【小説】夕陽のように落ちて

  • 1◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:19:43

    ■■夕陽のように落ちて■■

    【主な登場人物】

    ハーミオン・マッカラム……女牧場主。

    ダグラス・ウェイクリング……酒場の主。

    パメラ・ウェイクリング……ダグラスの娘。

    オニオンズ……医師。

    ジェームズ・カーク……旅の商人。

    ブライアン・ロイル……カークの用心棒。

    ヴィクター・エリス……保安官。

    ブルーノ・ペンドリー……馬車強盗。

    【ミステリー系一次創作作品です】
    【オリキャラのカウガールさんから着想を得て書いてみました】
    【でもみんな知ってるカウガールさんとは関係ありません。主人公は別の子です】
    【途中で真相がわかっても、投下中にそれを書き込むのはご遠慮下さい】

  • 2◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:21:07

     ここがどこで、いつであるかは深く考える必要はない。
     人が馬に乗って移動するのが当たり前の頃。乾いた風の吹く荒野を、黒く光るピストルを携えたガンマンが闊歩していた時代の話だと大雑把に想像してくれればいいだろう。
     場所についても同じく、雑に表現するにとどめよう。どこかの大陸の片隅にある、ごく小さな集落。名をローリングトン・タウンという。
     人口は少なく、目立った産業もない地味な田舎町だ。山林と草原に挟まれていて景観はいいが、街道がろくに整備されていないので観光客は多くない。取り柄があるとすれば、静かさと平和さだろうか。都会の喧騒に疲れたという人が心を休めるには、悪くない土地かも知れない。
     まあもっとも、平和だというのも、あくまでよそと比べれば、である。ごくまれに、大都市の百分の一ぐらいの頻度で、ちょっとした騒ぎが起きるぐらいのことは、どうか目をつぶってほしいところだ。
     その百分の一が、この日起きていた。
     月明かりの下で虫たちが唄うような、穏やかな秋の夜の空気を、鋭い銃声が引き裂いた。
     ローリングトンのはずれにあるマッカラム牧場。動物たちが眠りを楽しんでいる畜舎とは対照的に、牧場主のコテージには殺気が渦巻いている。
     突如、赤い閃光と轟音が連続し、窓ガラスが煌めく塵となって飛び散った。
     風に硝煙の香りが混じり、リボンのようにたなびいたかと思うと、覆面姿の怪しい男たちがドアを蹴破るようにして転がり出てきた。
     人数は三人。全員、脇腹や肩から流血しており、動きが鈍い。ひとりはナイフを持っていたが、その刃は半ばあたりでぽっきりと折れてしまっていた。
     全員が血走った目でコテージの方を見やり、次々に怒声を吐き散らす。
    「クソッ、何でこんなことに! 俺たちはメシが欲しかっただけなんだぞっ!」
    「適当に食糧庫を漁って、ついでにいくらか現金をくすねられりゃそれでよかったっつーのに! 何て仕打ちだ!」
    「この牧場にいるのは、か弱い女ひとりだけって聞いてたのによぉ……脅して奪うのも楽だって思ったのに……実態は狂暴なゴリラの巣穴じゃねえか畜生! 騙された!」
     よろめくお互いの体を支え合いながら、少しずつコテージから遠ざかろうとする男たち。
     そんな彼らを、開きっぱなしの扉の向こうから、鋭い眼差しが見下ろした。
    「言いたいことはそれだけかしら?」

  • 3◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:22:36

     ゆっくりと月明かりの下に出てきた影が、底冷えするような声で言い放つ。
     薄手のネグリジェだけをまとった若い肉体は、暗がりの中ではシルクのドレスで着飾っているようにも見える。金色の長い髪が、青白い月光を受けて水銀のように輝く。緑色の瞳は、獲物に食らいつく寸前の山猫に似ている。そして、両手には熱気を漂わせる二丁の拳銃が握られていた。
     女である。
     若く美しい、華やかな雰囲気の美女である。舞台に上がって歌でも歌えば、きっと大勢の男たちを恋に落とすことができるだろう。
     だが、それだけの容姿も、全身から放たれる野性的な殺意のせいで台無しになっている。彼女を見る者が感じるのは恋の予感でなく、死の予感であろう。
    「食べ物を盗るだけならよかろうと。女相手だからたやすいだろうと。そんな気持ちで、私の家に強盗に入ったと。
     つまり私をナメてかかったと。あんたらはそう言いたいわけね? よくわかったわ」
     左右同時に撃鉄が起こされる。
     ふたつの銃口が三人の強盗をひとまとめに狙う。
     人差し指はさっきから、ずっと引き金にかけられっぱなしだ。
     男たちの目が恐怖に瞬く。怪我の軽いひとりが大きく手を振って、かすれた声で女に訴えた。
    「ま、待ておい、降参する! 俺たちもう怪我して──」
    「許さん。くたばれ」
     二丁拳銃が容赦なく吠えた。
     マッカラム牧場の女主人ハーミオン・マッカラムを軽んじた人間は皆、この音を聞くことになるのだ。



     翌日。
     ローリングトンの社交場であるウェイクリング酒場は、マッカラム牧場の話で持ちきりになっていた。
     何しろ娯楽の少ない田舎である。真夜中に押し入ってきた三人の強盗を、女がたったひとりで返り討ちにしたという英雄的な事件は、町民たちの深い感心と興味を引いた。
     日が暮れてから酒を飲みに訪れたハーミオンが、人々の注目の的になったのも当然と言えよう。
     飾り鋲の打たれた硬いブーツの底で、カツカツと床を鳴らしてから、彼女はカウンターの止まり木に腰掛けた。すらりとした長身を、黒のレザージャケットとデニムのパンツで包み、つばの反り返ったテンガロンハットを目深にかぶっている。首には赤いスカーフをゆったりと巻き、腰にはリボルバーの入ったホルスターを下げていた。

  • 4◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:24:30

     女性的とは言いがたいが、その装いはハーミオン・マッカラムの特に好むものであり、不思議と彼女によく似合った。
    「よう、ペミカン。昨日は大捕物をしたらしいな。
     お前さんが縄で縛るのは、落ち着きをなくした牛だけかと思ってたよ」
     まず、酒場の主人であるごま塩頭のダグラス・ウェイクリングが、豪快に笑いながらそう声をかけた。
     ハーミオンは少し眉をひそめたが、泡がこぼれそうなほどたっぷり注がれたビールグラスを受け取ると、表に出しかけた怒りを引っ込めた。小麦の香りのするこの金色の飲み物は、彼女の大好物なのだ。
    「こんばんは、ダグ。噂だとすごい死闘だったみたいに言われてるけど、あの連中、そんなに手間はかからなかったわよ」
    「そうだったのか? 何でも凶悪な馬車強盗の一味だったって、保安官が興奮気味に話してたんだが」
    「そうらしいわね。東のK市で、商用馬車を襲ったグループのメンバーだったらしいわ。リーダー格の男は前科持ちで、似顔絵付きの手配書も回ってたとか。
     でも、仲間のひとりに裏切られて儲けを持ち逃げされて、素寒貧になったんだって」
    「何だそりゃあ。ずいぶん間抜けな話もあったもんだな」
    「本当に間抜けよ。逃げ回ってるうちにわずかに残ってたお金も使い果たして、行き当たりばったりでうちに押し入ってきたんだって。
     空腹で体力も落ちてたみたいだし……腕や脚を撃って動けなくしたあたりで、かわいそうになってとどめ刺すのやめちゃったわ。正直な話、あれに比べたら牛や羊の方がずっと強敵ね」
    「そりゃそうだ。あんたのところの動物はどれも元気いっぱいだからな、ペミカン。
     こないだソーセージをもらいに行ったときも、でかい羊に頭突きされたよ。みぞおちに入ったから、もう痛いのなんのって……」
     ハーミオンは、ぐっと一気にグラスをあおった。
     そして、口の回りについた泡のひげを乱暴にこすって消してから、楽しく話し続けるダグラスを睨みつける。
    「ダグ、さっきから私のことをペミカンって呼んでるけど、やめてもらえる? 私、もう二十二歳なのよ? いつまでも子供の頃のあだ名で呼ばれるのは我慢ならないわ」
    「おっと、こりゃすまん。なかなか昔っからの印象が抜けんもんでな。
     町中の大人をさんざん困らせてくれた悪ガキが、もうそんな歳になったとはね。月日の経つのは速いもんだ」

  • 5◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:26:09

     その言葉にうんうんとうなずいているのは、綿のような白髪を頭に乗せたオニオンズ医師だ。
    「確かにハーミーは、昔と印象があんまり変わらんのぅ。
     子供の頃からやんちゃ娘じゃった。八つの頃から馬に乗って、町中を我が物顔で闊歩しておったものな。
     ウサギ狩りや魚釣りも上手かったし、木の棒で男の子たちと殴り合いもしとった。さらに、十の誕生日を迎える前には、例の『ペミカン旅行』までやってのけるし……」
    「ちょっと! 先生までそんな、昔のことを蒸し返さなくても……」
    「あら、いいじゃないハーミー。私好きよ、あなたの『ペミカン旅行』のエピソード」
     ハーミオンの抗議を遮るように口を挟んできたのは、ダグラスの娘であるパメラ・ウェイクリングだ。
     艶やかな黒髪とふっくらした体つきが魅力的な、ハーミオンとは違うタイプの美女である。性格ものんびりしていて、尖ったところのあるハーミオンとはこれまた真逆だが、ふたりは気の合う友人同士だった。
    「保存食のペミカンをどっさり詰め込んだリュックサックを背負って、K市まで三日かけて歩いていったのよね。たったひとりで、家族にも何も言わずに。
     お腹が空いたらペミカンをかじって、のどが渇いたら川の水を飲んで、夜になったら雑草をたくさん刈り取って、それを布団代わりにかぶって寝たとか。まるで昔の冒険小説みたいじゃない?」
    「物語みたいにロマンのあるもんじゃないわ。景色はあんまり変わらなくて退屈だし、足の裏はマメだらけになるし、同じ味のペミカン三食は普通に飽きるし、たどり着いたK市は人が多いだけでそんなに面白いところでもなかったし。
     帰ったら父さんにものすごく怒られたし、母さんには泣かれたし。……捜索隊まで作って、ずっと探してくれてた保安官からも、げんこつもらったわね」
     ハーミオンはふてくされたように言いながら、ダグラスやオニオンズ医師をちらと見る。やはり印象的な思い出なのだろう、彼らは肩をすくめて苦笑していた。
    「まあ確かに、大人たちは大慌てだったわね。でも、同じ年頃の子供たちからはヒーロー扱いだったわよ。何かが嫌になって家出する子はたまにいたけど、ここまで思いきったことをしたのは、あとにも先にもハーミーだけだもの」
    「その結果が、ペミカンなんておかしなあだ名よ。みんな悪口のつもりで呼ぶわけじゃないから、ぶん殴ってやめさせるわけにもいかなかったし。

  • 6◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:27:40

     ああ、でも、今になってもまだその名で呼ぶやつがいたとしたら、それは悪意があると見ていいわよね。つまり私をナメてるってことで、五、六発ぐらいは殴ってもいいんじゃないかしら。……どう思う、ダグ?」
    「いやいや、勘弁してくれ! 本当に悪かったから!」
     本気でないとわかっていても、このパワフルな牛飼い娘が力こぶを作って凄む姿は迫力がある。ダグラスはたまらず両手をあげて降参した。
    「二杯目のビールを持ってくるよ。食事もしていくだろう? 今日は何にするかね?」
    「チリコンカンで。とびきり辛くしてちょうだい」
     これはウェイクリング酒場の名物であり、ハーミオンの大好物でもある。スパイシーでボリュームのあるこの料理を食べると、どれだけ仕事でへとへとになっても、疲れが吹き飛ぶ気がするのだ。
     食事をしながら気心の知れた町の人たちとおしゃべりをするのも、彼女にとっての癒しのひとつだった。特に仲のいいのはパメラだが、ダグラスやオニオンズを見てもわかるように、年齢や性別を越えた友人もハーミオンには多い。この日は例の強盗撃退事件のおかげで、普段より多くの人が彼女に声をかけてきた。
    「よう、ハーミー! それが強盗にぶっぱなしてやった銃かい? ちょっと見せてくれよ!」
    「もし次の保安官選挙に出るなら、あらかじめ言ってくれよな! みんなで応援してやっからさ!」
    「とにかくあんたに怪我がなくてよかったよ。もしナイフで刺されてたら……え? 馬に蹴られるよりは安全? 大して変わんねえよ馬鹿!」
    「ああ、あたしもあと三十歳若かったら、あんたみたいにカッコよく銃を下げて、悪者退治とかしてみたかったんだけどねぇ!」
     ランプのオレンジ色の灯りの下、人々の楽しげな話し声は尽きない。あんまりいろんな人が入れ替わり立ち替わり自分のところにやってくるので、ハーミオンにも自分の周りに何人いるのかわからなくなってくるほどだった。
     ダグラスは忙しそうに、フロアと厨房の間を何度も行き来している。パメラは、少し前に父親に何か言われて、店の奥へ引っ込んでいった。オニオンズ医師は、いつの間にか姿が見えなくなっている──。
     それが起きたのは、ハーミオンが店に来てから、一時間ほどが経った頃だった。
     チリコンカンを食べ終え、四杯目のビールをのどに流し込んでいると、頭上でくぐもったような破裂音がした。
    「今のって」

  • 7◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:28:57

     ハーミオンは真っ先に反応し、天井を見上げた。彼女はそれに聞き覚えがあった。つい昨日の夜、自分で何度も鳴らした音。強盗たちを怯えさせ、彼らに血を流させた音。
    「銃声……」
     そうつぶやいた次の瞬間、もっと大きく派手な音が、店の外で鳴り響いた。
     崖の上から大きな岩が落ちたときのような。あるいは、暴れ馬が中身の詰まった酒樽を蹴飛ばしたときのような。地面を揺るがす、重い激突音。
    「な、何だっ、どうしたぁ?」
    「店の外だったぞ?」
    「今、窓からチラッと見えた! 上から、何か落ちてきて──」
     鹿のような身軽さで席を立つと、ハーミオンは店の外に走り出た。スイングドアを押し開くと、すでに外は真っ暗だった。しかし、店内から溢れ出る灯りのおかげで、そこにあるものを視認するのは難しくなかった。
     硬く締まった土の地面に、ふたりの男がいる。
     ひとりは左肩を押さえるようにしてうずくまり、もうひとりは手足を広げて、仰向けに横たわっていた。
    「ううっ、た、助けて」
     うずくまっていた方が、苦しげな声でハーミオンに呼びかけた。
     くせのある砂色の髪をした、痩せた小柄な中年男だ。質のよさそうなコットンの服を着ていて、店に勤める商人という印象を受ける。
     しかし、もとはパリッとしていたであろうその服装も、今はいたるところが土ぼこりや赤黒いシミで汚れ、炭坑を二日も三日もさ迷ったかのようなありさまになっていた。
    「どうしたの? 何があったの」
    「お、落ちてきたんだ、この人が上から」
     横たわっている男を指差して、途切れ途切れに言う。
    「とっさに避けたけど……ちょっとぶつかって……くそ、痛い……肩が……」
    「上から?」
     ハーミオンは、振り返ってウェイクリング酒場を見上げた。この建物は三階建てだ。一階部分が酒場になっていて、その上にさらにふたつフロアがある。
     三階の窓がひとつ開いていて、そこから灯りが漏れているのが見えた。赤いカーテンが手招きでもしているかのように、風でゆらゆらとはためいている。
     落ちたとしたらあそこからだろうか? と考えながら、倒れている男の方に視線を移した。
     雄牛のように立派な体格をしている。背が高いだけでなく、肩幅が広く腹回りも太い。そして筋肉質だ。ハーミオンも女性としては長身で、がっしりしているタイプではあるが、この人物と比べると三回りぐらいは小さく見えるだろう。

  • 8◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:30:02

     目の前に立たれたら、相当な威圧感をおぼえるに違いない。──立つことができれば、の話だが。
     彼はピクリとも動かない。驚いたように見開いた両目は瞬きひとつしない。栗色の毛を短く刈り込んだ頭の下から、赤い血がとろとろと流れ出している。
     それだけではない。腹もじっとりと、赤い液体で濡れている。出血量は明らかに、こちらの方が多い。
    「……オニオンズ先生! オニオンズ先生はどこ!?
     怪我人よ、診てちょうだい!」
     ハーミオンは店の中に駆け戻ると、さっきまでいたはずの老医師を探した。
     しかし、あの白髪頭は見あたらない。ざわめく人々も、オニオンズがどこに行ったのか、知っている人はいないようだった。
    「ん? どうしたねハーミー。わしを呼んだかい?」
     ひょっこりと、酒場の端の通路からオニオンズが現れた。
    「先生! いったいどこにいたの? 表に怪我人がいるの、ふたり! 早く来て!」
    「何じゃと? わ、わかった、行こう!」
     ハンカチで手を拭いていた彼は、それを慌てて胸ポケットにねじ込んで表に駆け出した。
    「おいおい、どうしたんだこの騒ぎは? 誰か皿をひっくり返しでもしたのか?」
    「パパ? あったわよ、とうがらしの袋。これでいい?」
     厨房から、ダグラスが顔を出して客たちに聞いている。ハーミオンは返事をしている余裕はない。パメラののんきな声が、ダグラスの肩越しに聞こえてくる。それを背に、再び店の外の様子を見に出た。
    「おお……こりゃひどいな」
     オニオンズはまず、大柄な男のそばに屈み込んで、その体を細かくあらためた。
    「いかんよ、ハーミー。この人はもう手の施しようがない」
    「やっぱり、死んでるの?」
    「ああ。後頭部から落ちたんじゃろうな、頭蓋骨が割れておる。それだけでもまずいのに、横腹に空いた穴もよくない。銃で撃たれとるな、これは……肝臓のある位置だ。こっちもこっちで致命傷だよ」
    「銃……」
     その言葉を聞いたハーミオンは息を飲み、自分が腰に下げているホルスターに指を伸ばす。
    「殺人、ということ?」
    「まず間違いなくね。ダグに、保安官を呼びに行かせた方がいいじゃろう。
     その間に、わしはそっちにいる人の手当てをしておくよ。

  • 9◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:30:57

     しかし、まさかこのローリングトンで、事件が二日連続で起きるなんてねぇ……」
     悲しそうにため息をつくオニオンズに、何と声をかけていいのか、ハーミオンにはわからなかった。
     店の中からは、今も人々の話し声が聞こえてくる。しかし、それは先ほどまでの陽気な喧騒ではなかった。恐怖の神が扉を開けて入り込み、場の空気そのものを動揺の色に塗り替えてしまったかのようだった。



    「まったく、勘弁してくれんかね! 昨日の強盗どもの取り調べもまだ終わってないんだぞ? それなのに今度は殺人だと? ふざけている! 俺を過労死させるつもりか?」
     ぶつくさと文句を言いながらも、ヴィクター・エリス保安官は速やかに現場に駆けつけてくれた。
     樽を思わせる独特な体つきをしている。全体的に太く、手足が短い。頭はすっかり禿げ上がっていて、それを補うかのように立派な皇帝ひげを生やしている。そんな彼がどすどすと足音を響かせて、ウェイクリング酒場の扉を潜った。
     町民たちは安堵の表情とともに保安官を迎えた。一見するとユーモラスなこの男が、三十年以上に渡ってローリングトンの町を守ってきたということを、みんな知っているのだ。
     その後ろから、息を切らしたダグラスも続いた。彼はけっして老けてはいないが、若くもない中年で、しかも運動不足であった。保安官詰所まで通報に走り、また戻ってくるまでの間に、体力をすっかり使い果たしてしまっていた。
    「それで? 何が起きたか詳しく説明してもらおうか。ダグからは、男が銃で撃たれて、ここの三階の窓から落ちたということしか聞いておらんのだが」
    「あ、ああ、そうなんだよ保安官。だ、だ、だから──」
    「ああ、無理するなダグ。ここにいるやつらに先に話をしてもらうから。
     パメラ! 親父さんの代わりに、俺に教えておくれ。死んだのは誰だね? この町の住人かね?」
    「い、いえ、違うわ。昨日から泊まってる、旅の人なの。
     ここにいるカークさんのお連れさんで、明日の朝にはお発ちになるはずだったんだけど……」
     声をかけられたパメラは、不安そうに身じろぎしてから、椅子に座って休んでいる痩せた男をちらりと見た。
     落ちてきた男にぶつかりそうになったという、あの商人風の男である。左肩からひじのあたりまで包帯を巻いた痛々しい姿だが、顔色は悪くない。彼は保安官を見上げて、ぺこりと小さく頭を下げた。

  • 10◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:32:31

    「ジェームズ・カークと申します。K市で食料品の卸売店を営んでいる者です。
     商用で、西のS市へ行かねばならなくなりまして……その途中で、この町に立ち寄りました」
    「ふむ、カークさんか。その、あんた、ずいぶんひどい怪我をしたようだが、大丈夫なのかね?」
    「それは安心していいよ、保安官」
     カークの後ろに立っていたオニオンズ医師が、笑顔で言う。
    「ちょっと肩を打撲しておったが、骨折はしておらん。湿布をして三日ほど休ませておけば、ちゃんと治るだろう」
    「打撲? シャツやズボンが、かなり血まみれになっているようだが」
    「ああ、あれは亡くなった人の血だよ。落ちてくるときに傷口から飛び散ったようでな、それを浴びてしまったらしい」
    「雨みたいにびしゃびしゃと、顔に飛沫がかかってきまして……でも、それに驚いて後ずさったから、死体の下敷きにならないで済んだんです」
    「ほほう、そりゃ運がよかったな。まあ、怪我がそれほど重くないのなら、俺も安心して質問できるというもんだ。
     じゃあまず、亡くなった男について教えてもらおうか」
    「ブライアン・ロイルと名乗っておりました。最近は物騒ですので、旅についてきてくれる用心棒を募ったところ、来てくれたのが彼だったのです。
     初対面でしたが、体格も立派で、銃の腕にも自信があるというので、頼れそうだと思って雇いました」
    「ブライアン・ロイルね。ということは、被害者の人となりについては、あんたもほとんど知らないわけか」
    「顔を合わせて、まだ二日程度でしたから。少なくとも無礼ではありませんでした」
    「で、あんたらふたりは、このウェイクリング酒場に泊まったんだね? あー……問題の、窓が開いてた三階の部屋とやらに?」
     エリスは、ちらりとダグラスの方に視線を走らせた。
     ダグラス・ウェイクリングは、酒場のマスターというだけでなく、宿屋の主としての顔も持っている。酒場の上の二階と三階の空き部屋を、旅人のために貸しているのだ。部屋数は多くないが、もともと外から来る人の少ないローリングトンでは、宿屋もその程度の規模で充分だった。
    「はい、今日の昼過ぎにチェックインしました。ベッドのふたつある部屋を頼んだら、三階に案内されて……掃除が行き届いていて、とてもいい部屋でした」

  • 11◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:34:21

    「ああ、知ってるよ。俺は泊まったことがないが、たまに来るよその人はみんな、ダグの客室を誉めていくからな。
     荒野と草原を通り抜けて、疲れ果てて町にたどり着くと、清潔なベッドがこの上なくありがたいんだそうだな。晩メシを食ったら、みんな夜更かしもせずぐっすり眠っちまうんだそうだ」
    「ええ。本当に清潔で、気持ちのいい部屋で──」
    「それなのにあんた、どうして外にいたんだい?」
     ぴしゃりと、まるで横っ面をひっぱたくような鋭さで、エリスは尋ねた。
    「外は真っ暗だ。開いてる店もありゃしない。旅をして疲れてたんだろう? 部屋でゆっくり休みたくはなかったのかい?
     まさか、歩き足りなくて散歩って風情でもあるまい。酒を飲みたいのなら、同じ建物の中にあるここに来ればいいわけだし……なあ、いったいどこに行っていたんだ?」
    「た、煙草です! 私は葉巻煙草が好きなんですが、ロイルは大の煙草嫌いみたいで。移動中も私が煙をふかしていると、嫌そうな顔をしていたんです。
     だから、その、寝泊まりする部屋の中で吸うのは、もっと嫌がるだろうと思って……私も、せっかくの寝具に煙をつけたくはなかったので……ちょっと外に出て、一服していたんです」
    「ふむ? 本当かね?」
    「ほ、本当です! 保安官、もしかして私をお疑いなんですか?」
     威圧的なエリスの質問のしかたに、カークは震え上がっていた。しかし、この保安官は相手が怯えているからと、一歩引いてやるような優しい男ではない。むしろ踏み込んでいくたちだ。
    「まあぶっちゃけるとな、あんたの立場は相当に怪しいよ。よそ者で、被害者を知っているほとんど唯一の人間だ。二日前に初めて会ったというが、それもどこまで信じていいやら。
     この町に被害者の知り合いが住んでいて、憎いやつが偶然訪れたところを、いい機会だとばかりに撃ち殺した……と考えるよりは、連れ立って旅をしていた知人に撃たれたと考える方が、話が自然だと思わんかね?」
    「そ、そ、それは……いや、やはり違いますよ!
     私はロイルが撃たれたとき、下にいたんですよ? 彼は三階で撃たれて転落したのに、どうやったらそんなことができるんです?」
    「ふふん、そこがまず間違いだとしたら?
     ロイルは、建物の外……酒場の前の道路に立っているあんたに撃たれたんだとしたら?

  • 12◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:35:18

     腕のいいガンマンなら、三階の窓際に立っている大柄な男を、下から撃つこともできるだろう。
     彼は外から飛び込んできた弾丸に腹をえぐられ、よろめいて窓から転落……あんたは運悪く、自分が撃ち殺した被害者に押し潰されそうになったってわけだ。あり得ないと言い切れるかい?」
    「そ、そんな、そんな馬鹿なことは」
    「あー、いや、保安官。そりゃちょっと違うと思うよ」
     推論でカークにプレッシャーをかけていたエリスの前に、再びオニオンズ医師が割り込んだ。
    「被害者が遠くから撃たれたってことはあり得ん。
     わしは、遺体をじっくり確認したから言えるんだがね。撃たれた傷の表面が、こう、黒く焦げていたんだ。
     ありゃ、銃口から出る熱いガスを間近で浴びないとできない火傷だよ。かなりの至近距離……それこそ、銃口をぐっと押しつけられた状態で撃たれたんじゃないかなぁ」
    「何? そりゃ本当か、先生? 被害者と犯人は、銃弾が発射された瞬間に同じ場所にいたと?」
    「少なくとも、離れた場所から撃たれた傷には見えなかったね」
    「ふーむ……」
     腕組みをして、軽く考え込むエリス。唇を噛んでいるのか、皇帝ひげの左右がぴくぴくと動いている。
    「じゃあ、被害者が上から落ちてきたというのが間違いという可能性は?
     落下の瞬間を目撃したのは、このカークだけなんだろう。実は被害者も最初から下の道路にいて、それを至近距離から射殺。そのあとで死体の頭をぶん殴って、高所から墜落したように見せかけたとか」
    「いやいや、いやいや、それも無理だよ。あの遺体は背面を中心に、ほとんど全身打撲状態だった。後頭部はひしゃげてたし、背骨や手足の骨も折れていた。殴ってあの損傷を作り出そうとしたら、相当な手間がかかるだろう。墜落して地面に激突したと見るのが自然だよ。
     ついでに言うと、あー、その……被害者は死にたてだった。時間のかかるような小細工はされていないと、断言できるね」
    「ええと、保安官。ちょっといいかな」
     ここで、様子を見ていた客のひとりがおずおずと手を上げた。
    「俺、騒ぎが起きたとき、通りに面した窓際の席に座ってたんだけどさ。チラッとだけど、でかいもんが上から落ちてきたのを見たんだよ。

  • 13◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:36:34

     もちろん外は真っ暗だったし、ほんの一瞬のことだから、死体かどうかなんてわかんねえよ? でも、それが落ちてきたって思ったときに、ドカンって地面を揺るがすみたいな音がしてさ。少しだけだけど、カークさんみたいな声の悲鳴も聞こえたんだ。だからその、オニオンズ先生の言ってることも、カークさんの言ってることも、間違ってねえんじゃねえかな」
    「ああ、あたしも音なら聞いたよ。ドスンって衝突音と、その前に銃声も聞いたね。
     パァンって乾いた音だった。それが、天井の方から聞こえたから、妙だなって思ってたんだよ」
    「あの花火みたいな音? それならおいらも聞いたぜ」
    「うん、うん、破裂音は外からじゃなく、上から聞こえたよ。間違いないよ保安官」
     次から次へと、客たちが音に関する証言を口にする。事件当時、みんな同じフロアにいたのだから、同じ音を聞いていてももちろん不思議ではない。
     そして、みんなが同じことを言っているということは、それだけ信憑性が高いということだ。
    「ふーむ? ふむ、ふむ、ふむ。つまり、上の階で銃声がして、そのあとに重いものが地面に激突する音が聞こえたと。
     となると、やはり被害者は三階の部屋で、同じ室内にいた誰かに撃たれたと考えるしかないか。すまんねカークさん、どうやらあんたは無関係なようだ」
    「え、ええ……わかっていただけてよかった」
     心からほっとしたようで、カークは椅子の背もたれに体重を預け、大きく息を吐いた。
    「しかし、そうなると……犯人は普通に三階の部屋にいたということで……ん、待てよ? おい、ダグ。上の階に行く階段はどこにある?」
    「あ、あっちだよ……あそこの、通路の先」
     まだぜえぜえ言っているダグラスが、フロアの端から奥へ伸びる廊下を指差す。
    「あ、あの通路を、ちょっと進んだところに、裏口と階段があって。上に行くには、そこを昇るしか、ない」
    「裏口……じゃあ、上から降りてきたやつは、そこを通れば人目につかずに外に逃げられるわけだな?」
    「い、いや、ち、違うんだ。裏口の鍵は、内側から、閉まってた。ここに来る前に、みんなで確かめたんだ。誰も、裏口から外には出てない」
    「……一応聞くが、ここにいるお前ら。騒ぎが起きてから、その通路から怪しいやつが出てきたのを見たりしてるか?」
     保安官の問いかけに、その場にいた人々は互いに目を見合わせて、全員が首を横に振った。

  • 14◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:37:21

    「ば、ば、馬鹿野郎ども! じゃあつまり、犯人は下に降りてきてない……今もまだ、上の階にいるってことじゃないか!
     それを知ってりゃ、俺もこの怪我人相手にいらん疑いをかけて、時間を浪費したりせずに済んだんだぞ! 何で誰も教えてくれなかったんだ!」
    「いや、保安官、俺はさっき言おうとしたんだけど……その、息が切れて……あんたもあんたで、こっちの言葉をさえぎって、カークさんに尋問をし始めちまうし……」
    「ああ、もう、こん畜生め。とりあえずダグ、お前は明日から運動して体力をつけろ。
     だが、話が簡単になったのはいいことだ。追い詰められた人殺し野郎を、俺が上に行ってふん縛ってやればそれで片付くんだからな」
     エリスはホルスターから銃を抜くと、胸を張ってずんずんと通路の方に歩いていく。そそっかしいところもある彼だが、こういうときの思い切りのよさは大したものだと町のみんなは評価している。
    「おっと、そうだ。お前ら、今のうちに店の外に避難しておけ。相手は銃を持っているわけだし、撃ち合いになる可能性もある。流れ弾に当たって怪我なんぞしたら馬鹿らしいだろう」
    「ああ、そうするよ保安官」
    「どうか、気をつけて。……あっ、そうだわ」
     ぞろぞろと外に出ていく人々の中で、パメラが振り返り、ひと言付け加えた。
    「犯人が降りてきたら一発撃ってやりたいとか言って、ハーミオンがずっと階段の下で見張ってるのよ。あの子にも、気が済んだら外に出てくるように言ってあげてもらえないかしら」
    「……………………」
     エリスは眉間の縦じわをぐっと深くして、天を仰いだ。そういうことも、当たり前だがもっと早く言って欲しかったのだ。



    「ペミカン! この……この、無鉄砲な馬鹿娘が……ガキの頃みたいにげんこつを落とされたくなけりゃ、とっとと外に行って大人しくしていろ!」
    「私をペミカンって呼んだわね? オーケイ、保安官。そのあだ名を使うなら、あんたでもぶん殴るわ」
     二階に続く狭く急な階段の下で、エリス保安官とハーミオンは睨み合っていた。どちらも声を低く抑えていたので、脅し文句に凄みが出てしまっている。
     実際、どちらも本気で怒っていたので、本当に殴り合いが始まっても不思議ではなかった。──お互いに、そんなことしている場合ではないと理解していなかったとしたら、だが。

  • 15◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:38:29

    「子供の頃からやることなすこと何も変わらんやつなんぞ、ペミカン扱いで充分だ!
     ……で、上から人殺し野郎は、まだ降りてきてないんだな?」
    「ええ、あんたの腹まわりがローリングトンの誰よりも太いのと同じくらい確かよ。無防備に降りてきたら、いい射撃の的にできたんだけど」
    「やめとけ、ウッドチャックを撃つんじゃねえんだぞ。お前まさか、昨日の強盗事件のせいで、人を撃つのがクセになったんじゃあるまいな?」
    「そんなんじゃないわよ。ただ、ムカついてるだけ。
     上にいるやつは、この店で人を殺しやがったのよ? ダグとパメラの店で! あのふたりに対して、ひどい侮辱だと思わない?」
    「……………………」
    「私の友達にナメた真似をするってのは、私をナメてるのと同じことよ。なら、この手で叩きのめすしかないでしょ」
    「落ち着け。気持ちはわかるが、それは俺の仕事だ。
     ここを見張ってただけで、お前は犯人に充分やり返したよ。もう外に出て休んでろ」
    「ノー、よ。ねえ保安官、現実的な話になるんだけどさ。ひとりで上に行くのはすごく危険だって、あんたもわかってるんでしょ?」
    「む……」
    「階段も廊下も暗いわ。ランプを持って行くしかないけど、そしたら犯人からは丸見えで、闇の中から撃ち放題よね。
     犯人からしてもそれは同じ。降りていったら狙い撃ちされるから降りてこない。一対一だと、お互いに動けない膠着状態よ。
     でも、片方がふたりだったら?」
     渋面を作るエリスに、ハーミオンは手に持ったリボルバーを見せた。
    「一緒に行かせて。その方が断然、こっちに有利になるわ」
    「……俺がランプを持って先に行く。その後ろから、距離を保ってついてこい。俺が何をしても、声は出すなよ」
     左手にランプを、右手に銃を構えた保安官が、階段を昇り始めた。
     淡いオレンジ色が、行く手をぼんやりと照らす。人の姿はどこにも見えないが、エリスはすぐ目の前に犯人がいるような調子で、堂々と声を張り上げた。
    「よーし、そこに隠れている貴様! 撃ち殺されたくなけりゃ、とっとと武器を捨てて投降しろ!
     こっちは銃を持った男が五人いる! 建物の外は三十人以上で取り囲んでいるところだ! どうあがいたって逃げられやせんぞ!」
     だん、だんと、派手に足音を立てて進む。銃のグリップで、壁を叩いたりもしている。本当に何人もの人間が殺到しているかのように。

  • 16◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:39:37

     保安官らしい、とてつもないハッタリだ。本当にそこにいるのは、たったのふたりだけなのに──その様子を見ていたハーミオンは、保安官の手際に感心していいのか、呆れればいいのか、判断に迷った。
    「どうした? ビビって声も出ないか? なら、こっちが勝手にお前のところに行くぞ!」
     猪のようにエリスは進む。彼の掲げるランプの明かりを頼りに、ハーミオンもついていく。
     敵の気配は感じられなかった。ぎし、ぎし、ぎしと、階段を一段踏みしめるごとに耳障りな音がする。
     エリスは三階に到達した──姿勢を低くして、そっと覗くように廊下に出たが、敵からの銃撃はない。
     やはり気配はない。ハーミオンは、嫌な予感を覚えた。
     三階の部屋は三つだけだった。そのうち、窓が表の通りに面しているのはひとつだけなので、殺人現場がどの部屋か迷うようなことはなかった。
     半開きになっている扉の向こうから、灯りが漏れている。
    「おい、クソ野郎! 本気で籠城するつもりか?」
     扉の脇から、保安官は最後の警告のように怒鳴る。
     それでも返事はない。いよいよおかしい。
     銃の先端で扉を押し開ける。室内から、冷たい風が廊下に流れ出てくる。
     ほんの一瞬の思索ののちに、エリスは銃を目の高さに構えたまま、素早く中に飛び込んだ。
     ハーミオンはそのとき、銃声が響くものと思っていた。敵か保安官か、どちらかの銃が火を吹き、命の取り合いが始まるだろうと予想していた。
     それは違った。部屋に響いたのは、保安官の訝しげなつぶやき声だけ。
    「おい、どういうこった……いないじゃないか」
     ハーミオンもエリスの肩越しに部屋を覗き込み、様子を確認する。
     あまり広い部屋ではない。窓も扉もひとつずつで、今はどちらも大きく開け放たれている。調度品はベッドがふたつと、テーブル、ソファ、帽子掛け、クローゼットなどの基本的なものだけ。
     シンプルで慎ましい内装だが、言い換えると飾り気がなくがらんとしており、人が隠れられるような死角もない。
     ベッドは箱型で脚がなく、下に人の入り込める隙間はない。クローゼットの扉は大きく開いていて、中には古ぼけた背嚢がひとつポツンと寝かされている。テーブルの上には、大きな旅行鞄がふたを開けた状態で置いてあるが、さすがに荷物に紛れて誰か隠れているとは考えられない。

  • 17二次元好きの匿名さん22/01/16(日) 18:39:53

    ハーミオンかっこいい!
    惚れるわぁ

  • 18◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:40:59

     部屋の入り口からぐるりと視線を巡らせるだけで、誰もいないとわかってしまう。
     犯人の姿は、影も形もない。
    「ここで殺しが行われたのは、間違いなさそうだが……」
     エリスは窓に近寄り、その手前の床を見下ろした。
     部屋の入り口に立つハーミオンにもそれは見えた。ビーツをすり潰して滴らせたかのような、赤黒い血痕。
    「オニオンズ先生の言った通りだ。犯人はここにいた。しかし、そこからどうした? どこへ行きやがった?」
    「別の部屋に隠れたんじゃない? 私は階段の一番下で見張ってたけど、三階と二階は目が届かないから、自由にうろつけたはずよ」
    「恐らくそうだろう。俺らがここに直行するってことは、馬鹿でも思いつくからな。
     現場とは違う部屋に隠れて追手をやり過ごして、入れ違いでこそこそと逃げていくつもりか。ふん、考えの浅い野郎だよ」
     エリスはきびすを返して、部屋を出る。
    「階段を降りる音がしたら、さすがにわかったはずだな?」
    「ええ。板張りの階段はきしむからね……どんなに慎重に歩いても、上から下まで足音が響くわよ」
     つまり、彼らが他の部屋を調べている間に、犯人が階段を降りようとしてくれれば、そのときは居場所が一発でわかるということである。
     ハーミオンは二階から三階に上がるときも、犯人が既に二階の方に移動している可能性を考えていた。彼女が見張りを始めるまでに、犯人にはわずかの時間、行動の自由があったはずなのだ。上からでも下からでも、自分とエリス以外の足音が聞こえたらすぐさまそこに銃弾を撃ち込めるように、心構えをしてすらいた。今のところ、その機会は巡ってきていないが。
    「ひと部屋ずつ確認していくぞ。なぁに、二階と三階を合わせても、部屋数はそんなにない。怯えて縮こまっているネズミの背中を見つけるのに、時間はかからんだろうさ」
     そして、保安官による大掃除が始まった。
     これは本当にあっという間に済んだ。銃を構えたまま、扉を開け、銃口と視線を中に向けるだけでいいのだ。他の部屋も殺人現場と似たようなもので、隠れる場所がそもそもない。
     二階には客室の他に、ダグラスやパメラの私室、そして倉庫もあった。

  • 19◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:42:05

     店主親子の部屋は客室同様、ものが少ない。ふたりの暮らしぶりの慎ましさがわかるようだ。倉庫は逆にものだらけで、ごちゃごちゃと木箱や麻袋が積み重なっていたが、どれも人の隠れ場所としては小さい。やはりここにも誰もいなかった。
     嫌な予感。嫌な予感。黒い大きな雲が山の向こうから迫ってくるのを見たときのような、重い不安がハーミオンの頭の中に立ち込める。
    「いない、な」
    「そう、ね」
     二階も三階も調べ終えて、エリスとハーミオンは独り言のような調子でつぶやいた。
    「犯人は、三階で人を撃った。犯人は、一階フロアにいた大勢の客の目に触れずに逃げることはできなかった。だったら、犯人は今も二階か三階のどこかにいなけりゃあ嘘だ……。
     おい、ペミカン、どこも間違ってないよな?」
    「ええ。私の呼び方以外は少しもおかしくないわ」
     ふたりは一階に戻った。そして真っ先に、裏口の鍵を確かめた。
     簡単なねじ込み錠で、確かに内側から施錠されている。ここから出た者はいない。
     ふたり並んで腕組みをし、しばし考える。周囲の様子を、ぐるりと見渡す。
     狭い通路の突き当たりに、二階への階段。その横に裏口。
     でも、その通路にあるのはそれだけではない。
     トイレのマークがついた扉。それともうひとつ、厨房と書かれた扉もある。
     ハーミオンはほとんど無意識に、トイレの扉を開けていた。
     犯人がいるかも、と期待したわけではない。実際、そこにも人の姿はなかった。
     便器と、格子のついた小さな窓しかない個室。もちろん、ここから外には出られない。
     エリスはエリスで、厨房の扉を開けていた。
     大きなかまどや水回りのある、いかにもな飲食店用の厨房につながっていた。エリスはひげをひくひくと動かす──酒や肉や香辛料の香り──ほんの少し前まで、料理がされていた場所の匂いを、鼻腔に吸い込む。ここは、ダグラス・ウェイクリングの聖域だ。
     扉の対面には、カウンターが見える。その向こうには、客たちが食事をするためのフロアがある。いつもなら賑わっているそこも、今はしいんと静まり返っている。もちろん、銃を持った不審者の姿などない。

  • 20◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:43:16

    「……出るぞ」
    「ええ」
     ふたりは通路から酒場に戻り、正面の扉から建物の外に出た。
     まずそれを出迎えたのは、心配顔のダグである。その後ろには、興味や怯えなど、様々な表情を浮かべる客たちが控えていた。
    「ど、どうだったんだい、保安官? 犯人は……?」
    「うむ、あー、そのな、ダグ。少々、面倒な話になりそうだ。
     念のため確認するが、俺たちが上に行っている間に、この正面玄関から誰か出てきたりは?」
    「するわけないだろ」
     眉を潜めて、わけがわからないと言いたげなダグラスに、エリスは思い悩むようにひげの先端をしごいた。
    「墜落騒ぎが起きたとき、店にいたのはここにいるやつらで全部だな? 誰か勝手に帰ったりはしていないな?」
    「あ、ああ。そうだと思う。騒ぎが起きたとき、俺は厨房にいたから、完全には把握してないけど……」
    「全員から簡単に話を聞きたい。酒場のテーブルをしばらく貸してくれ」
     そう言うと、エリスはダグラスの肩に手を乗せ、「まずはあんたから」と、酒場の中に引っ張るように連れていってしまう。
    「ペミカン! 乗りかかった船だ、お前も手伝え。
     俺が男連中をやるから、お前は女連中に、騒ぎが起きたときにどこにいたかを聞いてくれ。近くに誰がいたかも、一緒に確認して欲しい」
    「……ペミカンってあだ名を、あんたが二度と使わないなら」
     唇を尖らせて言うハーミオンに、エリスは呆れたようにため息をついて折れた。
    「わかったよ、ハーミー。頼む」
    「任されたわ」
     それから三十分ほどかけて、ふたりはウェイクリング酒場に居合わせた全員に事情聴取を行なった。
     ダグラスやパメラなど、酒場の従業員も含めて、全部で十二人。もちろん、ハーミオン自身も数に入っている。外にいたジェームズ・カークを含めると十三人だ。
     これらすべてに話を聞くのは非常な手間のように思うかも知れないが、聞くべきことが単純だったせいか、意外とスムーズにことは進んだ。
     エリスがハーミオンに代行させた質問の内容からもわかる通り、彼が把握したかったのは、事件当時の人々の位置だけだった。客たちは夫婦連れだったり、友人同士であったり、ふたり以上で酒を飲みに来ていた者がほとんどだったので、外で墜落音がしたときの居場所についての証明は難しくなかった。
     ごく一部の、不運な人々を除いては。
    「……おい、どうだったよ、ハーミー」

  • 21二次元好きの匿名さん22/01/16(日) 18:44:26

    ハーミオン頑張れー!
    負けないでー!

  • 22◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:44:35

     他の全員の尋問が終わったあと、最後にエリスに呼ばれて酒場に入ったハーミオンは、まずそう尋ねられた。
     彼女はテーブルに頬杖をつき、不安げに爪を噛んだ。エリスから視線をそらし、渋々といった様子で聞かれたことに答え始める。
    「……ほとんどみんな、フロアにいたわ。どこの席に座ってたかもわかったし、誰が一緒にいたかも聞き出せた。
     でも……その……ひとりだけ……パメラが、二階に行ってたって。
     とうがらしが足りなくなったから、二階の倉庫に取りに行ってくれって、ダグに言われたらしくて。被害者が落ちてきたときは、倉庫にひとりでいたって。一階に降りてきて、客のみんなが騒いでるのを聞いて、やっと人が転落したことを知ったんだって」
    「ふむ」
     エリスもハーミオンを真似るように、頬杖をついた。
    「俺の方はふたり、酒場にいなかったやつを見つけたよ。
     まずはダグだ。厨房でひとり、料理をしていた。みんなが騒いでいるのを聞きつけて、不審に思ってフロアに顔を出すまで、数分間は誰もやつの顔を見ていない。
     そしてもうひとり……オニオンズ先生も酒場にいなかった。自分ではっきり言ったよ……トイレに行ってたんだとさ……あの通路の奥の、階段のすぐそばのトイレにな。当然、用を済ませて出てくるまで、人目になんかつかなかった」
     ハーミオンは息を飲んだ。そして、新鮮な記憶が脳裏によみがえるのを感じた。
     彼女は憶えていた。怪我人を診てもらうために、オニオンズを呼びに酒場の中に戻ったときのことを。
     あの老医師はフロアにいなかった。でも、すぐに見つかった──例の通路から、ハンカチで手を拭きながら出てきたのだ。
     ダグが厨房から顔を出したタイミングも覚えている。やはり店内に戻ったときだった。あのとき、パメラの声も厨房の奥から聞こえていた。でも、少し聞こえ方が遠い感じがした──もしかして、階段を降りながら、厨房にいる父親に声をかけていたのだろうか?
    「上の階には、犯人はいなかった」
     黄昏を眺めるような力のない声で、エリスは言う。
    「なら、犯人はお前が見張りを始める前に、一階に降りてたと考えるのが自然だわな。被害者を撃ってすぐ、階段を降りて、酒場で楽しい時間を過ごしてた罪なき人々に紛れ込んだんだ。

  • 23◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:45:36

     銃声がして死体が墜落した瞬間に、フロアにいたやつらは違う。他の連中から、そのときに目の前にいたと証言してもらえたやつらは犯人じゃない。
     だが、そのアリバイがないやつらは? ひとりでいて、しかも三階に行ける階段にアクセスできる位置にいたと、自分で認めているやつらについては、どう考えればいい?」
    「あの三人の誰かが、やったと言うの?」
     そう聞き返すハーミオンの声は、自分でも情けなく思うほど上擦っていた。
    「待って……待ってよ、保安官……。
     ダグと……パメラと……オニオンズ先生よ? そのうちのひとりが、人殺しだなんて……そんなこと、本当にあり得ると思うの?
     私は三人をよく知ってる。あんただってそうでしょ? こんな……こんなひどいことができる人たちなわけが……」
    「だが、他にどう考えようがある?」
     エリスは不機嫌そうに言った。気に入らない、納得できないという気持ちを少しも隠すことなく、しかし目の前にある事実を冷酷に言ってのけた。
    「もちろん、他に考え方はあるのかも知れん。というか、あって欲しい。
     だが、この疑いは簡単に放り出せるほど弱いもんでもない。まずはあの三人を中心にすえて、調べを進めてみるつもりだ。
     現場も、まだしっかり見たわけじゃないし、あとでもう一度行ってみないと……ええい、やることが多い……保安官と葬儀屋は暇な方がいいっていうのは本当だな……」
     首を回して、ごきごきと音をさせながら、エリスは立ち上がる。
     彼は文句を言いながらも、このあとも精力的に捜査を進めるのだろう。容疑者たちが知人であっても、手抜きをしない厳しさと公正さも持っている。それでこそローリングトンを守る誇り高き保安官である。
     ハーミオンは保安官ではなかった。彼女は思い悩み、立ち上がれなかった。楽しいおしゃべりと美味しい料理をふるまってくれるダグ。ささくれ立ちやすいハーミオンの心を、柔らかく笑って癒してくれるパメラ。子供の頃から病気や怪我をするたびにお世話になっているオニオンズ医師。
     この中の誰かが、人を殺した上で自分は関係ないという顔をしているという話が受け入れられない。
     ──自分はどう考えればいいのだろうか。何をすればこのもやもやした気持ちを晴らすことができるのだろうか?
     答えはなかなか出なかった。光が見たいと思っても、真夜中に太陽は昇らないのである。

  • 24◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:46:27

     翌日。
     正午を過ぎてから、ハーミオンはパメラと一緒に、ウェイクリング酒場に向かっていた。
     パメラは昨夜、ハーミオンのコテージに泊まった。殺人現場となった建物全体を、エリス保安官が封鎖してしまったためである。
     家主であるダグラスも、パメラとともに追い出されてしまったが、彼はオニオンズの診療所に泊めてもらっていた。オニオンズの患者となったジェームズ・カークも、そこの厄介になったらしい。
     ダグラス、オニオンズ、カークの三人がどんな気持ちで一夜を過ごしたのかは、ハーミオンにはわからない。だが、パメラに関しては、思ったより落ち込んでいる様子はなかった。強盗事件で破損した窓や扉を、麻布で適当に塞いだだけのコテージを見て呆れ返ったり、寝酒のウイスキーを飲んであっという間に眠りこけたり、朝起きるとジャムを入れた麦粥をボウル一杯きちんと食べたりと、まるっきり普段通りのパメラ・ウェイクリングだった。
    「実を言うと、現実感がないのよね。
     人殺しがあったっていっても、私、死体を見たわけじゃないし。
     何が起きたかを聞いたときは、不安に思ったりもしたわよ。でも、それはたぶん、みんながざわざわしてたから、影響を受けちゃったんだと思うわ。ハーミーの牧場に来て、周りがすっかり静かになったら、心も落ち着いちゃったし。きっと雰囲気に流されやすいたちなのね、私って」
     ハーミオンと並んで歩きながら、パメラは自分を分析していた。
     一見ほやほやしている彼女だが、話してみると、自分自身をいつも一歩離れたところから見ていることがわかる。季節によって装いを変えるが、何万年も形を変えない山のように落ち着いた女だと、ハーミオンはパメラのことを評価している。
    「じゃあ、今なら、事件当時のことを冷静になって思い返すこともできるわけね。保安官にまた事情聴取をされたとしても、ど忘れして困ることがないのはいいことだわ」
    「ええ。目で見て、耳で聞いたことなら、全部答えられる自信があるわ。
     ただ、問題の出来事があったとき、私は倉庫でスパイスの棚を引っかき回してただけだから……事件解決の役に立つようなことは、何にも言えないと思うけど」
    「そうかしら。私たちみたいな素人は無理でも、経験豊富な保安官なら、何でもなさそうな小さなことから手がかりを見つけるかもよ?」

  • 25◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:47:34

     ハーミオンはそう言いながら、頭の内側では逆に、「どんな手がかりも見つけないで欲しい」とつぶやいていた。
     ハーミオンとエリスだけが知っている。パメラ、ダグラス、オニオンズの三人の誰かが、殺人犯である可能性があると。
     事件についての話をしていて、もしもパメラが、自分の犯行を証明してしまうような失言をポロっとしてしまったら。仮にそんなことが起きたらどうしようと、ハーミオンは思い悩んでしまうのだ。
     殺人を犯した人間に対する怒りは間違いなくある。だが、同時に、友人たちへの愛も確かにある。
     ふたつが重なり合うところにあった場合、ハーミオン・マッカラムはどのように思い、どのように行動すべきなのだろうか。彼女はまだ決められずにいる。
    「小さなこと……小さなことね……ああ、銃声らしいパンっていう音は聞いたわね」
     ハーミオンの苦悩など知るよしもなく、パメラは冷静に昨夜の記憶を整理し始めていた。
    「事件現場は三階のお部屋だったんでしょう? 二階にいたから、かなりはっきり聞こえたのよ。
     でも、私、銃声なんて聞いたことないから。グラスでも落っことして割っちゃった音かな、って思っちゃったの」
    「他には? 何か聞こえたりした?」
    「人の声はしてたと思う。さすがに何を話してたかは覚えてない……というか、意識してなかったからわからないけど。でも、男の人の声だった。
     話し声がして……パンって鳴って……悲鳴も聞こえたかな。これは曖昧。悲鳴じゃなくて、何か意味のある言葉を大声で言ったのかも知れないし」
    「話し声……銃声……そして、大声ね」
     ハーミオンは、頭の中でそれらの情報の意味するところを考える。ことはきっと単純だ。犯人と被害者が何か話をしていた。話がこじれて、犯人が被害者の腹を撃った。悲鳴は、撃たれた被害者が苦痛にあえぎながら出したものだろう。
    「それからは?」
    「それからは……何も。上は一気に静かになって、逆に下で騒ぎ声がし始めたわね。
     ちょうどとうがらしも見つかったから、そのまま一階に降りて。あとはパパや他のみんなと一緒にいたわ」
    「……それだけ?」
    「それだけよ」
    「上から、誰かが降りてくる音を聞いたりは?」
    「してないわ。うちの階段って、昇り降りするとギシギシってすごい音がするでしょ? 私以外に階段を使った人がいたら、耳を澄ませてなくてもわかったと思う。

  • 26◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:48:44

     ……どうしたのハーミー? 顔色が悪いけど」
    「ううん、何でもないわ。昨日のお酒が、まだちょっと残ってるだけ……」
     そう言って微笑みを浮かべてみせるハーミオンだったが、その表情はかなり無理をして作ったものだった。
     ──彼女は覚えている。遺体が落下してきたあとの状況を。
     かなり混乱していたが、確実な記憶がいくつかある。酒場に戻ったハーミオンは、通路から出てきたオニオンズの姿を見た。彼の証言通りなら、トイレから戻ってきたところだったのだろう。それから、ダグラスが厨房から顔を覗かせるのを見た。
     そして、そのダグラスに、パメラがとうがらしのことで声をかけるのを聞いたのだ。
     これはつまり、パメラが二階からとうがらしを持って降りてきた時点で、ダグラスもオニオンズも一階にいたということを意味している。
     しかしパメラは、三階で銃声がしたあと、誰かが階段を降りる音を聞いていない、と言う。
     ダグラスかオニオンズが犯人だとしたら、これは絶対にあり得ないことだ。
     となると──残る容疑者はひとりしかいない──何の罪もない幼子のような顔で、のんびりとハーミオンの隣を歩いている、パメラ・ウェイクリングしか。
     パメラは自白しているのだ。おそらくまったく自覚なしに。殺人の容疑者が自分を含めた三人に絞られているということを知らずに。残りふたりの無実を証言するという、悪意のない形で。
     ある意味それは、とてもパメラらしい失敗であるといえた。
    (──でも、本当にそうなの?)
     かなり確定的な失言だというのに、それでもまだハーミオンはパメラの有罪を信じられないでいた。
     パメラが銃を握りしめて、巨漢を残酷に撃ち殺す光景が想像できなかった。ローリングトンという田舎町で育った彼女が、たまたま自分の家に泊まっただけのよそ者に殺意を抱く理由というものがわからなかった。機会があり、彼女以外には不可能だったという以外には、パメラを犯人と見る理由が何ひとつないのだ。
    「パメラは……亡くなった人や、カークさんとは知り合いだったの?」
    「ううん、完全な一見さんよ。パパもあのふたりのことは知らないと思う。

  • 27◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:49:35

     そういえば、宿帳に名前を書いてもらってるときに、カークさんが『ここに立ち寄るのは初めてだけど、煙草を売ってる店はあるかな?』ってパパに聞いてたわ。少なくともカークさんとローリングトンの町は、昨日まで何の関わりもなかったんじゃないかしら」
    「……………………」
     カークについてきただけのブライアン・ロイルもきっと同じ、ということだろうか。
     動機という面を考えると、被害者ロイルについての情報があまりにも乏しいことに気付く。用心棒としてローリングトンにやってきた彼は、なぜ殺されなくてはいけなかったのか。そもそも、ロイルはどういう人物で、どういう暮らしをしてきたのか。それを知る者がいない。
     やがてふたりは、ウェイクリング酒場の前にたどり着いた。
     殺人現場であり、家主まで追い出されたその建物はきっと物寂しく見えるだろう、とハーミオンは予想していたが、それは違った。
     意外と人が出入りしている。窓という窓が開け放たれ、中でうろうろしている男たちの姿も見えた。屋根に登って、カエルのように四つん這いになって何かを調べているやつもいる。
     それらの人々に細かく指示を出しているのは、樽のような姿のエリス保安官だ。
    「おう、こんちわ、ペミ……ハーミー。パメラも」
     ふたりに気付いたエリスの方から、手を上げて挨拶をしてくれた。
    「こんにちは、保安官。これは何事?」
    「昨日は大雑把にしかできなかった家捜しをしてんのさ。やはりこういうことは明るくなってからするに限る」
     頭上に浮かぶ、蒼天を貫くような白い太陽をちらりと見てから、エリスは言う。
    「事件と関わりのない若い衆どもに頼んで、建物の壁や床、天井を調べさせてる。もちろん、三階の例の部屋だけでなく、全体をな。うっかりどっかに抜け道でもあったら、笑い話にできるんだが」
     二階の窓から男が顔を出して、両手で大きくバツ印を作った。エリスは肩をすくめて、手に持った帳面に鉛筆で何やら書き込んでいく。中を覗き込まなくても、「二階、抜け道なし」といった内容であることはハーミオンにもパメラにも察しがついた。
    「今んとこ、際立った発見は何もないがね。抜け道はないし、隠れ潜んでる殺人鬼もいない。窓の外の庇はコケや土埃が厚く積もってて、足跡も指でつかんだ跡もないし」

  • 28◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:50:33

     ぶつくさとつぶやくエリスに、パメラは何の話をしているのかよくわからない、と言いたげに首を傾げた。対してハーミオンは、保安官の言葉の意味の重要性をしっかりと認識していた。犯人が窓から出て、外壁にしがみついて降りたという可能性もなくなったということだ。
     ウェイクリング酒場の建物は、いよいよ巨大な密室としての様相を呈してきた──たった三人の容疑者を逃がさずに閉じ込める、強固な檻のような密室だ。
    「……で? お前らふたりは何しに来たんだ? あとで話を聞きに行こうと思ってたから、そっちから来てくれたのはありがたいんだが」
    「ああ、ちょっとね。保安官がいつまでここを封鎖しておくつもりなのか、パメラが気になったみたいなのよ」
    「三階はともかく、一階の酒場はなるべく早く再開させてもらえないかしら。あまり何日もお仕事ができないと、その……私もパパも、貯金がなくなっちゃうから……」
     もじもじと言いにくそうにするパメラだが、その望みは当たり前といえば当たり前のものである。エリスもそれは承知していたらしく、うんうんと小さくうなずいていた。
    「その点に関しては安心してもらっていい。このまま何も余計なものが見つからなければ、明日には戻って来てくれて構わんよ」
    「本当? 保安官!」
    「意外とあっさりしてるのね。こんな大人数を使ってるから、まだまだ封鎖し続ける気満々なのかと不安になってたんだけど」
    「そういうわけでもないさ。何もない、って確認できた場所を何度も引っかき回しても、得られるもんはないとわかってるだけだ。
     無駄は省いて、やるべきことは徹底的にやる……俺の仕事の鉄則だ。ああ、やるべき機会が来たら逃がさない、ってのも重要だな。ちょうどいいから、この場で昨日の話をお前らからもう一度聞いておこうか」
     鉛筆の先を舐めながら、彼は目を細めてハーミオンとパメラを見た。その眼差しは、パメラに向いたときの方が、ほんの少し厳しい輝きを持ったようにハーミオンには見えた。
    「それなら、先にパメラが済ませるといいわ。さっき予行演習をしたばかりだし、スムーズに受け答えできるでしょ」
    「うん、まあ、私も面倒ごとは早く終わらせたいし。保安官さえそれでよければ」

  • 29◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:51:33

     エリスは一瞬、「予行演習って何だ?」という顔をしていたが、たぶんどうでもいいことだと気付いたのだろう、すぐにあごをしゃくって建物の中へついてくるようパメラをうながした。昨夜同様、今日も酒場のフロアが取調室の役目を果たすことになるようだ。
     残されたハーミオンはひとり、手持ちぶさたになるかと思われたが、ちょうどダグラスとオニオンズが並んで歩いてくるのを発見したので、声をかけることにした。
    「こんにちは、ふたりとも。昨日はちゃんと眠れた?」
    「おう、ハーミー! 心配には及ばんさ。オニオンズ先生のところのベッドは、うちの客室のに負けず劣らず寝心地がよかったよ」
    「ふふん、そりゃ当然さ。診療所は清潔第一だもの。
     ハーミーのところに行ったパメラは大丈夫だったかね? 先の強盗事件のせいで窓が割れてると聞いているが」
    「全然問題なしよ。私より先に寝ついてたわ」
     それを聞いて、ダグラスは得意そうに胸を張って笑う。
    「ハハッ、だろうなぁ。俺の娘だもの、そりゃそのくらいは図太いだろうと思ってたさ。
     たぶんあいつなら、自分が殺されそうになったとしても、夜になれば子供みたいに幸せそうに眠るんじゃねえか?」
     自分の娘への信頼を感じられるその言葉を聞いて、ハーミオンは胸が苦しくなった。確かにダグラスの言う通り、パメラは殺されかけても眠れるくらい肝が太い女なのだろう。そしてもしかしたら、人を殺しても何の苦悩もなく眠りにつける女かも知れないのだ。
    「それに比べると、カークさんはだいぶ神経が細いな。昨日もなかなか寝付けずにいたようだし。まあ、自分の用心棒が殺されて、不安になるなって方が無理ではあるんだろうが」
    「そういえば、カークさんもオニオンズ先生のところに泊まったのよね。あの人はこのあと、どうするつもりなのかしら」
    「うむ、わしも気になって聞いたが、なるべく早く新しい用心棒を見つけて、旅を再開したいらしいよ」
    「商人となると、時間も大切だろうからなぁ。だが、このローリングトンで、用心棒なんて見つかるもんかな? 自分で銃を握って自衛した方が早いんじゃないか?」
    「カークさん自身も銃は持っていたが、あんまり自信はないと言っておったよ。今のご時世は物騒ではあるが、銃を撃つ機会がしょっちゅうあるかというと、そうでもないしなぁ」

  • 30◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:52:29

     銃──。そういえば、この事件の凶器となったこの特殊な武器について、ほとんど考えていなかったことに、ハーミオンは今さらながら思い至った。
     少なくとも、現場となった部屋にそれらしいものは残されていなかった。当然、犯人が持ち去ったと考えるべきだが──。
    「オニオンズ先生? ちょっと聞きたいんだけど、使われた銃がどんなものかっていうのはわかる? ほら、遺体の傷の大きさとかから……」
    「うん? ああ、わかるよ。貫通する傷じゃなかったからね、遺体を解剖した際に弾を取り出せた。そのおかげでかなり確実なことが判明している」
    「か、解剖……したの?」
    「うむ、他殺死体の解剖は初めてだから、緊張したがね。恐ろしいもんだったよ。骨はあちこち砕けているし、内臓もいくつも破裂しているしで。
     背中側だけじゃなく、鎖骨や胸骨といった体の前面にある骨も粉砕骨折していたことは興味深かったな。高いところから落ちると、あんな風に肉体は損傷するのかねぇ……体の大きい人だったし、体重の分、激突の衝撃も大きかったのかも」
    「ま、待った待ったオニオンズ先生。話がずれてるよ……ハーミーが聞きたいのは、銃の話じゃないのかい」
     生々しい死体の話に顔を青くしたダグラスが、慌ててオニオンズの話を遮った。ハーミオンも口もとを押さえてうなずく。気の強い女ではあるが、気持ち悪いものは気持ち悪いと感じる普通の感性の持ち主なのだ。
    「おっとすまんすまん、滅多にない経験だったので、ついな。
     で、銃だったか。うん、小振りな弾でね。ありゃ大口径の銃で発射したものじゃない。ハーミーが腰につけてるものよりずっと小さいやつだ。素人が護身用に持つような、手のひらサイズ以下の小型銃ってところじゃないかな」
     小型銃。素人が持つようなもの。
     この情報も、パメラのイメージにつながってしまう。
    「そういう銃を持っている人って、この町にいるのかしら」
    「わしは持っているよ。今も、ほれ、懐に入れてある」
     意外なことに、真っ先にそれを言ったのはオニオンズだった。
    「歳を取ると、トラブルになったとき腕力にものを言わせる、ということができんからね。ずっと前にK市に行ったときに、護身用に買ってきたのさ。
     ありがたいことに、まだ一回も実戦で使ったことはないがね。撃つにしても射撃練習ばっかりさ……どんなものか、見てみるかい?」
    「ええ、お願い」

  • 31◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:53:44

     ハーミオンはオニオンズから銃を受け取り、それをじっくりと観察した。
     柄の丸っこい、煙草用のパイプみたいなシルエットの単発銃だった。大きさは本当に小さい。ハーミオンの手のひらで軽く隠せてしまうほどだ。
     かなり古いが、よく手入れされている。銃身の内側の様子から、弾丸が発射されたことは何度もあるとハーミオンは判断した。
    「なかなか可愛い銃じゃないか。パメラにも、護身用に一丁買ってやるべきかねえ」
     横で見ていたダグラスが、感心したようにそう言った。
    「パメラは、持ってないの? 銃を?」
    「持ってるわけあるかい。あいつが扱ったことのある武器なんて、せいぜいハエ叩きぐらいだろうよ。
     俺は散弾銃を持ってるが、あれはパメラに使わせるには危な過ぎるしな。何かちょうどいい護身用具があればいいなと思ってたんだが、こういうのがあるとは」
     ハーミオンは相づちを打たない。その代わり、頭の中で静かに考える。
     ダグラスの言ったことは、パメラを犯人の座から遠ざけ得るものだろうか? 微妙なところだ。どこかで購入し、隠し持っているという可能性がもちろんある。
     ただ、ローリングトンのような町で、誰にも知られずこんな銃を用意できるかは怪しい。何しろ、旅の商人すらめったに訪れない、不便な田舎町なのだ。
    (待って)
     そこからさらに、ハーミオンの思考は一歩踏み出した。
     ダグラスは今の言葉で、パメラが小型銃を持っていないことを主張した。しかし、よく考えると、その主張にはダグラス自身も含まれている。散弾銃は持っているが、小型銃は存在すら知らなかったと。
     となると、銃器の所有者という点で犯人の資格を持つのは、オニオンズ医師だけということにならないだろうか?
    (いや……いや、それは短絡的だわ。オニオンズは小型銃を持ってるけど、彼が犯人なら、三階から降りてくるときの音をパメラが聞いていないとおかしい。
     パメラがダグに知られずに、どこかから銃を手に入れた可能性は? ローリングトンの銃火器を取り扱っているお店を私は知ってる……そこの店主に聞けば、パメラが買い物をしたかどうかはすぐにわかる……でも、人殺しをするのに、そんなわかりやすいことをするかしら……? それ以外に──秘密裏に銃を入手する方法は──)
     はっ、とハーミオンは目を見開いた。昨夜見た風景がふと頭の中に浮かんだのだ。

  • 32◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:54:26

     事件現場の部屋。そのテーブルの上にあった、ふたが開いたままの旅行鞄を、彼女は見ていた。
    「カークさんとロイルさん……このふたりも銃を持っていたはずだわ! それがどんな種類か、あなたたちは知ってる?」
     勢い込んで彼女は目の前のふたりに尋ねた。
     オニオンズ医師は先ほど言ったはずだ。「カークさん自身も銃は持っていたが」と。つまり、実際に持っているのを見ている。
     ロイルの情報に関しては、ダグラスに期待が持てる。何しろ、生前の姿を見ているのだ。用心棒は銃を見せつけるように携帯していることが多いから、きっと気付いただろうというのがハーミオンの考えだ。
     果たしてこれは的を射ていた。まず、ダグラスがごま塩頭を縦に振って、知っていることをあっさりと教えてくれた。
    「ああ、さすがに用心棒だからね、ロイルさんはちゃんと銃を持ってたよ。腰のベルトにホルスターをつけてね、バレルの長い大型拳銃を差していた。威力も射程も長い、若者の銃って感じのシロモノだったよ」
    「ああ、確かに持っとった。遺体の尻の下敷きになっておったから、パッと見はわからんかったがね」
     ダグラスの言葉を、オニオンズが追って認める。
    「カークさんの方は、上着のポケットに銃を入れておるのを見たよ。肩の治療中に偶然気付いたんだがね。
     わしのと同じような、護身用小型拳銃だった。柄が凝った貝殻細工でね、大層美しいやつだ! わしも興味があったんだが、高いものだからあまり人に見せたくないって、触らせてもらえんかったよ」
     ハーミオンは頭を振った。小型拳銃というのは条件に合うが、カークが身に付けていたのでは三階での殺人の凶器ではあり得ない。
    「その、それ以外に持っていたかどうかはわかる? 現場のお部屋には、大きな旅行鞄と背嚢があったわ。そこに入れっぱなしにしていた銃があったとしたら……」
     パメラが犯人だとしたら、部屋にもともとあった銃を使った可能性が最も高い。カークの荷物から(あるいはロイルの荷物から)銃を拝借し、撃ち、もとに戻して手ぶらで一階に降りる。一番身軽で、足もつかないうまいやり方だ。
    「ううん、そこまではわからんなぁ。確かに診療所に来たとき、彼は大きな鞄を持ってはいたが。
     ダグ、あんたはわかるかい? 昨日の夜、寝付くまでいろいろ話していたようだが」

  • 33◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:55:27

    「あいにくだが、銃を持っていたかまでは俺も知らんね。あの人はけっこう料理について話せるたちだったんで、ペミカンのレシピについていくらか意見を交わしただけなんだ。……おいいきり立つなハーミー! てめぇのことじゃねぇよ馬鹿!
     っと、ちょうどいい。見ろよ、あそこにカークさんがいるぞ。ハーミー、直接聞きに行ってみたらどうだ?」
     ダグラスは言いながら、ハーミオンの背後を指差した。
     彼女が振り返ると、なるほど、大きな鞄を持った小柄なジェームズ・カークが通りを横切っていくところが見えた。
     その歩みは遅い。彼がどこに行こうとしているにしろ、ちょっと呼び止めて話を聞くことは難しくなさそうだとハーミオンは判断した。



     ダグラスとオニオンズに別れを告げ、ハーミオンは砂色の髪の商人の後ろ姿を追った。
     左肩を怪我している彼は、右手だけで大きな鞄を運んでいた。箱形の鞄の底にはローラーがついており、荷車のように引っ張って運ぶことができるので、腕力は大していらないはずだ。しかしそれでも、片腕では動きがぎこちなく、不便をしているように見えてしまう。
    「あっ」
     不意に、鞄が大きく傾いた。地面から出っ張っていた石にローラーが引っ掛かったのだ。バランスを崩したそれを片腕で立て直すことはできず、鞄は地面に横倒しになりそうになった。
    「とっ、危ない! 大丈夫?」
     きりぎりのところで、ハーミオンの差し出した手が間に合った。
    「あ、ありがとうございます。あなたは……昨日、お医者様を呼んでくれた人、でしたね?」
    「あら、暗かったのに覚えていてくれたの?」
    「ええ、酒場の中からの光がありましたからね。あと、あなたは声も特徴的だ。
     あらためてありがとうございました。昨夜も、今のことも。……そういえば、まだ名乗ってはいませんでしたね? ジェームズ・カークです」
    「ハーミオン・マッカラムよ。災難だったわね」
    「ええ……これまでに商売で旅をしたことは何度かありますが、今回のような事件に巻き込まれたのはこれが初めてです」
    「あなたの中のローリングトンの印象が、あまり悪くならなければいいんだけれど。ところで、どこへ行こうとしていたの?」
    「ああ、教会ですよ。牧師さんがロイルを教会管理の墓地に埋葬してくれるというので、その打ち合わせに」

  • 34◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:56:31

     そう言ってカークは、道の先を見やった。視線の先にあるのは白い古い建物で、尖った三角屋根の上に十字架を戴いている。
    「教会管理の墓地……このローリングトンの? K市の墓地に葬るんじゃなくて?」
    「旅すがら聞いたのですが、彼は身寄りというものがないそうで。長くひとりで旅をして暮らしてきたらしく、K市も故郷というわけではないんです」
    「なるほどね」
     そういうことなら、わざわざ遺体をK市に戻す理由もない。ブライアン・ロイルにとっては、知らない土地の墓に入ることになるわけだが、せめて彼が死後の隣人たちと仲良くやれますようにとハーミオンは祈った。
    「では、私はこれで……」
    「あっ、ちょっと待って、カークさん。あなたに少し聞きたいことがあるのよ」
    「はて? 何でしょう」
    「あなたたちの部屋にあった荷物のことよ。その鞄もそうだけど、もし銃火器を入れているんだったら、見せて欲しいの」
     唐突と言えば唐突なその要求に、カークは一瞬いぶかしげな表情を浮かべたが、すぐに納得したようにうなずいた。
    「ああ、保安官のお手伝いですか。先ほどもちらりと酒場の方を見てきましたが、彼は町の人を大勢使いますね。K市の保安官はなかなかああいうやり方はしないんですが」
    「ええ、まあ、そんなところよ」
     実際はハーミオンの独断なのだが、相手が納得しているところをわざわざ訂正しても誰も得をしない。彼女はあえてカークの勘違いに乗っかることにした。
    「で、銃でしたね。あいにく私は、その手のものにはまったく才能がありませんで。こういうオモチャみたいな銃しか持ってはいないんですよ」
     言いながらカークは、胸ポケットから小さな拳銃を出して見せてきた。
     オニオンズの銃よりさらに小さな、可愛らしい銃。柄の部分全体に埋め込まれた貝の真珠層が、淡い虹色に輝くのが美しい。確かにこれは高級品だろう、とハーミオンは思った。武器としてより、アクセサリーとして扱われるべきものだ。
    「それは、昨日の夜にあなた自身が身に付けていたものよね?」
    「ええ。お医者様からお聞きになりましたか? これは旅の間、一度も手放していません。下手をすると、この鞄の中に入っている商品や旅費を全部合わせたより高価かも知れないのでね」

  • 35◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:57:30

     もちろん、オニオンズに触らせなかったのと同様に、ハーミオンにも触らせはしなかった。ハーミオンとしても、カークがずっと身に付けていた銃には興味がない。
    「他には持っていないの? その鞄にも」
    「ええ。この中は着替えなんかの旅道具と、商品だけですよ」
    「ロイルさんの荷物は、どうしたか聞いても? 事件現場の部屋には、背嚢があったわ。それがあの亡くなった人のものだろうって私は思ってるんだけど」
    「鋭いですね。はい、あれがロイルの持ち物でした。
     でも、もう持ち主はいませんからね。中身ごと、牧師さんにお譲りするつもりです。どれくらいの価値があるかは存じませんが、お葬式の費用の足しにはなるでしょう」
    「今はどこにあるのかしら」
    「この鞄の中に……ご覧になりますか?」
    「ぜひ」
     カークは鞄を道端に持っていき、柔らかい草の上でふたを開いた。
     中は、彼自身が言ったようなものばかりだった。着替えやタオル、水筒などの旅道具。甘酸っぱい香りのする、葉巻煙草のケース。そして、茶色い紙で丁寧に包まれた板状の塊が数十個。
    「これが、あなたの扱う商品? 何なの?」
    「ああ、ペミカンですよ」
     こともなげにカークは言う。ハーミオンがほんのわずかに、苦々しい顔をしたことにも気付かずに。
    「味がよくて、暑くてもベタつかないものを考案したんです。もちろん栄養もたっぷり。これは売れますよ」
    「旅をしてまで売るにしては、数が少なく見えるけれど」
    「これはサンプルでしてね。実際の商品はレシピなんです。取引相手にこれを食べさせて、味が気に入ったなら作り方の情報をお買い上げいただくという商売で」
     なるほど、とハーミオンは感心した。そういう商売の仕方は彼女の常識の中になかったので、なかなか新鮮な気分だった。
    「一枚味見してみますか? ナッツの風味がきいていて、デザート感覚で楽しめますよ」
    「いえ、けっこう。それよりも、ロイルさんの荷物を」
    「おっと、そうでしたね。このシャツの下に……あったあった、これです」
     鞄の空きスペースを埋めるような形で、古い背嚢が押し込まれていた。ハーミオンはカークからそれを受け取ると、さっそく中見を確認し始めた。
     大したものは入っていない。着替えに携帯食、マッチにナイフ、巾着型の革財布。そして──やはりあった、とハーミオンは叫びそうになった──予備の拳銃。

  • 36◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 18:58:36

     しかし、それを引っ張り出してみて、彼女は落胆した。銃身が長く、口径も大きいのである。弾倉を開いて薬莢を取り出してみたが、これがまたビッグ・サイズだ。殺傷力も貫通力も高いだろうし、オニオンズもこれから発射された弾丸を小型拳銃のものと表現したりはしないだろう。ロイル殺しの凶器ではあり得ない。
     では、他にも銃があるかというと、なかった。背嚢の底まで引っかき回してみたが、あったのは最初に見つけた大型拳銃だけだった。
     カークの荷物にも、ロイルの荷物にも、小型拳銃はない。となると、やはり、犯人は現場にもとからあったものを凶器として使ったのではなく、自分の手で凶器を持ち込み、持ったままその場を去ったということになるのか。
     どういう方法でかはわからないが、パメラが拳銃を手に入れ、それを持って客室におもむき、引き金を引いたのだろうか?
     もしも──と、ハーミオンは思う──もしも昨日の事件直後に、パメラの持ち物検査をしていたら、ポケットかどこかに小型拳銃を隠し持っているのを見つけられたのかも知れない。
     今となっては? もう無理だ。時間が経ち過ぎた。拳銃ひとつ程度であればどこにでも隠せるし、捨ててしまうこともできたはずだ。
     つまり、ここで凶器が発見されなかったことは、パメラの有罪も無罪も証明することにならない。もし、ロイルの荷物から、最近発射された痕跡のある小型拳銃が見つかっていたなら、事件の際に現場に出入りするチャンスのあったパメラの容疑は、非常に濃くなっていたのだが。
     ハーミオンは頭を抱えて嘆息した。事件解決の手がかりがつかめなかったことを、自分は残念がっているのだろうか、それとも喜んでいるのだろうか?
    「マッカラムさん、もう片付けてもよろしいですか?」
    「あ、ああ、ごめんなさい。もうけっこうよ。怪しいものはなかったって、保安官にも伝えておくわ」
    「ええ、ぜひお願いします。……何かのお役に立てたのかどうか、私にはわかりませんが」
    「無駄ではなかったと思うわ、たぶんね」
     ハーミオンが背嚢の中身を戻し、それをカークが元通り鞄の中に詰め直した。
    「行き先は教会なんでしょう? 片手でずっとその鞄を引っ張るのは大変でしょうし、持っていってあげましょうか?」

  • 37◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:00:02

    「いえいえ、お気づかいなく。実のところ、肩の痛みはもうほとんど引いてるんです。次に鞄が倒れそうになっても、うまく建て直しますよ」
    「そう?」
    「ええ、お医者様の貼ってくれた湿布薬がよく効いたようで。まあ、煙草を吸うときに、マッチを擦るのはちょっと苦労しますがね」
     カークは、そう言って苦笑いをする。
     そういえば、彼は煙草を吸いに外へ出たおかげで容疑者にならずに済んだのだということを、ハーミオンは思い出した。
     もし、カークが外に出ていなかったらどうなっていただろう? やはり、ロイル殺しの最有力容疑者として、エリス保安官に厳しく追求されていただろうか。
     いや、それよりもっと悪く、ロイルともども射殺されていた可能性もある。煙草好きなために健康を害した、という話はよく聞くが、彼の場合は煙草好きなために命を長らえた珍しい例ではないだろうか。
    「たくさん吸うの?」
    「こう言っては何ですが、人生での一番の楽しみですね」
    「昨日は、外で煙草を吸ってたのよね。何時頃に酒場の建物から出たのか、聞いてもいい?」
     何となく、口から出た質問だった。
     ハーミオン自身、これが事件解決の役に立つとはまったく思っていない。ただ気になった。彼女は事件発生の一時間ほど前から酒場のフロアにいたが、カークらしき男が出ていくのを見た記憶がなかったのだ。
     カークとしてもこの問いの意味がわからなかったようで、一瞬きょとん、と目を見開き、少し迷うようにうなった。
    「ううん、いつ頃でしたっけか……ちょっと具体的な時間については、確認してなかったんでお答えできませんね。
     でも、日が落ちる前だったのは確かです。酒場にもまだ人がいなくて……夕日を見ながらマッチを擦ったのを覚えてますから」
    「えっ……それで、日が暮れるまで、ずっと煙草を?」
    「ええ。あちこちぶらつきながら、ずっと吸ってました。そんなもんですよ、煙草好きってのは」
     こともなげにいうカークを見ながら、ハーミオンは、やはりこの人、遠からず体を悪くするんじゃないだろうか、と思わずにはいられなかった。



     教会へ向かうカークを見送り、ついでにちょっとした寄り道をした上でウェイクリング酒場へ戻ると、先ほどまではなかったいい香りが入り口から漂っていた。

  • 38◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:01:22

     中に入ると、カウンター席でオニオンズがコーヒー・カップ片手にくつろいでおり、エリスはサンドイッチにかぶりついていた。後者のメニューはローストビーフとたっぷりの野菜を挟み込んだボリューミーなものであり、ハーミオンから見てもヨダレが出そうになるくらい美味しそうなシロモノだった。
     リスのように頬を膨らませて、もぐもぐとあごを動かしながら、保安官はハーミオンに声をかける。
    「よう、戻ったか。あのよそ者に尋問しに行ったわりには、早く済んだな」
    「あんまり重要なことは聞けなかったけどね。……それより保安官、何で食事を?」
    「ふん。今朝、ミルクだけ飲んで出てきたとパメラに言ったら、問答無用で押しつけてきおってな。もちろんおごられるつもりなんかないぞ。あとで金は払うつもりだ」
    「別にいいのよ、保安官! どうせ昨日の余り物なんだから」
     カウンターの向こうから、エプロン姿のパメラが顔を出す。
    「昨日の騒ぎで酒場を早じまいしたから、思ったよりお肉類が余ってるのよ。パパは干し肉にすればいいって言って、燻製機の準備を始めてるけど、脂の乗ったお肉をそうするのはちょっともったいないし。
     ハーミーも何か食べる? お昼まだだから、そろそろお肉の味が恋しかったりしない?」
    「あー……じゃ、適当に焼いたやつお願い。味付けはとうがらし多めで」
    「好きよねぇ、それ」
     くすくすという笑い声とともに、黒髪がひるがえって奥の厨房へ消えていく。その後ろ姿を見送ると、エリスがハーミオンの耳もとに顔を寄せ、小声で話しかけてきた。
    「……おい、お前。パメラが事件のときどうしてたか、本人の口から聞いたか?」
    「ええ」
    「あいつが犯人としか思えないんだが、お前もそう思うか?」
    「思うわ。でも、信じられない」
     ちらり、と厨房の様子を気にしながら、ハーミオンは答える。
    「パメラは大雑把なタイプよ。本当に人殺しをしたとして、つまらない失言で尻尾を出して捕まるっていうのは、とても彼女らしいオチに思えるわ。
     でも、パメラがパメラらしく適当にやったんだとしても、昨日の事件は意味不明過ぎるのよ。見ず知らずのよそ者を殺す動機は何? どうして仕事が忙しいときに、それも父親から倉庫に行くよう命じられたタイミングでことに及んだの? いったいどこで凶器の銃を手に入れたの?」
    「銃は、この町でも売ってはいるだろ? お前だって持ってる」

  • 39二次元好きの匿名さん22/01/16(日) 19:02:55

    西部劇ミステリ……雰囲気いい。

  • 40◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:04:09

    「ええ。みんな知ってる、トニーの銃火器店で買ったわ。もちろん、トニーも町の人たちの顔をみんな知ってる。パメラがもし銃を買いに来てたら、気付かないわけないでしょうね」
    「……………………」
    「さっき、トニーの店に寄り道して、小型拳銃を買った人間がいるか聞いてみたわ。
     答えはノー、よ。この町じゃ、害獣撃ち用のショットガンが売れ筋で、ちっちゃい拳銃なんて人気がないらしいわ。開店以来、一丁も売れたことないんだって」
    「……………………」
    「ああ、でも、小型拳銃用の弾を買う人はひとりいるって言ってたわね。とあるお年寄りだってさ。その人の名前は、保安官が直接聞いてきたら教えるってトニーは言ってたけど、まあ、わざわざ確認するほどのことかは、ねぇ」
     カウンターの端で、ちびちびとコーヒーをすすっているオニオンズの方に一瞬、視線を向ける。小型拳銃の持ち主であると明確にわかっているこの老人は、パメラの証言のために犯人ではないとほぼ断定されている。
    「じゃあ、パメラは銃を手に入れられなかったってのか?」
    「入れられなかったと思う。ローリングトンを出てK市にでも行けば、何とかなるでしょうけど……往復で数日はかかる旅になるわ。パメラみたいな酒場の看板娘がそんなに長く留守にしてたら、みんな不審に思うでしょうね」
    「他にも方法はないか? ……お前が、よそ者に確認を取りに行った内容を聞いておきたい。重要なことは聞けなかったと言っていたが、やっぱり……」
    「たぶん、ご想像の通りってやつよ」
     ハーミオンは、先ほどのカークとのやり取りと、荷物検査の結果を保安官に教えた。カークは一丁の小型拳銃を懐に飲んでいたのみで、部屋にあった鞄には火器を入れていなかった。ロイルの荷物から見つけられたのも大型拳銃だけで、凶器には該当しない──。
    「そっちも空振りか。やつらの部屋で開いた鞄を見たのを思い出したときに、そこから銃をくすねた可能性をわりと本気で検討したんだが」
     サンドイッチの最後のかけらを飲み込んで、エリスは首を横に振った。その様子は、まるでまだ腹の容積が満足していないぞ、とでも言いたげに見えた。
    「となると……残る可能性はひとつだな……。
     小型拳銃を持ってる容疑者がひとり、上の階に殺しをしに行けた容疑者がひとり。そのふたつを合わせて、オニオンズから銃を借りたパメラが、ロイルを撃ったというのはどうだ」

  • 41◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:05:18

    「……………………」
    「あるいは、オニオンズが殺人をして、彼をパメラがかばっているのかも知れないな。人が階段を降りる音を聞かなかったと言うだけで済むから、すごく楽なやり方だよ」
    「それ、何か意味がある?」
    「まったくない。だから困る」
     ふたりが共謀して殺人を行なったのなら、もっとうまいやり方がいくらでもあったはずなのだ。アリバイだって作り放題だっただろうし、最初から事件と関わってないふりだってできただろう。裏口の鍵を開けておいたり、外部犯を疑わせる工作だってやれたはずだ。それに比べると、パメラとオニオンズの自分たちを犯人から遠ざけようという試みはあまりにも弱い。
     特にパメラ。彼女の場合は射殺の実行犯だろうと、オニオンズの殺人を口裏を合わせてごまかした共犯だろうと、どっちにしろ罪ありなのである。計画して人を殺してこれだとしたら、あまりにお粗末過ぎる。ハーミオンは友人を人殺しだと思いたくなかったが、そこまでの馬鹿だとも思いたくなかった。
    「ええい! いったい、どうなってるんだこの事件は?
     やっぱり普通にパメラがやったのか? しかしあの小娘が、自分の家で通りすがりのコソ泥野郎を殺す理由がわからんし……」
     苛立たしげに吐き捨てられたその言葉を、ハーミオンは危うく聞き流しそうになった。ほんの少しだけ、彼女の知識にない情報がそこにはあった。闇の中で立ち止まっている現状を覆し、一歩先へ導いてくれるかも知れない小さな光が。
    「今、何て言ったの? すごい悪態が聞こえた気がするんだけど」
    「あん?」
    「被害者のことを、コソ泥野郎とか言わなかった? いくら行き詰まってるからって、殺された人のことをそんな風に言うのは酷くないかしら」
    「あー……ああ、まあ、確かに言い過ぎか。我ながら、ちと礼儀を忘れていたな。
     だが、言いわけになるが、ありゃ何の根拠もない罵倒じゃないんだぞ。ついさっき、お前がいない間に、ブライアン・ロイルの前身がわかってな」
    「えっ!」
     ハーミオンが驚きに声を上げると、エリスは慌てて「しーっ」と声を抑えるようジェスチャーをする。
    「お前も聞いてるだろ、オニオンズ先生がロイルの遺体を解剖したって。そのときな、左肩に特徴的な入れ墨があるのを見つけたんだよ。

  • 42◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:06:31

     ガラガラヘビの胴体に噛みつくドクロと、それを取り囲むイバラの蔓って意匠だ。先生はこれをちゃんと描き写して見せてくれた。
     そんでもって、俺の仕事は保安官だ……当然、大陸中から指名手配犯の人相書きが回ってくるし、それにちゃんと目を通してる。追われてる連中の特徴をしっかり記憶してあるし、メモにだって取って持ち歩いてもいる」
     言いながらエリスは、上着のポケットに入れていた帳面を取り出し、その中ほどを開いてハーミオンに見せた。
    「まさか、その中に……?」
    「おうよ。ほら、このページだ……体格のいい栗毛の男ってだけじゃピンとこなかったが、入れ墨も合わせると、どうやらこいつらしいんだよな。
     ロイルの本名はロイ・ブライトン。K市よりさらに東の出身で、五件の窃盗事件の犯人と目されてる」
    「窃盗……?」
    「ああ。八百屋の店先からカブをくすねたり、空き巣に入って食器を持っていったり、そういうくだらねぇ盗みを繰り返してたらしいんだ。
     図体に似合わず、セコい野郎さ。利益のためにやってるんじゃなくて、盗めそうなものがあるとつい手が出ちまうような……一種の心の病気じゃないかって言われてる」
    「無計画な、衝動的な盗みの常習犯ってこと?」
    「そういうことだな。もちろんこんなのは簡単にバレる。だが、こいつは手が早いだけじゃなくフットワークも軽かったようで、地元の保安官が容疑と証拠を固めたときには行方をくらませてた、ってわけだ。
     まさか、用心棒としてローリングトンにまで移動した上、そこで殺されるとは誰も想像しなかっただろう」
    「ふうん……窃盗犯……窃盗犯、ね」
     被害者のこの性質が、殺害された理由に結びつくかどうか、ハーミオンは考えを巡らせた。
     可能性はある気がした。たとえば、誰かの非常に大切なものを盗んでいたとか。パッと見はつまらない、金銭的価値のないものでも、親しい人からの贈り物だったり、親の形見だったりで大切にされていた、という場合もあるだろう。
     ただ、それを盗まれて命を奪うくらい恨むかというと、少し疑問だ。盗んだ本人を見つけ出せたのなら、保安官に知らせて捕まえてもらって、大切なものを取り返した方が話が早いし、罪にもならない。

  • 43◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:07:26

     あるいは、つまらなく見えて実はものすごく高価なものを盗んでいたとか。価値のわかる誰かが、ロイ・ブライトンがそれを持っていることに気付き、殺して奪い取ろうとした──この線はあり得るか?
     だとしたら、行き当たりばったりの衝動殺人の可能性が高い。ブライトンが無防備に高級品を身に付けていることに、誰がが気付く。そいつはブライトンが酒場の三階に泊まっていることを知る。カークが外出し、ブライトンが部屋にひとりでいるところを襲い、殺害して、品物を奪う。
     この場合、押し込み強盗をするために拳銃を用意した、のではなく、もともと持っていた銃で犯行に及んだ、ということになるだろう。その場合は、パメラの容疑は薄れる。その代わり、もともと小型拳銃を持っていたオニオンズの容疑は深まる。しかし、パメラの証言がある限り、オニオンズに犯行は不可能としか言えない。
     結局はどうしても、パメラの証言がネックになる。彼女の言ったことは本当なのか? 嘘なのか? 嘘だとしたら、何のために自分を追いつめるだけの嘘を言ったのか?
     いい加減、腹を割って彼女と話をしないといけないときが来ているのではないか。
    「保安官。あなたはこのあとどうするつもり?」
    「さあてなぁ。まあ、普通に考えるなら、パメラのやつをちょいと厳しめに尋問せにゃならんだろうが」
    「少しだけ、時間をもらえる? 先に私の方から、あの子と話をしたいの」
     真剣な様子で言うハーミオンに、エリスはしばらく考える。やがて彼はうなずき、ハーミオンの鼻先に警告をするように指先を突きつけた。
    「日が暮れる前に、俺はパメラにもう一度話を聞く。そこまではお前の好きにするといい。
     ただし、自白させようとか無実を証明しようとか、変な気負い方はするな。何もわからないならわからないで、お前が気にすることじゃない。事件の捜査に責任を持つのは保安官である俺だ、ということを忘れるな」
    「うん。ありがとう、保安官」
    「言っとくが勘違いをするなよ? 俺はお前に甘くしてるわけじゃない。他の仕事が立て込んでるから、急ぎじゃない尋問を後回しにするだけだ。
     とりあえず、あー……そうだそうだ、お前の家に入った強盗どもを、K市の検事に引き渡す手続きをせにゃいかんのだった。あいつらもあいつらで凶悪犯だからな、いつまでも放ったらかしにはしておけん」

  • 44◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:08:34

     そういえばそんなこともあったっけ、とハーミオンは他人事のように思う。どちらかというとその事件の方が、自分が直接巻き込まれたという意味で印象に残っているべきなのだが、あまりにあっさりカタがついてしまったせいか、何だかもうずっと昔の出来事のようだった。
    「連中を裏切って逃げたっていうもうひとりの強盗は、まだ捕まってないんだったわよね」
    「ああ。何しろ、そいつの顔も名前もわかってないからな。あの三人が言うには、カネがねぇと酒場で管を巻いてるときに、帽子とスカーフで顔を隠した男が話しかけてきて、一緒に強盗をやらないかと誘われたんだそうだ。
     三人はそいつの顔を確かめたり、名前を聞いたりもしなかった。まあ、不自然なこっちゃねぇな。これから悪事をしようって話をするんだ、相手に自分の身元を聞かれたとしても答えなかったろう。
     お互いのことを知らないまま強盗をやって、儲けを手にしたらバラバラに逃げて、それ以降は二度と関わらない。そういう約束にしていたらしい」
    「なるほど。そうしておけば、誰かが運悪く捕まっても、他の仲間は告げ口される不安に怯えずに済むってわけね」
     ハーミオンはひゅう、と口笛を吹く。悪党たちのすることに感心などするべきではないが、それでもこういうちょっとした工夫を面白いと思ってしまうのが彼女なのだ。
    「ああ、うまい考えさ。三人の馬鹿どももそう思っただろうよ。だが、それを逆手に取られて、儲けを持ち逃げされるとまでは思い至らなかった。
     連中はひどくガッカリしていたぜ。まあ、それも仕方ねえわな。大金を手に入れたと思って喜んでいたのに、それがひと晩でドロンと消えちまったんだから」
    「やっぱり、相当な金額を奪っていたの?」
    「大手金融機関の馬車を襲われたときが、一番被害が大きかった。金のインゴット(延べ板)が五十枚も持っていかれたんだ。うまく換金できれば、都会にちょっといい家を二、三件買うぐらいのことはできるだろうな」
     エリスのそのたとえに、ハーミオンは思わず息を飲む。
     思っていた以上に話が大きかった。それほどの金額が絡むのなら、なるほど大事にもなる。強奪に成功すれば喜びもするし、失くなれば意気消沈もする。
     そして、仲間に分け前を渡したくなくて、独り占めして逃げようという気になってもまったくおかしくない。
    「……………………あ」
     盗まれた黄金。殺された窃盗癖の男。

  • 45◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:09:31

     ふたつの要素が、不意にハーミオンの頭の中で結びついた。
    「ねえ、保安官? ひとつ聞きたいんだけど。
     死んだロイル……ロイ・ブライトンが、金を持って逃げた強盗犯の最後のひとりだって可能性はない?」
     それはちょっとした、パズルのピースが噛み合ったような感覚だった。
     つまらない盗みをしてばかりいた男が、大それた強盗を計画してはいけないという決まりなどない。そして、気軽に盗みを繰り返していた男なら、仲間に分けるべき取り分を盗んで逃げるということにも罪悪感など覚えないのではないだろうか。
     そして、この考えが正しいとしたら、ブライトンが殺された理由も判明するかも知れない。彼がもし、インゴットを持ち運んでいたなら。それを誰かが知って、奪い取りたいと思ったなら──。
     しかし、エリスはこのアイデアを、ハエでも追い払うように手を振って否定した。
    「そりゃねえよ。お前んとこに来た三人には、かなり細かく話を聞いてんだ。
     あいつらは裏切ったやつの顔も名前も知らなかったが、目の前で話をしてる。だから体つきは証言できた。自分たちよりやや低いぐらいの身長だった、ってよ」
    「……あー……そうなの……」
     がっくりと肩を落とす。強盗三人組の体格は、ハーミオンもよく知っていた。月明かりの下でさっと見ただけであるが、それでもはっきりと「でかい!」という印象を受けるほどの立派な体格の持ち主はいなかった。ごく普通の中肉中背だったのだ。
     そんな彼らが、生前のロイ・ブライトンと会っていたらどう言っただろう? 少なくとも、自分たちより低いと思った、などとは言わないはずだ。
    「やっぱり、強盗事件とウェイクリング酒場の事件は関係ないのかしら……まあ、普通に考えてそうよねぇ……」
    「ただでさえ複雑な事件なんだ。これ以上余計な要素が組み合わさったら、もうしっちゃかめっちゃかで考える気もなくなっちまうよ。
     ……と、おい、お前の分の肉が来たぜ。俺は行くから、お前はゆっくり食事をしていきな」
     エリスはそう言って席を立つ。彼と入れ替わりに、パメラが「お待ちどうさま」の言葉とともに、熱く焼けたステーキ皿をハーミオンの前に届けに来た。
     じゅうじゅう音を立てる牛の脂と、スライスしたたまねぎ、焦げたにんにくととうがらしの香りが濃く漂う。朝に食べた淡白な麦粥に比べると、食欲を刺激する力が段違いだ。

  • 46◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:10:31

     ナイフとフォーク、ナプキンをハーミオンの前に並べながら、パメラは言う。
    「付け合わせのフライドポテト、勝手に大盛りにしちゃったけどよかった?」
    「愛してる」
     パメラと事件の話をしようとしていたハーミオンの覚悟が、ちょっと脇に避けられる。熱々の肉を冷ましてしまうという罪悪に比べれば、友人への尋問がちょっと後回しになることなど大した問題ではない。ないのだ。
     ハーミオンが分厚く柔らかい肉にナイフを入れ始めたとき、少し離れた席ではオニオンズが煙草に火をつけて煙を燻らせていた。
     ダグラスはこの老医師にコーヒーのおかわりを差し出しながら、「コーヒー飲みながら煙草を吸うなんてことをして、両方の香りをちゃんと楽しめるのかね?」と呆れたように言っている。
     この光景だけを切り抜けば、非常にのどかなレストランの風景だった。ほんの十数時間前に店の前で殺人が起こり、ここにいるほぼ全員が当事者であるということが信じられないくらいに。



     今日の夕食はもういらないかも知れない、と、ハーミオンは思った。
     彼女は若く、体力もあり、食事もたっぷりと摂る方である。脂ののった牛肉は大好物だし、舌のひりつくような辛めの味付けだといくらでも食べまくれる気分になれる。それでもやはり、大きな肉と山盛りのポテトは強敵だった。あまりにも多過ぎたので、今ではちょっとだけパメラのことを愛してない。
     ダグラスのいれてくれたコーヒーをちびりちびりとすすりながら、パンパンになったお腹を休ませる。食後のこの一杯が本当にありがたかった。牛脂ともとうがらしとも違う爽やかな香りが、ハーミオンの思考を凪いだ海のように穏やかにさせてくれる。疑念や焦燥がどうでもよくなる。もちろんずっとそのままであってはいけないのだが、ごく短い間であればくつろぐのも悪くないだろう。
    「ところで、ハーミー?」
    「うん、何? パメラ」
     気がつくと、ハーミオンの隣の椅子にパメラが腰掛けていた。彼女はカウンターに頬杖をつき、自分の髪のひと房を指先にくるくると巻きつけながら、次の休日の過ごし方を尋ねるときのような気楽な様子で、次の言葉を口にした。
    「何か私に相談したいことがあるなら、遠慮なく言っていいのよ」
    「ん……」

  • 47◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:11:34

     さすがにこれにはハーミオンも思わずうなった。話の切り出し方に困っているときに、向こうに先手を取られてしまった形だ。驚きがあると同時に、自分が不甲斐なく優柔不断であるように感じてしまう。
    「私が、何か言いたそうに見えてた?」
    「うん、すごく。昨日の寝る前ぐらいから、ずーっと。
     それと今朝、お話しながら歩いてここまで来たじゃない? そのときから、さらに目に見えてうろたえてる感じがしてる」
    「そっかぁ……そこまで露骨だったの、私……」
     ハーミオンは肩を落とした。彼女は正直で、直情径行で、腹芸や騙し合いを軽蔑している。しかしそれでも、自分のことを内心が簡単に顔に出るタイプだとは思っていなかったのだ。
    「ついでに言うと、保安官とナイショ話してることも多いし。これも昨日の事件のあとから急によ?
     何かあったんでしょう。私やこの店のことで、保安官に何か言われたんじゃない?」
    「あー、うん、当たってる。あんたがパメラじゃなくてジプシーの占い師だったら、守護霊にでも聞いたのかって思うところだわ」
    「あいにく、そういうものと交信する力はないわねぇ。あくまで、ハーミーの顔にいろいろ書いてあったのを読んだだけ。
     ねえ、何を悩んでいるの? あなたが思ったことを率直に言わずにいるのって、すごく珍しいことよ」
    「んー、その……どっから話したらいいか……」
    「あ、待って、ハーミー。それもあなたの顔色から読み取れないかやってみたいわ」
     腕組みをして、話の切り出し方を考えるハーミオンの頬を、パメラは指先で軽く突く。
     そしてそのまま目を閉じて、数秒の間「むむむ」とうなる。
    「……見えたわ。あなたは殺人犯の正体について悩んでいる。保安官はある人を疑っているけど、あなたはその意見に賛成できない。そのギャップに苦しんでいるわ」
    「わお」
    「疑いを持たれているのは、とても意外な人よ。名前もわからない正体不明の誰かじゃない。この町のみんながよく知っている人なの。
     その人は信用があるから、人殺しだとは誰も思わない。でも、いろんな証拠から、保安官はその人が犯人だとほぼ確信している。

  • 48◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:13:01

     あなたはそれが気に入らないし、その疑いを何とか晴らしたい。だからあの事件に関わりの深い人たちから話を聞きたいと思ってる……特に、殺人の瞬間、現場に一番近い場所にいた私に。どのくらい確かな証言をしてるのか、再度聞いて確かめたいと思ってる。
     ……どう? 合ってる?」
     片方のほっぺたをへこまされた状態のまま、ハーミオンはひゅう、と口笛を吹く。その軽い音色は、驚きと感心の入り交じったものだった。
    「スッゴいわ、パメラ……大筋合ってる。あなたホントに占い師じゃないの? 開業したらお金取れるわよ」
    「ふっふっふ。それくらいハーミーの顔色はわかりやすいのよー……って、言いたいところなんだけどね。
     あなたの話と表情だけじゃなく、保安官の話も推測の材料に使ってるのよ。あの人、あなたと一緒で、正直な気持ちを隠さないところあるじゃない? 誰を疑ってるかとか、次は何を調べたいとか、私に事情聴取してるときもぽつぽつ口にしててね。
     同じことをハーミーも聞いてたんなら、保安官の方針に納得できてないんじゃないかなあ、って思ったの」
    「ああ……なるほど、納得したわ」
     それは充分にあり得ることだったし、可能性としてすぐ頭に浮かんで然るべきだった、とハーミオンは思った。彼女はエリス保安官から多くの話を聞いている。それは彼の捜査に協力する形で、いろいろな情報を彼に渡しているからだと考えていたが、一般人のハーミオンにそんな等価交換をする必要など保安官にはない。エリスがハーミオンと事件について多く話をするのは、ただ単純に、彼自身の性格によるものなのだ。
     ならば、同じ民間人であるパメラも、おしゃべりな保安官からいろいろ聞いていても不思議ではない。
    「そっか。じゃああなたも、今誰が疑われているのか聞いてしまったのね」
    「ええ。保安官は名前をはっきりと示したわけじゃなくて、立場を仄めかすぐらいの言い方をしただけだけど。それでもその条件に当てはまるのはひとりだけよ。
     そして私は、その考えに納得できなかったわ。保安官の言うことは理にかなってるけど、そんなわけないじゃないって思った。証拠も何もない感情的な意見になっちゃうけど、理屈なんてなくても確信できることってあるじゃない?」

  • 49◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:13:53

     パメラのこの言葉に、ハーミオンは力強くうなずく。
     そうなのだ、理屈ではない。パメラは、自分が犯人でないという確信を持って、言葉を紡いでいるようだった──本当に犯人でないのなら、それは確かに「理屈なんてなくても確信できること」だ。
     そしてハーミオンは、そんな自信たっぷりな友人のことを、あらためて信じてやりたくなった。今のパメラには、後ろ暗いところのある人間には持ち得ない、正々堂々とした雰囲気があるように見えたのだ。霊感のように曖昧で、何ひとつ根拠とするところのない印象でもって、彼女は厳然たる理屈を土台とした疑いに「ノー」を突きつけようとしている。
     コーヒーで軽く唇を湿らせて、ハーミオンは言った。
    「私も同じ気持ちよ、パメラ。すごく苦しい立場なのは確かだけど、私はあなたが犯人だと信じたくな──」
     そしてそれに被せるように、パメラも彼女自身の信じるところを友人に告げた。
    「ええ、すごく苦しい立場よ。でも安心して!
     私は保安官みたいに、あなたのことを疑ってなんかいないから! ちゃんとあなたの味方だからね!」
    「えっ」
    「えっ」
     ふたりは見つめ合って、しばし固まった。さながら、冬の日の池の水のように。
     思いがけないパメラの言葉に、ハーミオンの持っていたコーヒーカップが傾く。それをカウンターに置くべきか、再び口に運ぶべきか、手がふらふらと上下に迷ったあたり、彼女の動揺の大きさが目に見えるようだった。
    「えっ、ちょ、えっ? 保安官が、誰を、疑ってるって?」
    「誰って……ハーミー、あなたをよ。
     昨日の殺人事件、あなたが今のところ一番重要な参考人じゃないかって、保安官は考えてるみたいだったわよ」
    「ちょっと待って! ちょっと待って! どういうことよ、私それ聞いてない!
     そもそも、死体が上から表の道路に落ちてきたとき、私は店にいたじゃない! どう頑張っても犯人なわけないでしょ!」
    「うん、あなた自身があのお客さんを撃ったっていうのはあり得ないわ。でも……何だったかしら……そう、共犯! 共犯者になるには絶好の立場だって、保安官は言ってたわね」
    「共犯?」
    「うん。ほら、昨日、あなたと保安官で、犯人を捕まえるために三階に行ったでしょ?」
    「え、ええ」

  • 50二次元好きの匿名さん22/01/16(日) 19:13:58

    ハーミオン大好きだ!

  • 51◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:14:46

    「でも、犯人を捕まえることはできなかった。誰か隠れてないか、他の部屋を全部調べたりもしたらしいわね? でも、やっぱり誰も見つかってない」
    「そう、そうね……」
    「だとすると、昨日、保安官が来るまでに、犯人はもう現場から逃げてたって考えるのが自然よね。でも、一階の酒場フロアには大勢の人がいたし、人目につかない裏口の鍵は内側からしまってた。誰にも気付かれず外に出るなんてことはできないわ」
    「うん、うん」
     そこまではハーミオンもちゃんとわかっている理屈である。彼女自身がその脚で歩いて、彼女自身がその目で確かめたことである。ウェイクリング酒場の密室は、やはり客観的に見ても強固だ。
     だからこそ彼女は、銃声がしたときのアリバイを持たないダグラスとパメラ、オニオンズを疑わなければならないはめに陥ったのだが、パメラの話はここから、ハーミオンの想像もしなかったルートに向かって進み始めた。
    「三階にいた犯人が、こっそり脱出するにはどうしたらいいか? 一番簡単なのは、裏口から店の裏に出ていくことよ」
    「それはわかるわ。人目を避けたいならそうするのが確実よ。でも、裏口の鍵はかかっていたわよ? 保安官が来る前に、ダグも含めた大勢で確認したもの」
    「うん。だから、共犯者がいたんじゃないかって。
     裏口の鍵がかかってるのを確認したあと、みんなで酒場に集まって保安官が来るのを待ってたわ。
     そのときに、犯人はこっそり上から降りてきたの。階段の下では共犯者が待っていて、裏口の鍵を開けて、人殺しをした仲間を外に逃がした。そして共犯者は、元通り鍵を閉め直した……これでおしまい」
    「……………………」
    「何も難しいことなんかなかったんだろう、って保安官は言ってたわ。本当に簡単。目立つ形で人を殺してしまい、逃げる機会を逸した犯人を、仲間がうまく機転を利かせて助けただけ」
    「……………………」
    「で、それをやった共犯者が誰かというと。酒場にいた人たちの中で、ひとりだけ階段の下で見張りを引き受けた人がいたわね。
     彼女なら逃がせる。彼女なら誰にも気付かれずに裏口の鍵をかけ直せる。しかも彼女は、実行犯ではあり得ないとみんなに確信されている。安全な共犯者の立場として、ここまで理想的なものも他にないんじゃないか……って。やっぱりこれも保安官の言葉よ」

  • 52◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:16:02

    「いや……それは……それ、は……」
     ハーミオンの舌の根が乾く。額にじっとりと脂汗が浮かぶ。心臓がどくどくと鳴って、水がぐるぐると渦を巻くイメージが無意味に頭の中に浮かぶ。
     それは、心が巨大なストレスを受け、追いつめられた印(サイン)だ。子供の頃、荒野で毒蛇に出会ったり、家の軒下に巨大な雀蜂の巣を見つけたりしたときも、彼女はこんな風になった。
     とりあえず、気持ちを落ち着けるべく深呼吸をしてみる。すー、はー、すー、はー、と、五回ほど。
     そして、可能な限り客観的に、パメラの言ったことを考えてみる。
     その結果は──「うん、私が保安官でもこれは疑うわ」というものだった。
     ハーミオン視点でのパメラもひどく怪しいが、それよりさらに濃い疑惑の色で塗装された展示台の上にハーミオンはいた。
     事件当時のパメラは、ダグラスに頼まれごとをしたから二階に上がった。言わば受動的にその位置についたのである。それに対して、ハーミオンは自分の意思で、自ら見張り役を買って出た。その行動は能動的である。
     そして、果たすべき役割の簡単さも、ハーミオン共犯者説の説得力を高めている。裏口の鍵を開けて閉め直すだけ──本当に何の危険もない。時間的にも技術的にも困難じゃない。前もって計画してのことでも、仲間の危機を察してのとっさのアドリブであっても、どちらでも不自然じゃない。
     ハーミオン・マッカラムが、殺人を犯した誰かに協力したという想像を否定する具体的な根拠が、今のところひとつも思いつかない。少なくとも、ハーミオン・マッカラム自身には。
    「どうしよう、パメラ。これ私、本ッ気でまずい立場にいるんじゃない?」
    「え、うん、ホントにそうだと思うけど。もしかして、本当にこの話、保安官から聞いてなかった?」
    「そう言ったじゃないのよぉ……うわぁ……あの太っちょオヤジ……そこまで私を疑っときながら、よくも涼しい顔でパメラが怪しいとか何とか言ってくれちゃって……!」
    「私を? ハーミー、それどういうこと?」
    「あー、もう、ややこしいことになってきたぁ……説明する、説明するから考える時間をちょうだい! 少しだけでいいから!」
     それから、ハーミオンは自分が抱いていたパメラへの疑惑を話した。

  • 53◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:17:10

     ダグラスとオニオンズを含めた三人の容疑者がいて、その中でも、階段を昇り降りする音について自分に不利な発言をしているパメラを最も怪しく思っていたことも、正直に。
     それを聞いたときのパメラの表情は、どうやっても噛みきれないスジの残ったステーキ肉を口に入れてしまったかのような、何とも言えず困りきったものになった。
    「なるほど。ハーミーは私が容疑者だと思ってて、保安官もそう考えてると思ってたから、あんなに戸惑ってたのね」
    「うん。あのヒゲ男も、私と同じ方向に進んでるんだと思ってた」
    「実際のところは、たぶん……私とあなたの両方、等分に疑ってかかってるんじゃないかって思うわ。今のハーミーの話を聞いて、私もすごく私のこと怪しいって思ったもの」
    「どっちに対しても、『お前は疑ってないけどもうひとりを疑ってます』って雰囲気で接してたわけね……あわよくば、疑惑が逸れて安心したどっちかが口を滑らせればいいとでも思ってたんでしょうよ。
     あーもう、考えれば考えるほどムカついてきた。あのハゲ頭に池の泥水でも浴びせた上で、百回ぐらい叩きたい気分」
     頬を膨らませて、手のひらを空中でブンブンと往復させるハーミオン。ここで制裁に使うのが拳や銃でなく平手なあたり、保安官の立場ならそういう企みをするのも仕方ないと、理解を示しているフシがある。
     パメラも保安官に対して怒ってはいないようで、いきり立つ友人の背中を撫でながら、「まあまあ」と言ってなだめていた。
    「こうして私たちに話をさせてるんだし、保安官は本気で私たちを騙し続けるつもりなんてなかったんだと思うわ。彼にとって重要なのは、事件解決のための情報が出てくるかどうか、だろうから」
    「まあ、そりゃそうね。謎が解けるのが一番重要、ってことか。
     ──念のため確認するけどさ。あなたがここに来る前に言ったことに間違いはない? 二階にとうがらしを取りに行ったとき、階段を昇り降りする音は聞こえなかった、っていうのは」
     パメラはこの問いかけに、腕組みをして、深くうなずく。
    「パパと、天国にいるママに誓って、間違いないわ」
    「あなた自身が犯人でないことも、犯人に協力もしていないことも」
    「誓います。──ハーミーは?」
    「私も犯人じゃないし、犯人を逃がした共犯者でもないわよ。父さんと母さん……に誓っても重みがないわね……私自身の誇りに誓うわ」

  • 54二次元好きの匿名さん22/01/16(日) 19:17:51

    ハーミオンがんばれー!
    負けないでー!

  • 55◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:18:02

     お互い、最も重いものに誓いを立てた。親友がそうした以上、これを疑う理由はもはや、彼女たちにはない。
    「私でもパメラでもない。となると」
    「それ以外の誰かが犯人、ってことになるわけだけど……ハーミー、パパも容疑者の枠に入ってるのよね? どれくらい疑わしいの?」
     心配そうな表情で聞いてくるパメラに、ハーミオンは肩をすくめてみせる。
    「私の正直な気持ちを言うけど、ダグの容疑はすごく薄いと思う。
     彼は死体が落ちてきたとき、厨房で料理を作ってたって言ってる。もしもそれが嘘で、実は三階に人を撃ちに行っていたんだとすると、あまりにも危険が大きいわ。
     だって酒場よ? しかも夜、一番繁盛してる時間帯! いつ追加の注文が入るかわかんないわ。客が気まぐれでカウンター越しに声をかけてくることだってあり得るし……そんなときにダグの姿がどこにもなかったら、あとで言いわけのしようがないじゃない」
    「ああ……確かに、それもそうね」
     ホッとしたように、パメラは胸を撫で下ろす。
    「私がダグなら、あのタイミングでは絶対にやらない。現場はダグとあなたの家よ。被害者がひとりになるときはいくらでも見計らえる。静かに、目立たないやり方で殺害する方法もきっとあったはず。
     それでもなお、あんなに派手に事件を起こしたのなら……よっぽどの勝算があってのことじゃないとおかしいわ。でも、ダグはあなたと一緒に、アリバイなしの組に入っちゃってる。だから、うん……」
    「単純にあのときだけ、運悪く誰にも見られなかった可能性が高いってことね。安心したわ」
     ふたりはカウンター越しに、厨房の奥で燻製の用意をしているダグラスの背中を見て、クスリと笑う。てきぱきと慣れた様子で肉を下ごしらえしている彼は、料理以外には何ものにも興味がない神霊か何かのようだった。
    「ハーミーも、私も犯人じゃない。パパも違う。だとしたら……」
    「オニオンズ先生……なのかしらね?」
     アリバイが確認できない最後のひとりの名を、ハーミオンは疑わしげに口にした。
     白髪の老医師の姿は、今はフロアにない。つい先ほど、トイレを借りに席を立っていた。事件のときと同じように。
    「ハーミーは、あのおじいさんがやったと思う?」
    「やるための大きな条件のひとつを、彼は満たしてるわ。凶器になり得る小型拳銃を、たぶんこの町でたったひとりだけ持ってる。

  • 56◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:19:13

     死体が落ちてきたときのアリバイもない……だから、疑えると言えば疑えるんだけど……」
    「ここでやっぱり、私の証言が邪魔になるのね?」
     パメラの言葉に、ハーミオンはうなずきを返す。
     事件のときに、人が階段を昇り降りする音を聞かなかった──と、パメラが主張する限り、オニオンズもまた、容疑から外れてしまうのだ。
     パメラに「本当に何も聞かなかったの?」と、再度確認することはできる。しかし、ハーミオンはそれを選ばなかった。この友人ははっきりとそれを誓っていたし、言ったことを今さらひるがえすとは少しも思えなかったからだ。
    「足音を完全に封じて、階段を降りることはできると思う?」
    「私は二十年、この家に住んでるわ。それでも、階段を軋ませずに上や下に移動するのは無理よ」
     断言するパメラ。こういうとき、彼女は曖昧なことは言わない。
    「仮に、オニオンズ先生が手品じみたトリックを使って、音を立てずに階段を降りたとしてもよ、ハーミー。どうしてそんなトリックを使おうと思ったのかがわからないわ。
     あのとき私が二階に、階段の音が聞こえやすい場所にいたのは、ただの偶然なのよ。あのタイミングでとうがらしが切れて、パパが取ってきてってお願いしたから。普段なら、あの忙しい時間帯に、私が酒場から離れることなんてまずないのに。
     だから少なくとも、前もって私の存在をアリバイ工作に組み込むなんてことはできるわけがないのよ」
    「あっ……それはそうだわ! よくそこに気付いたわね」
     ハーミオンはパメラの意見を聞いて、ぽんと膝を打った。そう、オニオンズの犯行だと仮定する場合、単純に殺人が可能か不可能かだけが問題ではないのだ。
     仮に、パメラが二階に来なかったらどうなっていた? 凶器を持ち、犯行時にアリバイがなく、他に容疑者がいないという極めてまずい状態に、オニオンズは追いやられることになる。
     しかし、現実にはパメラはいた。たったそれだけの、誰にも作為できなかった偶然のおかげで、オニオンズ医師は犯行不可能のカテゴリに入場を許されている。

  • 57◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:20:07

    「もし、階段で足音を消す何らかのトリックがあったとしたら。オニオンズ先生は殺人のあとで、二階の倉庫にいるあなたの存在に気付いて、あなたに足音を聞かれる危険性に気が付いて、さらにとっさにトリックを思いついて、それを実行したってことになるわね……。そんなこと、いくら頭がよくてもできるものかしら?」
    「私が同じ立場なら、絶対に無理だわ」
     ふたりはうなずき合う。オニオンズ犯人説も、やはりおかしい。
     しかし、そうなると。彼もまた犯人ではないとすると。
    「いよいよ、容疑者がいなくなるわね、ハーミー?」
    「ええ。一番合理的に犯人らしいのが、私ってことになっちゃうぐらいには選択肢がないわ」
    「でも、違うのよね?」
    「違う。違うけど、保安官もあなたと同じくらい信じてくれるかはわからない」
     エリス保安官が多角的に、そして情を挟まずに調べを進めているとふたりは感じていた。ハーミオンにもパメラにも本音を打ち明けているように見せかけて、実際はしっかり疑いを持って演技をしていたあたり筋金入りである。
     彼が最終的にどういう結論を出すのかはわからないが、容疑が充分に濃い人間がいて、他に怪しい者もいないとなったら──それがハーミオンでもパメラでも、逮捕することをためらいはしないだろう。
     小さな焦りとともに、ハーミオンはカウンターの上を指でコツコツと叩く。
    「何か……何か考えていない可能性があるはずなのよ。私たちも保安官も、必要なことを見落としている。謎はいくつもあるし、不自然な点もてんこ盛りにある。それが全部、真実と無関係だなんてことはあり得ない。すべてをつなげる線が必ずあるはず」
     すでに情報は多くあった。撃たれて転落した死体。下敷きになりかけたジェームズ・カーク。三階の部屋の血痕。旅行鞄と背嚢。軋み音のする階段。行方のわからない凶器の小型拳銃。鍵のかかった裏口。二階の倉庫にいたパメラ。トイレに行っていたオニオンズ医師。厨房で料理をしていたダグラス。ブライアン・ロイルことロイ・ブライトンの後ろ暗い過去。密室と化したウェイクリング酒場の建物。階段の下で見張りをしていたハーミオン・マッカラム。
     何と何がつながっているのか。どれが重要で、どれが無関係なのか。どこまでが犯人の計画で、誰も意図しない偶然が作用したのはどこなのか。

  • 58◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:20:59

     ハーミオンは今、ジグソーパズルのピースの山を前にしているような気分でいた。全体像もわからず、ピースが全部揃っているのかもわからず、使わないピースが紛れ込んでいる可能性もあるような状態のパズルだ。
     解くことを諦めるわけにはいかないが、難問だということも認めないわけにはいかない。せめて何かヒントが欲しい、と彼女は思った──取っ掛かりになるようなピースが何か、わかればいいのだが──。
    「コーヒー、ぬるくなってない? 新しいのいれ直そっか」
     ハーミオンの前にあるコーヒーカップを指差して、パメラが言った。
     ふたりが話をしている間に、それなりに時間が経っていた。飲みかけのコーヒーはもう、湯気も香りも立たない状態になってしまっている。
    「あら、もったいないことしちゃった……悪いけど、お願いできる?」
    「うん、ちょっと待ってて。──パパ、ちょっとケトル使うわよ」
     カップを持って、厨房へ向かうパメラ。それと入れ替わるように、オニオンズがフロアに戻ってきた。
    「おや? さっきまで賑やかだったのに、今はハーミーひとりかね」
    「ええ、先生。パメラはコーヒーをいれに厨房に行ったわ。今は暇をしてる私だけ」
    「ふむ? そうか。どうしたもんかな。もうお勘定をしてもらって、帰ろうかと思っていたんだが……新しくコーヒーを用意するって言うんなら、またわしも一杯もらいたくなるなぁ」
     先ほどまで座っていた席にちらり、ちらりと目を向けて、再びそこに腰を下ろそうかどうか迷っているような様子を見せるオニオンズ。
     そんなのんきな彼に、ハーミオンはあきれたように肩をすくめてみせる。
    「先生、さっきも何回かコーヒーおかわりしてなかった? それでも足りないって、コーヒー・マニアに片足突っ込んでるんじゃない?」
    「はっはっは、まあそれは否定できんね。お前さんに細かい判断ができるかはわからんが、ダグの用意する豆は相当に質がいいよ。
     焙煎も挽き方も上手だから、香りがとにかくよく立つ! 自分で豆を買ってきて、家でコーヒーを作ってもこうはいかない」
    「そんなに違う? 本当に?」
     さっきまで飲んでいたコーヒーの味を思い返しながら、首を傾げるハーミオン。それに対してオニオンズは、自信たっぷりにうなずいた。

  • 59◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:21:58

    「わしは香りにはうるさいよ。コーヒーも煙草も酒も、いろいろなものを味わって、良し悪しの区別をつけられるよう修行を積んできたんだ。
     この店のコーヒーは、たとえるならローストしたアーモンドの香ばしさと、新鮮なオレンジの皮のような爽快さが同居しているね。奥深いが嫌みではなく、実に素晴らしい」
    「アーモンド……? オレンジ……?」
     今ひとつピンと来ないハーミオン。これが人生経験の浅さのせいなのか、オニオンズが適当なことを大袈裟に言っているからなのか、どちらとも判別がつかない。
    「これに煙草を合わせるなら、クセがない紙巻き煙草だろう。葉巻だと濃厚過ぎる。ハードなウイスキーと一緒に楽しみたいなら、話が違ってくるが……」
    「そ、そういうもの?」
    「そういうものだよ。ハーミーも何十年かコーヒーを意識して味わっていれば、きっとわかるさ。
     ダグのやつは、煙草を吸う人間は鼻も舌も鈍くなると思い込んでいるようだが、わしはそうは思わん。嗅覚はいろんな経験を積んで成長するのだ。これにはあれが合う、これとこれを一緒にするとよくない、というのは、話で聞いてすぐわかるものもあれば、実際試さないと理解できないものも多くある」
    「……………………」
     このとき、何かがハーミオンの頭の中を揺り動かした。
     バラバラになっていたパズルのピースのひとつが、コツン、と弾き飛ばされて、ある位置で止まったような感覚があった。とある不自然な事実に気付き、それについて深く確かめてみたい、という気持ちがむらむらとわいてきた。
    「嗅覚……嗅覚、ね。何だか、とても重要な気がしてきたわ」
    「うむ。ないがしろにされがちだが、嗅覚は大切な感覚だよ。まあもちろん、濃い匂いがするものは、人の迷惑にならんように気をつけて味わうのがマナーというものだが。
     わしも若い頃、そのへんを適当にしていたもんだから、女性とディナーをともにするときに、うっかり強いにんにく料理など選んでしまったことがあって……」
     オニオンズの話を途中で断ち切るように、ハーミオンは勢いよく席を立った。
     そのまま酒場から出ていこうとして──ちょっと引き返して、厨房の中のパメラに声をかける。
    「パメラ! ごめん、ちょっと出てくる!」
    「え? コーヒーは?」
    「あー、えっと……オニオンズ先生がおかわり欲しいらしいから、私の分を持っていってあげて!」

  • 60◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:22:32

    「どうしたの、急に──」
     戸惑ったようなパメラの声を背中に受けながら、ハーミオンは走った。酒場から出て、ローリングトンの町の表通りを、迷いなく突き進む。
     ふとしたアイデアが、彼女の行動力に火をつけたのだ。嗅覚──オニオンズがふと話題にしたこの言葉が、思考の袋小路を突破させる鍵となった。
     正解かどうかは、まだハーミオンにはわからない。しかし、確認する価値はあると思った。走りながら考える──考える──考える。バラバラだったパズルのパーツが、徐々に組み合わさり、ひとつの大きな絵を表していくのを、彼女は感じていた。



     確認作業には意外と時間がかかった。
     いや、本当はすぐに調べはついた。大した手間はかからなかった。一番長くかかったのは、たぶん保安官とオニオンズ医師を説得する時間だっただろう。謎を解く最後の仕上げには、このふたりの協力が必要不可欠だったから。
     大筋の推理を完成させたハーミオンは、まず保安官の詰所に飛び込んだ。
    「おう、どうしたハーミー? ずいぶんと血相を変えて。自首でもしに来たかい?」
     ニヤニヤしながらそんなことを言うエリスのはげ頭を容赦も遠慮もなく平手でぶっ叩いたハーミオンは、そのまま単刀直入にこう要求した。
    「犯人がわかったから手を貸して」
    「手を貸せって? ずいぶんはっきりと言うじゃないか。俺がお前かパメラを犯人と見なしてることぐらい、もう気付いてるんだろ?
     自分は違うから、パメラをさっさと捕まえろとでも言う気か?」
    「んなわけないでしょ。あなたの読みは間違ってるのよ……あの殺人をやったやつは別にいるわ」
    「告発ってわけだ。お前の頭の中にいる殺人鬼は誰だ? ダグか、オニオンズの爺さんか? 話だけは聞いてやるよ」
     エリスの許しを得たハーミオンは、自分の考えをひとつずつ、丁寧に彼に伝えた。
     最初は書類仕事の合間の気分転換のつもりで聞いていたエリスだったが、話が進むにつれ、眉間に深い縦じわが刻まれていった。腕組みをして、下唇を噛み、不機嫌な犬のように低いうなり声をあげた。
    「ハーミー、お前……それ、本気で言ってるのか? その……確かに、いろいろな点が線でつながりはするが……かなり無茶じゃないか?」
    「ええ、とても無茶。現実離れしてると言ってもいい。私自身それは思ってる。
     でも、正しいかも知れない。現実にこれが起きたかも知れない。

  • 61◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:23:15

     そして、この予想が正しいか確認することは、あなたなら難しくないはずよ。私にはその権利がないけど、あんたなら捜査の一環として命令することができるはず」
    「ああ、やつに対して、見せろって命令することはできる。だがよ、保安官ってのは別に、あらゆる傍若無人が許される特権階級ってわけじゃねぇ。保安官権限のもとに命令をして、もし何もなかったら、それはひどく失礼なことだぜ」
    「やりたくない、ってこと?」
    「いや、やる。だが、そのためにもう少し、お前の推理に説得力が欲しい。何か出せないか? 俺が、これを調べないとまずいぞって信じられる何かを」
     ハーミオンは、決然とうなずいた。彼女はエリスがこう反応するだろうことを覚悟していた。だからもちろん、そのときのための返事も用意してここにやって来ていた。
    「たぶん、出せると思う。ただ、そのためにはオニオンズ先生の協力がいるわ。
     ついでに言うと、先生がよくても、あー……その……あの人たちの怪我の具合によっては、ちょっと面倒になるかも。最悪、車椅子を用意してもらわないといけないかも知れないわね」
    「あの人たち? 車椅子? お前、誰に何をさせる気だよ」
    「別に言わなくても、貴女ならもうわかってるんじゃない?」
     実際そうだった。ハーミオンの企みを察したエリスは、詰所の椅子から腰を上げて、オニオンズの診療所まで一緒に行くことをしぶしぶ了解した。
     オニオンズの反応はエリスよりさらに芳しくなかった。医師としての彼は、ハーミオンのやろうとしていることを明確に非難し、反対した。
     消毒液の匂いがほのかに漂う、壁も天井も白い清潔な診療室で、オニオンズはスツールに腰かけたまま、骨ばった指をハーミオンの眉間に突きつけた。
    「ハーミー。それがいいことだとはわしには言えないよ!
     患者たちは確かに命に別状はないがね、それでも軽い怪我というわけでもないんだ! 銃で撃たれた傷が簡単に癒えるもんじゃないことぐらいはわかるだろう?」
    「わかってる。でも、ちょっと外出させるぐらいならできないかしら? 十分か……五分ぐらいでもいいのだけど」
    「可能ならベッドから動かしたくはないね。いずれK市に移送されることになるとはいえ、傷口がしっかり塞がるまでは……」

  • 62◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:24:01

     ハーミオンとオニオンズの話し合いは、お互いの妥協点がなかなか決まらずに長引いたが、ついにしびれを切らしたエリスが間に入った。
    「おい、ハーミー、オニオンズ。水の掛け合いみたいな話はそのくらいで終わらせてくれんかね!
     もういっそだ、患者をここから出すより、あの人の方をここに連れてくるようにしたらどうだ? それなら患者を動かさんで済むだろうし、ハーミーの目的も達成できるだろう?」
    「ふむ……患者が興奮するかも知れんから、あまり賛成はできんが。それでもまあ、無理に運び出すよりはいいか」
    「ううん……確かにそうした方が楽だけど。安全面を考えたら、診療所の外の方がベストではあるのよ……でも、うーん……まあ、そこがやっぱり落としどころかしらね……」
     話は決まった。あとは、簡単なお芝居の打ち合わせをする必要があった。
     オニオンズの許しを得て、エリスがとある患者と面会を行なった──診療所の奥の大部屋で、ベッドを三つ並べて横たわっている三人組。ふたりは眠っているが、ひとりだけ起きていた。両足と右腕に包帯を巻かれたいかつい風貌の男だ。
     エリスは軽く手を上げて、彼に声をかけた。
    「よう、具合はどうだ? ブルーノ・ペンドリー」
    「じっと寝てる分にはまあマシだな。メシを食うときや、クソをするときにビリビリ刺すみたいに痛むのがキツい。クソ……あの女、ふとももの真ん中を撃ちやがって……」
    「自業自得だ。人んちに強盗に入って、家主に刃物を突きつけたんだろう? 頭や心臓を撃たれなかっただけ、親切にしてもらったと思うべきだぜ」
     患者の男──ペンドリーは憎々しげにエリスのことを睨んだが、それ以外には何もしなかったし、のど元まで出かかっていたであろう罵声も結局飲み込んだ。
     彼と、その隣で寝ているふたりは、先日ハーミオンの家に押し入った強盗である。特にペンドリーは複数の前科を持つ札付きの悪党だが、その表情は水が足りなくてしおれかけている植物のように活気がない。怪我をしているせいもあるだろうが、それよりもツキに見放されていることが彼の精神を弱らせていた。
    「で? 今度はいったい何の話をしに来たんだよ? 俺たちは言えることは全部言ったぜ。あのバカみてえな馬車強盗のことも、あの情けねえ牧場襲撃のこともな。

  • 63◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:25:11

     それともまさか、もう裁判に連れてかれるってんじゃねえだろうな? さすがにそれは勘弁だぜ、上半身を起こすのだってまだつらいんだ」
    「ああ、安心しな。取り調べでも移送でもねぇ。そのベッドから出ろとも言わねえよ。ただ、声を聞いて欲しいやつがいるんだ」
    「……声だぁ?」
     怪訝そうに眉根を寄せるペンドリーに、エリスはうなずいた。
    「これからここに連れてくる男の声に、聞き覚えがあるかどうか確かめてくれりゃそれでいい。布団かぶって、耳を澄ませていてくれ。
     そんで、知ってる声だったら、あとでこっそり俺に教えるんだ。いいか、あとでだぞ……その場では絶対に何も喋るな。これは命令というより推奨だ。面倒臭いことになるかも知れんからな……俺がよしと言うまで、絶対に黙っていろ」
    「おいおい、わけがわかんねえぞ。何をしようってんだよ、保安官さんよ? もう少し詳しく──」
    「しっ! 来たぞ……説明はあとだ。いいか、顔を出したり、声を上げたりするなよ!」
     エリスは強引に話を打ち切ると、不満げな様子の強盗犯の顔に布団をかけ、自分はベッドとベッドの間を隔てる衝立の後ろに身を潜めた。
     病室の外の廊下を、複数の足音が近付いてくる。そして、話し声も。
    「すまんね、忙しいときにお呼び立てして。追加の湿布薬を早いうちに渡しておきたくてね……」
     声のひとつはオニオンズのものだ。
    「それにしても、もう出発の準備をしてるとは思わなかったわ。ロイルさんのお葬式と埋葬には立ち会うのかと思っていたから」
     ハーミオンの声もする。彼女がドアノブを回し、扉を開けた。強盗犯と保安官が隠れている静かな部屋に、三つの人影が入ってきた。
     三人目も口を開く。くつろいだ様子で、何かの陰謀の場に連れてこられたとは、少しも気付いていないようだった。
    「ええ、そのつもりだったんですがね。S市の顧客に手紙でアポイントを取ってあったことを思い出しまして。あまりのんびりしていられないんですよ。
     ロイルには気の毒ですが、帰りにあらためて墓を参らせてもらおうかと──」
     いかにも商人らしい、歯切れのいい声。
     それを聞いたペンドリーが、まるでバネ仕掛けの人形のように勢いよく体を起こした。布団をはね飛ばし、頭の血管が切れそうなほど顔を真っ赤にして、つばを吐き散らしながら大声で怒鳴り始めた。

  • 64◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:26:01

    「てめえッ! こんなところにいやがったのか、この裏切り者があっ!」
     あまりの剣幕に、その場にいた全員が驚き、たじろいだ。
     エリスはペンドリーを制止しようかと考えたが、すでに叫ひ声が上がってしまった以上はそれも無意味だと気付いた。それよりも、彼の告発の方が興味深かった。怒りに満ちた言葉のひとつひとつが、いまいち信憑性のなかったハーミオンの推理を強力に裏付けるものだったからだ。
    「ひ、ひとりで逃げやがって……顔は見てなくってもな、てめえのそのスカしたような声はしっかり覚えてるぞ!
     金を返せ! 馬車から奪った金のインゴットを、全部! あれはてめえのものじゃねぇぞ! あ、あれは俺たちの、俺のカネだあぁーっ!」
    「な、何を……いきなり何を言ってるんだ? あんたは誰なんだ?」
     一方的に怒声を浴びせられた人物は、目に見えて動揺していた。ベッドの上のペンドリーは、まだ言い足りないとばかりにのどから声を絞り出そうとしたが、その前に表情を歪め、背中を丸めてしまう。
     エリスが衝立の裏から姿を現し、苦痛にあえぐ男をあきれたように見下ろした。オニオンズもあわててベッドに駆け寄り、患者の状態を確認し始める。
    「うっ、う、うう……か、カネを……くそう、こいつだ、保安官、こいつなんだ……」
    「ああ、わかったよペンドリー……この大馬鹿野郎めが。声を出すなとあんなに言っただろうが。
     オニオンズ先生、こいつのことを頼むぞ。どうせいきなり動いたり叫んだりしたことが傷に響いただけだろうが、もしものことがあったらいかん」
    「ああ、言われるまでもないよ。……もう、必要なことは終わったんだろう?」
    「そういうことだな」
     エリスは大きく息を吐き、様子を見ていたハーミオンと、呆然としている男のふたりの肩に手を置き、部屋から出るように促した。
     廊下に出ると、ハーミオンはエリスに問いかけた。
    「今ので、信じる気になった?」
    「まあ……認めたくはないが、仕方ない。きっと、お前の言う通りなんだろうな」
     肩をすくめるエリスと、満足げに胸を張るハーミオン。その場にいるもうひとりは、不安そうにふたりの間で視線を行き来させてから、ついにたまらなくなって口を開いた。
    「あの、保安官……それとマッカラムさん! い、今の茶番は何だったんです? あの包帯だらけの男が叫んでいたわけのわからない言いがかりは、いったい──」

  • 65◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:26:44

    「あれはK市を騒がせた馬車強盗のひとりさ。一昨日、この町で捕まったんだよ。
     妄想をわめき散らす酔っ払いなんかじゃねえぜ。正真正銘の犯罪者さ」
    「……………………」
     エリスのその言葉に、男は胸に針を刺し込まれでもしたかのように、声を詰まらせた。
    「銀行の馬車を襲って、金のインゴット五十枚を奪った四人組。そのうち三人を、ここにいるハーミオン・マッカラムがお縄にしたんだ。
     あとひとり……一番抜け目のない悪党が、あの間抜けどもから金を奪って逃げている。そいつは仲間に対しても顔を隠していたから、捕まえるのは絶望的じゃないかと思われてたんだが……ペンドリーの野郎……手がかりは声だけだってのに、まさかあんなに自信を持って告発してくれるとはな。
     あんたもさぞや肝を潰しただろうが、俺もかなり驚いたよ」
    「私が……私が、その強盗団の一員だと言うんですか、保安官?」
    「それだけで終われば、単純だったんだけどね」
     ハーミオンが、帽子のつばを指で押し上げながら言う。
     彼女の鷹のように鋭い眼差しが、正義の怒りを込めて、相手を真正面から射貫く。
    「罪は他にもあるはずだと、私は思ってる。ウェイクリング酒場の三階で、用心棒の男を殺したのもあなたよ。
     そうでしょう? ミスター・ジェームズ・カーク」
     名前を呼ばれた男の顔が、ひきつったように歪んだ。それはただの困惑のせいにも、体内から漏れ出た暗い殺意によるものにも、どちらでもあり得るように見えた。



    「何を……私が……私が何をしたと……?
     保安官、マッカラムさん、急に何を言い出すんです! 強盗? 殺人? 馬鹿馬鹿しい……とんだ濡れ衣だ!」
     カークは二歩、三歩と後ずさりをしながら、悲しげな声で叫んだ。
     彼はこのときも、自分の持ち物である大きな旅行鞄を携行しており、それにすがりつくような姿勢を取っていた。いかにも弱々しく、暴力的な犯罪を起こす人物のようには見えない。
     しかしそれでも、ハーミオンに迷いはなかった。この小柄な商人こそが事件の黒幕であると、心の芯から確信を持っていた。

  • 66◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:27:33

    「そもそもどうして、私と強盗が同一視されることになったんですか! や、やつらの活動場所がK市で、私もK市に住んでいるということぐらいしか、共通点がないでしょうに。
     今の包帯男が言った、声がどうとかって話もあてになるんですか? 似た声の人なんか、世の中いっぱいいるでしょう? 信じて下さい……わ、わ、私は……強盗なんかじゃありません……ただの、ペミカンを売るだけの食料品屋で……」
    「そこよ。あなたに最初に目を付けたのは」
     カークが後ろに下がった分、ハーミオンは一歩踏み込みながら、冷たい声で言う。
    「あなたが、ペミカンを……食べ物を扱う商人だってことが、まず怪しいと思ったの。
     覚えてる? 今日の昼間、あなたにその鞄の中身を見せてもらったときのことを。教会に続く道の途中で」
    「え、ええ……ロイルの背嚢を見せるために、鞄を開けましたが……それが……?」
    「あなたの鞄の中には、商品のサンプルだっていうペミカンがいっぱい入ってたわ。それと一緒に、着替えや水筒や、葉巻煙草のケースもあった。
     あのときは探していたのが拳銃だったから、まったく気にとめなかったけど……冷静に考えるとおかしいでしょうよ! 食べ物、それもお客様に味見をさせる目的で用意したものを、臭いの強い葉巻と一緒に入れるなんて!」
    「……………………」
    「食べ物にとって、香りってのは本当に大事よ。あなた、食料品店の人間にレシピを売ろうとしてるんでしょ? 煙草の臭いが染みついたペミカンの味を、食べ物のプロが評価してくれるのかしら。
     たとえば酒場のダグは、私の経営する牧場から肉や卵を仕入れてくれてるけど、品質はいつも厳しくチェックしてるわ。もしソーセージに煙草の臭いなんかついてたら、思いっきりぶん殴られるんじゃないかしら。
     だからカークさん、私は思ったの。商品をこんなに雑に扱ってるあなたは、食べ物屋さんとしての商才がまったくない人なのかもって。
     そして次にこう思った──あるいは、そもそもペミカンを使った商売なんて考えてないんじゃないか──ってね」
    「……………………」

  • 67◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:28:27

     カークは言葉を発さない。呼吸を抑え、まぶしげに細めた目で、じっとハーミオンを睨んでいる。
    「あなたが、ペミカンだと言ったあの茶色い紙に包まれた板。手のひらサイズの薄い塊。あれがもし、ペミカンじゃないとしたらどうかしら?
     そもそも、食品ですらない、煙草の臭いがついても全然問題ないものだったとしたらどうかしら?
     じゃあ、本当は何なのかってことになるわ。小さな板状で、何十枚もあって、正体が見えないようにきっちりパッケージしてあって。それでいて、周りの人間にはペミカンだと嘘をつかないといけないもの。
     ああ、そういえば、どこかでインゴットが何十枚も盗まれたという話を聞いたことがあるわね──実物を見たことはないけど、金の延べ板って、手のひらサイズのペミカンみたいな大きさと形をしてるんじゃないかしら──そんな風に、考えが飛躍していったのよ。
     まさか、うん、まさか仲間を欺いて逃げた裏切り者の強盗と、裏切られた他の三人が、まったく同じようにこのローリングトンにやって来るなんて、そんな都合のいい偶然ってあるかしら、とも思ったけど……ダメもとで声の確認をさせてみたら、結果はあの通りってわけ」
    「なんという……本当に、本当に、飛躍した論理ではないですか……」
     くっくっく、と、きつつきがくちばしで木を叩くような音で、カークは忍び笑いをした。
    「怒りやあきれを通り越して、愉快にすら思えてきますよ。私からは『ただのこじつけじゃないか』としか言いようがありませんね。下手な演劇の脚本家でも、もう少しご都合主義にならないように書くでしょう。
     それに……ええと……わたしを強盗扱いするだけでなく、他にもまだ押しつけて下さいましたね。何でしたっけ、ロイル殺しも私のしわざだと? それも、うまくこじつけてみせるおつもりですか?」
    「ええ、関連付けられると思うわ。あなたが強盗犯だとすると、あの用心棒を殺す明確な理由が生まれるもの」
    「殺す理由? あるわけがないでしょう! どうして、旅の危険から身を守ってくれる男を、私自身で害さないといけないんです?」
    「答えは単純。彼が、あなたの鞄の中を見たから」
     迷いなく突きつけられたその言葉に、カークの表情が固まった。

  • 68◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:29:10

    「昨日、殺人の直後。私と保安官で、現場の部屋に踏み込んだわ。そのとき、部屋には誰もいなくて、テーブルの上にあなたの旅行鞄が開いた状態で置かれてた。
     あなたの部屋だもの、そこにあなたの荷物があることはおかしくないわ。でも、ふたが開いていたのはいかにも不自然よ。
     あなたは、煙草嫌いのロイルに気を使って、ひとりで煙草を吸いに外へ出たと言った……まさか、用心棒を残しておく部屋に、大事な鞄をふたを開けっぱなしにしたまま置いていくわけはないわよね。
     じゃあ、なぜ私たちが見たとき、鞄は開いていたのか? 犯人が開けたのかしら? たとえば、盗みをするために? ううん、そんな暇はなかったはず。殺人の前であれば、すぐそばにロイルの目があったはずだし、殺人のあとであれば、いつ人が上がってきて捕まるかも知れないという状況よ。悠長に荷物漁りなんかしちゃいられないわ。
     だから、可能性としてはこういうものが残る。あなたがいない隙を見計らって、ロイルが鞄を開けてあなたの荷物を物色したの」
    「……………………」
    「あの被害者がそういうことをしたという根拠は、一応あるわ。あなたは知らないでしょうけど、ブライアン・ロイルは犯罪歴を持ってた。万引きや空き巣といった、盗みの常習犯だったの。保安官のところに、手配書が回っていたからこれは確かよ。
     あなたに用心棒として雇われていても、悪い癖は抑えられなかった。雇い主が少し部屋を離れた──鞄は置きっぱなしだ──ふらふらと誘われるみたいに、中のものを拝借しようとする──。
     そして、見てしまった。茶色の紙に包まれている、保存食なんかとは比べ物にならない価値のある、輝く金属の塊を」
     このとき初めて、ジェームズ・カークは憎々しげに下唇を噛んだ。彼が今、どんな気持ちでいるのか、ハーミオンには何となくわかるような気がした。
    「これに関しても、あなたは不運だったとしか言いようがないわ。用心棒の前科を知っていたら、きっとこの大事な旅に彼を雇ったりはしなかったでしょうから」
    「ええ、ええ……その点に関してはおっしゃる通りです。まさか、あの男がそんなやつだったとは……まったく知りもしなかった……青天の霹靂ですよ。もう少し時間をかけて、潔白な用心棒を雇うべきでした。
     しかし、ロイルがかつて盗人だったとしても、私の荷物を漁ったというのはあなたの空想だ」

  • 69◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:30:03

    「いいえ。きっと実際にあったこと。被害者は鞄を開けて、あなたの隠し持っているインゴットを見た。
     だからこそ、あなたは速やかに彼を殺さなくてはならなくなった。自分の犯罪の証拠を握った者を生かしておくことは、どう転んでも身の破滅にしかつながらない。速やかに口を封じなくてはならなくなった」
    「あり得ない! それは、あなただってわかっているはずだ!
     ロイルが三階で撃たれて転落したとき、私は酒場の外の道路にいたんですよ! しかも、彼は至近距離から撃たれていた……保安官! 私の言っていることは確かですね? 調書にはちゃんとそう書いておられますね?」
    「ああ」
     ハーミオンの横で腕組みをして、苔むした岩のようにどっしりと構えたまま、エリスはうなずいてみせた。
    「オニオンズ先生の検死も、ウェイクリング酒場の客たちの証言も、それを裏付けている。普通に考えて、まあ、あんたにあの大男を殺せるわけがないわな」
    「そうでしょう、そうでしょう! あの明確な状況のどこに、私が関与できる余地があります? 誰に聞いても、不可能だ、無実だとしか言わないでしょう!」
    「ええ、私もそうだと思ってた。あなたには無理だと。
     ──本当に、被害者が撃たれたとき、あなたが酒場の外にいたのなら、ね」
    「……………………」
     ハーミオンはまたしても、一歩踏み込む。
    「そう、私たちの認識には間違いがあった。墜落音を聞いて、酒場から飛び出したとき、そこに倒れているロイルとあなたがいて。ロイルが上から落ちてきた、というあなたの言葉を聞いてしまったから、当然あなたは最初から道路にいたものだと思い込んでしまった。
     実際はそんなことはなかった。ロイルが撃たれたとき、あなたがいたのは、本当は殺人現場よ。ウェイクリング酒場の三階で、熱い煙が立ち昇る銃を握っていたんだわ」
    「……………………」
    「昨日の夜、何が起きたかを詳しく説明してみましょうか? あなたは、煙草を吸いに外になんか出なかった。自分の部屋で、ロイルとずっと一緒にいたの。
     日が暮れてから、少しだけ部屋を出た。トイレに行ったのか、本当に煙草を吸いたくなったのかはわからないけど、長時間出かけたわけじゃないと思う。部屋に戻ったとき、そこには鞄を開けて中を見ている用心棒がいた。

  • 70◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:30:50

     ロイルは弁解しようとしたかも知れない。でも、あなたは聞く気はなかったでしょう。彼にろくに口も開かせず、窓際まで追い詰めて……持っていた貝殻装飾の小型拳銃を、相手の腹に押しつけるようにして……バンと一発撃ち込んだ。
     本当ならそれで終わってた。あなたの悩みごとは、用心棒の死体をどう片付けるかになるはずだった。でも、そうはならなかった。
     腹を撃たれても、ロイルは即死しなかったの。そして、あなたと彼の距離はほぼゼロだった。苦痛に悶えながら、ロイルはあなたにつかみかかった……銃を撃った男と撃たれた男は、揉み合いになった……そして、すぐそばには開いた窓があった」
    「……………………」
     カークの表情は変わらない。しかし、頬が緊張しているのが、ハーミオンにもエリスにもわかった。歯をぎりぎりと噛み締めているのだ。
    「あとは、仕方のない事故が起きた。ふたりはつかみ合ったまま、窓から転がり落ちたの。ええ、三階の窓から……下の固い地面まで、真っ逆さまにね!」
     引きつったカークの唇から、ぐっ、という悲鳴のようなうめき声が漏れた。
    「さ、三階から……それにしては、私はあまりに無傷ではありませんか? 相当な高さですよ……お医者様から聞いたことですが、地面に叩きつけられたロイルの肉体は、骨折したり内臓が破裂していたりと、ひどく傷ついていたそうです。私も同じ場所から転落したのなら、どんなによくても瀕死の重傷を負っていなければおかしいのでは……?」
    「そこが、あなたの運のよかったところであり、この事件をややこしくした偶然のはたらいたところよ。あなたは、直接地面にぶつかったわけじゃない。一緒にいたロイルの上に、覆い被さるように落ちたのよ。下敷きになったロイルの巨大な肉体が、衝撃を和らげるクッションになったんだと思う。
     その証拠に、背中から落ちたはずのロイルの遺体は、背中側だけでなく前面まで傷ついていた。鎖骨や胸の骨まで砕けていたと、オニオンズ先生は教えてくれたわ。それだけ落下の衝撃が大きかったんだと考えることもできるけど、背中が地面にぶつかったとき、お腹側にも強い衝撃を受けたんだって考えた方が自然よね。

  • 71◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:31:29

     繰り返すわ。あなたとロイルは、一緒に三階から転落した。それが真実だとすると、すべての謎が解けるのよ……犯人がどこから逃げたか、私たちは頭を悩ませたものだけど、何てことはなかった。被害者の死体と同時に、まったく同じルートをたどって、建物の外に出ただけ。裏口は使われなかったし、誰も事件後に階段を降りていない。密室トリックも、アリバイトリックも試みられなかった……ただの偶然の事故を、あなたは自分の身の潔白を主張するために利用したの」
    「……………………」
    「この答えを思いついたとき、私は何よりまず、あなたの度胸に感心したわ。三階から転落するなんて、ものすごい恐怖だったでしょうに。運良く、軽い打ち身だけで済んだといっても、しばらくは動転して、まともにものを考えられない状態になっても不思議じゃないでしょうに。
     なのにあなたときたら、駆けつけた私に対して、とっさに『人が上から落ちてきた』と作り話をしてみせた。そうすれば、自分の犯罪を隠蔽できると……殺人の瞬間のアリバイが作れると、冷静に考えて言葉を口にした。私が同じ状況になったとしても、真似できるとは思えないわ。本気ですごいと思う。
     そのあとも、あなたは口先だけで私たちを惑わせた。煙草を吸いに外に出ていたという作り話をした。高価な品だからと言って、凶器の拳銃にオニオンズ先生が触らないようにした。取引相手と約束があるから、早く出発しないといけないというのも、本当かどうかわからない。いつ真相に気付かれるかわからないから、ローリングトンの町から離れて姿を隠したいというのが本音じゃないかって、私は思ってるのだけど──」
    「もう結構!」
     バン、と、カークは拳で壁を叩いた。激しい怒りで、鼻と頬が真っ赤に染まっている。目はぎろぎろと異様な光を帯びて、噛みつかんばかりにハーミオンを睨みつけていた。
    「現実離れした空想話はたくさんだ! 撃ち殺した相手と一緒に三階から落ちながら、無傷で立ち上がって、アドリブで調子のいいことを言って罪を隠した? そんな荒唐無稽な話を裁判で主張したら、いい笑いものでしょうよ!
     エリス保安官、あなたも黙っていないで、この人に常識ってものを教えてあげて下さい! あなたのような経験のある保安官なら、こんな子供の夢みたいなでっち上げをまさか信じやしないでしょう?」
    「……現実離れしてる……か」

  • 72◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:32:28

     熱くなるカークとは正反対に、エリスはどこまでも冷静であった。首の後ろをかきながら、告発する女と告発された男、どちらにも均等に目を向け、最終的に不機嫌そうに肩をすくめた。
    「俺や法律にとってよ、現実的ってのは証拠のことさ。証拠もなしにやったのやってないのと言っても、馬鹿じゃねえのかとしか言いようがねぇ。
     だからよ、カーク。お前にまず言いてえ。無実なら簡単にその証拠を出せるのに、なぜそうしない?」
    「え……」
     何の感情も表していない中年保安官の眼差し。強さも激しさもないそれを受けて、怒り狂っていたはずの男は、冷や水を浴びせられたような顔をした。
    「中身のない言い争いで、無駄に時間を使うのは嫌いなんだよ。おい、カーク。お前、さっきから、肝心なところから話を逸らそうとしてるだろ。言いがかりをつけられて怒ってるんなら、もっとちゃんと理屈をつけて、デタラメ言ってる相手をやり込めようとしてみろよ。
     具体的にはよ、なぜ鞄を開けて、これが無実の証拠ですとハーミオンに叩きつけてやらねえんだ? その中に入っている茶色い包みが本当にペミカンで、金のインゴットなんて一枚もなかったとしたら、今までの推理は全部おじゃんになるんだぜ」
    「……………………」
    「子供のお使いより簡単なことだ。有罪か、無罪か。それはイコール、金塊か、ペミカンかだ。
     俺にとっての現実ってのはそれだよ。信用できるか否かは目で見て決める。俺を信じさせてみろ。お前が無害な食料品売りだと納得させてみろ。包みを開く必要すらないぞ。ペミカンか、金属の塊かなんて、持ってみりゃ重さでわかるからな」
    「……………………」
     カークの顔の赤みが、いつのまにか消えている。血の気が引き、紙のような白さが肌に表れている。
    「言っとくが、強盗で奪われたやつとは無関係な金塊を持ってます、みたいな言いわけはするんじゃねえぞ。インゴットは価値のあるもんだからな、合法なものか違法なものかは、調べればすぐにわかる。一枚一枚、固有のナンバーが刻印されてるってのは知ってるか? 売り買いをするときは、売り手の名前と買い手の名前が必ず記録される。
     なぁに、お前が無実ならどうでもいいことだ。で……どうする? 見せるのか、見せないのか?」
     見開いた目と大きな皇帝ひげが、カークにぐぐっと迫る。

  • 73◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:33:27

     追いつめられた商人の手が、助けを求めるように鞄の持ち手を撫でる。ごくり、とのどが鳴る。そして沈黙──ハーミオンもエリスも、カークが口を開くのを待っている──。
     やがて、深いため息。カークは肩を落とし、疲れたような表情でハーミオンとエリスを交互に見た。
    「何もしてないのに犯人扱いされるというのは、本当につらいことです。でも、怪しく思われるようなところのあった私にも、いくらか責任はあるのでしょう。
     わかりましたよ、保安官……鞄を開けて、中を見せればいいのですね? お安いご用です。ふたの鍵を開けますから、ちょっとだけ待って下さい……」
     そう言って彼は、鞄に向かってしゃがみ込み、懐に手を入れた。
     上着の内ポケットに入れている鍵を取り出そうとする動作に見えた。ごく自然なふるまいだった──しかし、それを見ていたハーミオンの頭の中で、突然危険信号が鳴り響いた。狼が近付いてきたときに犬たちが吠えるような、よくないものを知らせる何かがはたらいた。
     それは記憶だった。ハーミオンはふと思い出した──昼頃、カークに鞄の中身を見せてもらったときのことを──彼は、何の予備動作もなしに鞄を開けていた。鍵なんてかけていなかった──。
     ぐるん、と、カークの上半身が振り向いた。右手が肩の高さまで上がり、ハーミオンの方に伸ばされる。
     その手には、黒く光る鉄の塊が握られていた。大型拳銃だ──ブライアン・ロイルの背嚢に入れてあったものと同じ──カークは、それを教会に寄贈せずに取っておいたようだ──こういうときのために。
    「危ねえ!」
     野太い叫びとともに、ハーミオンの体を衝撃が襲った。エリスがとっさに、彼女を突き飛ばしたのだ。
     直後に、轟音が空気を切り裂いた。銃口からオレンジ色の火が飛び散るのを、ハーミオンは見た。そして同時に、エリスの肩から赤い血が噴き出す。その位置は、ほんの一瞬前まで、ハーミオンの頭があった場所だった。
    「保安官!」
     体勢を崩し、床に倒れ込みそうになるエリスの体を、ハーミオンは支えた。カークはまだ、銃を下ろさない。再び激鉄を起こし、引き金を引こうとしていた。
    「おい、今のは何の音だ?」
    「銃声じゃないの? 本物?」
     すぐ近くの扉が開き、オニオンズが顔を出す。廊下の奥から、看護師たちも慌てた様子で駆け寄ってくる。それを見たカークは、小さく舌打ちをして銃を懐にしまった。

  • 74◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:34:19

     そして、鞄をつかむと、踵を返して走り去っていった。まるでクーガーのような素早さだった。
    「ハーミー、保安官、いったいどうし──お、おい、その血はどうした! まさか、撃たれたのか?」
    「オニオンズ先生! その通りよ、早く手当てをお願い!
     私は──私は、あいつを追わなくちゃ……」
     医者と看護師たちに、負傷した保安官を任せて、ハーミオンは悪人の去っていった方を見やる。
    「待て……やめろ、馬鹿野郎……危ないことはするな」
     かすれたような声が、ハーミオンの背中にぶつけられる。エリスの声だった。血まみれの肩を反対の手で押さえて、激痛の中で必死に意識を保ちながら、彼は忠告する。
    「逃げたいやつは逃がしてやれ……あとで、必ず俺が捕まえる……どこに行こうとだ。
     いいか……ハーミー、お前にあれを追わなきゃならん義務などない。銃を持ってる相手に、ちょっかいを出すな……命を危険にさらすのは、牧場主の仕事じゃねえだろ……」
    「……………………」
     父親が幼い子供に言い聞かせるかのような口調。そこに本物の思いやりを感じ取り、ハーミオンは一瞬、つらそうに唇を噛んだ。
     しかしそれでも、彼女は忠告に従わなかった。
    「ごめん、保安官。私は行くわ。
     あいつはとびっきりのナメた真似をした。なのに、落とし前をつけさせないで放っておくなんて、我慢できないのよ。絶対に」
     ブーツの底が床を蹴り、高い音を響かせる。ハーミオンは風のように、殺人犯を追跡し始めた。
    「このっ……この、大馬鹿がっ……やっぱりお前なんぞ、ガキのまんまのペミカン娘で充分だっ……!」
     エリスのわめき声はすぐに遠くなった。
     診療所を出ると、もう陽は暮れかけていた。町並みは暗いオレンジ色に染まり、通りには一日の仕事を終えて帰路に着く人たちの姿がちらほらと見える。
     カークはどこだろう? 彼は重い金塊の入った鞄を持って逃げている。すぐに遠くには行けないし、追いつくのも容易なはずだ。ハーミオンはそう思っていた。
     しかし、彼女は悪人の思い切りのよさを侮っていた。あまり離れていない場所で、悲鳴が聞こえた──驚いてそちらを見ると、地面に尻餅をついた男と、それに後ろ足で土をかけるように走り去っていく大きな影が見えた。
    「どうしたのっ?」

  • 75◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:35:02

    「ば、馬車を奪われた! 銃を突きつけられて……降りないと撃つって言われて……!」
     へたり込んでいたのは、野菜売りの男だった。彼の指差す先にいる、土煙をあげて走り去るものは確かに荷馬車だ。カークは殺人のときと同じように、偶然の幸運を抜け目なくつかんだらしい──金のつまった荷物を捨てず、速やかにその場から逃げたいときに、荷馬車というのは絶好の乗り物だろう。
     もちろん、人の足で追いつける速度ではない。ハーミオンがいくら身軽で健脚でも、限度というものがある。
     馬に追いつくならば馬。それしかない。
     そして、この夕陽の中で、幸運をつかんだのはカークだけではなかった。仕事終わりの時間──町の人々が一斉に、帰路に着く時間──その大勢の中に、荷馬車を使う人間がひとりしかいなかったなんてことはなかったのである。
    「そこのおっちゃん!」
     騒ぎを遠巻きに見ている野次馬たちの中に、同じく荷馬車を引いた知り合いがいるのを目ざとく見つけたハーミオンは、声を張り上げた。
    「何も聞かずに、その馬貸して!」
    「あいよ、持ってけ!」
     彼女の要請は簡潔明瞭で、その男の決断も迅速だった。それだけハーミオン・マッカラムは、町の人間から広く信頼されていたのだ。



     ジェームズ・カークは荷台に立って手綱を持ち、たるませたそれを鞭のように振るい、馬の尻を叩いた。
     左手はまだ本調子ではない。そちらはあくまで軽く添えるだけにして、ほとんど右手だけで馬を操る必要があったが、彼は難なくそれをやってのけていた。馬はどんどん加速し、ローリングトンの町を出て、街道を西へ西へ走っていく。
     道の先に落ちていく夕陽を眺めながら、カークは考える。ここまで物事がうまく行かないのは、もしかしたら初めてかも知れないと。
     彼はあまり深く考えて行動するタイプではない。むしろ、何も考えず、場当たり的なことばかりして生きてきた。世の中をナメてかかっている、と言ってもいい。だが、別に悪いと思ったことはない。それで何もかもうまくいっていたから。
     口先で人を操ることが得意だった。別に世の中の詐欺師たちがやるように、細かく理屈を組み立てる必要はない。天からそっとささやかれるように、効果的な嘘が自然と頭に浮かぶのだ。

  • 76◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:35:58

     この才能は、他人の利益を横取りしたり、邪魔になる相手を陥れたりすることに大いに役立った。彼は労働らしい労働はしたことがないが、うまく立ち回って、三十歳でK市の片隅に自分の食料品店を持つまでになった。
     もちろん、嘘を見破ることのできる人や、騙したところでどうにもならないような人が、彼の前に現れることもあった。そのときは、躊躇せずに殺害することを選んだ。カークが命を奪ったのは、ロイルだけではない。一番最初は、十八歳のとき──彼の詐欺を完全に見抜いた行商人を、夜の荒野で始末した。その男はとても美しい、貝殻細工の施された拳銃を持っており、カークはそれを記念品として奪い取った。月明かりの下でその拳銃を見ると、何となく魅せられたような気分になった。殺人という行為を、忌むべきもの、恐ろしいもの、避けるべきものだと思うチャンスを、彼は逃したのだ。
     それからも、片手の指を少し越えるくらいの人間を殺し、その事実を隠蔽してきた。毎回、うまくいった。死体を埋めたりするのが面倒なので、騙すだけで済むときはそうしているが、どうにも仕方のないときは罪悪感のひとつもなく殺しをした。
     馬車強盗の仲間として誘った三人組は、馬鹿そうだったので金を奪うだけ奪って放ったらかしにした。実のところ、カークは彼らに好意を持っていた。あれくらい短気で、浮かれやすくて、すくそばにいる人間の悪意に鈍感なチンピラというのはなかなかいない。一緒に犯罪を行う仲間としても、利益を搾り取るための家畜としても素晴らしかった。いつかどこかでまた出会ったら、正体を知らせずにまた組んでもいいかと思うほどだった。
     逆に、ブライアン・ロイルに対する印象は最低だった。彼は極悪人ではないが、手癖で盗みをする男だった。しかもそのことを、カークに気付かせなかった。
     普段は本当に普通に見えた──やや無口で、言われたことはちゃんとやるが、気はきかないといったタイプの男。警戒しないといけないほど不道徳な態度を取るわけでもないくせに、ほんの気まぐれでひどい損害を被せてくる。あれこそ本当の邪悪だと、カークは確信していた。
     ハーミオンに聞かされた推理を、彼は思い返す。まるで、彼女自身が殺人の瞬間を見ていたかのように正しかった。
     あの日は、カークもロイルも、三階の部屋でずっと休んでいた。旅の疲れは大きく、外に出て煙草をふかす気にもなれなかった。

  • 77◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:36:39

     それでも、夜になると腹も減る。食事に行こうとロイルを誘い、下の酒場に降りていこうとした。
     しかし、廊下の途中でロイルだけが引き返した。部屋に忘れ物をしたと。取ってくるので、先に行って食事を始めていて下さいと。
     カークはそれを聞いて階段を降りようとしたが、ふと嫌な予感がして足を止めた。自分もロイルのあとを追って部屋に引き返し、そこで自分の用心棒の本性を見てしまった。
     旅仲間の本性を見たのは、用心棒の方も同じだった。ロイルはカークの鞄を開けて、不思議そうに中身を見ていた。インゴットを包む茶色い紙が一部剥がされ、ハチミツのとろけるようなねっとりした黄金の輝きがあふれていた。
     カークは冷たい気持ちで部屋に踏み込んだ。雇い主に気付いたロイルは動揺して、インゴットを鞄の底に戻しながら、言わなくてもいいことをベラベラとまくし立てた──「違うんです、カークさん、話を聞いて下さい」──「この金は何ですか、あなたの商売はペミカンの取引ではないんですか?」──「まさか、違法なものでは? 大丈夫、俺は誰にも告げ口しません」──「だからあなたも、俺のしたことは大目に見て……」。
     カークの返事は、もちろん一発の銃弾だった。
     そのあとに起きたことを思い出すと、さすがに恐怖で膝が震える。人を殺しても、自分の命が脅かされることは一度もなかったのだ。そう、初めての経験──ローリングトンの町に来てから、カークはいくつもの初めてに襲われていた。盗むのはそれなりにやってきたが、盗まれそうになったのは初めて。死体を処分できず、殺人が発覚してしまったのも初めて。自分の犯行を調査する人間を騙しきれなかったのも初めて。殺そうと銃を向けた相手を殺せなかったのも、やっぱり初めて。
     でも、まだやれる。まだ大丈夫だ──カークは、自分にそう言い聞かせる。
     まだ、自分にはカネがある。遠くに行って、人生をやり直せるだけの金塊が。
     このインゴットは、S市に住むある男のところに持っていくつもりだった。彼は腕のいい細工職人だが、金のためなら後ろ暗い仕事も引き受けるような人物だ。ナンバーで厳重に管理されているインゴットを、彼に頼んで砂金か宝飾品に作り替えてもらえば、安全に売りさばくことができる。

  • 78◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:37:28

     この計画は、保安官にもバレていないはずだ。しばらくはS市に潜伏し、ほとぼりが冷めたら加工された金塊を売ってカネを作る。充分な蓄えができたら、口封じに職人を殺して、誰も知り合いのいない南の土地にでも逃げればいい。
     大陸は広い。そして自分は要領がいい。遠くへ離れれば、きっと何事もなかったかのように平和にやっていける。──今、ここで捕まりさえしなければ。
     カークは、ちょっとした違和感を覚えて耳を澄ませた。
     自分の駆る馬の蹄の音に、別の音が重なっている。遠くから聞こえてくる。微かだったものが、次第にはっきりと。二頭目の馬が地面を蹴る足音が、ものすごい勢いで後ろから近付いてくる。
    「やはり、追ってきたか」
     振り返る。夕陽の光を正面から受け、黄金のような色に輝くカウガールが、同じ色の馬にまたがって接近してくるのが見えた。
     嘘やごまかしは通用しない相手だ。だからこそ、これを真正面から切り抜ければ不運の連鎖は終わる。またすべてがうまくいくようになる。
     カークはそう直感した。



     ハーミオン・マッカラムが両親から牧場を継いだのは、十八歳のときだ。
     親が死んだからとか、そういうわけではない。父も母も元気だ──少なくともハーミオンは、そう信じている。だが、彼らは遠い遠い場所に行ってしまって、めったに手紙もよこさない。
     きっかけは、本当に馬鹿らしいことだった。町の外からやってきた誰かと酒を飲んでいるときに、父は憐れまれたのだそうだ。「牧場経営をするってことは、家畜の世話があるから旅行もできないわけだろう? こんな小さな町にずっと閉じこもって、広くて楽しい世の中を知らずにいるなんてかわいそうに!」と。
     父は激怒してその人をボコボコに殴った。そして、それから半月も経たないうちに、ハーミオンに牧場をすべて任せて、旅に出る準備を整えたのだ。
    「あのアホ野郎より遠く、いろいろな場所に行って、いろいろなうまいものを食って、いろいろな面白い体験をしてやる! 二度とナメた口はきかせん!」
     そう豪語した父の前で、ハーミオンは開いた口が塞がらなかった。

  • 79◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:38:08

     確かに、ハーミオンは一人前に牧場の仕事ができるようになっていたし、父も引退してもおかしくない年齢にはなっていた。しかしそれでも、そんなに突然に、そんな理由で旅に出るというのも常識外れな話である。翻意するようハーミオンが説得したのも、別におかしいことではなかっただろう。
     だが、父は胸を張り、断固とした様子で「行くのだ」と言ってのけた。
     そして出発の朝、彼は自分の愛用した帽子をハーミオンに譲り渡し、彼女の目を見てこう言い聞かせた。
    「いいか、ハーミオン。お前もこの町で、いや、この大陸で生きていくのなら、今から俺が言うことをしっかり覚えておけ。
    『けっして人にナメられるな』。
     笑い者になるようなこと、軽蔑されて後ろ指を指されるようなことをするな。ちゃんとした仕事をし、人に尊敬され、親しまれることを目指せ。それでもくだらないことで見下してくるやつがいたら、何としてもねじ伏せてお互いの立場をわからせてやれ。
     卑怯な方法で、利益をごまかされることを許すな。楽するために自分にまとわりついてくるようなやつがいたら、その魂胆を見抜いて叩きのめせ。
     お前の周りにいる、尊敬できる人たちに害を与えるものを許すな。家族でも親しい友人でも何でもいい、お前の人生の風景の一部になっている人のことは、お前自身だと思って命をかけて助けろ。
     いかなるときもシャキッと背筋を伸ばして立ち、正しい物差しを持ち、ぐちぐちとした湿った感情を持たず、怒るべきときには激しく速やかに行動しろ。
     この大地は広く、厳しい。強さを持たなければ、生きてはいけない。そして、強さってのは相対的なものだ──腕っぷしがあっても、口がどんなに達者でも、行動で自分や他人に正しさを納得させられなきゃ、そこに本当の強さはない。
     あー……どうもうまく言葉がまとまらないが……要するにだ、正しいと思った生き方をしろ! 間違ってると思うものは叩き直せ! そんな感じで頑張れ、以上!」
     満足げに話を終えた父を、ハーミオンは固い革のブーツを履いた脚で思いっきり蹴りつけた。それも一回ではなく、三十回か四十回ぐらい。どうにもこうにも、『ナメられている』と感じたので。
     しかし、それでも彼女は、ナメられないようにしようと試みている。聞いてるときはただただムカついた父の言葉を、心の奥底にしっかり刻み込んで、ローリングトンの町で日々を生きている。

  • 80◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:39:14

     それが正しいと思ったからか、自分の性に合っていると思ったからか、それ以外の生き方ができないからか、どれが理由なのかはハーミオン自身にもわかっていない。
     ひとつ確かなのは、そうすべきだという衝動が彼女の中にあるということだ。
     ナメられるということへの、殺意にも似た衝動。
     ハーミオンは大陸の女だ。馬を駆り、自身の力と自身の責任で大地に立ち、困難に立ち向かいながら生きていくカウガールだ。
     世の中の理不尽に対し、「それが自然だ、仕方のないことだ」と言って屈したりせず、歯向かい、挑戦し、叩きのめすことを諦めない精神性の持ち主だ。
     だから、彼女は追う。
     自分を騙そうとしたやつを。人の命を軽んじているやつを。人の利益をかすめ取るやつを。大事な友人たちに不利益をもたらし、怪我までさせ、町そのものを脅かし、その巨大な責任につばを吐いて逃げようとしている、何もかもをナメくさっているクソ野郎を。
     矢を飛ばすように馬を操り、一直線に敵を追跡する。
     あぶみにかけた足の裏で、馬と自分を一体化する。頭を低くし、腰を軽く浮かす。こうすれば風の抵抗を受けないし、振動を膝で吸収できるため、自分自身にも馬にも負担をかけない。より速く走ることができる。
     荒れた街道を突き進む。
     真新しい蹄と車輪のあとをたどる。
     やがて、土煙が見えてくる。
     いた。
     猛烈な勢いで逃げているジェームズ・カークが。
     夕陽との間にいて、逆光で血のようなどす黒い赤色に染まった殺人者が。
     向こうは、荷馬車をつけた状態で馬を走らせている。しかも、カークだけでなく、重い金塊の入った鞄も乗せている。
     対してハーミオンは、出発前に馬から荷車をはずしてもらっていた。乗っているのは羽のように軽いハーミオンだけである。しかも、彼女の馬術は卓越したものだ。子供の頃から馬に親しんできた経験は伊達ではない。
     彼我の距離はみるみる縮まっていく。
     それは、カークもわかっているだろう。そして、背中を見せている分、追われる側の方が不利だということも。
     だから、彼は賭けに出た。
     まっすぐ走っていたカークの荷馬車が、急に左に曲がる。
     道を外れ、赤い土の荒野をガタガタと震えながら、大きなアールを描いて走る。
     そして──角度がどんどん変わり──馬の進行方向が百八十度回転する──。

  • 81◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:39:38

     ハーミオンから逃げていたのが、逆に真正面から突っ込んでくるような状態になった。
     ハーミオンは目を見張った──敵の、その思い切りのよさも意外だったが──それ以上に、カークが向かってきながら、銃を懐から取り出しているのが見えたからだ。
     逃げようというのではない。ここで決着をつけて、堂々と立ち去るつもりだ。
     ハーミオンも、腰のホルスターに手をやった。
     そして、拍車のついたブーツでさらに強く馬の腹を蹴り、脚を速めさせた。
     自分の銃の射程はわかっている。相手も、それは把握しているだろう。
     弾丸の届く距離に相手が入ったら、即座に引き金を引く。どちらにとっても、次にすべきことはそれだ。より速く、より正確に撃った方が勝つ。
     走る。走る。
     相手のシルエットが大きくなる。
     自分に迫ってくる荷馬車は、この命がけの状況では古代の戦争で使われたチャリオットのように見えた。
     銃を抜く。構える。
     相手もすでにそうしている。
     まだだ。まだ遠い。焦ってはならない。
     これは馬術の勝負であり、銃の腕の勝負であり、それ以上に心の強さの勝負だ。
     少しでも冷静さを欠いた者が、負ける。
     走る。走る。走る。
     相手をしっかりと見つめて、息を吸う。
     ふたりの頭上を、一羽のカラスが横切った。
     その瞬間──ふたつの銃声が、まったく同時に荒野に響いた──。
    「……………………」
     ハーミオンのかぶっていた帽子が跳ね上がり、空中をくるくると舞った。
     引きちぎられた金色の髪のひと房が、風に吹き飛ばされる。
     ハーミオンは、大きく息を吐いた。カークの撃った弾は、彼女のこめかみをかすめて、背後のどこかへ飛んでいった。耳の上にほんの小さな傷をつけただけで。
     ハーミオンの撃った弾は、カークの右肩をえぐった。真っ赤な血が、バラの花弁をむしってばらまいたかのように激しく飛び散る。
     彼の持っていた拳銃はどこかへ吹っ飛んでいった。彼自身も大きくのけぞり、荷馬車から転がり落ちた。
     そして、それと同時に夕陽も、大地の向こうに沈みきって──閉幕(カーテン・フォール)。

  • 82◆R9nsIzh/7g22/01/16(日) 19:40:29

    【以上です。読んでくれてありがとうございました】

  • 83二次元好きの匿名さん22/01/16(日) 19:42:08

    👏👏👏👏👏👏

  • 84二次元好きの匿名さん22/01/16(日) 19:43:18

    凄く面白かった! ブラボー!

  • 85二次元好きの匿名さん22/01/16(日) 22:44:30

    オイオイこの書きようと西部劇の雰囲気…相当の手練れじゃねーかオイ。

  • 86二次元好きの匿名さん22/01/17(月) 00:39:24

    これは力作…他の小説サイトにも載せたら?

  • 87二次元好きの匿名さん22/01/17(月) 08:04:49

    贅沢を言えばちょろっとでいいからエピローグも見たいんだ。

  • 88◆R9nsIzh/7g22/01/17(月) 15:08:24

    >>83

    >>84

    ありがとうございます! 書いたかいがあった(*´ω`*)


    >>85

    西部劇に詳しくはないけど何とかやった……!

    夕陽と荒野と銃と馬のおかげでそれっぽくできたってところはあると思う


    >>86

    今のところは考えてないですが、もっと長いの書くことがあったらそういうサイト使うかも

    ただこの作品が思ったより長くなったから、次はもっと短くまとめたい……


    >>87

    ハーミオンはやっつけた犯人をふん縛って、見事ローリングトンの町に凱旋します

    でも言うこと聞かずに飛び出したので、保安官からは思いっきり飛び蹴りされます

  • 89二次元好きの匿名さん22/01/17(月) 15:12:39

    ハーミオンのカッコいいイラスト見てみたいなあ

  • 90◆R9nsIzh/7g22/01/17(月) 18:34:58

    >>89

    ぷるっと描いてみたよ……

    むずい……自分の作ったキャラではあるけどむずい……!

  • 91二次元好きの匿名さん22/01/17(月) 18:58:28

    >>90

    ウォッ!カッコいい!

    ありがとうございます!

  • 92二次元好きの匿名さん22/01/17(月) 22:18:06

    ほう……大したものですね……
    ぺミカンは干し肉とベリー類、動物性脂肪から作られる北米先住民の保存食で、その保存性と携行性から登山の際の行動食とされることもあるほどです。
    加えてこの作品は終盤の犯人視点も添えて謎解説バランスもいい……

  • 93二次元好きの匿名さん22/01/17(月) 22:20:18

    友人を気遣っていたのに、主人公自身が保安官に疑われてるって友人に言われるシーンいいね。
    読者としてもドキッとさせられるし、保安官も無能じゃなくしたたかに捜査してるんだな…って分かる。

  • 94二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 07:37:27

    保守

  • 95二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 18:00:29

    保守

  • 96◆R9nsIzh/7g22/01/18(火) 19:37:04

    >>92

    実際食ったことはないけど、具のいっぱい入ったシチューのルゥみたいなもんなのかなぁ

    干し肉好き、ドライフルーツ好きだけどそれらが脂で固められた味が想像できない……

    ハーミオンにとっては今はあんまり好物じゃないのはほぼ間違いないとは思う


    >>93

    あのあたりの描写はかなり頭しぼったから、褒めてもらえて嬉しいです(*´ω`*)

    名探偵役はハーミオンだけど、保安官も愚かにはしたくなかった……

    ワトソン役や刑事役の動かし方は、ミステリー書きはみんな悩むと思う……

  • 97二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 21:40:01

    面白かったので保守

  • 98二次元好きの匿名さん22/01/19(水) 01:30:59

    保守

  • 99二次元好きの匿名さん22/01/19(水) 10:35:21

    保守

  • 100◆R9nsIzh/7g22/01/19(水) 20:44:15

    >>90の絵を少し修正

    足の遠近感がちょっと変だったの直して、髪の表現も少し変更

    デジタルって楽だぁ(*´ω`*)

  • 101二次元好きの匿名さん22/01/20(木) 08:36:45

  • 102二次元好きの匿名さん22/01/20(木) 20:03:52

    保守

  • 103二次元好きの匿名さん22/01/21(金) 05:57:31

    ほし

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