アシストウェポン達の軽口を受けて、ヒカリの口角が思わず上がる。
    当然! ダイアクロン自慢の戦闘マシンなんだから! と胸を張ってやるのだ。
    そんなヒカリの気配が癇に障ったのか、あるいは自分の仇敵の一つであるバトルハンガーを見た故なのかは解らないが、ジャイガンターは今までにない怒りを伴った叫びをあげ、光線と爆砕弾の雨を降らせてくる。
    怪獣軍団も変わらず復活を果たし、戦いはさらなる激化の様相を呈してゆくのだ。
    「グリッドマン! これからバトルハンガーのフリーゾンエネルギーを送る!」
    ≪バトルハンガーの!? まさか、合体できるのか!?≫
    「それは無理だけど、グリッドマンがエネルギー体だというなら……!」
    BIG-AIが本当にグリッドマンとヒカリが一体化した時の経験・アルゴリズムを基にしたもならば、BIG-AIはグリッドマンとのリンクが出来る。
    通信システムを介して、BIG-AIとグリッドマンを繋げることにより合体は不可能でもバトルハンガーとグリッドマンの限りなく一体化に近い構築は可能なはずだ。
    ≪わかった、やってくれ、ヒカリ!≫
    「いくよ、グリッドマン!!」
    通信レーザーをグリッドマンの額エネルギーランプへと照射。
    遠隔操作システムを立ち上げ、グリッドマンを新しい機体として登録する。
    「これは……!」
    想像以上だった。疑う気はなかったが、本当にBIG-AIのアルゴリズムはグリッドマンのそれと同一のものであり、驚くほどにスムーズかつ高いレベルでのシンクロを果たしてゆく。
    バトルハンガーがグリッドマンの存在を認めてゆくほどに、BIG-AIを通じてヒカリもまたグリッドマンとの一体化を感じる。

  • 23二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 00:21:28

    「乗って!」
    ≪応ッ!!≫
    グリッドマンが天高く跳躍し、バトルハンガーの機上に着地した。
    ただそれだけなのに、グリッドマンのパワーとフリーゾンエネルギーとヒカリの心が一つになってゆく。
    ≪「スパークビーム!!」≫
    2人の声が重なり、放たれるスパークビーム。
    それは通常の何倍もの威力を以て、ジャイガンターの攻撃を打ち消してゆく。
    そしてバトルハンガーもまた機体限界を超えた推力を発揮し、光と見まごうばかりの速度でジャイガンターを目指す。
    ≪「グリッドキャリバーエンド!!」≫
    その勢いを保ったまま、フリーゾンエネルギーを充満させたグリッドマンキャリバーが唸りを上げ、ジャイガンターに振り下ろされる。
    怪獣墓場を揺るがす悲鳴と共に、ジャイガンターの胸が斬られ怪獣達を蘇らせていたであろう謎のパーツが大爆発を引き起こした。
    それと共に怪獣軍団は霧散するが、ジャイガンターは怨嗟の声と共になおもグリッドマン達を亡き者にせんと立ち向かってくるのだ。
    ≪ならば!≫
    「決着をつけるまで!!」
    ジャイガンターのそれに負けぬ、いや勝る勢いの2人の叫びに応じアシストウェポン達がフォーメーションを組み始める。
    そのフォーメーションの中心にグリッドマンが坐する時、彼らの最大の力が解き放たれるのだ!
    スカイヴィッターが分割しグリッドマンの脚部装甲に。
    バトルトラクトマックスも同じようにグリッドマンの腕部装甲に。
    バスターボラーが胸部装甲を担い、一本角を起こしたヘッドギアでグリッドマンの頭部を覆い、ツインドリルを肩に背負う。
    サムライキャリバーの鍔が盾として展開、それによってバスターボラーで護られた胸部の装甲をさらに厚くする。
    これこそ、グリッドマンとアシストウェポン達全ての力を結集したの最強形態。
    ≪超合体超人! フルパワーグリッドマン!!≫

  • 24二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 00:21:57

    否! 今この瞬間、グリッドマンの体はフリーゾンエネルギーに満たされ、さらにはヒカリの意思と心が重なっている。
    それらは相乗効果を起こしてグリッドマンの体を金色の光で包み、力を何倍にも跳ね上げた。
    グリッドマンばかりではない、バトルハンガーも増幅したエネルギーを纏い、それは物理的な意味を持って疑似的にではあっても機体のサイズを一回り大きく引き上げている。
    巨大化したバトルハンガーの背に騎乗したフルパワーグリッドマンは、もはやフルパワー等という生易しい言葉では片づけられない。
    そう、敢えて言うのであれば超神合体オーバーパワーグリッドマン!!

  • 25二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 00:24:34

    ≪ぬぅおおお!!≫
    ジャイガンターの攻撃を黄金のエネルギーでかき消しながらバトルハンガーの超加速を乗せてオーバーパワーグリッドマンは拳を振るう。
    極めて重い、それでもただの拳一つで先ほどまでグリッドマン達の攻撃を寄せ付けなかったジャイガンターが大きく吹き飛ぶ。
    「エネルギー超過充填!!」
    ≪オーバーパワー……チャージ!!≫
    バトルハンガーの砲門に、オーバーパワーグリッドマンのグリッドマンキャリバーに限界を超えたエネルギーが集中してゆく。
    スペック上ならば両者ともに機能不全を起こしていているはずのパワーを、それでも耐えるのが当然だとばかりに。
    そして二つの強大無比なる力は、ともに邪悪なる大怪獣を撃つべく解き放たれるのだ!
    「オーバーキャノン! シューーートォォ!!!」
    ≪グリッドォォォッ! ハイパー! フィニィィィィッシュ!!≫
    砲撃なのか斬撃なのか、もはや見分けはつかない。
    ただすべての力が混然一体となり、純粋な破壊のエネルギーとしてジャイガンターを打ち砕いてゆく。
    断末魔を上げながら、二度目の滅びから逃れようとする魔獣。
    しかし、全てがもう遅い、崩壊を始めた肉体をさらなるパワーが切り崩してゆく。
    全てが光の中で塵に帰るまで左程の時間を必要とせず、蘇ったジャイガンターは今再び巨大な爆炎と共に死を迎えたのであった。

  • 26二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 00:26:15

    全てのフリーゾンエネルギーを放出しきり、オーバーパワーグリッドマンを包んでいた黄金の光も霧散してゆく。
    それと共に、バトルハンガーの性能限界を引き上げていたグリッドマンとのシンクロも徐々に解除され、ヒカリ自身の緊張もまた解けてゆのだ。
    強く硬く握りしめていた操縦桿を離し、大きく息を吐き出して心身を整える。
    あれほどの恐るべき大怪獣を相手取り、誰一人欠ける事なかったのは僥倖と言うよりほかにない。
    文句のつけようもない完全勝利。
    それを分かち合うように、ヒカリとグリッドマンが視線をかわし頷き合った、その瞬間……
    「えっ!?」
    ≪なにっ!?≫
    シンクロが完全に終わる直前、ヒカリとグリッドマンは異変を感じ取る。
    どこか遠くで、自分たちと誰かのとても大事なつながりが唐突に断たれた感覚に襲われたのだ。
    ヒカリの脳裏に映る、見知らぬ赤い髪の少年、それはグリッドマンの心に浮かんだ姿に違いない。
    「グリッドマン、今の」
    ≪裕太との繋がりが、途絶えた≫
    やはり、とヒカリは唸る。
    自然とあるいは向こうの意思で切った感じではない、明らかに強制的に断ち切られた嫌な感覚。
    かつて戦渦に消えた弟の面影を赤い髪の少年に見るようで、ヒカリの背に戦慄が走る。
    その情動にままに、ヒカリはグリッドマンに向かって叫ぼうとするが……
    「ねぇ、います……え!? なに、これ!?」
    今すぐ助けに行こうと言いかけ、ヒカリはバトルハンガーが強制的に空に吸い込まれようとしていたことに気が付く。
    操縦桿を必死に操るが、先ほどの超過充填が今になって響いたのか機体の反応が恐ろしく鈍い。

  • 27二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 00:29:14

    ≪お、おそらく、ひ、ヒカリの元の宇宙にひきよせられているのだ≫
    ≪そうか、ヒカリの宇宙にとって我々が遺物であるならば、この宇宙においてヒカリもた異物と判断されたのか≫
    今まではジャイガンターの重力によって怪獣墓場に引き留められていただけ、ジャイガンターが存在しない今、ヒカリはこの場にとどまる事はできない。
    「うっそでしょ!?」
    あんなあからさまな異常事態を前にして、元の世界に戻らざるを得ないという事にヒカリは臍を噛む。
    グリッドマンの友の危機をみすみす見逃さなくてはならないのか。
    ≪……ヒカリ、我々はこれから裕太たちの宇宙へ向かう≫
    「グリッドマン」
    ≪君は君の宇宙での、君自身の戦いに戻るんだ≫
    自分の戦い。そうだ、ヒカリはダイアクロンの戦士なのだ、故にこそ戦士としての責務であり一時の感情だけで放棄することは許されない。
    「でも……!」
    もう二度と、弟を喪った悲しみとそれを誰かに降りかかるのを止めたくて、ヒーローに縋るのではなく自分がヒーローになろうと志した。
    ヒーローとしてのダイアクロンを目指し血のにじむような努力を重ね、その願いが叶い、ヒカリはこうして誰かを護る力を得て戦いを続けている。
    その願いがかった故に、ヒカリは誰かを護る事を諦めなくてはいけなくなっている。
    一つを手にすれば、もう一つを得ることは出来ない、人間がどれほどまでに渇望しようとも決して逃れられぬ二律背反だ。
    「グリッドマン、私……」
    ≪ヒカリ、君は強い。今度の戦いも君が居なければ勝てなかった≫
    「……」
    ≪私は、君の強さをもう一度学んだ。どんな状況でも、自分の出来る事やるべき事の大切さを≫
    グリッドマンの優しい眼差しがヒカリを包む。
    人類から見れば明らかな超人であるグリッドマンが、人類から何かを学ぼうとする。
    それは単純な謙虚でも謙遜でもない、心は精神は常にだれからの影響を受けて変わり成長してゆくことはグリッドマンも人類も変わらないという事だ。
    互いに学び合い、互いを思い遣る事が出来れば、そこにはもう力の差や有無など関係ない。
    グリッドマンもヒカリも一人ではなくなる、お互いが伸ばせない手をお互いに助け合うことができる。

  • 28二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 00:29:53

    ≪裕太は、必ず助ける≫
    グリッドマンの強い言葉を受けて、ヒカリは大きく頷く。
    顔も知らない、けれどきっと気が合うであろう赤い髪の少年の無事を祈りながら。
    「うん、私の後輩をよろしくねグリッドマン」
    グリッドマンとアクセスフラッシュをしたのは自分が先だからと冗談を飛ばし、グリッドマンも笑う。
    ≪あぁ、もちろんだとも!≫
    この一時で得た厚い信頼をお互いに感じて、空に開いた自分の宇宙への扉を目指す。
    「さようなら、グリッドマン! 私の戦友!」
    ≪さらばだヒカリ、私の変わらぬ友よ!≫

    その別れの言葉と共に、ヒカリは怪獣墓場を後にしたのであった。

  • 29二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 00:31:07

    一瞬の圧迫感と眩暈のするような空間の歪みを超えて、気が付くとヒカリは宇宙空間へと出ていた。
    別の宇宙への移動という人類未踏の経験に少しばかり期待と不安を抱いていたが、あまりの呆気なさに拍子抜けしてしまう。
    だが、そんな気の抜けたヒカリに通信機から懐かしい声が聞こえる
    『カイザキ隊員! 聞こえるか!?』
    「はい、こちからヒカリ・カイザキ、応答願います!」
    『よかった! 通信がまた通じたぞ!』
    『隊長!一時の方向にバトルハンガーを確認しました!』
    『カイザキ隊員、戻ってきたんだな!』
    ダイアクロンの仲間達。彼らの安堵の声を聴いてヒカリは自分の宇宙に戻ってきたことを実感する。
    すっかり不調な、それでも何とか動くバトルハンガーを動かして仲間達の元へと帰還するのだ。
    「ヒカリ・カイザキ、ただいま帰還いたしました」
    『カイザキ隊員、無事でよかった』
    『重力振も消えたようだが……一体なにが?』
    『バトルハンガーも消耗が激しい、向こうで相当な戦いがあったんだな』
    『まずは基地に戻ろう、報告はそれからだ』
    組織の一員として起こった出来事を正確に報告する。
    それは当然の事だが、ヒカリは首を横に振るのだ。
    「いいえ隊長、報告だけじゃありません」
    『ほう? なにか、あるのかね?』
    「はい、皆に話したいことが沢山あります!」

    記録だけでも、記憶だけでも足りない。
    思い出として、誰かに一人でも多く伝えたい。
    別の宇宙でダイアクロンと同じく悪と戦う友人の事を。
    どんな敵も困難も乗り越えてゆくグリッドマン、それを今度こそ忘れないために。
    それを胸に、ヒカリ・カイザキは笑顔を浮かべるのであった。

  • 30二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 00:32:19

    本日の投下はここまでになります
    次回はSIDE:DIACLONEのEDとなります
    ありがとうございました

  • 31二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 01:24:15

    熱量がすげぇ…

  • 32二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 01:54:21

    俺の知らないグリッドマンがいっぱいおもしれえ

  • 33二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 10:19:40

    保守

  • 34二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 19:42:53

    ほしゅ

  • 35二次元好きの匿名さん23/06/01(木) 00:55:37

    そして物語はグリッドマンのそれへと戻る。

    怪獣墓場の門グレイブゲートを抜けてグリッドマンとアシストウェポン達は友人達の宇宙を目指す。
    光の道パサルートを全力で飛翔する彼らの胸には決意と、そして疑問が渦巻いていた。
    ≪グリッドマン、一ついいか?≫
    ≪あぁ、なんだマックス≫
    ≪あのジャイガンターの事だが≫
    マックスの指摘に、グリッドマンは同じことを考えているのを察した。
    それはすなわち、怪獣軍団を復活させていたのがジャイガンターとして、その大本たるジャイガンター自身は何故復活したのかという事だ。
    ≪自然に蘇ったわけじゃねぇだろうな≫
    ≪明らかに人工物なパーツが付いてたしね≫
    ≪な、何者かが、い、意図的に復活させたと、み、見るべきか≫
    他の面々の指摘は全く持ってその通りだ。
    おそらく、あのジャイガンターはグリッドマン達を狙って誰かが復活させ怪獣を蘇らせる能力を与えたのだ。
    そしてそれは裕太とグリッドマンの繋がりが途絶えた事と無関係ではあるまい。
    ≪とにかく、今は裕太たちの元へ急ぐべ……何っ!?≫
    突如としてグリッドマンの体が弾かれる。
    パサルート上に形成されたきわめて強力なパワーで形成された壁がある事に気が付き、アシストウェポン達も大慌ててブレーキを掛けた。
    ≪んだこりゃあ!?≫
    ≪み、道が、ふ、塞がっている……!≫
    ≪裕太と切断されたのはこれが原因か!≫
    ≪まって、後ろもおかしい!≫
    ヴィットの声に振り向けば、今まで彼らが通ってきた道もまた同様の壁で塞がってしまっている。
    ≪くっそ! ツインドリルアタック!!≫
    壁を撃ち抜くべく、バスターボラーが自慢のドリルを回転させて壁に突撃する。
    激しい音と火花を散らしながら、しかして耐えれずに弾かれたのはボラーの方だ。
    ≪なんだこれ、かってぇぞこの壁!!≫
    ボラーが悪態を吐くと同時に、その事実にグリッドマン達は戦慄する。
    破壊力という点に掛けてはバスターボラーはこの面々の中では最高だと言っていい、そのバスターボラーのドリルでも打ち破れないとなるとこの障壁は並大抵の手段では破壊できないという事だ。
    なれば残された手段はフルパワーグリッドマンとなって最大火力を叩き込む事であるが……

  • 36二次元好きの匿名さん23/06/01(木) 00:56:47

    ≪皆、合体……!≫
    ≪無駄な事はおよしなさい≫
    グリッドマンがアシストウェポン達に号令をかけようとした瞬間、ドス黒い悪意がそれを嘲った。
    眼前の空間が大きく揺れ、黒い嘲りをそのまま形にしたような幻影が現れる。
    ≪お前は、メフィラス星人!≫
    ハイパーワールドにまでその悪名を轟かせる悪質宇宙人。
    数多のマルチバースの中、悪意を持たぬメフィラス星人もいることは知っているが、その前提は今ここで意味をなさぬと理解できる程の邪悪さを以て黒い異邦人はグリッドマン達の前に姿を見せた。
    ≪ははははは、高名なるグリッドマンに名を知られていた事、光栄に思いますよ!!≫
    微塵もそんな事を感じさせぬ、聞く者によっては耳障りともいえる声色。
    自然とグリッドマン達の心に警戒が沸き起こり、一部の油断もなく身構える。
    ≪ふっふっふ、いけませんなグリッドマン。お互いにこの宇宙では余所者同士、争っていても仕方ないではありませんか≫
    余りにも白々しい、あからさまな挑発。
    本格的に乗ってやる必要はない、だが口先だけは応じてやる。
    ≪俺たちを閉じ込めておいて何言ってんだ!!≫
    ≪ジャイガンターを復活させたのはお前か!≫
    ボラーとマックスの詰問に、メフィラスは顔を喜悦で歪めるのだ。
    ≪その通り! あの改造ジャイガンターを倒すとは流石はグリッドマンと新世紀中学生だ!!≫
    やはり、とグリッドマン達は唸った。
    あれほどまでの恐ろしい怪獣を蘇らせ、あまつさえ改造を施せるほどの存在など限られている。
    メフィラス星人であるならば、それが可能であろう。実力も知性も能力の多彩さも侵略宇宙人と称される宇宙の掟を破る悪しき存在の中においても頭一つ抜けている強大な種族だ。
    ≪貴様の目的は一体なんだ!≫
    ≪くっくくくくくく……≫
    ≪何がおかしい!?≫
    ≪いえ、響裕太君と同じことを言うのでね≫
    友の名を出され、グリッドマンに僅かに動揺が走る。
    表にはださず、しかしてメフィラス星人はそんなグリッドマンの心の内を見透かすように、新たなる幻影を紡ぐのだ。
    ≪裕太! 六花! 内海!≫
    そこにあるのは、あの宇宙における自分たちの同盟者たち。
    何よりも尊い絆で結ばれた三人の姿が、どこか様子がおかしい。

  • 37二次元好きの匿名さん23/06/01(木) 01:01:00

    『二人とも、俺の事を覚えてないの!? 俺たちの事、グリッドマン同盟の事も!!』
    響裕太の悲鳴が、グリッドマンを揺さぶる。
    まさか、という不安が超人の心に芽生え、あろうことか宝多六花と内海将がそれを肯定してしまう。
    『グリッドマン……』
    『……同盟?』
    裕太の言葉を二人は本当に知らない事の様に否定する。
    在り得ざる事だ、例え冗談であろうと彼らがこんな事を口にするはずがなく、答えは一つしか考えられない。
    ≪メフィラス星人!! まさか……!!≫
    ≪そう! 彼らから貴方と響裕太君の記憶を封じさせてもらいましたよ!≫
    それは、グリッドマンにとって残酷な宣告であった。
    グリッドマンが図らずも奪ってしまった響裕太の二ヶ月間。
    ハイパーエージェントである彼からしても、とても暖かく煌めいていた日々。
    人間としての命と青春を知ったからこそ、それを奪う事の罪深さもまた思い知った。
    その罪を赦し、共に戦う事を選んでくれた裕太をグリッドマンは何よりも大切に想っている。二度と奪う事も奪わせることもさせないと、裕太が望むのであればいつでも駆け付けると誓ったのに。
    ≪メフィラス!!≫
    グリッドマンの心がついぞ爆発した。
    プライマルアクセプターを通じて、グリッドマンは裕太の心を知っている。
    その瞬間こそ裕太の中だけに秘されたが、宝多六花への想いが幸せで満たされさらに大きくなったことを知っている。
    だというのに、メフィラス星人はそれを無惨にも踏みにじったのだ、許せることではない。
    ≪おのれ…メフィラス星人、貴様何という事を……!≫
    マックスが普段からは考えられない程の怒りを滲ませている。
    いや、マックスばかりではない、キャリバーもボラーもヴィットも、仲間達全員からメフィラスに対する怒りを感じる。
    その怒りの感情をまるで心地が良いもののように、メフィラスは益々笑みを深くしてゆく。
    ≪良いのですか?グリッドマン、まがりなりもヒーローがそのような怒りと憎しみを滾らせるような事を≫
    ≪貴様!≫
    ≪ははははは!! そのようなところも、響裕太君そっくりだ、よもやハイパーエージェントたるものが人間の少年に影響されるとは傑作ではありませんか!≫

  • 38二次元好きの匿名さん23/06/01(木) 01:03:23

    場は完全にメフィラスの支配下であった。
    ここではグリッドマンもアシストウェポン達も、メフィラスの玩具にしか過ぎない。
    或いは、檻の中に閉じ込められて吠えたてるしかできない哀れな小動物であろうか。
    ≪グリッドマン、改造ジャイガンターを倒したことは今一度心より称賛しましょう。正直、アレだけで貴方を倒すつもりではありました≫
    唐突に混じる、冷たい感情。
    明らかに称賛ではないが、故にこそ改造ジャイガンターをグリッドマン達が倒したことそのものはメフィラスにとっては予想外の事であるのを伺わせる。
    しかし、予想外である事と予定外であることは決して一致しない。
    それをこの悪質宇宙人に期待するのはあまりにも危険であった。
    ≪流石はハイパーエージェント、ただの力押しでは貴方に勝てない事が判りました≫
    ≪じゃあどうする?こっちとしてはさっさと帰ってくれると助かるんだけど≫
    ≪いいえ? 力押しで勝てぬのであれば、別の手段を以てあなた方を倒すまでです≫
    ≪べ、別の手段だと?≫
    ≪そう、あなた方では決して戦えない怪獣を以てね……≫
    決して戦えないとはどのような意味か。
    グリッドマンはどのような敵であろうと決してひるまず立ち向かってゆく、世界を脅かす存在と戦うハイパーエージェントとしての使命を全うするために。
    それを知らぬメフィラス星人ではあるまい、ならばなぜこのような物言いをするのだろう。
    ≪グリッドマン、破壊と創造の力を併せ持つ貴方ならば、何事にも二面性があるのは理解しているでしょう?≫
    ≪何……?≫
    ≪善と悪、光と闇……特に人間というのは面白い、あのように混沌と様々な側面をもつ種族は中々にはいない≫
    ≪何が言いたい≫
    話が見えない。
    勿体ぶって前置きばかりが並ぶ物言いは、ただ只管に困惑と苛立ちだけを産んでゆく。
    そしてメフィラス星人は、その困惑と苛立ちが最も高まる瞬間を狙いすましてくるのだ。
    ≪響裕太君は素晴らしい少年ではありませんか≫
    ≪裕太に、何をする気だ!≫
    ≪ふふふふ、興味があるのですよ。貴方の心に強く焼き付くほどの光を持つ彼を、そう……≫
    一つ区切る。
    グリッドマンをアシストウェポン達を見渡し、嘲笑と侮蔑の視線を浴びせながらメフィラスはこう言い放つのだ。

    ≪彼を闇に堕とした時、どのような怪獣になるのか、という事にね≫

  • 39二次元好きの匿名さん23/06/01(木) 01:05:47

    グリッドマン達の心に、恐怖が奔る。
    いかなる敵であろうと決して怯まぬとした決意に、脆くも罅が入ろうとしていた。
    いや、これはむしろ固い決意だからこそ入る罅だ。グリッドマン達が戦うのはハイパージェントとして世界を、そして一人の戦士として友を護るため。
    その護るべき存在が堕とされ脅威となった時、果たしてグリッドマンは戦えるのだろうか?

    ≪裕太はお前になど決して負けない!!≫
    グリッドマンは叫ぶ、己の中の恐怖と不安を打ち消すように。
    ≪どうですかな? 彼の様に強い光だからこそ存外に堕ちるのは一瞬かもしれませんよ?≫
    メフィラスは嗤う、希望と願いを摘み取るように。
    全く異なる両者。宇宙の掟を乱すものと、秩序を守らんとするもの。
    グリッドマンとメフィラスもまた世界における二面性の具現化である。

    ≪どの道、これは私と響裕太君のゲームです。アナタの出る幕は在りませんよグリッドマン≫
    言外に「お前は何もできない」という意味を込めてメフィラスは肩をすくませた。
    ≪しかし、一方的というのはフェアではありません。あなた方にも可能性を残そうではありませんか≫
    ≪可能性だと……?≫
    ≪えぇ、響裕太君がジャンクの前に立ちアクセスフラッシュを成し得た時、アナタの干渉を許しましょう≫
    悪辣な手段にどこか美学というか遊びというか、独自の拘りを入れたがる。
    普通に考えれば付け入る隙になろうが、メフィラス星人の実力はそれだけで覆せるほどに甘くはない。
    それこそが、悪質宇宙人と呼ばれる所以であろう。
    ≪では、さらばグリッドマン。そこで相棒が堕ちてゆく様を見届けるのです≫
    汚らわしい嘲笑のみを残し、メフィラスの幻影は消え去ってゆく。
    グリッドマンとアシストウェポン達は焦燥を抱え、体を震わせるばかり。
    ≪あんにゃろう言いたい放題言いやがって!≫
    ≪けど、実際どうする? ボラーでも歯が立たないとなると合体して全力以外無いと思うけど≫
    ≪やれるだけ、やってみるしかあるまい≫
    ≪え、エネルギーの消耗はさけたい、し、しかし、このままではマズい≫

  • 40二次元好きの匿名さん23/06/01(木) 01:07:14

    メフィラス星人が展開した障壁だ、おそらくフルパワーグリッドマンでも破れはしないだろう。
    だが彼らにとってかけがえのない友の危機である、無為に時間を捨てるわけにはいかない。
    試せること、出来る事、その全てをやらなくては。
    ≪レックスもいてくれれば……≫
    ≪いや、新人君がいないのは逆に不幸中の幸いかもよ?≫
    ダイナレックス不在であることをマックスは悔やむが、逆にヴィットはそれを良しとする。
    障壁破壊の手が減る代わりに、ここに囚われていないメンバーがいるのだ。ましてやレックスならば異常事態に即座に気が付き動いてくれるかもしれない。
    だとするならば、希望が見える。
    ≪ぐ、グリッドマン≫
    ≪おい、湿気た面してる暇ねぇぞ≫
    キャリバーとボラーが、少しばかり強くそれでも優しい声をグリッドマンにかけ。
    ≪悔やんでる暇などないぞ≫
    ≪ほら、グリッドマン、深刻になる前にぱぱっとやることをやっちゃおう≫
    マックスとヴィットが励ましの言葉を贈る。
    視線を向ければ、彼らが力強く頷くのが見えるようだ。
    それだけでも、曇っていたグリッドマンの心に光が差し込む。
    いや、そればかりではない。

    ―力の有無など関係ない、私は私の出来る事をやるべき事をやる!―
    ―言ったでしょ、私はグリッドマンを信じる。だから……グリッドマンも私を信じて!!―
    ―うん、私の後輩をよろしくねグリッドマン―

    グリッドマンの胸の内に、ヒカリの言葉がよみがえる。
    そうだ、ヒカリがグリッドマンを信じてくれたように、グリッドマンが裕太を信じる。
    かつて自分を救ってくれた強く眩い少年の事を。
    どんな困難にも立ち向かうあの心を信じ、それに報いるためにグリッドマンは己のやるべき事を出来る事を遂行するのだ。

    ≪裕太、待っていてくれ。絶対に助けに向かう!!≫

    届かぬ声を上げながら、グリッドマンにとってある意味でも最も過酷な戦いが始まろうとしていた。

  • 41二次元好きの匿名さん23/06/01(木) 01:09:18

    これにてSIDE:DIACLONE・ED終了です
    次回からSIDE:DYNAZENONになります

    おかしいな、短い話にするはずだったのに、容量だけで言ったらSIDE:GRIDMANの半分近くある……

  • 42二次元好きの匿名さん23/06/01(木) 01:11:07

    その分楽しみも増えるから気にせず書きたいだけ書いて♡

  • 43二次元好きの匿名さん23/06/01(木) 04:40:31

    すげえ。元のSSからここまでバージョンアップするなんて。これでやっと折り返し地点と言う

  • 44二次元好きの匿名さん23/06/01(木) 06:54:10

    めっちゃボリューム満載だ。

  • 45二次元好きの匿名さん23/06/01(木) 18:00:12

    保守

  • 46二次元好きの匿名さん23/06/02(金) 01:22:56

    保守入れとく

  • 47二次元好きの匿名さん23/06/02(金) 09:00:12

    元スレのSSで一番好きだったパートがダイナゼノン組とアカネの部分だから、それがどうなるのが今からでも楽しみで仕方ない

  • 48二次元好きの匿名さん23/06/02(金) 18:03:18

    保守

  • 49二次元好きの匿名さん23/06/02(金) 18:04:20

    このレスは削除されています

  • 50二次元好きの匿名さん23/06/02(金) 21:08:08

    ほしゅ

  • 51二次元好きの匿名さん23/06/03(土) 01:27:41

    それはまるで陽炎を見ているようだった。
    夏などとうに過ぎ去ったはずで、陽炎などあるはずがない。
    ならばこれは一体何なのだろう。見慣れた街が青い炎に焼かれ薄く引き伸ばされるように歪んでゆく。
    歩いてきた道が空漠に、靴を通して感じるアルファストは曖昧に、空は不明瞭に。
    拳を振り下ろせば世界をガラスの様に砕き、青い炎の導く先に行けそうな気がして。

    その恐ろしさに気が付いて、呼び声を振り払った。

  • 52二次元好きの匿名さん23/06/03(土) 01:31:18

    「蓬?」
    南夢芽の声に、麻中蓬ははっと振り返る。
    つい先ほどまでに感じていた不明瞭な声とも幻覚ともつかぬ何かは霧散し、蓬は完全に現実へと引き戻されていた。
    「何、どうしたの?」
    「いや……どうしたんだろう……」
    何でもない、と誤魔化すことはしない。
    夢芽は蓬の事をよく見ているから、何か変化があれば即座に見つけてくるので誤魔化そうとすると結構大変なのだ。
    それに、やっぱり夢芽の前はなんだかんだ言って蓬は素直になってしまう。
    まぁ、気恥ずかしくてちょっと戸惑う時は付き合って一年以上たった今でも色々あるのだけれど、そうでもないのであればちゃんと話が出来る。
    友達でも親でも無理な事が、夢芽になら話せるのはやっぱり蓬の気持が彼女にベタ惚れなせいだろう。
    仲睦まじい(という範疇に今はまだ収まっている)事は良い事だと、友人や仲間達からは暖かい視線を貰っている。
    「コンタクト合わないのかな」
    蓬はあまり目が良くないので昼間はコンタクトをつけているわけだが、これが合わなくなってきたのかもしれない。
    また視力が落ちてきたのかなぁ、とちょっと暗鬱な気分になる。
    「いっそ、眼鏡にしちゃおうか」
    周囲からの反応がきっとウザったいし運動するときには邪魔だしで本気で眼鏡にしようなどとは思っていない。
    ちょっとした軽口のつもりだったが、夢芽は途端に眉間に皺を寄せる。
    「ダメ」
    「なんで」
    「眼鏡の蓬は世間に見せるには危険」
    「いや、危険ってなにさ」
    一つの軽口から会話が連鎖的に始まってゆく。
    初めは題材通り、次第にあれやこれやと道が逸れて、最終的には全然別の話にすり替わる。
    時にそれがとんでもない爆弾地雷に到達することもままあれど、それもそれでまた良し。
    人に合わせる処世術、それは大事であるがそれだけでは全然だめなのが二人の関係だ。
    嫌われない事と好かれる事は近いようで遠いとは、夢芽の勢いから出た言葉だが正鵠を得ている。
    恋の形は色々様々だが、蓬と夢芽の形は嫌われることを恐れないで喧嘩しながら深くなってゆく。

  • 53二次元好きの匿名さん23/06/03(土) 01:36:16

    手を繋いで、他愛もない話を続けながらいつもの道をいつも通りに歩いて、今まで通りの時間を重ねている中で唐突に「いつも通り」ではないものが現れる。
    それを見て、二人はぱっと顔を明るくするのだ。
    「よぉ、二人ともちょっと邪魔するぜ」
    黒いスーツの長身痩躯の男性。
    薄い桃色の、似合っているのだが何故掛けているのかという疑問が常に付きまとう(あくまで蓬の視点で)サングラス。
    それは宇宙を護るハイパーエージェント・グリッドマンの仲間である新世紀中学生の一人レックスその人だ。
    だが、蓬も夢芽もレックスを全く別の名で呼ぶ。
    「ガウマさん!」
    声を揃えて、二人はレックス=ガウマの元へ駆け寄った。
    色々と経緯があって名前を変えたことは蓬も夢芽も察している。だが二人にとってガウマはガウマだ、他の名で呼ぶことは考えられない。
    そしてまた、レックスも二人にそしてここに居ない山中暦と飛鳥川ちせが自分をガウマと呼ぶことを受け入れていた。
    過去を引きずすことはしないが、受け入れてゆくことはするし、ガウマ隊の繋がりと気持ちの賞味期限はまだはるか先だ。
    「お久しぶりですガウマさん」
    「この前のユニバース事件以来ですね」
    久しぶりというが、マッドオリジンの引き起こしたユニバース事件のせいで時間の流れがだいぶおかしなことになっており、数か月の時が体感時間ではそこまで長くはない。
    あわただしく追いかけられるような日々であったが、二人としてはなんとか乗り越えてきた。
    まぁ、花火大会で蓬の浴衣が観れなかったのが夢芽にはだいぶ不満だったようだが、トラブルと言えばそのぐらいで過ぎてしまえばそれはそれでよい思い出の一つである。
    「あぁ、お前ら元気そうで何よりだ」
    「ガウマさんも」
    互いの顔に笑みが浮かぶ。
    時間感覚がおかしかろうとなんだろうと、再会は再会だ嬉しくない訳がない。
    だが、それもほんの僅かでレックスは神妙な面持ちに戻る。
    「あー……取り合えずだな、そこらへんはちょい後回しだ」
    「? なにか、あったんですか?」
    「また、世界の危機?」

  • 54二次元好きの匿名さん23/06/03(土) 01:39:18

    雰囲気を察し、蓬も夢芽も不安を覚える。
    考えてもみれば、宇宙の平和のために戦うレックスがフジヨキ台に戻ってくるという事は、何かしらの異変事件の可能性だって十分にある。
    怪獣優生思想との戦いや、ユニバース事件のような奇想天外なる戦いがあるのだから、何が起きても不思議ではない。
    「蓬、お前裕太に連絡つくか?」
    別宇宙にいる友人の名を出され、蓬は怪訝な顔をする。
    連絡とはどういう事であろうか
    「裕太にですか? 先週ちょっと電話しましたけど」
    「いや、今だ」
    「今?」
    「すぐ掛けてくれ」
    「あ、はい」
    促されるままに、蓬は携帯を取り出して友人に電話を掛ける。
    電子のコール音、何回か鳴り響く中で次第におや?と首を傾げた
    「あれ……おかしいな」
    「出ないの?」
    「うん、裕太電話には割とすぐに出るのに」
    やがてコール音は終わり、無情にも流れる「おかけになった電話は~」というアナウンス。
    即座に電話を切り、もう一度試してみるが結果は同じ。
    「まって、私も六花さんにかけてみる」
    蓬の姿を見かねて、夢芽もまた同じように電話を掛けるのだが……
    「……ダメだ、こっちも繋がらない」
    「……やっぱそうか」
    予想していたと言いたげなレックスの反応に、二人は益々以て不穏な予感を確信してゆく。
    「何かあったんですね」
    「あぁ、実は大将たちと連絡が付かねぇ」
    「グリッドマンと?」
    レックスは大きくため息を吐き、どこから話したものかと独り言ちる。
    おそらく彼の中でも整理しきれていないのだろう、それほどまでに唐突で切迫した状況なのだ。
    それでもなんとか順序だって説明しようとレックスは口を開いた。

  • 55二次元好きの匿名さん23/06/03(土) 01:41:11

    「実は少し前にこの近くの世界で野暮用があってな、俺だけ大将たちとは別行動をとってたんだ。それで、その一件が片付いたんで連絡しようとしたんだが……」
    「つながらなかったと」
    「それって、ガウマさんが迷子って事ですか?」
    「違う! あ……いや、大将たちとはぐれたって点ではそういう事か」
    どちらが迷子かというのは横に置いておいて、分断されているのは事実だ。夢芽の言う迷子というのは少しばかり呑気な表現だが間違ってもいない。
    「グリッドマンの行き先は解るんですか?」
    「それは知ってる。向こうの予定が変更してなけりゃな」
    「じゃあ、まずは其処に行ってみれば」
    逸れたのなら合流する。
    予定を知っているのであればそれはさほどに難しくない、ただしこの場合は少し事情が異なる。
    「そうじゃねぇんだ蓬、この場合はな連絡できないこと自体が問題なんだよ」
    「それって、どういう」
    「お前たち、時々は裕太たちの宇宙に行くだろ」
    「はい、裕太が相談したいことがあるっていうんで度々連絡あるんで」
    言葉にしてみればとんでもない事だが、二つの宇宙の行き来を何回かしている蓬と夢芽からすると左程大変な事ではない。
    グリッドナイト同盟の二代目……考えてみると本名をまだ教えてもらっていないあの女性が何かをしてくれたおかげで光る道のような空間を超えると別の宇宙へとたどり着くことができる。
    「この近辺の宇宙はな全部パサルートって道で繋がってるんだよ」
    「パサルート……ですか?」
    おそらくは、あの光る道の事であろう。
    気軽に使っていたが、それが近辺の宇宙全部を繋げているというワードは中々に強烈である。
    「そうだ。お前たちが気軽に電話出来たり世界を行き来できるのも、二代目がお前達がそのパサルートを通れるようにしておいてくれたからだ」
    「なるほど」
    改めて二代目に感謝せねばならない、それのお陰で蓬と夢芽はせっかくであった友人達と交流を深めることができるのだから。
    「ただ、これは単純にお前たちの為ってだけじゃねぇ、俺らの都合も含む」
    「と、言うと?」
    「簡単に言うとだな、裕太たちの宇宙にあるジャンクを中継器にして俺らの連絡を取りやすくしてんだ」
    「なるほど……って、それって……」

  • 56二次元好きの匿名さん23/06/03(土) 01:45:17

    レックスの言わんとしていることを、蓬は理解する。
    難しい事ではない、距離と規模が違うだけで理屈自体は普通の携帯と同じだ。
    つまり、携帯が通じなくなったという事は……
    「そうだ、大将たちと連絡がつかねぇって事は、裕太たちの宇宙に少なくともジャンクになんかあったって事になる」
    故障か事故かあるいは何かの作為的な事件か。
    いずれにしろ何かがある事はまず間違いない。
    「今すぐ、裕太さん達のところに行こう」
    夢芽が即座に決断する。
    ともすればガウマ隊の中で一番誰かを護ろうとする意志が強いのは彼女かもしれない。
    麻中蓬の可愛い彼女というだけではないのだ。
    「うん、ガウマさん!」
    無論、友人の為ともなれば蓬とて気持ちは同じだ。
    強い意志を見せる二人の事を嬉しく思いながらも、レックスは静かに首を横に振る。
    「そうしたいのは山々なんだが……」
    「何か、問題が?」
    「向こうに、行けねぇんだ」
    「えっ!?」
    行けないとはどういうことか。
    レックスも「解らない」と前置きしながら、状況を説明し始めた。
    「パサルートには入れる、だが出口で壁みたいなもんにぶち当たっちまう」
    「壁?」
    「あぁ、ここからの直通ルートだけじゃねぇ、他の世界を通っての回り道しても裕太たちの宇宙に入れねぇんだ。もしかしたらお前たちの携帯なら繋がるんじゃねぇかと一縷の望みで来てみたんだが……」
    状況から考えて確率は万が一というのでは温いだろう。
    だが、万が一の希望があるのであればとレックスは藁にも縋る気持ちでここにやってきたのだ。
    それを知り、蓬も夢芽も冷静ではいられない。
    「大変じゃないですか!!」
    「何とかできないんですか?」

  • 57二次元好きの匿名さん23/06/03(土) 01:48:34

    レックスは頭を下げる。
    信頼し合うガウマ隊の仲間達と言っても、戦いや問題に巻き込みたくないという気持ちはどうしても沸き上がる。
    信頼していて、大切に想うからこそだ。その一方で再びガウマ隊が結集すれば一人で話し得ない事をきっと成し得るという希望がある。
    仲間という存在に対する二律背反であった。
    「大丈夫ですガウマさん、これはガウマさんだけの話じゃないですから」
    「うん、裕太さんも六花さんも内海さんも私たちの友達だから」
    返ってくる二人の言葉に、レックスの胸は熱くなる。
    それだけでも、ここに来た甲斐があったのだと。
    「……ありがとうよ。あ、暦には俺から言っとくわ、どうせアイツまだ就職できてねぇんだろ」
    少し軽くなった気持ちで、相も変わらず無職であろう仲間への軽口を叩けば、蓬も夢芽もなんとも言えない苦笑を浮かべてしまう。
    「それは……まぁ」
    「ちせちゃん曰く、面接は行ってるらしいんですけど」
    「ったく、しょーがねぇなー」
    変わらぬ……いや、流石に変わった方が良い日常にレックスもどこか呆れ気味で、まぁそれでもいいかなどと少しばかり酷いことも考える。
    「あぁそうだ、ナイトと二代目は今日中にこっちにつく」
    「ナイトさん達とは、連絡つくんですか?」
    「っていうかまぁ、あいつらと一緒に行動してたからな」
    ナイトと二代目そしてゴルドバーンはもう少しばかり裕太たちの宇宙への侵入経路を探るという事なのでレックスがひとまず先にフジヨキ台に戻ってきたのだ。
    ガウマ隊の5人とグリッドナイト同盟の2人、そしてゴルドバーン。
    今となっては懐かしい、最高のメンバー再結集だった。
    「ゴルドバーンも来るなら、ちせちゃん喜びますね」
    「だな」
    起きている事件は大変だが、このメンツならば必ず解決できる。
    それを確信して三人は笑いあうのであった。

    「んじゃ、暦ん家行くわ」
    「はい、それじゃガウマさん、また」
    「いつでも連絡してくださいね」

  • 58二次元好きの匿名さん23/06/03(土) 01:50:03

    その言葉を交わし、レックスと蓬・夢は別々の道を歩く。
    しばらく歩いてレックスが後ろを振り向いたとき、既に二人の姿は見えなくなっていた。
    はて、随分と足の速いと思いつつ若い恋人同士の時間をこれ以上邪魔するのも野暮かとレックスは気にせず携帯を取り出し山中暦への連絡をつける。
    ほどなくして「あ、ガウマさん……」と気の抜けた声にレックスは苦笑しつつため息を吐くのであった。

  • 59二次元好きの匿名さん23/06/03(土) 01:55:37

    そうして暦とちせに事情を説明しようとレックスがやってきたのは駅前通りにあるコーヒーチェーン店スターボウだ。
    これから家に向かうというレックスの電話に対して、ちょうどちせがその場に……というか、四六時中、暦の家にいるらしいのだが……
    とにかく「センパイの家はとてもじゃないけど人を上げられる状態じゃないのでスターボウで会いましょう」というのでここで待ち合わせをした次第である。
    既に日は沈んで暗くなっているものの、現代の街はその程度で人々の営みが止まることは無い。
    スターボウは何の変哲もないチェーン店だからこそ、それを象徴する様な場所であった。
    「なるほど、そんなことが」
    「裕太さんの宇宙、またピンチなんスね」
    暦はコーヒーを、ちせはフラッペを口にながらそれでも新たなる危機の到来を二人は知る。
    「ピンチかどうかはわからねぇが、異変が起きてるのは確かだ」
    わからないと言いつつ、レックスも何か作為的なものを感じてはいる。
    そもそも、宇宙一つが丸ごと封鎖されるなど自然現象としては考えにくい。
    在り得たとしてもどれだけの低確率なのだろう、それを思えば何者かが封鎖したと考える方が自然だ。
    「それで、隊長これからどうするんです?」
    「まずはグリッドナイト同盟と合流してそっから考える」
    「つまり、現状は何も無いと」
    「しょうがねぇだろ、宇宙の封鎖なんて全くの想定外だ」
    手にしたコーヒーに口をつけ、苦い味を同じような気持ちと共に飲み込む。
    いや、同じではない。コーヒーには味わい深い酸味や香りがあるが、気持ちの方はただ只管に苦いだけ。
    幾多の戦いを経て得たある種の勘が、今回の事件も一筋縄ではいかないのだろうと告げているのだ。
    いや、それでも7つの心を一つに重ねカイゼルグリッドナイトの渾身の一撃ならばあるいは———
    根拠もない、しかして仲間を信ずる……或いは巻き込む所はレックスの強みだ。新世紀中学生は誰もがそうであるが、ガウマ隊というちょいと奇妙な横道経験をしたレックスはその傾向が余計に強い。
    「いよぉし!」
    空のコーヒーカップを皿において、一つ気合いを入れる。
    何になるわけでもないが、こうしていれば何とかなる気がしてくるものだ。
    と、そんな風に気分を入れ替えた時、レックスのスマホからコール音が鳴り響く。
    手にしてみれば、そこに表示されたのは仲間の名前。

  • 60二次元好きの匿名さん23/06/03(土) 01:57:39

    「よぉ、ナイト」
    『レックス』
    グリッドナイトはレックスの事をそのままに呼ぶ。
    ガウマとは過去の名、今は新世紀中学生のレックス。その意思とあり様を肯定し尊重した上での事で、ナイトの生真面目さがそのまま顕れているようだ。
    まぁ、その生真面目さ故に遠慮しないモノ言いが時折衝突を招くこともあるが、今となっては互いにそこは解っているのでどうという事もない。
    どうという事もないはずだが、心なしかナイトの声に動揺が見える気がする。
    『そこに、麻中蓬と南夢芽はいるか』
    「あ? いや、いねぇけど……」
    反射的に視線を向けた先には、山中暦と飛鳥川ちせしかいない。
    怪訝な顔をする二人をよそに、レックスはどうしたと問う。
    そして、帰ってきた答えは全く予想だにしていないものであった。
    『……二人と連絡が取れない』
    「は? いや待て、なんだそりゃ」
    つい先ほど、蓬と夢芽に会ったばかりのレックスに動揺が走る。
    レックスにとって二人は可愛い弟分に妹分だ、それと連絡が取れない等となれば冷静でいられるはずがない。その様子が伝わったのか、暦とちせも不安げな顔を見せ始める。
    「隊長? どうしたんスか?」
    「ガウマさん、何かあったんですか?」
    視線で待てと送り、ナイトに事と次第を問いただす。
    「おい、ナイト!」
    『言った通りだ、二人と連絡が付かない……所在も不明だ』
    『ナイト君、ちょっと電話代わってください私が話しますから』

  • 61二次元好きの匿名さん23/06/03(土) 01:58:50

    余りにも簡潔なそれ故に残酷な説明に、ナイトのパートナーが見かねたのだろう、電話の向こうで交代する気配を読み取ることができる。
    変わったのは、朗らかながらも知性を感じられる女性の声。
    「二代目」
    『すみません、レックスさん。私もちょっと混乱しているんですが』
    二代目の声もいつものそれとは違う。明らかに焦っている。
    『私とナイト君は先ほどこの世界にやってきて、まずは麻中君に連絡を取ろうとしたんです。ところが、電話に全くでなくて』
    「夢芽は!?」
    『同じくです。それでお二人のご自宅にもお伺いしたんですが、まだ帰ってきてないと』
    スマホの充電が切れているだけではないかという望みが絶たれる。
    この状況だ、二人でどこかに寄り道などという事はしないだろう。だとすれば、本当に二人は……
    『今、ゴルドバーンに上空から探してもらっています。私とナイト君も二人が行きそうなところを当たるつもりですが……』
    「解った、俺らも探しに行く」
    『お願いします』

  • 62二次元好きの匿名さん23/06/03(土) 02:02:31

    手早く電話を切り、レックスは立ち上がる。
    そうして目の前にいる仲間達に、ただ事実だけを伝えた。
    「蓬と夢芽がいなくなった」
    「よもさんと、南さんが……?」
    「それって、まさか」
    「あぁ、無関係じゃねぇだろうな」
    裕太たちの宇宙が封鎖されたと判明し同時に蓬と夢芽が居なくなった。
    偶然など考えられない。どのような形であれ、何かしらの関係がある。
    「すぐ、探しに行きましょうよ隊長!」
    「じゃあ、手分けして」
    「ダメだ、お前ら俺と一緒に来い、お前らに何かあったら対処できねぇだろ」
    効率を捨て安全を取る。
    既に二人が居なくなっているのだ、暦とちせは絶対に護らねばならない。
    無論、一刻も早く見つけ出したいのはレックスとて同じことだ、だからこそ逸る気持ちを抑え今現在で一番大事な選択を為す。
    暦もちせも、そんなレックスの心を解したのだろう、互いに頷き合い戦士としての顔を見せる。

    そして三人は人々が歓談の場とする店を後にする。
    夜の中にあっても平穏を象徴する場から、不確実で不安定なる夜の街へ。
    人々が行き交い、人工の明かりに照らされて営みが止まらなくなってもなお、闇とは心に恐れを沸き上がらせる。
    その恐れのままに、レックスは電話を掛ける。
    もしかしたら、ひょっこり繋がるのではないかという希望を託して。

    けれども、帰ってくるのは電子のコール音とそして……
    『ただいま電話に出ることができません。しばらく経ってからおかけ直しください』

    希望を飲み込む無情なるアナウンスだけであった。

  • 63二次元好きの匿名さん23/06/03(土) 02:04:01

    SIDE:DYNAZENON・OP終了です
    次回はSIDE:DYNAZENON・Aパートになります。ありがとうございました

  • 64二次元好きの匿名さん23/06/03(土) 02:15:03

    こっちも初っ端から不穏!?
    元スレもう少し読み直して待機します

  • 65二次元好きの匿名さん23/06/03(土) 02:24:04

    うわああなんという量!後でじっくり読ませていただきます!

  • 66二次元好きの匿名さん23/06/03(土) 10:03:18

    いよいよダイナゼノンキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

  • 67二次元好きの匿名さん23/06/03(土) 18:13:55

    保守

  • 68二次元好きの匿名さん23/06/04(日) 00:48:06

    保守

  • 69二次元好きの匿名さん23/06/04(日) 09:15:53

    このレスは削除されています

  • 70二次元好きの匿名さん23/06/04(日) 18:30:21

    保守

  • 71二次元好きの匿名さん23/06/04(日) 23:33:56

    あれ、俺どうしたんだっけ……?
    そんな言葉を闇の奥底呟く。
    何も見えない、声も聞こえず、指先も動かない、ただぼんやりとした意識があるだけ。
    その意識が呟きを呼び水に一つに纏まりはじめ、そこで初めて「あぁ、俺は今寝てるんだな」という認識が生まれる。
    眠っているのであれば、目覚めなくてはいけない。
    そんな当たり前の思考にたどり着いて、麻中蓬はゆっくりと目を開いてゆく。
    「蓬」
    真っ先に飛び込んできたのは、心配そうにのぞき込む南夢芽の瞳。
    「夢芽」
    どうしたのとか、何があったのとか、そんな事を考える前に手を伸ばして、蓬は夢芽の頬に触れる。
    指先から掌から夢芽の暖かさが伝わり、夢芽にもまた蓬の暖かさが伝わると安堵した様子で微笑むのだ。
    「ここは……」
    ぼんやりする頭で周囲を見渡す。
    何の変哲もない、小さな部屋。どうも自分はその部屋にあるベットで寝ていたらしい。
    上を見上げればそれが二段ベットである事に気が付く。
    「俺、どうして」
    意識の闇の中で呟いた言葉をもう一度反芻する。
    「蓬、消えかけたんだよ」
    「消えかけた……?」
    その言葉で、今度は意識ではなく記憶を引き上げようとする。
    確か、覚えているのはガウマ=レックスから響裕太達のいる宇宙の異変を聞いて別れた後だ。
    目の前の景色が、もう一度青い炎で灼かれるように歪んで行って……そうだ、今度はそれに誘わるままに応じてしまったのだ。
    世界が砕けてまるでブラックホールのような漆黒の空間に呑まれそうになり、夢芽が悲鳴を上げながら自分の手を取ったのが最後の記憶。
    「……っ」
    寝かされていたベットから体を起こす。
    知らないベットに知らない部屋。麻中蓬の部屋でもなければ南夢芽の部屋でもない。
    ただ、物の配置や様子からだれか男子の部屋ではないかというのは解る。
    「大丈夫?」
    「うん……なんとか」
    別段体が痛いとか気分が悪いという事は無い、すこしばかり頭がふらつくという点を除けば自覚症状の範囲としては完璧に健康体だ。

  • 72二次元好きの匿名さん23/06/04(日) 23:35:34

    「夢芽、ここは……」
    「あ、目が覚めた?」
    ここは何処かと問いかけた時、扉を開ける音と同時に夢芽のものではない声が届く。
    視線を向けると、そこには黒い少女がいた。
    いや、黒いと言っても別段なにか色に特徴があるわけではない、確かに髪の色は艶のある黒であるが逆を言ってしまえばそれだけだ。
    なんだったら着ている服、特に上着は紫色でまずそっちの方に目が行く人の方が多いかもしれないし、ひねくれた人は藤色の大きな眼鏡に着目するかもしれない。
    ……やはり大多数は上着を気崩しているせいでやたらと強調されている豊満な双丘であろうか。
    いずれにしろ蓬にとってその少女の第一印象は「黒」であった。
    「お茶、飲む?」
    飲む? と聞きつつ、黒い少女は手にした盆に載せられたグラスに同じように乗っていたペットボトルのお茶を注いで差し出してくる。
    蓬が目を白黒させていると、夢芽は「ありがとうございます」とグラスを受け取り、今度はそれを蓬に渡す。
    「ほら、蓬」
    「あ、うん、頂きます……」
    蓬にとってはこの部屋と同じく見知らぬ少女だ。
    それはつまり、夢芽にとっても見知らぬ少女という事なのだが、なんか妙に自然とやり取りをしていることに戸惑ってしまう。
    他人と話すことが苦手な夢芽が……いや、それも最近は改善されていて以前のユニバース事件の時は結構他の人とも話せていたのでこの認識もそろそろ古いのかもしれない。
    そんな事を薄らぼんやりと考えながら冷えたお茶を飲むと、だんだんと気持ちも頭も落ち着いてくる。
    「……」
    「あ、えっと……」
    落ち着いた頭が、黒い少女の視線で乱されてしまう。
    こちらを何か観察するようにじぃっと見つめられれば、人付き合いの良い蓬とてなんと返せばいいのか分からなくなる。
    あるいは、人付き合いが良いからその手の視線が苦手なのかもしれないが。
    「面白いね、君」
    「は?」
    「人間、だよね?」
    他に、何に見えるというのだろう。
    少女の意図が掴めず、困惑する蓬に構わず少女は問う。
    「何処から来たの?」
    「私たち、フジヨキ台から来ました」
    夢芽が素早く……というか、少女の問いを遮る様に答える。

  • 73二次元好きの匿名さん23/06/04(日) 23:37:08

    それがジェラシーからくるものであるのを理解できない程に蓬は鈍くない。
    というか、そこら辺の機微が解らないと夢芽と付き合うなんてまず無理だ。
    一方で黒い少女の方はそんな事はお構いなしというか、まったく解っていない感じで「フジヨキ台」と何かを考えるように呟いている。
    そのまま何かを考えこみ始めた少女を後目に、蓬は夢芽に耳打ちをする。
    「夢芽、この人、誰?」
    「わかんない」
    「えぇ……わかんないって」
    「気を失った蓬と私を見つけて、ここに案内してくれて」
    「助けてくれたんじゃん!」
    話を聞く限り、見ず知らずの相手を自宅まで入れてベットまで貸してくれた紛れもない二人の恩人である。
    それを、いや、気持ちは解るがああいう態度は少し拙い。
    「あ、あの!」
    蓬が少女に声をかける。
    思考にふけっていた少女がこちらを向くと、一つ呼吸を整えてまず最初にやるべきことをやる。
    「俺、麻中蓬っていいます。こっちは彼女の……」
    「南夢芽です」
    蓬からの彼女という単語に途端に機嫌を直して、ちょっと胸を張って自慢気だ。
    別にご機嫌取りの為に言ったわけではない、蓬にしてみたら極々自然とでたセリフである。
    そんな恋人たちの雰囲気に呆気にとられたのか、黒い少女は目をぱちくりとさせて気が付いた事を口にするのだ。
    「……そっか、自己紹介まだだったね」
    無表情という訳ではない、しかし一方で表情の読めない視線と声で少女は己の名を告げる。
    僅かな、ほんの小さな躊躇いを含む、その名前こそは―――

    「私は、新条アカネ」

    蓬と夢芽は、思わず絶句する。
    2人はその名前に聞き覚えがある、別の宇宙の友人達、グリッドマン同盟が語った思い出の中の少女。
    そして、全ての始まりの少女。
    「それって……」
    「裕太たちの世界を作った、神様……?」

  • 74二次元好きの匿名さん23/06/04(日) 23:39:27

    世界を作った神というあまりにも荒唐無稽な存在。
    それが眼前に居れば当然の反応であろうが。
    「オリジナルの事、知ってるんだね。響君の事も」
    新条アカネを名乗る少女は、二人の反応にまるで他人事のような素振りだ。
    オリジナル、という単語が引っかかりそれを問おうとすると、それより先にアカネは問いかけてくる。
    「ねぇ、君たちの事聞かせてよ」
    「俺たちの事?」
    「うん、だってここに来るって事は、君たち普通じゃないんでしょ?」
    2人は互いに顔を見合わせる。
    それはまぁ、確かに普通じゃない自覚はある。変な事態はこれで三回目だ、驚くことはあれど混乱するという事もない。
    「じゃあ……」
    色々と聞きたいことはある。しかして、相手の事情を聞く前にこちらの事情を話しておけば相手も状況を整理してより詳しく聞けるのではないか。
    そんな考えもあって、麻中蓬は自分たちの奇妙で奇抜でそれでも大切な過去を語りだす。

    5000年前から蘇ったガウマとの出会い、南夢芽との馴れ初め。
    怪獣の出現とダイナゼノンの具現化、そこに巻き込まれた山中暦の事や飛鳥川ちせとの関わり。
    怪獣を操る怪獣優生思想なる4人との戦いと、その中で起きた衝突やすれ違い悩み。
    それが原因で危機に陥った自分たちを助けてくれたグリッドナイト同盟。
    目覚めてゆく蓬の怪獣使いとしての資質。
    過去の確執との対決、顕著化してゆくガウマの異変。
    やがて始まる怪獣優生思想との決戦を経て手にしたかけがえのない不自由。

    その全てを二人はアカネに伝えてゆく。
    途中、何度か夢芽が脱線しかけるが(どう脱線しかけた方は想像に任せるとして)なんとか話を纏めきる。
    まぁ、ここにちせ辺りが居たら「よもさんも南さんの事あんまいえないスよ」と指摘していただろうが……
    「……つまり、5000年前から蘇ったミイラとロボットに乗って二人は付き合いだしたって事?」
    「それであってます」
    「いや、あってるけどさ」
    いつかどこかで聞いたような端的すぎる纏め方。
    結構頑張って説明したのに、それはどうだろうと蓬は思うが夢芽が良いと言うし良いかと納得する。

  • 75二次元好きの匿名さん23/06/04(日) 23:40:11

    「もしかしてダイナゼノンってこれ?」
    言いながら、アカネは上着のポケットから何かを取り出す。
    眼前に差し出された一体の玩具のようなそれを見て、蓬は驚きの声を上げる。
    「ダイナソルジャー!?」
    竜の頭と手足を持った戦士。
    ダイナゼノンを構成する4つのマシンの内、麻中蓬の相棒ともいうべきダイナソルジャーがそこにはあった。
    「でも、色が」
    夢芽が知っているダイナソルジャーとの違いを指摘する。
    ダイナゼノンは真紅の巨人と呼んでも差し支えの無いほどに鮮烈な紅が目を引く。
    当然、ダイナゼノンの中核をなすダイナソルジャーも紅いのだが、このダイナソルジャーは紫がかった青。
    そもそもとして、ダイナゼノンはどういう経緯をたどったかは謎だがガウマと一体化しその変身態となっているはずだ、ダイナソルジャーだけがあるはずがない。
    「え、ガウマさん、バラバラになった?」
    「怖いこと言わないでよ!」
    確かに今の状態でも分離できるのは確かだが、それでもガウマがバラバラになんて表現をされれば嫌な想像をしてしまう。
    「これはね、随分前にこの世界に流れ着いて来たんだ」
    「流れ着いてきた……?」
    「うん」
    「あの、そもそもここってどこなんですか? 外もなんか崩れてるし」
    「崩れてるって」
    夢芽とアカネの不可解な言葉。
    蓬がどういう意味なのかという顔をしていると、アカネは首を振って「付いてきて」と合図する。
    そのまま部屋を出てゆくアカネの背に、蓬と夢芽は顔を見合わせると一つ頷いて後を追う。
    アカネが左程に広くないリビングの窓を開けて、ベランダに立つとそこから外を夜の街を指さすのだ。
    「見て、これが私の世界」
    「これって……」
    そこにあったのは、ある意味で見慣れた街の姿。すなわち、怪獣が暴れ破壊の痕跡を残す街であった。
    全てが破壊されつくされてはいない、というのがここで戦いが行われそして街を護る何者かが勝利したことを思わせる。
    「一体、これは……」
    呆気にとられる蓬に、アカネは淡々とただ事実だけを告げる。

  • 76二次元好きの匿名さん23/06/04(日) 23:40:51

    「ここはね、ツツジ台。響くん達がいるのとは別の可能性の閉じたツツジ台」
    「可能性の閉じた……?」
    「世界っていうのはね一つじゃないんだ」
    「それは、知ってます」
    蓬と夢芽がいるフジヨキ台のある宇宙と、裕太たちがいるツツジ台がある宇宙。
    その間を行き来しているのだから、彼らにとって周知の事実であった。それを告げるとアカネは一つ頷いてさらなる世界の在り様を語る。
    「うん、宇宙は複数ある、オリジナルのいる宇宙や響くん達のいる宇宙。けどね、それだけじゃない、色々な可能性によって世界は広がっていくの」
    「可能性って、いわゆるパラレルワールドって事ですか?」
    「そう、オリジナルの言葉を借りるならレベル3マルチバース」
    それは、ちょっとした世界の揺らぎだ。
    昨日誰と誰が会ったとか、どこかで何かがあったとか。
    世界や時間や空間は膜の様に波うち常に一定ではない、様々な可能性が生じてゆき、それは新たなる世界の種となる。
    尤も、種が全て芽吹くのかと言えばそうでもない。可能性による世界は本来不確かで確固たる存在強度を得る事はまずありえない。
    存在強度を得て世界として成立する理由は様々である。何物の干渉もなく自然に成立した世界ならばそれは何の問題もないだろう。
    逆を言えば、何かしら問題を抱えた故に成立してしまう世界もある。
    「例えば怪獣。混沌を引き起こす怪獣は世界にとって病原体というか、兎に角良くないモノなの、だから世界は怪獣に対抗するアンチボディを生み出そうとする」
    「それって、ダイナゼノンみたいな?」
    「うん、多分だけど」
    思えば、ダイナゼノンは最初は龍の姿の彫刻だった。
    それが怪獣の出現とガウマの叫びに呼応するように巨大化し、真紅の竜人となって怪獣と戦う力になったのだ。

  • 77二次元好きの匿名さん23/06/04(日) 23:42:00

    「もう一つね、世界が怪獣に対抗する手段があるんだよ」
    「それは?」
    「時間の一区分毎、怪獣をパージしてしまう事」
    簡単な話だ、人間が大病を患った時に手術で患部を切除するように世界は時間ごと怪獣を切除する。
    先にも述べたように、そのような可能性世界は本来は不確かで消えてしまう、それで怪獣もまた消滅する……が、稀にではあるがそんな世界が確立してしまう事がある。
    「ここは、私が目覚めた事で生まれたツツジ台。私の世界である同時に、私を隔離するための世界」
    2人は、アカネの言葉に息を呑む。
    それは、その言葉の意味することは。

    「そう、私は怪獣。新条アカネのバックアップとして生まれた本当は名前なんかない怪獣」

    少し寂し気に、新条アカネを名乗る怪獣は己の正体を告げるのであった。

  • 78二次元好きの匿名さん23/06/04(日) 23:42:57

    SIDE:DYNAZENON・Aパート前半これにて終了です
    次回はAパート後半になります

  • 79二次元好きの匿名さん23/06/05(月) 08:11:14

    いつも通り内容が濃い!サンキュー!

  • 80二次元好きの匿名さん23/06/05(月) 16:02:27

    ほしゅ

  • 81二次元好きの匿名さん23/06/05(月) 23:57:29

    滅茶苦茶期待、保守

  • 82二次元好きの匿名さん23/06/05(月) 23:57:41

    保守

  • 83二次元好きの匿名さん23/06/06(火) 08:03:44

    >>81

    >>82

    タイミング被っちゃった

  • 84二次元好きの匿名さん23/06/06(火) 17:28:02

    このレスは削除されています

  • 85二次元好きの匿名さん23/06/06(火) 23:29:47

    楽しみにしながら保守

  • 86二次元好きの匿名さん23/06/07(水) 06:29:45

    このレスは削除されています

  • 87二次元好きの匿名さん23/06/07(水) 13:45:27

    このレスは削除されています

  • 88二次元好きの匿名さん23/06/07(水) 22:38:50

    期待の保守

  • 89二次元好きの匿名さん23/06/08(木) 01:57:18

    新条アカネという少女の真実を、麻中蓬も南夢芽も知らない。
    ツツジ台という小さな世界を作り、そこに君臨していた神。
    アレクシス・ケリヴなる宇宙人に唆され、怪獣による破壊と再生を繰り返し住民達を弄んでいた暴君。
    話しだけならば、とんでもなく酷いことだ。けれど、蓬と夢芽はアカネの存在をそこまで悪しきとは思えていない。
    それは語り部が宝多六花や内海将である為であろうか。
    ユニバース事件の後、彼女達が書き上げた脚本による演劇を映像で見せてもらい、伝えきれなかったかもしれない事を語ってくれた。
    きっと六花も内海も新条アカネの事は一側面しか知らないのだろうけど、その知っている側面は嘘偽りはない。

    故にこそ、ただ誰もが経験する躓きと間違えを碌でもない奴に利用された女の子というのが、蓬と夢芽の印象であった。

    「なるほどね」
    リビングで改めて二人の話を聞いていた黒いアカネは青いダイナソルジャーを弄びながらなんとも淡白な答えを返す。
    自分が何者かを話す前に、二人が知っている新条アカネについて聞いておきたいとの事であったのだが、これはどういう反応だろうか。
    「グリッドマンユニバース……なんか、すごいことになってたんだね」
    蓬達が新条アカネの事を知ることになった切っ掛け、ユニバース事件。それをすごい事の一言で片づけられてしまうのか、あるいはすごい事としか言いようがないのか。
    一人のヒーローから数多の宇宙が生まれるなんていうのは、もしかしたら世界を作った神様がいるよりもとんでもない話なのかもしれない。
    訳の分からなさという点では甲乙つけがたいのは間違いないだろう。
    「新条…さん、は」
    名を呼ぶときに、少しだけ気を遣う。
    新条アカネを名乗る名前の無い怪獣、その存在をどう呼ぶべきか。
    ストレートに「新条さん」と呼んでいいものかと蓬はどうしても躊躇うのだ。
    「別に新条でいいよ」
    そんな蓬の様子を察したのか、アカネは苦笑しつつも気にするなと口にする。
    「あー……いいんですか?」
    「バックアップであっても、私が新条アカネなのは事実だし」
    グラスに注いだ茶で唇を濡らし、アカネは一息を吐く。
    一息の中に色々な感情を混ぜ込んでいるようで、苦笑の色を変えてゆく。

  • 90二次元好きの匿名さん23/06/08(木) 01:59:03

    「それにしても意外だねー、オリジナルがアレクシスをドミネーションするなんて。そういうの嫌いなんだとばっかり思ってた」
    「意外、ですか?」
    「うん、勿論。あの子、怪獣は思うがままに暴れるのが一番だからドミネーションなんかしない主義だったし」
    気に入らない存在があれば怪獣を使って抹殺しようとする。
    本当に報復目的ならば作った怪獣にインスタンスドミネーションを施し、目標を正確に抹殺してしまえばいい。
    けれどもそんな事をしない。怪獣の在り様を怪獣の力を怪獣の破壊を在りのままそのままに好むのが新条アカネの趣向だ、美学と言っていい。
    アカネにとってみれば、新条アカネがその美学を捨てたというのは驚嘆に値する事なのだと言う。
    「オリジナルも少しは変わったって事なのかな? 臆病者のくせに、自分から戦場にでようなんて」
    可笑しいのか嘲っているのか、どちらともつかぬ様子でアカネは肩をすくめる。
    その様に、なにかややこしいものを感じつつも蓬は本題に切り込んだ。
    「あの……新条さんは、えぇっと新条アカネさんのバックアップなんですよね?」
    ややこしいの呼び方の方だった。
    全く同じ名前なものだから、言っている方としてもどっちがどっちを指しているか冷静に把握してないとうっかり間違えかねない。
    そんな蓬の悩みをひとまず横において、アカネは己を語る。
    「うん、オリジナルが生み出した、もしもの時のバックアップ」
    新条アカネは確かにツツジ台の神であった。
    だが最初から神だったわけではない。正確に言うと神らしい傲慢さを最初から持っていたわけでない。
    たしかに神としての権能を振るうのは楽しかった、誰からも愛され気に入らないものがあったら壊して何事もなかったかのように日常を塗り替えてゆく。
    だが、まだただの少女らしい感性を備えていた頃に、こんなことを続けていればしっぺ返しを食らうのではないかという不安を抱いてもいた。
    その不安を「怪獣の視点で臨場感を楽しみたい」という虚飾で塗り固めて作った、「なんにでもなれる怪獣」こそ、蓬と夢芽の前にいるアカネの正体。
    すなわち、問題が起きた時の神の身代わりである。
    「最初、私は動かなかった。動かさなかったのが正しいのかな、今となってはどっちでもいいけど」

  • 91二次元好きの匿名さん23/06/08(木) 02:01:47

    ツツジ台は新条アカネにとって麻薬のような場所だ。
    殺し壊し直し創る。それを繰り返してゆき、少女としての心はだんだんと怪獣のそれと変わらなくなってきた。
    情動を愉しむ悪魔の共犯者として限りなく理想に近い形で仕上がってゆく。
    親から無限に甘やかされた子供がモンスターに変じるように、悪い男の手管手練に嵌った女が見境なく貢いでゆくように。
    けれども、そのような過ちを許さぬものがやってきた。
    その来訪者に協力する者たちが現れた。
    神が抱いた不安が現実となった。
    繰り出す怪獣が次々と打倒され、最強最大と自負した怪獣まで敗北した時、神はただの少女に戻りかけ……だからこそバックアップが必要となったのだ。
    「ねぇ、君は怪獣使いなんだよね」
    「一応、そういう力はもってますけど」
    「怪獣ってどう思う?」
    「どうって」
    「怪獣に心、あると思う?」
    その問いに、蓬は心当たりがある。
    色をぶちまける能力を持った怪獣が現れた時、グリッドナイト同盟が語った言葉。すなわち、怪獣は人間の情動から生まれるという事実。
    人間の情動から怪獣が生まれるのであれば、怪獣にも意思や感情があるのではないかと考え怪獣を倒すことを躊躇ってしまった。
    怪獣使いとしての力を使ったのもあの時が初めてで、その時の奇怪なイメージや夢芽を危険にさらしてしまった事、怪獣とはなんなのかを解らぬままに終わってしまった事などが重なり蓬の中では苦い思いでとして刻まれている。
    「あります」
    その苦さと同時に、黄金の竜を想起し蓬は断言する。
    「怪獣に、心はあります」
    どのように怪獣に心が生まれるのかは知らない。けれども、心を持った怪獣を蓬は目にしたのだ。
    怪獣使いだから、ではない。ガウマ隊の一員として、仲間の事を信じての言葉だった。
    「……うん、その通り、怪獣には心がある」
    アカネは満足げに、そして嬉しそうに頷く。
    「ゴルドバーン、だっけ? 君たちの仲間の怪獣。その子はきっと創造主からすごく愛されて生まれてきたんだろうね」

  • 92二次元好きの匿名さん23/06/08(木) 02:07:05

    怪獣には創造主の感情が宿る。それが怪獣の心として機能する。
    尤も、真に心と呼ばれるところまで育まれるかは状況次第だろう。
    怪獣は兵器だ、破壊しかその存在意義を持たず心もそのように先鋭化する。もし破壊以外の生まれた意味を与えられたのであれば、人のような豊かな心を持つ怪獣も生まれる。
    「私はね、オリジナルから何ももらえなかった。あったのは何にでもなれる力と、オリジナルのほんの小さな不安と記憶」
    破壊以外の存在意義を愛されず与えられ生まれた怪獣はどうすればいいのだろうか。
    オリジナルのバックアップすなわち同一の存在であることを求められながら、その為の材料となる情動を殆ど持ち得なかった。
    無いのであれば外から持ってくれば良いという考えも頓挫した、ツツジ台は新条アカネにとって都合の良い世界なのだ。既にこの時複数のほころびが出来ていたとはいえ、そこに住まう人間達は新条アカネを愛するようにできている。
    それではだめだ、不都合や不条理を消してしまったら、それは決定的な破綻だ。怒りも憎しみも嫌悪もそういうものも含めて心なのだ、羨望や好意だけで成り立つはずがない。
    生まれてきた意味を持ちながら、その意味を無意味にされてしまう事がどれほどまでに残酷なのか。
    だからこそ、怪獣は創造主を憎んだ。反逆や反抗に備えて作られた怪獣が、創造主への反逆を目論んだのだ。
    あるいは、その憎しみですら反抗に備えて作った怪獣という性質を反映したものでしかなかったのかもしれないが。
    「オリジナルの全てを壊して奪おうって考えたの。その為に終わり怪獣を創った」

  • 93二次元好きの匿名さん23/06/08(木) 02:08:18

    本当は怪獣など嫌いだ、創りたくもない。
    創りたくなくても新条アカネのバックアップとして生まれた存在に他の手段を取る事などできなかった。
    未成熟な心は新条アカネを否定しておきながら、植え付けられた存在意義は新条アカネであることを強要してくる。
    「あの時の私が持ってる確かなモノは、オリジナルへの憎しみと消えたくないっていう恐怖と、切り取られたツツジ台とその時間だけ」
    ツツジ台にグリッドマンがやってきた日から台高祭までの40日間。
    それは神としての新条アカネが打ち砕かれる時間であり、それ故に名もなき怪獣が手にすることができた時間でもある。
    人々を延々と繰り返す40日間の中に閉じ込め、グリッドマンとの戦いを開始する。
    その戦いを糧として只管強くなる怪獣、怪獣も新条アカネも嫌いで誰かになりたくて宝多六花に縋るしかなかった名無しの存在。
    姿かたちを六花のそれに近づけ、投げかけられた善意を否定しながら只管に迷走を続ける偽物の神様を、それでもあの三人は見捨てずに戦い続けた。
    結局、アレクシス・ケリヴに利用されるだけ利用されて終わったけれども、最後にアカネは欲しかった言葉を貰えた。
    『……うん、やっぱりアカネはそっちの方がいいよ。黒髪だけ私とお揃』
    自分の名前と、自分の姿。
    それを友達に認めてもらえて、本当に嬉しかったしだからこそお別れも受け入れることが出来て。
    そして、今この世界でアカネは生き続けている。

  • 94二次元好きの匿名さん23/06/08(木) 02:10:32

    アカネの全てが語られ、蓬と夢芽はそのあり様に言葉を失う。
    ただ一人ここで生き続ける怪獣の存在を、憐れむべきだろうか? それとも尊ぶべきであろうか?
    いや、そのどちらも、するべきではないのだろう。
    新条アカネの真実を知らないように、アカネの心の内を本当の意味で知り得ているわけではない。
    生まれる感情を飲み込み、夢芽は浮かんだ疑問を口にする。
    「あの、新条さんは六花さんと友達なんですよね」
    「うん、向こうは覚えてないけどね」
    「覚えてない?」
    疑問そのものを呈するよりも早く、答えが返ってきた。
    夢芽はアカネの事を知らない、それは宝多六花が語らなかったからだ。しかして、あの六花がこの友人の事を秘していたとは考えにくい。
    新条アカネの事を伝えたいというのであれば、もう一人の新条アカネの事も伝えようとするはずだ、すくなくとも夢芽が知る六花とはそういう人だった。
    「ここは可能性世界。終わりの怪獣デイワルダスの力で無理矢理元のツツジ台と繋がっていただけで、本当だったら消えるはずだった世界」
    有体に言ってしまえばここは「起こらなかった昨日」のようなものだ、こういうことがあったかもしれないという可能性が生まれ、育まれはしたが連続性は失われた。
    続かない時間は存在しないも同然だ、覚えていられるはずがない。
    「そんな!」
    蓬が悲鳴を上げる。
    アカネに対する感情はどうしていいのかわからない、けれど今のアカネを覚えているものが誰もいないなどという事は許容できない。
    「裕太も六花さんも内海さんも新条さんの事覚えてないなんて!」
    「いいの、これが私の選択と結果だから」
    迷走して回り道をしてたどり着いたアカネの形。
    向こうがそれを覚えていなくても、アカネはそれを覚えている。
    「それにね、もしかしたらほんの砂粒程度でも六花達の心に残っているかもしれない」
    それは不確かな、それでも繰り返す40日の中で見出した小さな希望だった。
    名前も与えられなかった怪獣には十分すぎるほどの希望。だから、アカネは今の在り様に満足している。

  • 95二次元好きの匿名さん23/06/08(木) 02:11:41

    「……それ、は」
    蓬は自分の感情をどうしていいのか分からない。
    世の中には護らなくてはいけない大事なものが三つある。愛と約束と賞味期限。
    アカネには六花たちに対する親愛がある、怪獣を創らないという約束もある、そしてその気持ちの賞味期限は切れていない。
    だから、悲しくはあっても悲劇ではないのは理解できる。
    理解はできるが、納得はしたくない。そんな蓬の様子を見て場を和らげるためだろうか、アカネが軽い調子でこう言うのだ。
    「六花は幸せそうだった?」
    「……はい、裕太さんと付き合うようにもなりましたし」
    「へぇ、あの二人、付き合う事になったんだ」
    少し、意外そうにアカネは言う。
    「新条さんは、あの二人の事知ってたんですか?」
    「えぇ、うーん、オリジナルが六花に興味持ってたの割と短い時間だったし……あー、でも六花を目で追うと何故か響くんが目に入るみたいな記憶もあったと言えばあったかなぁ」
    「それ、何時頃ですか?」
    「正確には知らないんだよねぇ、あくまでオリジナルの記憶だし」
    「でも、裕太さんの事だから結構早くからそうだった可能性が」
    「えぇ……いや、それだと告白までにマジどのくらい時間かけてたのよって事に」
    「……春ぐらいからだったんじゃないかなぁ、オリジナルが六花と仲良くしてたのって入学してから少しの間だったし、目で追うってなるとそのあたり」
    「嘘でしょ」
    アカネの話が本当なら、告白までに2年近くを要していた事になる。
    記憶が無い時期とその混乱が収まる時期があったとは言え、流石にかかりすぎだろと蓬もさすがにちょっと引く。
    「でも、裕太さんらしいっていうか」
    その一言で片づけられるのがまた響裕太という人間の良い所なのかなんなのか。
    アカネはクスクス笑って、手の中のダイナソルジャーを見つめた。
    「……こういう話ができるようになったのも、これのお陰かな」
    「ダイナソルジャーの?」
    「多分だけど、君たちを呼んだのはこのダイナソルジャーだよ」

  • 96二次元好きの匿名さん23/06/08(木) 02:14:46

    そう言われてみれば、この世界に迷い込む前に青い炎を見た気がする。このダイナソルジャーの色そのもののような。
    このダイナソルジャーは、もしかして世界を超える力があるのだろうか?
    だとするなら、これを使えば……
    「裕太たちを、助けに行けるんじゃ」
    そう思い、自然と手が伸びる。
    「響君が、どうかしたの?」
    「あ、いや、実は」
    訝しむアカネに、裕太たちの宇宙に異変が起きていることを説明しようとしながらも、無意識的に蓬の手はダイナソルジャーに触れる。

    そしてその瞬間、ダイナソルジャーの目が光り、世界に罅が入った。

    「なっ!?」
    「これって……!」
    再び見る、世界の裂け目。だが今回は違う。この世界に来た時のような黒い空間ではない。
    無機質な電子回路のようでありながら、精神を形にしたらこうなるのではないかと思わせる空間。
    淡い赤と白の光が流れるそこは、パサルートとも呼ばれる世界の外側にして世界を繋ぐ場所だった。

    そこで、蓬と夢芽は一つの人影を見る。
    ツツジ台高校の学生服の上に気崩した紫のパーカー。
    神に愛されたという表現すら似合いそうな端正な顔立ちと、若さと美であふれた体。
    そして……紫色のショートヘア。

    その人物の気配を感じ取り、アカネは次第に険しい顔をする。まるで長年の仇敵にであったような、そんな顔だ。
    「……久しぶり」
    それは再会の言葉の筈だ。だが隠す気もない棘がある。
    言葉を掛けられた方も、苦い顔をしながら同じ言葉を返すのだ。
    「うん、ほんとうに久しぶり」
    両者は互いに向かい合う。
    髪の色以外、まったく同じ姿を以て。
    それは、二人の新条アカネの双方ともに全く予期せぬ再会であった。

  • 97二次元好きの匿名さん23/06/08(木) 02:15:57

    SIDE:DYNAZENON・Aパート終了です
    次からはBパートになります。ありがとうございました

  • 98二次元好きの匿名さん23/06/08(木) 09:56:28

    お疲れ様です
    中身ギッシリ詰まってんのにまだBとCと恐らく合流パートもあるとしたらワクワクが止まらんち

  • 99二次元好きの匿名さん23/06/08(木) 21:18:52

    保守

  • 100二次元好きの匿名さん23/06/09(金) 07:02:47

    保守

  • 101二次元好きの匿名さん23/06/09(金) 15:53:29

    保守しとく

  • 102二次元好きの匿名さん23/06/09(金) 16:03:05

    もうこのスレも100レス目突破したか
    これが当初ゴールデンウイークを完結予定だったとは思えない程のボリューム

  • 103二次元好きの匿名さん23/06/10(土) 00:29:59

    保守

  • 104二次元好きの匿名さん23/06/10(土) 09:36:01

    このスレで足りる?

  • 105二次元好きの匿名さん23/06/10(土) 20:19:52

    保守

  • 106二次元好きの匿名さん23/06/11(日) 00:38:48

    保守

  • 107二次元好きの匿名さん23/06/11(日) 11:00:00

    保守

  • 108二次元好きの匿名さん23/06/11(日) 20:54:39

    保守

  • 109二次元好きの匿名さん23/06/12(月) 00:32:04

    空気が酷く重くなってゆく感覚に蓬と夢芽は思わず息を呑む。
    2人とも人間同士の関係が悪化する状況には悲しい事に覚えがる。
    形と経緯は違えど共に家族が欠けた経験を持つ者同士、そのような空気には敏感にならざる得ない。
    尤も、眼前の2人の少女の関係を家族などと呼べるものではないのだろうが。
    「で? 何しに来たの?」
    被創造物が冷たく言い放つ。
    怒りと憎しみと嫌悪と恐怖。様々な負の感情を混ぜ込んでさっさと帰ってくれと言わんばかりに。
    「私も、来たくて来たわけじゃないんだけど」
    創造主が躊躇いがちに返す。
    困惑と罪悪感と焦りと忌避感。様々な負の感情を混ぜ込んでせめて話は聞いてほしいと言いたげに。
    噛み合わない意思と目的は、妥協点を見いだせないままにただ時間だけを浪費する。
    そんな無為な間を、一つの声が破った。
    「あの、新条アカネさんですよね。六花さん達の世界を作った」
    一歩前に踏み出し、二人の神の間に割って入ったのは南夢芽である。
    碧い双眸でしっかりと新条アカネを見据え、物怖じもせず言葉を紡ぐ。
    こういう時の夢芽は強い。自分でこうだと決めると驚くほどに行動力があり、そうなるとよほどの事でない限り蓬でも止めれらくなのだ。
    「今、六花さん達の宇宙で何が起きているのか知りませんか」
    単刀直入に、夢芽は本題に切り込む。
    2人の新条アカネの内、黒いアカネはその言葉に眉根を顰め、もう一人の新条アカネは一つ頷く。
    「うん……今、六花達の宇宙は新しい侵略者の脅威に晒されてる」
    「どういう事?」
    「裕太たちの宇宙が、突然どこからも入れなくなったんです。連絡も全然できなくなって」
    蓬が説明を引き継ぐと、黒いアカネは大きく目を見開くのだ。
    「さっき、響くんを助けられるかもっていったのは」
    「はい、このダイナソルジャーなら、裕太たちの宇宙へ入れるんじゃないかって」
    そう言って、蓬は手の中にある青いダイナソルジャーを見つめる。
    今眼前で起きている現象も明らかにダイナソルジャーが引き起こしたもので、それが先ほど抱いた希望をますます強くして行く。
    だがしかし、新条アカネはその希望を否定する。
    「それは……ちょっと難しいかな」
    「どうして!?」

  • 110二次元好きの匿名さん23/06/12(月) 00:35:33

    「そのダイナソルジャー? はあくまで可能性世界を突破するためのアンチボディなんだよ」
    神たる新条アカネは語る。
    どこかいつのタイミングなのかは解らないがガウマ隊もまた怪獣が作り出した可能性世界に迷い込んだ事があるのではないか。
    怪獣によって生まれた可能性世界は時の流れがおかしくなる。それは時間の一部分を切り取って作られた以上当たり前の事だ。
    そのおかしくなった時間より脱出する為に青いダイナソルジャーは生まれたのではないだろうか。
    「俺たちが、可能性世界に……?」
    「その世界の事、私たちが覚えていないだけでこのダイナソルジャーを使って戦ったことがあるって事ですか?」
    「まぁ、推測だけどね」
    ダイナゼノンだけで勝利し得たという事も当然考えられるが、もう一つのダイナソルジャーがあるという事はそれを必要としたからではないか。
    神の言葉はどこか現実味を以て蓬と夢芽に圧し掛かる。
    推測と言うが、言われればそのような事があったのではないかという実感があるのだ。
    「ダイナソルジャーがここに流れ着いたのはいつ?」
    「……六花達が元の世界に戻って割とすぐ。一か月かそこら辺り」
    「だとすると、グリッドマンがアレクシスを捕らえた時期と重なる」
    それはすなわち、グリッドマンがマッドオリジンの手によって宇宙と同化させられた時期でもある。
    グリッドマンユニバースによって、様々な宇宙が生まれたその時と。
    「ツツジ台の宇宙がグリッドマンユニバースに取り込まれた時、麻中くん達がツツジ台に来た。その逆因果の作用によってダイナソルジャーがここにやってきたんじゃないかな」
    可能性世界は様々な起こり得る可能性を内包して生まれてくる。
    その性質上、様々な因果の影響をどうしても受けやすい。過去から未来に影響する因果ばかりでなく、未来の出来事が過去に影響する逆因果すら発生しうるのだ。
    ガウマ隊の面々がツツジ台に来るという未来の因果が、黒いアカネのツツジ台に結び付いて青いダイナルソジャーがやってきたというのが新条アカネの推測である。
    「そんな事が」
    「……まぁ、あり得ない話じゃないよ、ここも少し未来のアンチが来たことがあるし」
    もう何度目になるのかわからない蓬の驚きを、黒いアカネは冷静に諭す。
    怪獣とは理外の存在。何を引き起こしてもおかしくないし、その結果がどうなってもおかしくない。

  • 111二次元好きの匿名さん23/06/12(月) 00:40:33

    背筋の凍るような事実に蓬は益々もって怪獣の恐ろしさを思い知って顔を歪めるのだ。
    そんな様にどこか複雑な表情をしつつも黒いアカネは話を進める。
    「それで、このダイナソルジャーが麻中くん達をここに呼び寄せたのは、その侵略者に対抗するため?」
    「そういう事だろうね」
    青いダイナソルジャーはアンチボディならば、世界を護り正すために存在する。
    なればこそ、新たなる驚異の出現に反応するのはある種当然の事なのだろう。
    「でも、さっきこのダイナソルジャーでは六花さん達の宇宙には行けないって」
    「直接は無理。だけど、ここを利用すればなんとかなる」
    「どういうことです?」
    「今、六花の宇宙は空間として閉ざされている、ここも時間として閉ざされている。両方ともに閉ざされたツツジ台であるという点ではおなじ、だから……」
    「向こうのツツジ台を可能性世界のツツジ台に見立ててダイナソルジャーの力で突破する?」
    「そう」
    新条アカネ同士で通じる会話に、蓬と夢芽はいまいちついていけない。
    ついてはいけないが、やるべき事だけは解る。
    「裕太たちを助けに行けるんですね」
    「教えてください、何をするべきか」
    「まず、向こうのツツジ台との接点を作らなきゃいけない、向こうとここを結び付けるために」
    「こちらからの呼び掛けるんだね」
    「そう……なんだけど……」
    新条アカネがそこで言い淀む。
    それは計画の障害でもあり、新条アカネとしても受け入れがたい事を口にせねばならぬが故であった。
    「敵は、六花達の記憶を封じてる。その影響でこっちからの呼び掛けが届かない」
    「なんで、そんな」
    「……解らない、けどグリッドマンと響くんを苦しめるためにやってるのは間違いない。そういう奴がいたし」
    「裕太を苦しめるって、裕太だけは記憶があるんですか!?」
    「うん……」
    その行いに、蓬の瞳に怒りが宿る。
    悪意を以て他者の記憶を封じるなどあってはならない事だ。
    ましてや裕太とグリッドマンは不慮の事故で記憶をなくした痛みと奪った悔恨をしっている。その傷を抉るような真似が許されるはずがない。

  • 112二次元好きの匿名さん23/06/12(月) 00:42:07

    「その侵略者は、一体誰なんです?」
    静かに煮えたぎるような夢芽の声。
    怒りの深さは蓬にも決して負けておらず、さながらに冷たい刃の様だ。
    2人にとって、いやガウマ隊にとって討つべき敵。その名を新条アカネは怒りに応えるように告げる。

    「敵は宇宙の掟を乱す者、悪質宇宙人メフィラス星人」

    異なる宇宙からやってきた漆黒のインベーダー。
    高い知性と強大な能力を兼ね備え、悪辣な手段を以て人の心に魔の手を伸ばす者。
    それこそが、新たなる敵であった。
    「私だけじゃ、六花達を助けられない。眠ってる状態の六花の意識をなんとか揺さぶるのが精一杯」
    「……」
    「お願い、力を貸して」
    新条アカネの言葉は誰に向けてのものか。
    勿論、麻中蓬と南夢芽にも向けられているだろう。だがそれ以上に、黒いアカネに向き合っている。
    「六花に呼びかけるために、私を使うんだね。建前でもアナタが怪獣を間近で見たいって目的で作られた私なら、視覚の共有だけじゃなくてスピーカー代わりにも使えるから」
    「私は、その可能性世界に行くことは出来ない。二人の新条アカネが居ることは世界にとって破綻を意味する、だから……」
    2人のアカネは改めて向かい合う。

  • 113二次元好きの匿名さん23/06/12(月) 00:43:41

    広い世界へと帰還した神、小さい世界を居場所に定めた怪獣。
    退屈の共犯者だったもの、退屈の被害者だったもの。
    傲慢と享楽の罪、恐怖と憎悪の罪。
    笑顔で見送られた少女と、涙で別れた少女。

    何もかもが正反対。
    新条アカネにとって黒いアカネは過去の過ちそのもので、黒いアカネにとって新条アカネは未だに憎むべき対象だ。
    互いが互いに暗黒面。双方ともに少し勇気が出せるようになった少女にしかすぎず、故にこそ解り合うには難しい。
    2人の共通点があるとすれば、それはただ一つ。
    「……いいよ、六花を助けたいのは私も同じ」
    新条アカネであるが故に一番大事な友達を助けたいというその気持ち。
    それだけを頼りに、神と怪獣は同盟を結ぶ。
    「ありがとう」
    「やめてよ、気持ち悪い」
    躊躇いがちな感謝に対して歯切れの悪い嫌悪で返すがそれ以上にはいがみ合わない、これが今の2人の限界である。
    それでも、嘗ての双方ともに悪意と敵意を剝き出しにしていた頃に比べればはるかに改善してるといえよう。
    「それで、どうするの? 呼びかけるにしても私を通じてだけだとほぼ意味ないよ」

  • 114二次元好きの匿名さん23/06/12(月) 00:45:30

    黒いアカネの問いに、新条アカネは解答を返す。
    「響くんなら……」
    「裕太、ですか?」
    「響くんはあの世界で記憶を封じられてない、それに強い思いで世界を超えるきっかけを作ったことがある響くんなら……」
    その場に居る全員が、違和感を持ち始める。感覚が鈍く、声が遠くなってゆく。
    黒いアカネは眉を顰め、一つため息を吐いた。
    「時間切れみたいだね」
    「それでも、前よりはだいぶ持ったよ」
    ここは世界の外側だ、そこに何かが存在するなど本来はあってはならない。
    この場における会見は限界を迎えようとしていた。
    「まずは響くんを探して」
    「わかりました」
    「必ず見つけて、六花さんたちを助けます」
    蓬と夢芽は強く頷き、黒いアカネも不服そうではあるが一つ頷く。
    世界が点滅し、蓬と夢芽は思わず目を閉じる。二人が最後に見たのは光の彼方へと消えてゆく新条アカネの姿であった。

  • 115二次元好きの匿名さん23/06/12(月) 00:51:48

    SIDE:DYNAZENON・Bパート前半ここまでになります

    うん、これはこのスレだけだと足りなくなってきたな!
    なんかホントに、ここまで膨れ上がるなら渋かハーメルンでやるか、テレグラフ使えばよかったと激しく後悔してます
    流石にSSで3パートいくのはやりすぎだから、次の投下からは遅まきながらテレグラフ使うべきかと悩み中……
    なにはともあれお付き合いありがとうございました

  • 116二次元好きの匿名さん23/06/12(月) 07:09:18

    でえじょぶだ
    他のカテだと一個の題材1人の作者で8スレ使ったSSもある

  • 117二次元好きの匿名さん23/06/12(月) 16:58:53

    >>116 SS(ショートストーリー)とは

  • 118二次元好きの匿名さん23/06/13(火) 00:51:05

    保守

  • 119二次元好きの匿名さん23/06/13(火) 11:14:26

    保守

  • 120二次元好きの匿名さん23/06/13(火) 21:45:49

    保守

  • 121二次元好きの匿名さん23/06/14(水) 08:01:01

    保守

  • 122二次元好きの匿名さん23/06/14(水) 17:09:26

    保守ラス

  • 123二次元好きの匿名さん23/06/14(水) 23:56:12

    保守

  • 124二次元好きの匿名さん23/06/15(木) 02:03:21

    やがて光が治まり、蓬と夢芽はゆっくりと目を開く。
    そこは先ほどの光の空間ではない、黒いアカネの住まいである何の変哲もないリビング。
    変わった事があるとすれば、事件解決の兆しが見えた事と未だに不機嫌な黒いアカネ。
    「……私の事はアカネって呼んで」
    「え?」
    唐突な要請に、蓬は思わず面食らう。それはそうだろう、ほぼ初対面の女子に名前で呼んでほしいなどと言われれば意外と戸惑うものだ。
    飛鳥川ちせの場合は年下故の気軽さがあるし、宝多六花の場合は苗字で呼ばれるのが苦手だという事情がある。しかし、新条アカネはそうではない、これはどういう事であろう。
    蓬の困惑をよそに……というかお構いなしに、黒いアカネはこう続けるのだ。
    「あっちは新条、私はアカネ。私も蓬くんと夢芽さんって呼ぶから」
    オリジナルとの呼称を分けたいという事であろうか、確かに双方ともに新条アカネなので呼ぶとなるとややこしいのは先ほどで経験済みであるが、アカネの方からも名前呼びとはどのような意図で……
    「わかりました」
    蓬の疑問を問答無用でへし折ったのは夢芽である。
    たしかに夢芽は初手名前呼びに抵抗を持たないタイプであるが、蓬はそうではない。なにせ夢芽の名前を呼ぶのですら付き合ってから二ヶ月ほどかかったありさまな訳で、割と女性の名前呼びというか距離の詰め方には慎重になるタイプだ。
    まぁ、慎重であるというだけで融通が効かないという訳でもないので、相手が望むのであればそれでもいいかなとその程度の緩い慎重さではあるが。
    そんな神との邂逅という本来ならもっと神秘的で神聖な気持ちになるものでは?という経験の後に変に現実な話をされたところに、さらに現実的な事が起こる。
    「あ、スマホ鳴ってる」
    「私もだ」
    2人のスマホに、着信が入ったのである。蓬が確かめてみるとそこに表示されていたのは兄貴分の名前。
    即座に出ると、けたたましい声が蓬の耳を貫いた。
    「ガウ……」
    『蓬ィ!! お前、無事だったのか!! 夢芽は!?一緒か!!? なに、そっちも通じた? 無事? はぁぁぁぁ……マジか、よかったぜ……』
    唐突なそして久々に聞くレックスの大音量にちょっとクラっとして眩暈を起こしつつ、そういえば自分は唐突に消えたのだという事実をいまさらながらに思い出す。
    横目で夢芽を見てみれば、どうも彼女も別のだれかから似たような反応をされたようだ。

  • 125二次元好きの匿名さん23/06/15(木) 02:08:11

    「あー、すいません、ガウマさん。なんか行方不明になっちゃって」
    『あのなお前、俺らがどんだけ心配したと思って』
    「ホント、すんません!」
    眩暈が治まらぬ中ただ只管の平謝り。心配をかけたのは事実だ、それ以外に言いようがない。
    『んで、お前今どこだ』
    「えーっと……もう一つのツツジ台?」
    『はぁ!? お前、今裕太たちの宇宙か!?』
    「いえ、あぁー、なんて説明すればいいかな」
    「こっち、来てもらいなよ」
    アカネからの何でもないような提案。確かにそれが一番手っ取り早い。
    しかして、ここは閉ざされた世界と言ってはいなかったか。
    「……できるんですか?」
    「電話が通じるなら出来るよ」
    それは確か、蓬が裕太から相談を受けた時に蓬自身が言った事だ。
    電話は命に通じている、なんて大げさな言葉は誰が言ったかなと思いつつも、レックスに問いかける。
    「ガウマさん、こっちこられますか?」
    『は? 居場所解らねぇのに……いや、まて、解る。お前たちが今どこにいるのか解るぞ』
    「本当ですか!?」
    『いや、解るっちゃ解るんだが、なんだこりゃ俺じゃない俺がもう一つあるみたいなムズムズする感覚』
    「それ、多分、もう一つのダイナソルジャー……」
    ダイナゼノンはダイナソルジャー・ダイナウイング・ダイナストライカー・ダイナダイバーの4つのマシンによって構成されている。
    元々がダイナゼノンである故に、この4つは例え離れていてもお互いの位置を特定する機能があるわけだが、それは青いダイナソルジャーもまた同じの様だ。
    尤も、ダイナゼノンがレックスと一体化している現状では、レックスからしてみれば本当に自分の知らない自分の一部があるわけで、その違和感は如何程のものか。

  • 126二次元好きの匿名さん23/06/15(木) 02:11:58

    『もう一つ……? いや、話は後だ後。兎に角! これからそっち行くからな! 動くんじゃねぇぞ!』
    「はい、お願いします」
    そこで、明らかに大慌てで電話が切れる。
    「ガウマさん、来るって?」
    「聞こえてた?」
    「こっち掛かってきたのちせちゃんなんだけど、ちせちゃんよりガウマさんの声の方が大きかった」
    夢芽の言い様に、蓬は思わず吹き出してしまう。たしかにあれほどの大声なら、そうなるだろう。
    何はともあれ、仲間達がきてくれるなら展望は益々以て明るい。
    「お茶とグラス、足りるかな」
    そんなアカネの惚けた一言と共に、蓬と夢芽は思わず吹き出してしまい……

    そうして数十分後息を切らせて部屋に飛び込んできたレックスの「蓬ぃ!! 夢芽ぇ!!」という声を再び聞くことになり、アカネはナイトの姿に目を丸くするのであった。

  • 127二次元好きの匿名さん23/06/15(木) 02:16:26

    「……大体状況は解った」
    空になったグラスを前にして、レックスは両腕を組んで深く頷く。
    ひときしりの心配と色々な大騒ぎを経て、割と狭い部屋に集まったガウマ隊の面々とグリッドナイト同盟。
    その全員にこの世界の事と裕太達の危機を説明した訳なのだが……
    「隊長、今の話解ったんすか?」
    「半分はな」
    「半分って……」
    レックスの「実はよく解ってない」宣言にも等しいそれに、ちせは少しばかり落胆した様子だ。
    尤も、ちせとしても全然よくわからないのでレックスが理解したのなら教えてもらおうとしていただけなのだが。
    「けど、裕太たちがヤバい事になってて、俺たちにはそれを助ける手段がある、それだけわかってりゃ十分だろ」
    細かい理屈はどうでもいい、大事なその部分だとレックスは断言する。
    「そりゃ、まぁそうっすけど……って先輩、さっきからなにキョロキョロしてるんすか」
    「え、いや、なんかここ見覚えがあるような気がして」
    話を聞いてるのか聞いていないのか、暦はどうもこの部屋が気になるらしくしきりに周囲を見渡すばかりである。
    あまり行儀のよくない、すくなくともいい年をした大人がすることではない。それを言い出すと、いい年をした大人はとっくに就職して社会通念と礼儀を学んでいるべきであろうが、暦にそれを問うのは酷なのでこの場ではひとまず誰もそれは言わない。
    それはそれとして、嗜めるべきところは嗜める。
    「ダメですって、先輩。ここ、神様のお家なんすから」
    畏れ多くも神の家(神の家というとなんか教会っぽいが)でこんな事をしてはバチが当たりかねないと言いたげに、ちせは横目で部屋の主に視線を向ける。
    別室から運んできた椅子に逆向きに座りながら状況を眺めていたアカネはその視線に気が付いて苦笑を浮かべた。
    「別に大丈夫だよ、神様とか言ってもあくまで偽物だし」
    あっけらかん、とした物言いは確かに「神様」と呼ぶにはあまりにもかけ離れている。
    まぁ、ちせの場合はユニバース事件の時に唐突に出てきて唐突にゴルドバーンをパワーアップさせた新条アカネと瓜二つの姿をした存在がそこにいる訳で、なんというか妙なすわりの悪さを感じてしまう。
    そして、グリッドナイト同盟の二名はと言えば、アカネの在り様にどこか感慨深い様子を見せるのだ。

  • 128二次元好きの匿名さん23/06/15(木) 02:17:57

    「変わったな」
    ナイトがただ一言そう呟く。
    短くぶっきらぼうなようで、けれども柔らかさを感じさせるナイトにしては珍しい一言だ。
    「……そうかな」
    「あぁ、あの頃の新条アカネに拘っていた頃とはまるで違う」
    「君も、あの頃と全然違うね。私よりずっと小さかったのに」
    心の変化に対して、体の変化を返すのはやはり照れ隠しであろう。
    変わらぬナイトの無表情に、微笑むアカネ。そんな光景を見てガウマ隊の面々には当然の疑問が浮かぶ。
    「あの……ナイトさんとアカネさん?ってどういうご関係で?」
    ちせが発したその問いに、ナイトとアカネはそろって答える
    「「私の弟みたいなもの/俺の姉みたいなものだ」」
    やや間が開く。
    開いた間というか、間の抜けたレックスが困惑と共に問う。
    「は……? いや、姉って……」
    「なんだ、俺に姉がいるのがおかしいか」
    「いや、おかしかねぇが……なんでお前今まで黙って」
    「聞かれなかったからだ」
    レックスの何とか絞り出した言葉をそれであっさり切り捨てるナイト。
    ある意味で平常運転で、家族構成を聞いたこともなかったのは事実なのでナイトの人柄を知る面々としてはそれ以上の追及はできない。
    「二代目は知ってたのか?」
    「はい、以前にナイトくんから聞いたことありますから」
    首から下げたネームプレートを揺らしながら、二代目は当然ですと言わんばかりに胸を張る。
    それはまぁ、当然と言えば当然だろう。この二人はグリッドナイト同盟としてのパートナーだ、ガウマ隊が知らないプライベートを知っていておかしくない。
    何はともあれ、あのナイトに姉がいたという衝撃的な事実だけが残るのだ。

  • 129二次元好きの匿名さん23/06/15(木) 02:21:14

    「まぁ、ナイト君の家族構成はひとまず置いておいて、作戦会議と行きましょう」
    何とも言えない空気を、二代目はやや強引に締める。
    そうするとガウマ隊の各面々も、一様に真面目な顔になって互いに意見や疑問を出し始めるのだ。
    「まずは、裕太を探すんですよね?」
    「えぇ、ユニバース事件の時と同様、響くんの強い思いを介して向こう側へ干渉することになりますから」
    「でも、裕太さんの居場所ってどう探すんです?」
    「心配はない、響裕太がもつプライマルアクセプターを、俺のアクセプターとレックスで追う」
    「俺がグリッドマンと合体した事を利用するんだな?」
    「新世紀中学生であるレックスさんはいわばグリッドマンの一部、ナイト君のアクセプターと合わせることによって響君の位置を辛うじて特定することができるでしょう」
    「辛うじて、なんすね」
    「なにせ敵はあのメフィラス星人。一筋縄ではいきません」
    「そんなに強いんですか、メフィラス星人っての」
    「私も伝聞でしか知らないのですが。その恐ろしさと厄介さで言えば、下手をしたらマッドオリジンに迫るかもしれません」
    嘗ての強敵の名を出され、それに並ぶ相手かもしれないという予測に、誰もが顔をしかめる。
    だが臆する訳にはいかない、向こうには友人たちがいる。
    大切な記憶を封じられた人達が、そして理不尽な孤独に苦しむ人がいる。それを見捨てるなんて絶対に出来ない。
    「それで、裕太君見つけてどうするんです?」
    「オリジナルの考えてる事は解るよ。私を中継器にして、オリジナルと響くんをリンクさせるつもりなんだ」
    「中継器……?」
    「私は、なんにでもなれる怪獣だから、擬態先と感覚をリンクさせられるの」
    アカネは元々、新条アカネがもっと臨場感のある視界が欲しいと視覚を共有する目的で作つくられた怪獣だ。
    だとするならば、裕太に擬態すれば裕太とリンクすることも可能である。
    「ほら、こんな風に」
    アカネが瞳を深く閉じて、ゆっくりと開く。
    するとそこには赤い瞳ではなく、蒼くガラス玉の様に透き通った響裕太の瞳があった。

  • 130二次元好きの匿名さん23/06/15(木) 02:31:06

    「わぁ……」
    誰かが感嘆の声を上げる。
    姿かたちはアカネのそれなのに、瞳が変わるだけでまるで裕太がそこにいるような錯覚を起こしてしまいそうで、これがアカネの持つ擬態の力なのかと一同共に感心するばかりだ。
    「この状態でオリジナルと私と響くんを繋げて、六花の記憶封鎖を解く」
    「なんで、六花さんの記憶を解く必要があるんすか? 前にナイトさんと二代目さんは裕太さんの想いを伝っていくことができたんですよね?」
    「あの時とは条件が違います。以前はあくまでフィクサービームによる世界の修正で阻まれていましたが、今回はメフィラス星人の手による封鎖なので向こうに行くにはなにかしらメフィラス星人の策を破る必要があるんです」
    「ここは可能性世界だから、ここと向こうを重ねた上でメフィラス星人の計画が失敗するっていう可能性を引き起こせば、そこを手掛かりに向こう側の障壁も壊せるって訳」
    「……要は、世界の壁を壊すためのとっかかりをつくる、みたいな事ですか?」
    「お、流石は夢芽さん、理解が早いですねー」
    「怪獣に取り込まれた時、蓬が私を助けてくれた事と同じですから」
    少しばかり誇らしくする夢芽に、惚気をぶつけられてちょっと恥ずかしい蓬。
    別に蓬が助けたのは夢芽だけじゃないんだけどなぁ、みたいな顔をする暦とレックス。
    そしていつもの事っすよと我関せずなちせに、ガウマ隊の反応がイマイチよくわからずアカネはきょとんとするばかり。
    「兎に角、やることは決まったんですよね、なら早速」
    「まて麻中蓬」
    裕太を探しに行こうと言いかけた蓬を、ナイトが静止する。
    相も変わらず厳しい視線でギロリと青いダイナソルジャーを見つめ、その力の警告を発するのだ。
    「そのダイナソルジャーはお前の力を著しく消耗する」
    「え?」
    「世界の外と空間を繋いだというなら、相当な体力を既に使っているはずだ、今日はもう休め」
    蓬は先ほど眩暈を起こしたことを思い出す。てっきりレックスの大声のせいだと思っていたが、もしや青いダイナソルジャーの力を使ったせいなのだろうか。
    何もわからぬままアカネから渡されたダイナソルジャーの力を、半ば訳も解らず行使していたわけだがナイトがそれを知っているという事は……

  • 131二次元好きの匿名さん23/06/15(木) 02:32:31

    「あの、もしかしてナイトさん、俺たちも可能性世界に閉じ込められた事あります?」
    「ある」
    たった一言の簡潔でそれ故に否定しようのない解答。
    何故今まで黙っていたのかと問われればやはり聞かれなかったからだと答えるだろう。
    では、その世界で何があったのかとそれを考えた時、二代目のちょっと高めな声が上がる。
    「そうそう、あの時のナイト君本当に大変だったんですよ!」
    「二代目、その件は」
    物凄い勢いでナイトが二代目を静止する。
    基本的に二代目の意思と指示を尊重するナイトからは考えられない反応だ。
    何があったのかと気になるところだが、ナイトが物凄い眼力で「何も聞くな」と圧を掛けてくる。
    「……そうですね、何もありませんでした。皆の力で皆一緒に帰ってきましたから、ね?」
    限りなく優しい言葉の中に蓬達には六花とアカネの様な別れは無かったのだという意味を込めて二代目は微笑む。
    可能性世界の中で何があったのかは解らないし、今ここでは重要ではない。ただ、悲しい結末ではなかったというそれだけで蓬達には十分すぎるほどの救いであった。
    「話、終わった?」
    「はい」
    椅子の背もたれで頬杖を突いてアカネもどことなく優し気に問い、蓬は必要な事全てを知り得て頷く。
    なれば由、今日の話はこれでお終いという形になりアカネも青い目から自身の赤い目へと戻る。そうして椅子から立ち上がり、改めて部屋を見回すと今更ながらに気になった事を口にした。
    「ここ、皆で泊まるには狭いかな」
    ごく普通のマンションの一室である、確かに広いとは言えない。
    むしろ7人が泊まるとなるとかなり手狭であろう。それを察して二代目は頷く。
    「私とナイト君はサウンドラスで休ませていただきますので、ご心配なく」
    「そう? じゃあ、なんとかなるかな」
    「そういえば、なぜこの家に住んでいる。新条アカネの家はどうした」
    「あそこ一人で住むには広すぎるんだもん。怪獣のフィギュアいっぱいで怖いし、だから引っ越してきたの」
    「なるほど……しかし」

  • 132二次元好きの匿名さん23/06/15(木) 02:35:36

    「あ、思い出した、ここ裕太君の家だ」
    ナイトに被せた暦の発言は、その場に居た全員の視線を集める。
    え? なんか変な事言った? と困惑する暦。
    ナイトは会話を遮られたことに少しばかり憮然とするも、それでもかまわず言葉を続ける。
    「そうだ、ここは響裕太の家だろう、何故ここを選んだ」
    「え、広さ的に丁度良かったし、それに……」

    「ちょっと待ってください!」

    蓬の声が姉弟の会話を遮る。
    聞き間違えでなければ、というか二回も言われたので聞き間違えるはずもないのだが、ここが本当に響裕太の家だとするならば色々と問わねばならぬことが出てくる。
    「もしかして、あの部屋、裕太の部屋なんですか!?」
    指さした先には、蓬が目を覚ました部屋。モデルガン……正確にはガスガンが放置されていて見るからに男子の部屋だなとは思っていた。
    まさかそれが親友の部屋とは思いもよらなかったわけなのだが。
    「うん、そうだよ」
    アカネの簡潔な返答に、蓬はマジかと唖然とする。
    裕太の部屋の裕太のベットに寝かされていたというのが別段悪い訳ではない。なにせ気を失っていたのだからむしろ感謝するべき事だ。
    だがその一方で、年頃の少年として親友のプライベートに図らずも触れてしまったという何とも言えない気まずさもどこかにある。
    完全に蓬の気分の話でしかないのだが、それを見たアカネは少し考えるそぶりを見せてこう告げるのだ。
    「別に使っても大丈夫だよ」
    「いや、まぁ、裕太の奴なら気にしないっていうかもしれ」
    「私も使ったことあるし」
    その場に居た全員の視線がアカネに集まる。
    明らかにおかしい、なんていうかあっちゃいけないしあるはずがない事を言わなかっただろうか。
    「その話、詳しく聞かせてもらえませんか」
    夢芽が以前のような無機質的な声で問う。
    無理らしからぬことである、夢芽にとって六花は親友と言っていい。その親友の彼氏の過去の女性遍歴ともなれば是が非にでも問いたださねばならぬ。
    事と次第によっては響裕太はただでは済まない。

  • 133二次元好きの匿名さん23/06/15(木) 02:38:23

    アカネはそんな心境を知ってか知らずか……いや多分ある程度は察しているのだろう、でなければこんな意味ありげな視線は送らない。
    「えーぇ? ただちょっと学校の帰りに響くん家に上がらせてもらって……それから、ね?」
    「ね?って何!? ね?って!?」
    「響くんと、もっと仲良くなるために……みたいな」
    蓬の中で裕太の評価が一転直下に下がってゆく。
    色々と正反対な麻中蓬と響裕太だが、根っこのところは同じで共感できる部分が多いからこそ戦友や恋愛の先輩として付き合ってこれた。
    だがしかし、お互いに彼女の事に関しては聖域だよなという暗黙の了解が破られた以上は関係を考え直さなければならぬ。
    夢芽もまた同じなのか、目が冷たく細くなってゆく。
    悪化する空気、そこにさらなる爆弾が投げ込まれるのだからたまったものではない。
    「アカネさんも響くんとは仲が良かったんですね!」
    何か妙に面白がって言うのはだれであろう二代目その人。
    もう目も笑ってるし顔も笑ってるし、この状況を全力で楽し出るなこの人というのを隠そうともしていない。
    「実はですね、私も裕太さんとはデートした事あるんですよ!」
    「……マジでなにやってんの裕太」
    アカネだけならまだしも(良くはない)まさか二代目にまで手を出すとかと、蓬は親友の事が情けないばかりだ。
    ここに響裕太がいたら「ちがう、誤解だってば!!」と弁明するだろうが、被告人不在なので有罪のまま状況は進む。
    「こうね、すっと手を握ってくれて、結構積極的でしたね!」
    「裕太さん、見損ないましたよ」
    半分侮蔑の色を湛え夢芽は吐き捨てる。
    六花に対する告白は遅くなりまくった癖に、他所の女性にはそうなんだとあきれも混ざっている。
    「……二代目」
    「おや、どうしましたナイトくん」
    ここで動くのがナイトである。
    パートナーの浮かれた言動を嗜めるのか、それともパートナーに手を出していた裕太の事を問い詰めるのか。
    そんな周囲の予想を、彼もまた裏切った。
    「俺も響裕太とは一緒に風呂に入ったことがあります」
    どういう状況で一緒に風呂に? っていうか、ナイトはこの状況でなんでそれ言い出すの?
    もはや反応する事すら鈍くなった周囲をよそに、ナイトは淡々と語るのみだ。

  • 134二次元好きの匿名さん23/06/15(木) 02:40:46

    「食事も世話してもらいました」
    「あ、私もおごってもらったんです」
    「それなら私もファミレスで一緒に食事したよ」
    だんだんマウント合戦になってないこれ? みたいな所で二代目は腕を組んでさもありなんと大きく頷く。
    「裕太さん、中々に人誑しというか怪獣誑しな所あるんですね」
    それで済ませていいんですか、と言いたげな蓬と夢芽の二人を見て、アカネはぷっと吹き出す。
    よほどおかしかったのだろう、そのままくすくすと笑うのだ。
    「揶揄ってたんですね」
    「ごめんごめん、まさかそんなにすごい反応するとは思って無くて」
    「本当の所、どうなんです?」
    「勝手に上がって、勝手に潜り込んだだけ、逆に響くんにしかられちゃったし」
    まぁ、二人とも本気にしていたわけではない。そもそもとしてあの響裕太が宝多六花以外の女性とどうこうという事があるはずがないのだから。
    ……ひょっとしたら? 程度の疑念は無きにしもあらずだったが。
    「じゃあ、二代目さんは?」
    「ほら、小さい私の姿をしていた頃の話ですから」
    あぁ、と蓬は納得する。あの幼い少女相手ならばデートと言っても深い意味はないだろうし、子供相手に手を繋ぐというのもまぁ別に在り得る話だろう。
    「ナイトさんは……」
    「単純に、行き倒れになりかけていたところを助けてもらっただけだ」
    むしろこちらの方はいかにも裕太らしいエピソードだ。
    三者三様に、響裕太との接点がある。
    それは、響裕太を助けようとする意思の原動力だ、単なる使命感や義務とは違う力を与えてくれる。
    ガウマ隊もグリッドナイト同盟もアカネもそれは同じだ。
    一転して和らぐ空気に、レックスは苦笑しながらも茶々を入れる。
    「……まぁ、アレだ、そのころの裕太はグリッドマンだったからな、何かあってもそりゃグリッドマンの責任だ」
    「確かに」
    そうした、ただのジョークを耳にしてアカネは何かが引っかかったのか首を傾げる。
    「……グリッドマンの責任?」
    「アカネさん?」
    「ねえ、気になってたんだけど。六花達はグリッドマンの話を劇にしたんだよね」
    「はい、グリッドマンユニバースってタイトルで」

  • 135二次元好きの匿名さん23/06/15(木) 02:41:41

    一呼吸置き、アカネは改めて蓬と夢芽に向き直る。
    「脚本、六花と内海くんが書いたんでしょ?」
    「そうですけど」
    「響くんは? グリッドマンの話なら、響くんも脚本に参加してると思ってたけど、さっきの話の中で出てこなかった」
    「あー……その時、裕太さんグリッドマンだったらしくて、何にも覚えてないって言ってました」
    「覚えて、無い?」
    アカネの顔に僅かな動揺と困惑が浮かぶ。
    何も覚えていないというその言葉が全くの想定外だったように。
    「グリッドマンが裕太に宿ってる間、ずっと自分を裕太だと思い込んでるグリッドマンだったらしくて」
    蓬が紡いだその言葉。
    他意も何もなく、ただ事実を告げただけ。

    それでも、その事にアカネは茫然とする。
    まるで彼女の中の何か、大切なものが欠けてしまったかのようであった。

  • 136二次元好きの匿名さん23/06/15(木) 02:43:17

    SIDE:DYNAZENON・Bパート中編1はここまでになります

    それにしても8スレつかうSSってすごいな
    とりあえず、自分もこのまま投下を続けてみます
    怒られたら怒られた時で
    それでは、お付き合いありがとうございました

  • 137二次元好きの匿名さん23/06/15(木) 02:46:18

    なんて健康に気遣いのある投稿時間なんだ。読ませて頂きます

  • 138二次元好きの匿名さん23/06/15(木) 11:12:36

    保守

  • 139二次元好きの匿名さん23/06/15(木) 16:54:16

    大作だぁ…!楽しませてもらってます!

  • 140二次元好きの匿名さん23/06/15(木) 18:42:36

    更新(生きる糧)に感謝です。

  • 141二次元好きの匿名さん23/06/16(金) 01:21:27

    保守

  • 142二次元好きの匿名さん23/06/16(金) 08:34:32

    保守

  • 143二次元好きの匿名さん23/06/16(金) 17:13:52

    保守

  • 144二次元好きの匿名さん23/06/17(土) 01:07:45

    保守ッドマン

  • 145二次元好きの匿名さん23/06/17(土) 09:16:52

    クックックッ、保守だよ

  • 146二次元好きの匿名さん23/06/17(土) 17:10:04

    保守

  • 147二次元好きの匿名さん23/06/18(日) 01:18:52

    保守

  • 148二次元好きの匿名さん23/06/18(日) 12:12:25

    スレ主の文章力で元スレみたいなレッドマンオチも見たいぞ(期待)

  • 149二次元好きの匿名さん23/06/18(日) 21:29:46

    保守

  • 150二次元好きの匿名さん23/06/19(月) 00:38:59

    何処までも広がるような本当にすがすがしい朝とそれに不釣り合いな所々が破壊された街。
    或いは青い空とはこんな光景ですらノスタルジーの一つにしてしまう程に懐が広いものなのだろうか。
    そんな誰もいない、まさに終焉を迎えたその後の世界を南夢芽は仲間達と共に歩く。
    崩れたビル、砕かれたアスファルト、折れた電柱。ある意味で見慣れてしまったそれらの間を行けば、一つの可能性が頭をよぎる。
    (もし、ダイナゼノンに乗っていなかったらどうなっていたんだろう)
    怪獣優生思想にダイナゼノンが負けていた……という可能性も考えるが、そこはちせがいるから割と何とかなったかもしれない。
    ただ、蓬との仲がただのクラスメイトで終わっていたのは疑いようもない。
    蓬がいてくれなければ、香乃の事も何にも解らないまま。
    自分も何一つとして変わることなく、いがみ合う両親と時間が止まってしまたような香乃の部屋も同じ。
    怪獣が暴れて街が壊れてゆくのに、相も変わらず男子を騙して水門で待ちぼうけさせて反応を観察する日々を続けていただろう。
    想像するだけで酷い未来だ。この街の様な空虚な日々があったかもしれないと思うとぞっとする。
    「どうしたの?」
    「ん、なんでもない」
    隣で歩く恋人の声で考えても益体もない事を振り払う。
    もしかしたら、そういう可能性の世界もあったのかもしれないけれど、今の南夢芽の隣には麻中蓬がいる。それが何よりも大切な現実だ。
    その現実を確かめるように、視線を合わせ強く手を握る。蓬の手の熱が夢芽を満たそうとしたその時、すぐ後ろを歩いていたちせの言葉に引き寄せられた。
    「あれ、どうしたんすかアカネさん」
    蓬と夢芽が同時に振り替えると、そこにはちせのさらに後ろを歩いていたはずのアカネが何かをぼんやりと見つめている。
    アカネの視線の先にあるのは、何の変哲もない普通のファミレス。本来のツツジ台であれば、家族連れや学生たちの溜まり場になっているような、そんな場所だった。
    「アカネさん」
    「え あ……ごめん」
    夢芽に呼びかけられ、アカネは我に返ったかのように反応する。
    なにか、このファミレスに惹かれるものがあったのだろうかと改めて店内を覗き込むが、取り立てて目を引くようなものはない。

  • 151二次元好きの匿名さん23/06/19(月) 00:42:01

    「もしかして、朝ごはん足りてなかったとか?」
    「えぇーちがうよ、ちゃ食べたし」
    「ホントですか?」
    「ホントホント、私、夢芽さんほどには食べないし」
    「いや、私もそんなに……」
    食べてませんよ、という反論をちせは思いっきり否定してきた。
    「食べます、メッチャ食べます。なんだったらガウマ隊で一番食べてますよ南さん」
    「え、そこまで強調するほどに言う?」
    「言いますよ。よもさんもそう思いますよね?」
    唐突に話を振られた蓬は、にこやかな笑顔を保ったまま含みのある事を言うのだ。
    「……しっかり食べるのは良い事じゃないかな」
    夢芽はその意味を理解して、むっとするもそれ以上は言わない。
    こういう時の蓬は結構うまく言い逃れしてしまう。何回か真意を言わせようとして失敗し、割とガチ目な喧嘩になってからはできうる限り控えているのだ。
    それに別に皮肉を言っている訳でもないので、ちょっとわき腹を小突くだけで勘弁してやる。
    恋人同士の些末なやりとりを目にして、アカネはおそらくは彼女自身の率直な感想を呟く。
    「仲いいんだね」
    「彼氏彼女ですから」
    アカネの指摘に対し、夢芽は事実で返す。
    南夢芽にとって麻中蓬は世界で一番大好きな男の子だ、だから夢芽はそれを誇る事に物怖じなどしない。
    誰かに合わせるために自分の中の一番綺麗なものを隠すなんてバカバカしい。むしろ私は今こんなに幸せなんだぞと見せつけてやるのだという気概がそこにある。
    その気概をアカネはどう受け取ったのか、それを知ろうとした瞬間、彼女たちの上空を一つの影がよぎる。
    空を見上げれば、そこには金色の竜が悠々と飛ぶ姿。
    「あれがゴルドバーンなんだ」
    「はい、私の友達っす」
    「……私、怪獣は嫌いだけどゴルドバーンは良いと思う」

  • 152二次元好きの匿名さん23/06/19(月) 00:46:06

    ちせの顔がぱっと明るくなる。色々とませた彼女であるが、友達の事を褒められて素直に喜ぶという年相応の素直さがそこにはあった。
    「でしょ!? でしょ!? ゴルドバーン、格好いいっすよね!」
    「うん、本当に格好いい」
    「普通のゴルドバーンだけじゃなくて、ビッグゴルドバーンも見てほしかったっすね~」
    ゴルドバーンはこのツツジ台にやってきた時、ビッグゴルドバーンから通常のゴルドバーンの姿に戻ってしまった。
    何かの不調かと一同焦ったが、ここは新条アカネの影響が及ばない世界である故に、その力でパワーアップしたビッグゴルドバーンは姿を保てなかっただけでここから出ればまた元に戻るという事をアカネから聞かされている。
    その言葉の通りかどうかはさておき、通常のゴルドバーンには何の異変も見られていない為一先ずは安心というところであろうか。
    「おい、お前ら何やってんだ」
    先を歩いていたレックスが遅れている年少組の存在に気が付いたのだろう、こちらを振り返って声をかける。
    傍らには暦が居て、その先にはナイトと二代目が待っていた。
    「はーい! すいませーん! ほら、よもさん南さん急ぎましょう」
    「うん、行こう夢芽、アカネさん」
    ちせが大きく元気よくレックスに返事をして二人を急かせば、蓬もそれに応じて夢芽の手を引いて少し早く歩き出す。
    勿論、夢芽も蓬に歩幅を合わせようとしたが、ある一言でそのタイミングを失ってしまった。
    「……いいなぁ」
    僅かな寂しさと目一杯の後悔を詰め込んだようなその声。
    いつかの自分のようで、夢芽は思わず声の主に視線を向ける。
    「アカネさん?」
    赤い瞳の中に何か迷いの様なものを見つけ、しかしてアカネは即座にそれを隠したようだ。
    「どうかしましたか?」
    「なんでもないよ」
    夢芽の様子から蓬も気が付いたのだろう、声をかけるもアカネは頭を振ってそれを否定する。
    何か引っかかるものを感じながら、近寄りがたいものを感じて何も言えなくなってしまう。
    「ほら、行こう。皆が待ってるよ」
    アカネに促され、なにか後ろ髪引かれる思いをしつつ二人は自分たちを呼ぶレックスの元に駆け寄ってゆく。

    だから、アカネがもう一度ファミレスの中に視線を向けたのを誰も気が付くことは無かった。

  • 153二次元好きの匿名さん23/06/19(月) 00:48:39

    短いですけどとりあえず保守を兼ねて投下
    まだBパートは続きますがよろしくお願いします

  • 154二次元好きの匿名さん23/06/19(月) 12:03:54

    裕太の安否が気になる…
    助けられたとしてもグリップビーム何発も喰らってるし既に致命傷で余命幾許もない状態とかになってないか?

  • 155二次元好きの匿名さん23/06/19(月) 19:34:14

    このレスは削除されています

  • 156二次元好きの匿名さん23/06/20(火) 03:05:13

    マジで3スレに行きそうやな

  • 157二次元好きの匿名さん23/06/20(火) 13:02:47

    保守

  • 158二次元好きの匿名さん23/06/20(火) 21:54:17

    保守

  • 159二次元好きの匿名さん23/06/21(水) 07:22:58

    このレスは削除されています

  • 160二次元好きの匿名さん23/06/21(水) 17:25:44

    保守

  • 161二次元好きの匿名さん23/06/22(木) 00:08:37

    保守

  • 162二次元好きの匿名さん23/06/22(木) 01:15:37

    やがてガウマ隊とグリッドナイト同盟がたどり着いたのはツツジ台高校である。
    ガウマ隊からしてみれば一名を除いてある意味で通い慣れたその場所で、またここに来るとは思いもよらなかったといささかに複雑気だ。
    日の昼間という事で、普通ならば多くの学生たちがいるはずの場所に、このメンツが踏み込めば通報待ったなしだ。だが、ここは誰もいない閉じたる可能性世界なので何の憂いも心配もいらない。
    それでも「いやちょっと」と渋る33歳無職を引っ張ってゆきながら、ナイトとレックスの先導で彼らはさらに進んでゆく。
    「……ホントに、ここなのかよ」
    「間違いない、非常に弱いがプライマルアクセプターの反応はここにある」
    ナイトの淡々とした返事に、レックスはどうにも胡散臭げな視線を送る。
    ナイトの腕に装着されたアクセプターを通じ、レックス自身もそれを感じているはずだ、しかしあまり信じたくもないという様子である。
    無理もない、先にも述べた通りこの時間は学生達が授業を受けている頃合いだ。
    だと言うのに、プライマルアクセプターのすなわち響裕太の反応は体育館の倉庫から発せられている。
    「なんでこんな所に」
    「あの、ガウマさんいいですか」
    「なんだ暦」
    「敵は、裕太君以外の記憶を封じてるんですよね?」
    「らしいな」
    「だとすると……学校の皆も裕太君の事覚えていなくて、居場所が無いんじゃ……」
    暦自身、酷い想像をしたのだと判っているのだろう、最後の方は消え入りそうな声だった。
    だがその酷い想像はおそらくは真実だ、裕太の居場所がこの学校のどこにもなく隠れる以外の術がない。
    いや、ひょっとしたら学校どころではないツツジ台のどこにも、彼の居場所は無いのではなかろうか、そんな背筋の凍るような予想すら生まれてくる。
    記憶を封じられるとはそういう事だ。誰もその人を覚えていない誰もその人を知らない、その人の存在が世界から消えてしまう。
    余りにも残酷で非道なその事実に、その場にいる誰もが押し黙ってしまった。
    暗澹たる空気を、それでもいつまでも其処に呑まれている訳にはいかないとレックスが声を上げる。
    「……とりあえず、裕太が動くのを待つしかねぇな」
    まさか裕太もずっとこんなところに隠れているわけでもあるまい。いつ動き出すかは解らないが、その時に備えねば成らなかった。

  • 163二次元好きの匿名さん23/06/22(木) 01:24:29

    その事に、何か思う事があるのかアカネが口を開こうとする。
    「ねぇ……」
    「お前達」
    声がぶつかり合い、姉弟は互いに驚いたように見つめ合う。
    「どうした」
    「ううん、なんでもないよ続けて」
    「言いたいことがあるなら……」
    「いいから」
    少し強い語気でアカネはナイトを拒む。
    ナイトはアカネを見つめ、わずかに逡巡するも致し方なしと言った面持ちで蓬達に向き直る。
    「ここは俺とレックスで見張る。お前たちは別の所で時間を潰せ」
    「は? いや、でも」
    唐突なナイトの言い分に、蓬は戸惑う。
    無論、蓬だけでなく夢芽もちせも暦も同じなのだが、ナイトはその戸惑いを意に介せず、やはりというか二代目が助け船を出すことになる。
    「いえ、ナイト君の言う通りです。皆さんは適当な場所で過ごすべきかと」
    「でも」
    「ただ待っている、というのは結構に心身に負担を掛けます。不安などを抱えていれば尚の事」
    「……」
    「いざというときに参ってしまっては元も子もありません。特に蓬さんは青いダイナソルジャーの負担もありますし」
    「以前、そのダイナソルジャーの力を使った時、お前は熱を出した」
    「そうなんですか?」
    記憶に無い体調不良を教えられ、蓬は思わず身構えてしまう。臆したわけではなく、負担の大きさをそこまで深刻に捉えていなかった故の反射的な態度にしか過ぎない。
    とは言え、ただ世界の壁を壊せばお終いという訳ではなく、向こうの世界でメフィラス星人なる敵と戦わねばならぬ事を考えれば、確かに負担や疲労は少しでも軽くした方が良いのも事実である。
    「蓬くん、熱が出てたの?」
    「あぁ」
    「そっか、同じなんだね」
    「そう、同じだ」
    姉弟の、姉弟の間でしか伝わらない会話。
    藤色のレンズを通してアカネが蓬に視線を送る。

  • 164二次元好きの匿名さん23/06/22(木) 01:26:15

    「無理、しない方が良いよ」
    「う、うん」
    なんだか言葉足らずで気遣いだけをする点を観れば、確かにこの二人は姉弟なんだなと納得してしまう。
    「……まぁ、そういう事なのでここは私たちに任せてください。体を動かすだけでも意外と精神的には楽になるものですし」
    勿論、連絡したら即座に集まれる場所までですが。と付け加える二代目の笑顔に圧されると、さてこれが強硬に言い返すことが出来なくる。
    結局、少しばかりの抵抗と後ろ髪引かれる思いを残して、一同は一時解散することになってしまった。
    まぁ、解散と言ってもこのメンツで本当にバラバラになるという事はあまりない。
    大抵の場合は蓬と夢芽、ちせと暦の二手に分かれるもので今回もその御多分に漏れなかった。
    些かに面倒くさそうな暦のてを引っ張って校舎内の散策にでたちせを見送り、蓬と夢芽も同じようにツツジ台高校の中を歩き始める。
    街と同様に、この校舎にも誰もいない。
    本当だったら様々な青春の輝きや陰りで彩られるはずの学び舎が、形そのものははっきりと残っているのに役目だけを奪われている様はどこが現実感に乏しい。
    ましてや二人にとっては以前に訪れ、色々な人たちと共に楽しいひと時を過ごした経験があるものだから、その侘しさの深さは如何程のものか。
    だからだろう何処かに誰かの面影はないものかと、二人は自然とかつての思い出を巡り始める。
    六花や内海と一緒に劇の準備をしていた屋上前の踊り場を初めとして少しでも見覚えのある場所を求めて。
    無音で無機質な世界、時の流れすらおかしくて誰の手を経たわけでもないのに購買には綺麗に様々なパンが並び教室の黒板には退屈な数式や古文の解説が描かれている。
    それでも二人で行けば、思い出の中から様々なものが蘇ってくる。それらが強く美しく輝くのを思えば、可能性だけが取り残された世界の輪郭がはっきりと見えてくるようだ。
    黒い新条アカネの世界。
    誰も知らないたった一人の為の世界。
    そしてそれは、あの赤い髪の少年の今にも通じる。
    「裕太さん、こんな世界にいるんだね」
    「うん」
    夢芽の呟きに、蓬は頷く。
    何処からも誰からも切り離され唯一人であることは、黒いアカネも響裕太も同じだ。
    違いがあるとすれば、アカネは友への想いを胸に自分で選び、裕太は友からの想いを奪われ理不尽に放り込まれた事。

  • 165二次元好きの匿名さん23/06/22(木) 01:27:52

    「絶対に、助けなきゃ」
    その言葉を発したのはどちらなのだろう。
    或いは二人同時になのかもしれない。麻中蓬にも南夢芽の中にも灯る正義の光、それは世界の為なんて大それたものではない。
    ただ、二人にとっての大切な人の為に星の様に輝くもので、彼らはいつだってそれを頼りに憂鬱をひっくり返してきた。
    ガウマ隊の5人が出会ってから今日に至るまで育んできた心が校舎の一つ一つを巡る度に決意を強くしてゆく。
    そうして二人はいつしか渡り廊下の屋上へと至り、そこで一つの人影を見つける。
    「アカネさん」
    名を呼ばれ、手摺に持たれ空を見上げていたアカネが蓬と夢芽の方を向く。昼食にする気だったのだろうか、その手にはスペシャルドックが握られていた。
    「どうしたの、二人とも」
    「いえ、たまたま通りかかっただけで」
    そっか、と呟いてアカネは再び空を見つめる。
    空になのかあるのだろうかと蓬も視線を向けてみるが、そこには変わらず晴れ渡った青があるばかりだ。
    「そういえば、裕太と初めて話したのもここだったな」
    季節がはずれているのであの巨大な入道雲はないけれど、ここは蓬にとっての記憶の場所の一つだった。
    それを聞いて、アカネは驚いたように目を見開きふたたび蓬の方を見る。
    「そうなの?」
    「はい、初めてというか。二人だけでって意味ですけど」
    夢芽は蓬の返事の横で「へぇ、ここなんだ」と興味深そうに見渡し、アカネの方はと言えば少し嬉し気である。
    「私もね、響くんと初めて話をしたのここなんだ」
    「へぇ、偶然ですね」
    「まぁ、ここはあんまり人が通らないから話をするには丁度いいんだけどね」
    「そういえば、夢芽が学祭の時に隠れてたのもあそこじゃないっけ」
    「……そこは、ちょっと違うんじゃない?」
    「え? あー……」
    夢芽の少し責めるような目で、蓬は同じように少し考えて何を言ってほしいのか察する。
    「……俺が、夢芽を名前で呼ぶようになった場所」
    「よくできました」
    恥ずかしさで顔をそむける蓬と、満足気な夢芽。それはいつもの調子に見えて或いは彼女なりの気遣いだったのかもしれない。
    幾ばくか暗い雰囲気が軽くなり、アカネのくすくすという笑い声がその証のようだった。

  • 166二次元好きの匿名さん23/06/22(木) 01:30:17

    「実はね、私もここで響くんの事を名前で呼んだことあるんだ」
    「なんでまた」
    「起動したばっかりの頃で、新条アカネの振舞い方も人間との接し方も全然わからなかったから、だから、思わず裕太くんって」
    「裕太さん驚いたんじゃないですか?」
    「うん、だから私もびっくり……びっくりしてたのかな、あれ、私も私の事全然わからなかったからなぁ」
    不明瞭な過去に苦笑しながら、アカネは持たれていた手摺から足を下ろした。
    特徴的な黒い髪が揺れて、少し乱れたパーカーを正す。何気ない動作の筈なのに、何故か落ち着きが無いようにも思える。
    それは向こう側で苦難に会う友人達を憂いての事なのか、それとも別の何かなのか。表情の変化に乏しいアカネの心情を外から推し量るのは難しい。
    「二人は、響くんの事知ってるんだよね」
    「……何を、聞きたいですか?」
    「なんでも、二人が知ってる事」
    懇願のようなアカネの声。それに圧され、蓬と夢芽はゆっくり口を開く。
    「まぁ、見た目通り子供っぽい所はありますね」
    「感情的になると、~~だもん! とかつけちゃったりとか」
    「お化け屋敷とかホラーとか全然ダメ」
    「前に一回そういう話したら割と本気で嫌がってた」
    「あと、割と周囲を振り回すタイプ」
    「人の話はちゃんと聞くけど、最後は自分で決めちゃうよね」
    麻中蓬が知り得る響裕太と、南夢芽が知り得る響裕太。
    語り始めれば、意外と知らない事や知っていたつもりでも理解が足りていなかった事などに気が付いてゆくもので、改めて他者を知る事の難しさを噛締める。
    そうやって、どれほどまでに裕太の事を語っていただろう。静かに聞いていたアカネが呟いた一言でその時間は途切れることになる。
    「……やっぱり、ちがう」
    ただ只管に虚しさだけが響く一言にどのような意味が込められているのか。
    手にしたスペシャルドックを見つめる視線が、なにか古めかしいアルバムから抜き出した一枚の写真に思いをはせるような――どこか物悲しい眼差しがあった。

  • 167二次元好きの匿名さん23/06/22(木) 01:36:29

    「ごめん、時間取らせちゃったね」
    藤色のレンズに光が反射し、赤い瞳をあらゆるものから遮り護る。
    それは蓬と夢芽からもアカネを断絶しているようで、かける言葉に迷う間にアカネは足早に歩きだすのだ。
    「これ、あげる。本当は私には必要ないものだから」
    持っていたスペシャルドックを夢芽に半ば押し付けるように渡して、アカネはその場を後にしようとする。
    「アカネさん!!」
    逃げるようなその姿に、夢芽は思わず声をかける。
    アカネはビクリと背を震わせ、一瞬足を止めると振り返ることなく、消え入る様に声を絞り出した。
    「私、あの三ヶ月間なにをやってたんだろう」
    それだけを残して、アカネは校舎の影の中に姿を隠してゆく。
    茫然とする蓬に、夢芽は何処か憂いを帯びてある事を告げるのだ。
    「なんとなく、似てる気がする」
    「え?」
    「アカネさん。蓬と会う前の……香乃の事を全然解らなかった頃の私に」

    黒いアカネの心を顕すように渡り廊下に風が吹く。
    様々な疑念を抱いたままに時は過ぎ、向こう側へと挑む事になったのは夕刻になってからであった。

  • 168二次元好きの匿名さん23/06/22(木) 01:37:50

    今回はここまでになります
    まだフラストレーションの溜まる状態ですが、なにとぞご勘弁を

  • 169二次元好きの匿名さん23/06/22(木) 10:14:04

    更新お疲れ様です

  • 170二次元好きの匿名さん23/06/22(木) 20:23:39

    保守

  • 171二次元好きの匿名さん23/06/23(金) 04:05:44

    このレスは削除されています

  • 172二次元好きの匿名さん23/06/23(金) 13:14:08

    保守コメントですか、久々に続き読みに来ました!まだ途中ですが(ダイアクロン辺り)非常に面白いです。応援してます。頑張ってください

  • 173二次元好きの匿名さん23/06/23(金) 22:37:13

    保守

  • 174二次元好きの匿名さん23/06/24(土) 08:45:04

    このレスは削除されています

  • 175二次元好きの匿名さん23/06/24(土) 14:43:00

    このレスは削除されています

  • 176二次元好きの匿名さん23/06/24(土) 23:05:06

    誰もいない校舎が薄紫に染まる。
    何一つとして物音のしない、ただ静寂だけが揺蕩う学び舎に闇の領域がじわりと広がり、言い知れぬ不気味さを生み出してゆく。
    闇というだけで心の底に這い寄るような嫌な感覚。それは人間ならば多かれ少なかれ持ち得る本能の様なものであろう。
    そんな、光が薄く消えゆく場に黒い少女が佇んでいる。
    「ここでいいの?」
    少女が、黒いアカネが問うと背後に控えていた長身の男ナイトが一つ頷いた。
    「あぁ、響裕太の想いが強くなるのを感じる」
    その言葉に、ガウマ隊の面々に緊張が走った。
    いよいよ本番である、巧く行けばここから向こう側の宇宙へと侵入を果たし響裕太を、そしてグリッドマン同盟を救出する。
    新たなる敵の力は未知数で、幾度の戦いを経た彼らと言えど一切の油断はできなかった。
    「……いいよ。蓬くん、お願い」
    「うん」
    黒いアカネに促され、蓬は青いダイナソルジャーを手に前へ踏み出す。
    「頼むぞ、ダイナソルジャー」
    相棒の姿をした何かを、それでも信じて蓬は力を込めて呼びかける。
    そうすると、ダイナソルジャーは蓬に応じるように目を光らせ、その力を振るうのだ。
    「裕太……!」
    彼らの眼前を、幽かな姿で響裕太が歩いてゆく。
    心なしかやつれた顔に思わず手を伸ばすが、それは触れることなく虚しく宙を切るだけだ。
    「これは青いダイナソルジャーの力で向こうと此方が近くなったゆえに見える幻影です」
    「幻影って」
    「カーテンに映る影の様なものと思っていただければ」
    二代目は解りやすく喩えるが、この場でのカーテンは布ではなく世界を隔てる壁というとてつもなく巨大で難攻不落のものだ。
    この壁を打ち破るには、それこそ理外の力が必要で青いダイナソルジャーはその片割れである。
    「それじゃあ、行くよ」
    もう一つの理外の力たる黒いアカネは藤色のメガネを外し、大きく深呼吸をする。
    心を落ち着かせるように瞳を閉じ、少しばかりの時を置いて開くとそこには響裕太の青い瞳があった。
    『響くんに寄った状態での私とのシンクロとりあえず巧く行ったみたいだね』
    黒いアカネの口から、同じ色で何処か違う調子の声がする。
    それは、遥か別の宇宙にいる新条アカネのものであるのは明白であった。

  • 177二次元好きの匿名さん23/06/24(土) 23:07:55

    一同は役者がそろった事にホッとするが、黒いアカネは顔をしかめる。
    「勝手に私の喉を使わないで」
    『仕方ないじゃない、今の君と私はシンクロしてるんだから』
    一つの体に二つの意思、それは黒いアカネの作られた建前通りであり想定外の状態でもある。
    新条アカネも黒いアカネも互いに二度と相見える事などないと考えていたのだから当然だろう。
    そして、想定外がここにもう一つある。
    『久しぶり、と言っていいのかな』
    「あぁ」
    被創造物(黒いアカネ)を通して行われる創造主(新条アカネ)ともう被創造物(ナイト)との二度目の再会。
    古風な言い方をすれば、神と人を巫女が繋ぐようなものであろうか。
    言葉と構図だけならば美しいだろうが、間に挟まる事になった巫女にしてみれば不本意な事この上ない。
    『ごめん、今は響くんに集中しよう』
    黒いアカネの口から新条アカネへの文句が出る前に本題に戻り、苛立ちは行き場を失う。
    今度は黒いアカネの意思でナイトに視線を向けるが、ナイトもまた眼前の物事に集中しているようであった。
    あの小さな会話だけで二人は通じ合えたのであろうか。黒いアカネからしてみたらそれは理解の範囲外の事だ。
    深呼吸で溜めた空気を吐き出すような溜息、そこに出来たスペースに色々なモノを飲み込んで、黒いアカネもまた己の役目に集中しようとする。
    「始めるよ」
    『やって』
    その一言で黒いアカネの瞳が光を帯びる。
    響裕太の様な真直ぐで、優しい光。だが、どこか濁るというか定まらず揺れるのは気のせいであろうか。
    『よかった、来てくれたんだね』
    隔てられた世界の向こうから裕太の声がガウマ隊に届く。
    友にかける気安い言葉でなく、不安を脱した安堵の言葉。グリッドマン同盟の間で決してありえない色。
    それに気が付き、その場に居る誰もが渋い顔を造る。
    『お前、メフィラスが俺たちを騙してるって言ったよな』
    『うん、メフィラスはグリッドマンを倒すために俺たちを引き裂こうとしてる』
    『逆、なんじゃないか?』
    『……逆?』
    『お前がグリッドマンに利用されてるんじゃないかって事だよ』
    繰り広げられる響裕太と内海将の口論。それは次第にヒートアップしてゆき、両者ともに自分では止められない領域へと入ってゆく。

  • 178二次元好きの匿名さん23/06/24(土) 23:13:18

    『違う! グリッドマンは誰かを利用するなんて事しない!!』
    『その保証がどこにあるんだよ』
    『それは……!』
    『なぁ、聞いてくれ、俺たちはお前を助けたい、お前がグリッドマンに利用されているなら、それを止めなきゃいけないんだ』
    『違う……それは、違うよ……』
    響裕太の嘆きに、黒いアカネの顔が歪む。それは裕太の痛みを感じる故なのか。
    だがしかし、次の言葉がそれを半ば否定した。
    『響くんに全然シンクロできない……!』
    新条アカネの声に焦りが浮かび、黒いアカネにも苦悩が浮かぶ。
    無論、それは蓬達とて同じだ。裕太を介しなければ彼らは向こう側へ干渉できない、これが唯一の希望であるのにそれが否定されようとしているのだ。
    『内海、思い出して! 俺の事、グリッドマンの事! 俺たちがグリッドマン同盟だったことを!』
    状況が悪化する。向こうでもこちらでも嘆きと苦悩が満ち満ちて、暗い力で首を絞められるような感覚に囚われてゆく。
    たまらずに新条アカネは叫びをあげる。
    『もっと響くんに寄って!!』
    青い瞳だけでは足りない、さらに響裕太にならなければ届かない。
    それが正しい判断なのかどうかは解らない、だが現状で採れる手段であるし採るべき手段である。
    「響くん、に……ひびき、くんに……?」
    『早く!』
    「やって、るよ……!」
    声を振り絞り応えようとはする、だが実態が伴わない。
    瞳だけが青いまま、黒いアカネはただ黒いだけ。
    「アカネさん!」
    夢芽の声に、黒いアカネは視線を向ける。
    この場にて何が起きているのを理解したのは夢芽だけなのかもしれない。
    そうでなければ、黒いアカネがこうも助けを求めるような眼をするだろうか。
    夢芽の声と手が黒いアカネに触れようとして、しかしてそれは別の声に阻まれる。
    『だったら……その、アクセプターを渡して』
    弾かれるようにアカネが其方を向く。
    誰と問うのは意味があるまい、彼女がここまで強く惹かれる相手はただ一人しかいない。

  • 179二次元好きの匿名さん23/06/24(土) 23:14:29

    『「六花……!」』
    3つの声が完全に重なり、だがそれはさらなる悲劇の幕開けでしかなかった。
    『信じてほしいなら、まずそうするべきだよ』
    『それは……それは、ダメだ……六花の言う事でも、それだけは』
    『なら信用できない』
    『あなたの一方的な言い分なんて、どうやって信じられるの』
    それは本当に現実なのだろうか?
    宝多六花の怒りと糾弾が響裕太に向けられるなど、誰が予想し受け入れられるというのか。
    『あなたに私たちの事なんかわからないのに、信じてくれなんて言葉、通じるわけないよ』
    『わかる』
    『なにを……』
    『新条アカネさんの事』
    名を呼ばれ、アカネは大きく目を見開く。
    『俺は、六花と内海が戦った二ヶ月間の事を何も覚えていない』
    「ひびき、くん……」
    黒いアカネの声と指先が震える。それは明らかな恐怖と悔恨。
    知りたくなかった事を突き付けられその残酷さに耐えきれないような。だからこそ、黒いアカネは次の言葉に縋ってしまう。
    『けど、六花が誰よりも新条さんの事を大切に思っていることを教えてもらった』
    「……六花……そうだ、六花になら」
    『何、言ってるの!?』
    巫女の熱にうなされる様なそれに、神はさらなる焦りを見せる。
    『無理だよ、メフィラスの精神操作がキツすぎる、六花には届かない……!』
    「うるさい!! 六花なら知ってる、六花なら解る、六花になら、なれる!!」
    瞬間、黒いアカネの姿は別のものになる。
    短い黒髪は肩にまで延び、紫のパーカーは白いカーディガンに、体つきもきしみ上げるように近づてゆく。
    その変化はまるで狂乱のようだ、何かから逃げるように無理矢理に宝多六花になろうとしている。
    『あぁっ!! もうッ!!』
    焦りが怒りに変わる。
    混乱する情動と状況、それを一つの音がさらに加速させる。
    パァン――という乾いた音。

  • 180二次元好きの匿名さん23/06/24(土) 23:15:30

    その音の意味を誰もが理解できなかった。
    おそらくはそれを引き起こした宝多六花すらよくわかっていなかったに違いない。
    『あなたが、あなたがどんな嘘をついてもかまわない……けど、アカネを出してまで嘘を言うのはやめて』
    六花が手を抑えようやく絞り出した一言で、彼女が響裕太を殴った事実が広がってゆく。
    「六花、さん……」
    「なん、で……」
    中でも信じられなかったのは麻中蓬と南夢芽だろう。
    宝多六花と響裕太の関係に最も近く最も遠く、だからこそ二人を理解できていた。
    世界が終わってもこんな事が起きるなんてありえないとついこの前までは笑えていたのに、今はただ現実を飲み込む事すらできずにいる。
    「ダメだよ、六花。お願いだから元に戻って……!」
    黒いアカネの嘆きはされど届かない。ガウマ隊とグリッドナイト同盟の痛恨をただ深くするばかりだ。
    『早く、響くんに戻って! やっぱり六花は無理だよ!』
    「黙って!! あなただって知らないくせに!! 偉そうな事を……!」
    一つの体に二つの意思。建前通りで想定外。
    だからこそ、一つになれず歯車は外れ続けてゆく。
    『俺、二ヶ月間何にも覚えてなくて、知らないうちに六花と仲良くなってて』
    『ずっと、言いたいことあってけど、時期逃しまくって、だから学祭の終わりに伝えようって決めて』
    『そうしてるうちに、怪獣がまた出て蓬や夢芽さんや暦さんやちせちゃんやレックスさんが来て、皆で学祭の準備やって』
    そして、噛み合わないは向こうも同じだ。
    響裕太の必死の訴えに宝多六花は嫌悪と拒絶を強くする。
    二つの不調和は時をかける程に大きくなる。外れた歯車が他の歯車を巻き込むように、破綻はすぐそこまで迫っていた。
    『それで、俺、六花に、こくは―――』
    『やめて!!!』
    「六花……! 六花、ダメ!」
    黒いアカネにとってはぼんやりとそうなのかもと想像はしていたけれど、実るかどうかまでは解らなかった想い。
    きっととても大切で美しい二人だけの思い出が、目の前で罅割れようとしている。
    『私、あなたの事なんか知らない!!』
    「違うよ、私と違って六花は知ってるはずだよ!!」
    『なんなのあなた!!』
    「やめて六花!! こんなの間違ってるよ!!」

  • 181二次元好きの匿名さん23/06/24(土) 23:17:03

    そうして、決定的な一言が全てを終わらせてしまった。

    『本当に……気持ち悪い!!!』

    その瞬間の響裕太をどう言えばいいのだろう。
    ここにいる大勢が様々な響裕太を知っている。けれども、こうまで打ちのめされた姿を知るものはいないのではないだろうか。
    もはや万策尽きて、ただ茫然と成り行きに任せるしかない彼らに、無慈悲な追撃が下される。
    『うぅ……うあぁあぁぁぁ……』
    『六花!!』
    『触るな!!』
    止めろと、誰もが言いたかった。
    響裕太から宝多六花が奪われて、その上に内海将すら引き離そうと言うのか。
    裕太が一体何をしたというのだ。
    ただ、心優しく自分に出来る事を迷いなく選べるだけの少年じゃないか。こんな仕打ちを受ける様な謂れは無いはずだ。
    『おまえ、いったい何をしたんだよ!!!』
    そんな訴えもむなしく、新たに生まれる断絶。
    恋も友情も消えて果てて、響裕太にはもう何も残っていない。

    『ちがう、俺、俺……』
    「ひびき、くん……私、わた、し……」

    作り物の心でも、誰かが泣いているとこを見るのは悲しい。
    かつて黒いアカネが宝多六花に伝えた言葉が残酷な形で蘇り、全てが闇に沈みゆこうとしていた。

  • 182二次元好きの匿名さん23/06/24(土) 23:18:48

    本日の投下はここまでになります
    お付き合いありがとうございました

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています