拙者は元気だがおそろしくドライでもあるチケゾーが見たい侍と申す者

  • 1122/05/03(火) 22:23:26

    義によってSSを投げ散らかす ご照覧あれ 書き溜めはない

    過去に投げた概念なども置いておく ここに10作品を並べるまで書きたい所存、残り4作

    拙者は所有権を主張されるデジたん推せる〜〜〜〜!!!!侍と申す者|あにまん掲示板義によってSSを投げ散らかす ご照覧あれ 書き溜めはない過去に投げた概念なども置いておくhttps://bbs.animanch.com/board/588988/https://bbs.animan…bbs.animanch.com
    拙者は雑に扱われるタキオン大好き侍と申す者|あにまん掲示板義によってSSを書く ご照覧あれ 書き溜めはない過去に投げた概念なども置いておく https://bbs.animanch.com/board/588337/https://bbs.animanch.…bbs.animanch.com
    拙者は2000年の有馬に感動した侍と申す者|あにまん掲示板義によってSSを書く ご照覧あれ 書き溜めはない「トレーナー君。少し出かけよう」 有馬記念。1年を締めくくるレースの祭典が劇的なクライマックスを迎えてから数日。レース中に負った怪我のため病院で療養して…bbs.animanch.com
    生徒会広報(臨時)ナリタブライアン概念|あにまん掲示板サボりからの捕獲で任された(押し付けられた)かわいそうなぶらいあんbbs.animanch.com
    エエーーッ!? 幽霊ですかぁ!?|あにまん掲示板「ああそうだ。その証拠にほら、壁をすり抜けることだってできる。やろうと思えばお前に取り憑くこともできるんだ」「あ、あわわ……」「怖いか? そりゃそうだ、ジャパニーズはユーレイにビビりまくることで有名だ…bbs.animanch.com
    盲目のタキオントレーナー概念|あにまん掲示板概形置いときますね 皐月賞、日本ダービーを圧倒的な強さで勝ち進んだタキオンは、2冠を達成したウマ娘になった。最初はクラシック三冠への興味も薄かったけれど、異次元の走りに狂わされたトレーナーの情熱が、タ…bbs.animanch.com
  • 2122/05/03(火) 22:31:48

    【チケット。私は……今の君を、ライバルだとは思えないよ】
    【何のために走るのか、もう一度考えてみたらどうだ?】



     宝塚記念が終わってから、ウイニングチケットは何か考え込むように目を閉じている時間が増えた。元々溌剌とした元気いっぱいのウマ娘なのだが、それだけに言葉数が減ると印象が大きく変わる。
     担当トレーナーの目には、彼女が悩みを抱えているように見えた。その内容にも心当たりはある。解決しなければチケットは前へ進めないだろう。そう考えて、ある日の練習修了後に声をかけた。

  • 3二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 22:32:18

    期待

  • 4122/05/03(火) 22:46:52

    「お疲れさまでした。……話? うん、大丈夫だよ」
     タオルでぐいっと汗を拭うチケットは、トレーナーとの話し合いを快諾した。彼女と契約を結んでから2年半程が経ち、より信頼し合える関係になれた。だからこそ、多少プライベートな領域に踏み込む話であっても、必要ならしなければならない。腹をみせてくれる相手に、過度の遠慮は不要である。
    「宝塚のあと、か。うん。実はちょっと悩んでて」
     案の定だ。しかし悩まないわけもない、あんなことを言われるとは予想だにしていなかったはずだ。よりによってあそこで言わなくても、と発言者に苦々しい思いを抱きもしたが、その意見自体はおかしなものではない。寧ろチケットが現在直面している伸び悩みを解決するうえで、有用な意見になり得ると、トレーナーは考えている。
     伸び悩んではいるが、宝塚記念では壮絶な鍔迫り合いを制して見事1着を勝ち取っている。実力自体は伸びているのだ。ただその伸び幅が、チケットの有するポテンシャルから考えれば小さい。
     今がたまたま伸び悩みの時期なだけ。チケットがあの言葉を投げかけられるまで、トレーナーはそう思っていた。努力と時間が解決してくれると楽観視していた。そうではないと気がつかせてくれた彼女には、今となっては感謝している。
    「難しいよね。思いばかり先行して、中身がどうしても伴わないや」
     ──最初に違和感に気がついたのは、このタイミングだった。トレーナーが想像する『チケットの悩み』と、本人が抱える悩みが、ずれているように感じた。話が話なのでずれたままでは置いておけない。話の腰を折るけど、と前置いて認識の相違があるかを確かめた。

  • 5122/05/03(火) 22:53:08

    「悩みの内容? えっと、ファンを盛り上げていくような最高のレースができないこと。うぅっ、言葉にしたら余計悔しくなってくるなぁ」
     先に聞いておいて良かった。トレーナーはまず安堵して、次に困惑に教われた。彼女──ビワハヤヒデに告げられたライバルからの除外を、チケット自身はどう受け止めているのか。長く鎬を削ってきた戦友に、ある種見捨てられてしまったのだから、精神的なダメージは決して小さくない。トレーナーは無意識のうちにそう決めつけていた。
    「あぁ、あれ? 大丈夫、『アタシ全然気にしてないから』!」

  • 6122/05/03(火) 23:15:31

     ねぇ、この前の宝塚見てた? 勿論、やっぱりBNWの激突が熱かったよね。
     
     7月からの夏合宿を目前に控えて、トレセン学園内で持て囃される話題は、専らつい先日行われた宝塚記念についてであった。クラシック三冠を分け合った3人の実力派ウマ娘が、その実力を更に磨き上げてシニア級レースに参戦。重賞レースでの三つ巴は、今年既に3度。しかもそれぞれ勝者が異なるとなれば、皆の注目を集めるのも当然である。
     小さく細い体格をものともせずに、豪快な追込でバ群に飛び込んでいく皐月賞勝者・ナリタタイシン。恵まれた体躯と緻密な理論で安定した戦いぶりを誇る菊花賞勝者・ビワハヤヒデ。そして、その2人とも異なる日本ダービー勝者がいる。
     最も勇猛なのはナリタタイシン、最も安定感があるのはビワハヤヒデ。ならばもう1人は? 彼女のレースを見た者は、口を揃えてこう言う。

  • 7二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 23:49:18

    がんばれ、超がんばれ

  • 8122/05/04(水) 03:22:02

    めっちゃ寝落ちしてた 流石に朝起きてから書くので保守だけさせていただく

  • 9122/05/04(水) 03:23:20

    保守

  • 10122/05/04(水) 03:23:58

  • 11122/05/04(水) 05:34:33

    「最もワクワクさせるウマ娘、か」
     ぱらりと紙面を捲る音。ルービックキューブを高速で繰る芦毛のウマ娘が、顔を上げないままで耳だけをぴくりと反応させた。
    「熱狂の2分25秒。詰めかけた20万人近いファンは、そのエネルギッシュな走りに魅了された」
    「いきなり何だよミスター姐さん。新聞読んでもボケは治んねーよ?」
    「まだうら若き乙女なんだけどね」
     それは去年の日本ダービーのときの新聞だろう。面倒なので突っ込まなかったが、芦毛のウマ娘には刻印されている日付が見えていた。そんな古い新聞を、よく残してあったものだ。
    「私達としては、追込主体のタイシンを応援したくならない? この体格でよくやるよね」
    「おーん? まあそうだな」
    「キミってほんとに他人への興味薄いよね」
     くすくすと笑いながらの返しは、ルービックキューブの完成を告げる硬質な音だった。雑に放り投げられて転がった立方体に意識を向けることもなく、ぬるくなったコーヒーを啜る。
     苦く生ぬるい液体を一息に臓物へ流し込み、『あんたに言われたくない』の言葉を無理矢理飲み込んだ。本性を隠して、自分を昂らせる相手にしか真の意味での興味を示さないのは、お互い様というわけだ。
    「どうだったのさ」
     あの宝塚には、芦毛のウマ娘も参戦していた。どうしても一緒に走っておきたいライバルが同期にいたのだ。海外への挑戦を視野に入れているとのことで、その旧友とはもうあと何度戦えるかも分からない。
    「BNWっていうじゃん」
    「うん」
    「Wは多分アタシ達に近いタイプ。同種というよりは亜種だけど」
     もとより目的が違う以上、そこまできちんと見てきたわけではない。ただ、一際強く目を引かれたのは彼女だった。随分エンターテイナー気取りで、とても『惹かれ』はしなかったけど。
    「仲良くなれそう? アタシ達」
    「無理」
    「やっぱりかぁ」
     友達が増えないね。欠片程も悲しくなさそうな声色で、小洒落た帽子をつけた黒鹿毛のウマ娘は呟いた。あんたには2人も終生の友がいるだろ、内心羨ましいのを堪えて答えた。

  • 12122/05/04(水) 10:12:47

     なぜ海辺で夏合宿をするのか。泳ぎをトレーニングに取り入れたいなら、プール施設のある場所を選べば良いのではないか。かつて合宿地を選定する中で、そんな意見が出たこともある。この疑問に対する答えは2つ、『足を取られやすい砂浜で不良バ場の対策ができる』『トレーニングの息抜きに最適』である。
     この夏合宿で、己を更に1段上に押し上げる。そしてオープン戦を、或いは重賞を勝てる力を身につける。実に夢のある話であり、そんな夢に惹かれて努力を重ねる者も多い。
    「ビワハヤヒデさんですね? 少しお話、よろしいでしょうか?」
     そんな合宿地は、メディアにとっても『ネタ』の宝庫。肉を目の前に吊り下げられた獣を、言葉だけで完全に制御できるものではない。やや苦渋とも取れる学園の決断は、ある時間帯にのみ許可を取ったメディアの立ち入りを認める、というものだった。
     当然、ウマ娘からの反発もあった。トレーニングに集中させてほしいという声は、特に重賞を勝ち得る実力者から上がった。しかし完全シャットダウンと決めたとて、質の低い記者連中はひっそりと立ち回る。責任者の目の届かない範囲を狙って、どうせ見つかっても謝罪ひとつでなかったことだと開き直りもする。
     そうなればウマ娘の安全も保障できなくなる。人間の記者くらい身体能力のうえでは軽く捻れるとしても、競走ウマ娘は思春期の歳若き少女。咄嗟に反応できないことも考えられる。これでやってきた記者が、万一にも当該ウマ娘を傷つけようという意思を有していたら。故に学園側は、最小限の解放に踏み切らざるを得なかった。

  • 13122/05/04(水) 10:42:18

     あぁ、来たか。おくびにも出さない内心で、今年はあまり良くないタイミングだと辟易する。丁度ハードなメニューを終えて、息を整えていたところだった。『今は疲れているから、後で』。そう言って記者を追い返そうとする担当トレーナーに、構わないと伝えて質問に答える。彼の心遣いは本当に嬉しいが、この明らかに粗雑な中年の男が、まだ若いトレーナーを侮っているのはありありと透けて見えていた。ビワハヤヒデとしても、信頼する人物がぞんざいに扱われるのを見たくはない。
    「えー、ビワハヤヒデさんはここまでG1レース2勝。同世代のナリタタイシンには1歩リード、ウイニングチケットとは並んでいる状況ですけど」
    「……どう思うか、ということでしたら拮抗したライバルだと思います。いずれも実力差はほとんどない」
     ライバル、という単語を使うのに一瞬躊躇いが生じた。合宿前にチケットへ伝えた自分の気持ちは、あのときより冷静になった今でも変わらない。だがそんな内部事情は記者には関係ない。何より余計なことを言えば、この拘束時間はそれだけ長引く。
    「夏を越えたら天皇賞・秋にジャパンカップ、そして有馬記念もあります。そこへの意気込みを是非」
    「秋シニア三冠のレースを走るのは初めてではありませんが、去年と違ってシニア級という立場で走ることになります。クラシック級の有望な選手、例えばゴールドシップのようなウマ娘の挑戦を受ける立場です。特有の緊張も感じますが、同世代にも次世代にも負けない走りができれば、と」
     夏合宿はクラシック・シニア両級を対象に行われる。一握りの超新星が数年に1人程度飛び入りしてくることを覗けば、ジュニア級は学園に残る。つまり春の段階では、クラシックの面々は夏合宿を経験していない。去年ハヤヒデ自身がそうだったように、シニア級との力量差は大きかった。
     だが、秋になれば話は変わる。回数の上では依然シニア級に軍配が上がるとはいえ、クラシックの面々も夏を越えて急激に成長してくる。春のようにはいかない、ハヤヒデもそれを理解しているからこそ歳下を侮ることはない。

  • 14122/05/04(水) 12:27:25

     午前中のトレーニングを終えて、食堂に向かう。夏の暑さが普段以上に体力を奪い、前半戦終了の段階で既に疲れているウマ娘は多かった。ハヤヒデも暑さに強いタイプではなく、去年よりましとはいえ体の重さを感じていた。
     こんなときに、無茶もさせないが甘くもしないトレーナーの存在は有り難い。担当トレーナーはハヤヒデが初めて契約したウマ娘だというが、本当なのか疑いたくなるくらいには彼女の気持ちを機敏に察している。彼と契約したのは正解だった、冷野菜サラダを食べつつ幸運な出会いに感謝する。
    「お疲れ。空いてる?」
     答えを聞く前に座ってるじゃないか。指摘してやれば別に良いじゃん、とご飯を食べ始める。彼女──ナリタタイシンはレースでぶつかることも多く、いつしか気の置けない友人の1人になっていた。当初に比べれば向こうも随分門を開いてくれたらしく、こうして自分から近づいてきてくれる。本人には絶対言わないが、気難しい猫が懐いてくれたみたいで嬉しい。
    「午前中に取材来てたでしょ。アンタの妹が泣きついてきたよ、『ゴールドシップより私の方が強いんだ』って」
    「ゴールドシップ君も強いだろう。それにあの場で名前を出したら身内贔屓と思われかねない」
    「そう言ったら『私は姉貴の名前を出すのに』だって。後で機嫌取っといてよ、なんでかアタシのところに愚痴りに来るんだから」
     それは多分信頼の証だろう。彼女も彼女で気難しい子だから、余程信頼を置く相手でなければ愚痴も零さない。タイシンと妹の仲は良好なようで、ハヤヒデとしてはご満悦である。

  • 15122/05/04(水) 15:21:07

    「午後空いてたら併走しない? 今の完成度見ときたい」
    「ふむ。トレーナー君に聞いてみよう」
    「よろしく」
     時間の調整をすれば、併走は充分可能。秋に向けたライバルの仕上がり具合も気になるところだ。がめついようだが、データは多いに越したことはない。
    「そういえばさ、ブライアンの話だけど。アイツ生徒会入るんだってね」
    「そうなのか? 意外だな」
    「……知らなかったの?」
     きょとん、とした目で見られても、誰からもそんな話は聞いていない。姉に一言教えてくれたって良いだろうに、まぁそんな大雑把さが彼女らしいというか。
    「副会長やるって言ってた。凄い嫌そうだったけど」
    「なんと……大丈夫だろうか」
    「会長がスカウトしたらしくて、断りきれなかったっぽい」
     彼女のどんなところが会長のお気に召したのかは分からない。だが、自慢の妹が高い評価を受けているのは悪い気がしない。いずれは彼女の意思が学園を動かすようなことにもなるのだろうか。そう考えると、他人のことながら期待が高まる。

  • 16122/05/04(水) 16:01:19

    「ハァ、ハァ……あ〜〜疲れた〜〜!!」
     そんなに叫ぶ体力があるなら、まだ走らせてもいいんじゃないか。真剣に検討しつつ、チケットのトレーナーは担当にタオルを渡した。彼女には噴き出る汗を拭って、水分や塩分を補給してもらわないと。
     秋シニアの1冠目、天皇賞・秋。距離は2000m、チケットにとっては最も得意な距離だ。東京レース場も日本ダービーとジャパンカップで経験済み、特段苦手とするようなコースでもない。長い最終直線の途中は上り坂、彼女のパワーなら減速は最小限に抑えられる。
     天皇賞・秋の前にレースは挟まない。というのも、東京レース場開催のG2やG3が9・10月にない。宝塚記念から4ヶ月程空いての出走になるが、別のコースのイメージが濃い状態で臨むよりは良いという判断をした。
    「トレーナーさん、次のメニュー……って、今日これで終わりだっけ?」
     今日の気温は夏にしても高い。午前中から33℃、今なんて36℃まで上がっている。陽はかんかん照りだし、いつもの感覚でトレーニングをしていたら熱中症になりかねない。まだ午後2時半ではあるが、ここらで切り上げるのが体調面でも適切だろう。
    「じゃあミーティングしよ、ミーティング」
     話し合いに積極的なのは良いことだが、一先ずは室内に入りたい。適切な避暑は大事である。あとはシャワーを浴びさせてからの方が良いか、汗で体がべたついたままでは気持ち悪いだろうから。
     シャワー室に向かうよう伝える。チケットはぼんやりと練習コースの方を見ていた。
    「……あっ、なに? シャワーね。了解っ!」
     チケットはタオルと着替えを持って、シャワー室へ走っていった。男の前で堂々と着替えの服を出さないでもらいたいが、下手に伝えればセクハラ案件。それ以上に困るのが、黙っていても同じ目に遭いかねないことである。チケットが不快に感じないように、極力言葉を選んで伝えるしかないのか。
     練習コースでは今まさに併走が終わったようだ。息を整えているのはあの2人。ばれないうちに視線を切って、一足先に部屋へと戻る。何せチケットのシャワーは烏の行水も霞むくらい早いから。

  • 17122/05/04(水) 20:10:04

     午前0時35分。厳しいトレーニングで疲れ果てたウマ娘達が、明日の英気を養うためにこんこんと眠る時間帯。パソコンで作業をしていたチケットのトレーナーにメールが届く。送り主はハヤヒデのトレーナー、頼んでいた『調査』の結果をくれたらしい。

    【こっちはチケットと仲直りしたそうだ。あれから一言も話していないし目も合わない、声をかけようにも何処にいるか分からないだと】

     嫌な予感はしていたが、やはりチケットはあの2人を避けているようだ。先刻タイシンのトレーナーからも似たメールが届いている。『元よりそこまで話しもしなかったが』、1ヶ月近くにわたって何の絡みもないのは初めてだという。
     やはりライバルからの除外宣告が堪えているのではないか。本人は気にしていないというが、大舞台で競い合うライバルは単なる友人に留まらない複雑で深い関係になる。チケットが本調子を取り戻すためにも、2人との和解は必須であろう。
     ファンを盛り上げていくようなサイコーのレース。彼女が望むものを実現するためにも、枷は取り払っておきたい。幸いにも天皇賞・秋まで2ヶ月弱はあるから、時間的な猶予はある。

     ……ふとタイシンのトレーナーから送られたメールの文面が脳裏を過ぎる。『元よりそこまで話しもしなかったが』──主題に関係はないかと見逃していたが、思えば意外なカミングアウトである。BNWと呼称される3人は仲が良いのではなかったか。
     改めてチケットと話をする必要がある。時間に余裕があるからといって後回しにすべきではない。明日のトレーニング終了後に事情を聞いて、可能なら明日中に和解まで漕ぎ着けたいところだ。

  • 18122/05/04(水) 20:50:16

    「トレーナーさぁん……」
     天皇賞・秋を見据えた2000mの走り込み。タイムは去年のダービーの頃から殆ど変わっていない。このままではあの2人には勝てない。身体能力は間違いなく向上しているはずなのに、メンタル面がそこまで邪魔をするものか。芳しくない現況に悩んでいると、チケットがおずおずと声をかけてきた。
    「なんか脚が痛い……ちょっと休憩していい?」
     レースに参加するウマ娘にとって、脚は最も重要な資本だ。僅かな違和感でも精査が求められる。重大な怪我の予兆だったとすれば、見逃したら選手生命の続行にさえ関わるのだから。
     椅子に座ったチケットの脚を見る。……息を飲んだ。右脚のふくらはぎを、暗い紫色が覆い尽くしている。チケットも気がついたようで、表情に困惑が浮かぶ。
    「わっ!? な、内出血かな……」
     この範囲での内出血は只事ではない。学園のメディカルチームに連絡を飛ばし、すぐ来てもらう手筈を整える。その間にスプレーを振り、氷嚢を当てる。
    「始める前は全然何ともなかったよ。足も腫れてなかったと思う。2000mの1本目が終わって、休んでるときに痛くなりだしたんだ」
     となれば、内出血が起きたのはつい先程となる。まだ早い段階で気がつけただけ幸運なのか、しかしトレーナーたる自分が予兆を見逃したのではないか。頭を抱えたくなるような自責の念を振り払って、とにかくチケットの容態の把握に務める。
     痛みはあるが、やや重い筋肉痛くらいのものだという。筋肉への痛みがあるということは、筋肉内出血の可能性が高い。進行すれば神経や血管を圧迫し、より重篤な症状をもたらしかねない。
     メディカルチームはすぐに来てくれた。脚の状況を見て、明らかに目付きの変わったチームの1人が、すぐさま救急車を手配する。現地でのRICE対応では不十分と判断されたのだ。
    「病院……トレーナーさん、アタシ入院になるのかな」
     無論そうならないことが最良だが、この規模の内出血ではそうも言っていられない。残念だが、入院することになるだろう。包み隠さず伝えると、チケットは落ち込んだ様子を見せた。当然だ、秋に向けて頑張ろうという段階で躓いてしまったのだから。
     まだ天皇賞・秋まで時間はある。3週間練習ができないとしても、まだ取り返す余地はある。とにかく今は完治に専念しよう。トレーナーの言葉に、チケットはこくりと小さく頷いた。

  • 19122/05/04(水) 21:23:39

    「トレーナーさん! 暇だッ!」
     入院2日目にして、お転婆娘の動きたい欲は早くも最高潮に達しようとしていた。取り敢えず気持ちを落ち着けてもらいたいので、ジュースを買ってくることにした。飲んでいる間に欲が霧散……してくれれば御の字なのだが。オレンジジュースの希望を受けて、1階の売店まで100段近い階段を降りていく。
     脚の筋肉に裂傷が生じたために出血した。問題はここからで、裂傷が生じた原因は不明だという。通常走るときの筋肉の使い方では、ほぼ痛めることはない場所で出血が起きている。一方で筋肉以外は損傷を受けていないことから、外的要因の線は薄い。
     さらに不思議なのは、筋肉痛のような痛みが全身に広がっていることだ。精密検査も行ったが、右脚意外の怪我はただの1つたりともなし。……医学の素人にはてんで理解が追いつかない。餅は餅屋だ、自分に今できることは、復帰してからの展望を組み立てていくことだけ。
    「ウイニングチケットさんのトレーナーさんですね?」
     売店が見えてきたところで声をかけられる。振り向くとチケットを担当する医師がいた。会釈を返して要件を聞く。
    「お伝えしたいことがあります。彼女の病室で話しますので……」

  • 20二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 21:29:49

    気になる

  • 21二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 21:33:58

    じっくり読んでしまった
    完結してなかった…

  • 22122/05/04(水) 22:32:04

    「信じ難いことですが……本格化が起きています」
     流石のチケットも言葉を失ってしまう程の、衝撃的な事態。ウマ娘のデビューは基本的に本格化を迎えてからだというのに、シニア1年目も後半に差し掛かったタイミングで聞くような言葉ではない。
    「私達人間で言うところの第二次性徴に当たる変化が起こっている、とみていいでしょう。普通は1度で成長しきるのですが……」
     多くのウマ娘の情報に精通するトレーナーでも、そんな前例は知らない。本格化という現象について、はっきりと認識されたのは近年のことだ。まだメカニズム上の不明点も多い。だが1人のウマ娘が2度本格化を迎えたという話は、過去数十年でゼロ。既存の常識を根底からひっくり返す新事例なのか、それともチケットの身に起きたことが極めて限定的な異変なのか。
    「それによって身体能力及び基礎体力は上昇します。ですが……酷なことですが、全力で走るのはごく短時間に留めてください」
    「……えっ!? ど、どうして……」
    「本格化は、通常骨格や筋肉から変化をもたらします。体内のエネルギー増加に耐えられるだけの肉体に作り変わっていくということです。しかし今回の場合、あなたの骨格も筋肉もほとんど変化していません」
     車に飛行機のエンジンを積むようなものだ。高過ぎる出力に体が耐えられなくなる。だから全力の発揮は極力控えろ──理屈としては単純明快だ。
     到底受け入れ難い。クラシックを優秀な成績で駆け抜けて、シニアでも世代の頂点に相応しい走りでビッグタイトルを捥ぎ取った。ウイニングチケットの時代がここから始まる、という局面ではないか。
     チケットは口をぱくぱく、と痙攣させた。何か言おうとして、言葉が喉を通らない。顔から血の気が引いていった、と思ったときには、頭からベットに倒れ込んだ。帯同していた看護師が慌てて処置を始めるのを、トレーナーは唖然と見つめるだけであった。脳が処理しきれない量の情報に飲み込まれて、目の前の事態に反応を返す余裕が消え失せていた。

  • 23122/05/04(水) 23:26:11

     ネットニュースとして投稿された記事は、案の定あることないことを書き殴ったものであった。嘘が話題を呼び、チケットの病室にはセンセーショナルな情報を求める記者が連日押し寄せてくる。学園から取材は控えるよう声明が出されたが、焼け石に水でしかない。
     チケットは現在、面会謝絶として見舞いを含めた全ての来客をシャットアウトしている。部屋に立ち入るのは病院関係者とトレーナーのみ。とても人に会える状態ではなく、扉の向こうでトレーナーが記者に応対していることにさえ過敏に反応してしまう。
    「お待たせしました。こちらが可能な限り人目につかないルートです」
     そんな現状に、学園は別の病院を紹介してくれた。無論新しい入院先は極秘にして、とにかくチケットの心身の容態が落ち着くまで療養させるべきだ。学園理事長秘書の駿川 たづなの提案を受けて、理事長が秘密裏に手配を進めてくれたそうだ。静かな環境に移ればチケットの心も穏やかに戻るかもしれない。
    「トレーナーさん。……命の安全が、最優先です」
     学園からの連絡役を買って出たたづなとは、病院近くの緑地公園で待ち合わせた。とにかく人目につかず、かつ万一のときにはすぐ病院に戻れるような場所となると、候補は極めて限られていた。少し動くだけで汗ばむような夏場に、嫌な顔ひとつせずにここまで来てくれた彼女には感謝してもしきれない。
    「レースで走らなくても生きてはいけます。でも、無茶が祟れば死んでしまうかもしれません。……すみません、出過ぎた真似を」
     謝るたづなを制する。彼女の言う通りだ、トレーナーとして教え子の未来を奪うわけにはいかない。競走ウマ娘としての輝かしい栄誉を捨てることになっても、日常生活を平穏に送る権利より大切なものがあるわけもない。トレーナーは決して自らのエゴで──たとえチケット本人が望んだとしても──ウマ娘を『潰して』はならないのだ。
     まだ引退とは決まっていない。ただ、覚悟はしておく必要がある。いざというときに躊躇わないように。

  • 24122/05/04(水) 23:54:37

     仕事が終わって、トレーナーはチケットの元を訪れた。秘密裏に病院を移動したことでメディアは消息を見失い、静かな日々が帰ってきた。学園も秘匿の一点張りを続けてくれており、退院予定の8月末まで療養に専念できるだろう。
     受付の看護師は、トレーナーを見て会釈を投げかけた。面会時間はとうに過ぎているが、学園と病院の擦り合わせの結果として特例措置が認められ、時間外の訪問が許されている。
     階段を革靴がこつ、こつと叩き、音は僅かに反射して溶け消える。今日はやけに静かだ、昇っていく中でそう感じた。こんな時間なのだから、生活音が聞こえる方が珍しいのだが、今日の静けさは重く耳にのしかかってくるようでもあった。
    「いいよ」
     チケットの病室のドアをノックする。返事はすぐに返ってきた。まだ起きていたらしい。

     彼女はベッドに腰かけて、満月を見上げていた。慈愛の光を一身に受けて、しかし顔に浮かぶのは寂しげな微笑。夏合宿で焼けた肌も、白磁となって美しく月光に映える。
    「トレーナーさん。アタシ決めたよ」
     遥か38万km先の儚い衛星を見据えたまま、チケットはぽつりと零す。2人だけの空間で淡雪のように消えていった声は、しかし確かな熱をその場に残していった。触れれば火傷するような、それでいて掴めてしまいそうなくらい粘度の高い熱が、どろりと揺らめいた。
    「引退なんてしない。壊れてもやらないんだ」

  • 25二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 00:31:59

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  • 26122/05/05(木) 00:34:35

    10月23日。ウイニングチケットが天皇賞・秋に出走することが確定した。大半の者が驚きと侮りをもってそのニュースを受け止めた。
     無謀としか言いようのない選択だ。退院してから今日に至るまで、殆ど基礎的なトレーニングに終始してきた。脚部の怪我で入院しており、夏のトレーニングも満足にこなせずレースを迎える。勝つ見込みなど一欠片もない、人気ウマ娘を出走させて話題作りをしたいだけだ。彼女のトレーナーは一部の識者から痛烈な批判に晒されもした。

    ──各ウマ娘一斉にスタート。注目の9番ウイニングチケットは中団最後尾につけて様子を見ます。
    ──最終直線、初めに駆けてきたのはビワハヤヒデ。その1バ身後ろをゴールドシップが追いかけます。おっとここでナリタタイシンが外から追込をかける……さらに外からウイニングチケット! 止まらない、止まらない両者が先頭ビワハヤヒデに牙を剥く! ナリタブライアンも粘る粘る、3番手争いはナリタタイシンとウイニングチケット!

     10月30日。東京レース場に詰めかけたおよそ20万人のファンは、信じ難いものを目の当たりにした。ある者は奇跡に出会ったと狂い騒ぎ、ある者は絶句したまま涙を流した。

  • 27122/05/05(木) 00:41:07

    (なんでいきなりブライアン出てきたんですか???? 最後のブライアンはゴールドシップです……)

  • 28二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 03:27:36

    元気だけどドライなチケットは解釈一致なので是非書ききってほしいですね……

  • 29二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 14:58:03

    ええやん...

  • 30122/05/05(木) 15:08:40

    「チケット」
     レースが終わり、各選手が控え室に戻っていく。チケットの歩く姿に、どこかを痛めたような素振りは見えない。まだ故障していないと確定したわけではないが、一先ずは安心できた。
     結果は4着。ハヤヒデとタイシンには敗れたが、ここまでの苦難を思えば充分過ぎる程の高順位だった。次走のジャパンカップでは、完全に仕上がった彼女が見られるだろう。長く続いた不調が悪い夢だったかのように、怪我明けとは思えない伸び方ができた。
    「復帰戦は上々といったところか? 良い走りだった」
    「ありがと」
    「それでなんだが……合宿前に私が言ったことを、覚えてるか?」
     必ず口にするだろう。彼女が目の前に現れたその瞬間に、トレーナーは数秒後の未来を悟った。あの日から4ヶ月。ずっと聞くことのできなかった答えを求めて、ハヤヒデは真剣な目を彼女に向ける。覚えていないとは言わせない、鋭く睨みつけるような眼光だった。
    「チケット……教えてくれ。お前は何のために走るんだ?」
     彼女はどう答えるだろうか。固唾を飲んで2人を見守る。何かを期待するように、ハヤヒデの瞳が揺れる。自分の望む答えを返してくれ、と願うように。

    「ファンのみんなにサイコーのレースを披露するため。アタシの目的は最初からずっと同じ」

  • 31122/05/05(木) 18:22:36

    「……」
    「ハヤヒデの求めてる答えは想像できるよ。でもアタシ、それよりも大事なことがあるんだ」
    「……そうか」
     全て水に流して、一から友達になりましょう。ハヤヒデの差し出した手を、チケットは取らなかった。決して跳ね除けはせず、自分の信念も曲げずに。
     ある種憑き物の落ちたような、平坦な声だった。喧嘩別れよりずっと平和で、しかし修復しようのない完璧な決別。『BNW』という時代を彩るウマ娘達の総称はファンの間で残るだろうが、互いに切磋琢磨していくのは、3人ではなく2人になった。
    「単に話す機会に恵まれなかっただけ。ゆえに君とは悪くない関係を築けると……思っていたのだが」
     チケットに背を向ける。その体が僅かに震えたような気がして、そのときには既に歩き去り始めていた。
    「改めてはっきりさせておこう。ウイニングチケット──君は私のライバルではない」
    「うん。分かった」
     互いが理性的であったために、この日2人は友人として付き合う未来を放棄した。今後学内やレース場で出会ったとしても、交わされるのはごく儀礼的な挨拶となる。今までもそうだったのかもしれない、ひとつ決定的に異なるのは、そこから関係が発展する可能性は最早ゼロということである。

  • 32122/05/05(木) 18:58:59

     あんな終わり方で良かったのか。学生間のあれこれに口を挟む無粋を承知の上で、チケットに聞かずにはいられなかった。レース後の控室で、彼女はいっそあっけらかんとさえ思える程に軽い調子で答えた。
    「うん。アタシ、あれが1番ましな選択だと思う」
     お互い理想が違う方向を向いていて、どちらも譲れない。しかもハヤヒデの理想は、相手に押し付けなければ成立しない。チケットは理想を押し付けられないか、と試されるに足る実力を有している。
     ゆえにチケットは自ら身を引いたのだろう。ハヤヒデのために、何よりも自分のために。その決断が間違いでないと確信を抱いているからこそ、今こうして引き摺る様子を欠片も見せていないのだ。
    「アタシがあと何回レースを走れるか分からない。トレーナーさんがメニューを考えてくれて、病院でいっぱい検査してもらって、それでも次のレースを走りきれるって決まったわけじゃないでしょ? だからね、後悔はしたくないんだ」
     仮にこれが喧嘩別れになっていたら、双方のトレーナーは、少なくとも表面的には問題が解決するまで出張っただろう。教育機関に通う学生の、最低限の人間関係の維持は、職員の義務として当然に課せられている。
     己の主義を貫き通す。担当ウマ娘がそう決めたのだ、最早何も言うまい。勝手ながらトレーナーは、彼女の最高の理解者だ。茨の道を選ぶなら、共に傷つき進んでいく。チケットの心身の安全を最優先に考えた上で、問題がなければ腹を括るべき存在である。
    「ターフを去る日まで、アタシは『ファンのみんなにとって』サイコーのレースをするんだ。ダービーのときみたいな、それ以上の熱で会場を包むんだ!

    トレーナーさん。アタシの夢に、ついてきてくれる?」

  • 33122/05/05(木) 19:02:04

    以上である 最後の問いかけに対するトレーナーの答えで、ルートが幾つかに分岐しそうだなと思う 今回書いたのはチケゾーのシニア宝塚イベントのその後で、完全なIF展開になったが、拙者はやはりBNWには仲良くしていてほしいなと書きながら思っていた あの3人がレースでかち合うのがてえてえのだ

  • 34122/05/05(木) 19:03:56

    あとこれはなんの関係もないが、『ルドルフの背』を購入した 感想としては……すごく、こうすごい本だった 皆も買ってみてくれ ではさらばだ

  • 35二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 07:03:28

    いい...

  • 36二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 09:03:48

    >>34

    何円しました?

  • 37二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 20:49:47

    いいssでした...

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