【🎲SS・オリキャラ・閲覧注意】麦わらとハートがとある国を解明する（4）

[1 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/22(日) 20:43:44]

【あらすじ】
　世界中の少年の浪漫を体現するスーパーガイ・フランキー。
　そんな彼の脳を駆け巡るスーパーアイデアのまま生み出された『ミニミニフランキー将軍』の群れが火を吹き、《ブックパラダイス》の暗き過去が秘められた隠れ港を見つけだした。
　『ミニミニフランキー将軍』の活躍はそれに留まらず、フランキーたちが知らぬ間に行方不明になっていたチョッパーとローにも救いのドリルを差し出した。
　感動に目を輝かせるチョッパーと言葉を失うロー。『ミニミニフランキー将軍』は見事、彼らの希望の架け橋になったのだった。

　そんなチョッパーたちに巨大な悪の影が立ち塞がる！
　しかし彼らの心には既に決して挫けない熱意が宿っていた！
　『ミニミニフランキー将軍』に分け与えられた勇気で彼らは今、勝利へ駆け上がっていく――！！

次回【おれは海賊だからヒーローなんてものの肩を持つ気はねェがジェルマは嫌いだ】
お楽しみに！

[2 二次元好きの匿名さん 23/01/22(日) 20:44:53]

立て乙
あらすじでも正当な読者なローにわらった

[3 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/22(日) 20:45:36]

▼前回の記録

【🎲SS・オリキャラ・閲覧注意】麦わらとハートがとある国を解明する（3）｜あにまん掲示板

▼最初から

【🎲SS・オリキャラ・閲覧注意】麦わらとハートがとある国を解明する｜あにまん掲示板

[4 二次元好きの匿名さん 23/01/22(日) 20:54:13]

お疲れ様です

[5 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/22(日) 20:56:14]

爆速（当社比）で書き上げてやりますわ〜！！と思ったらPCのほうがなんかの巻き込みなのか制限食らって死亡気味なので時間もらいますすみませぬ…。
今夜中には完成できたところまでは上げますー！！

[6 二次元好きの匿名さん 23/01/22(日) 21:02:42]

了解です
無茶はしないでくださいね

[7 二次元好きの匿名さん 23/01/22(日) 21:12:08]

規制に巻き込まれるとは大変だな…
楽しみにお待ちしてます

[8 二次元好きの匿名さん 23/01/22(日) 21:12:40]

たて乙です！
ご無理なさらず。

正当な読者様さすがです。

[9 二次元好きの匿名さん 23/01/22(日) 21:34:58]

たて乙！楽しみに待ってます

[10 二次元好きの匿名さん 23/01/22(日) 21:36:14]

とりあえず10まで埋めとくね

[11 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/22(日) 22:41:48]

　巨人の咆哮。彼女がロー目掛けて斧を振るう。
　だがそれは今までの愚直な叩きつけではない。
　横から一文字に薙ぎ払われる肉厚の斧が彼に襲いかかった。

「――クソッ……！！」

　ローがそれを受け止めることなどできるはずもない。そうしようものなら体の真ん中から千切れ飛ぶ。
　彼は床を蹴り抜き、飛び上がる。その瞬間に過ぎ去る暴風にも近しい刃の上を転がるようにして一瞬で回避した。
　しかし、僅かに滞空時間が生まれる。彼女はそれを逃さない。

「ッ……！？」

　巨大な手が彼に迫った。チョッパーは思わず叫びあげそうになる。
　彼の体は決して小柄ではない。ただ、巨人を前にすれば人間は等しく小さな命と化す。
　まるでローを人形か何かのように片手で握り込んだ工場長は笑みを浮かべる。

「これが大海賊の『死の外科医』ねェ。海楼石ひとつで情けないもんだよ」
「ぐ、ゥッ……！」

　ぎちり、と嫌な音がする。
　ローもまた、顔に苦悶の表情を浮かべた。
　しかし、同時に口元を緩めて言うのだ。

[12 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/22(日) 22:43:10]

「ハッ……なら、そんなっ、情けねェ奴に……ぶち転がされる気持ちは、どんなもんなんだろうなッ……！」
「……あ？　テメェ、何を――ッ……？」

　工場長の言葉が戸惑いに途切れる。
　ローを握り込む巨大な手が痙攣したのを見た瞬間、チョッパーは駆け出す。
　必要なのはスピードだ。助走に使える場がどんなに短距離であったとしても関係ない。
　走って走って走って跳んで――壁を駆け上がる。

「ウオォォォォォォォォ――――ッッッ！！」

　絶えず壁を蹴り進め、チョッパーの体は一秒も満たない間に上へ運ばれていった。
　そして求めていた高度に達した瞬間、思い切り壁を蹴り飛ばす。蹄が硬い壁を砕く感触が響いた。
　チョッパーが飛んだ場所は工場長の真後ろ――彼女の頭目掛けて飛び掛かる。
　壁を駆けあがる瞬間の雄たけびで彼女の気が引けたのだろう。その顔が僅かにチョッパーに向けられていた。
　だが――それすらも求めていたことだ。

「――『重力強化』ッ！！」

　空中で体を切り替える。上半身の筋肉が発達し、見た目のことなど考えない化け物に近い体。
　チョッパーはそのままの勢いでぶつかるようにして工場長の顔に組み付いた。

「なッ、テメッ……んぐッ！？」
「ぐ、ギギギギギギッ……！！」

　チョッパーはその太い二本の腕を工場長の口に突っ込んだ。
　噛みきられぬように上下の歯を押さえ込み、力任せに開かせる。だが、相手の顎の力も強い。
　気を抜けば指でも持っていかれそうな力と拮抗する中、チョッパーは叫んだ。

「トラ男ッ――いまだッ！！」
「――――！？」

[13 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/22(日) 22:45:54]

　工場長が息を飲む。その視線がチョッパーの向こう――ローへ向けられた。
　彼の体をしっかりと握り込んでいたはずの彼女の手は力なく開いている。
　既にそこから抜け出していたローが腕の上を駆け上がっていった。

「なん、へッ――！？」

　驚愕に震えた言葉にならぬ声。それをローが笑い飛ばした。

「おれはこれでも痛みを与えずに打つのが得意なんだよ」

　ローの手の中には小さく輝く注射器があった。チョッパーは僅かに漂う匂いで察する。
　そこに入っているのは薄めてすらいない原液の麻酔だ。
　巨人族といえど、片手を痺れさせるなら十分な威力を持っていることをチョッパーは良く知っている。
　彼は思いきり飛び上がると、もう片手を大きく振りかぶった。

「――お前こそ〝おねんね〟してなッ！！」

　チョッパーが支えて開いている彼女の口の奥へと〝それ〟はまっすぐ放り込まれる。
　小さな袋に入ったそれは緩んだ口から細かな粉を振り撒く。
　瞬時にチョッパーは口から腕を引き抜いた。彼女はすぐ、喉奥に入りそうになっているものを嘔吐く。
　その僅かな間だけ体を自由落下に任せ、チョッパーは落ちていく。
　そして足の裏が彼女の胸の上に触れた瞬間――そこを足場に脚力へ力を入れて再び飛び上がった。

「薬はッちゃんと最後まで飲み込めェッ――――！！！！」
「ッ――――――！？」

　腕力と加速した勢いを乗せた拳が工場長の顎を撃ち抜いた。仰け反った喉が反射的に上下する。
　巨大な体が後ろへ倒れていく。同時に足場を失ったチョッパーとローの体は宙に投げ出された。
　チョッパーは身を翻し、毛皮を爆発させるようなイメージで体を変形させる。

[14 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/22(日) 22:47:12]

「トラ男ッ！！」
「トニーッフグゥッ！？」
「アッ！？　悪ィ！！」

　『毛皮強化』の体でローのクッションになろうとした結果、勢い余って突っ込む。
　だが、床に落ち切るより先に彼を毛皮に埋め込むのは成功した。
　最初にぶつかったのも衝撃を吸収する柔らかな毛皮だから一応痛くなかったはずである。
　床の上に転がるように落ちたチョッパーは天井を見上げ、少しの間だけ呆けた。
　そんなチョッパーの上に寝そべるローもまた、海楼石の怠さもあるのか呆然としていた。

「って、ぼやっとしてる場合じゃねェッ！！」
「ハッ……！」

　ふたりしてほぼ同時に起き上がり、目の前に広がる惨劇を見た。
　『開発室』の中はめちゃくちゃだ。巨人族が誇る巨躯を暴れさせた工場長が室内のあらゆるものを薙ぎ倒している。
　そんな彼女も今は壁に手をつき、グラグラと揺れる頭を必死に堪えている。
　口元を押さえている手の間からはうめき声が漏れ出していた。ただ、それも長くは持たない。
　彼女は力を失ったようにして膝をつき、両手を床に落とす。

「ぐ、ぁ……ア、ァゥ……ッ」

　ほとんど閉じそうな目を必死に開けようとしている。
　意識は朦朧としているのだろう。その視線はチョッパーたちを見ていない。
　その向こうに、別の何かを映しているかのような遠い目だった。
　よろよろとしながら、彼女は震える右手を前に伸ばす。

「わた、し、はッ……せ、戦士のほこりを、うしな、おうともッ――あの子、たちのために、あたらしい、せかいを」

　涙に震えた言葉を最後に、彼女の頭が床に落ちた。ぴくりともせず、深く寝入っている。
　チョッパーとローは顔を見合わせ、肺の底から深い息を吐き出した。

[15 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/22(日) 22:48:42]

　勝った、ということで良いのだろうか。チョッパーはいつもの姿に戻ると、床に座り込んだ。

「よ、よがっだ～ッ……！　トラ男ありがとうな～ッ……！」
「……トニー屋」
「うん？」

　気が抜けて出てきた涙を拭っていれば、ローが注射器を眺めていた。
　それは間違いなくチョッパーの私物――医者としての道具だ。

「この麻酔薬もさっきの睡眠薬も、なんだこの馬鹿みたいな調合は……海王類でも仕留めるつもりか？」
「エッ、いや……実はァ……どっちも……ルフィ用、なんだ……」

　ローが「何言ってんだ」という目でチョッパーを見る。その気持ちはチョッパー自身とてもよくわかるものだ。
　チョッパーだって話を聞く立場なら「何言ってんだ」と言っている。

「ルフィって毒効きにくいんだけど、おかげで薬も効かなくてさァ……。
ゾロも縫合の時に麻酔打ってもなんか、こう、気合で耐えちまうし、普通の薬じゃ何の意味もなくて……」
「…………トニー屋」
「オウ」
「医者として心底同情する」
「……ウウッ」

　この苦労は同じ医者でなければわからないだろう。
　だからこそローの言葉が心からのものだということが理解できた。不思議とその優しさは痛いほど沁みる。
　ローから注射器を返してもらい、立ち上がってから工場長を見た。

「……なァ、トラ男」
「ああ」
「……こいつが最後に言ってたの、どういう意味なんだろうな」

[16 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/22(日) 22:50:24]

　ローは答えない。彼とて答えなど持ち合わせていないのだ。
　薬で錯乱した状態の言葉である。場合によっては単純に過去の記憶から漏れ出ただけなのかもしれない。
　だが、チョッパーはどうしても引っかかる。

（……お前、何のためにあんなもの守ってたんだ？）

　声に出したとしても決して届かない言葉。
　もしも、本当にもしも、毒である珀鉛を使うことに彼女たちなりの正義があったとしても――。

「――どんな理由であっても正当化されない手段もある。それが人の命を蝕む物ならばなおさらだ」

　頭上から降って来た言葉にチョッパーは顔を上げた。
　チョッパーに向けられていたのは普段通りの冷静な視線、ではない。その奥に堪えきれない激情を燻ぶらせているのが見て取れた。
　ぐ、と息を飲み込み、チョッパーは大きく頷く。

「ああ、おれもそう思うッ！」

　力強く声をあげれば、彼は少し目を丸くさせてから――小さく笑った。
　なんだかそれが嬉しくなり、チョッパーも笑った。
　しかし、すぐにローが弾かれたように振り向く。どうしたのかと思うより先に、チョッパーも大小さまざまな足音や人の話し声を聞きとった。

「トラ男ッ……！」

　ローが舌打ちをする。

「トニー屋、走れるかッ！？」
「オウッ！　まだまだいけるぞ！！」

[17 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/22(日) 23:51:48]

『脚力強化』に姿を変えれば、すぐさまローが背に飛び乗った。
　背中に感じる重量を確かめ、チョッパーは軽く蹄で床を掻く。

「トラ男ッ！　振り落とされるなよッ！！」
「誰に言ってるんだ。全力で構わねェッ！！」

　既に気配は『開発室』の扉の前まで来ていた。そして扉が開かれる瞬間――チョッパーは飛び出す。

「ウオォォォォッ！？」
「何だッ！？　トナカイッ！？」

　扉の向こうにいたのは白い鎧を纏った男たちだった。
　その硬い装甲は足場にちょうど良い。チョッパーは廊下に降りることなく、その白い兵士たちを蹴りながら跳び進んだ。

「――オイッ！！　そいつらを逃がすな！！　トナカイに乗っているのは『死の外科医』だッ！！」
「ッ、嘘だろ、姐さんがやられてやがるッ！！」
「ハァッ！？」

　後ろからやかましい騒ぎ声が聞こえた。
　またひとり蹴り飛ばしてチョッパーは高く跳躍する。

（こいつら……鎧にあの花の模様がある）

　そういえば工場長が作業員に言っていただろう。『守衛隊』を呼べ、と。
　この国を守る警備隊とはまた異なる存在なのだろうと察せられた。

（あの花の模様がこの国の秘密を知る奴らなら――こいつらは秘密を守る役目ってことか！）

[18 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/22(日) 23:52:43]

　ならばなおのこと捕まるわけにはいかない。
　チョッパーは走る速度を上げて廊下を走り抜けていった。

「クソッ……！　見取り図くらい手に入れば良かったが……ッ」
「こうなったら仕方ねェよ！　とりあえず道を進み続ける！！」

　元来た道は駄目だ。あそこはおそらくこの建物の最奥に近いのだろう。
　せめて窓さえあれば飛び出せたが、それも見当たらない。
　白い兵士たちはまだ湧いてくる。だが、先ほどの花の模様の兵士たちは減っていた。
　どうやら普通の警備隊が混じり始めているようだ。

「どけどけどけェッ～～～～！！」

　チョッパーが蹴り散らすのと同時に、ローも鞘に納めたままの鬼哭を振って殴り抜いた。
　次々に兵士たちを頭を振り回し、ツノで押しのけて吹き飛ばす。
　そんなチョッパーの背をローが軽く叩いた。

「トニー屋！　上に通路があるッ！」
「上ッ！？」

　見上げてみるとはるか頭上に――壁と壁を繋ぐ手すり付きの渡し通路があった。

[19 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/22(日) 23:53:15]

　チョッパーは考える間もなく、目の前の兵士を足場にして跳び、壁と壁を交互に蹴りながら上がっていく。

　その間、ローはチョッパーの首とツノにしがみつき、落ちないように耐えているようだった。

（あとちょっと……ッ！）

　ひと際高く跳び上がり、手すりを越えて無事に通路へ着地した。

　遥か下では兵士たちが騒ぎ立てているが、気にすることではない。

「あっ……！　トラ男、どっちに行こう……！」

　通路の両端、どちらの壁にも何処かへ通じる入り口がある。

　扉もなくぽっかりと開いた薄暗い入り口はチョッパーに迷いを生じさせた。

　ローも同じらしく、即決できずにいるようだ。だが、このままでは埒が明かない。

　とにかく前に進もうとした時――声が聞こえた。

1：前から「もし、もし……」

2：後から「こっちにおいで」

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[20 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/23(月) 08:11:05]

「もし、もし……」

　前方の薄暗い入り口からか細い女性の声が響く。
　それは確かにチョッパーたちへ呼び掛けるものだった。チョッパーは驚いて体を跳ねさせる。

「なッ、だ、誰だッ……！？」
「ッ……！」

　あまりに場違いな弱々しい声だったせいで脳裏に一瞬「オバケ！？」とよぎる。
　だが、その声の主は実体を持っていた。
　少し薄暗いそこから一歩を踏み出してきたのは、黒いローブを着た初老の女性だ。
　疲れ切った顔にはしわが刻まれていたが、元々は美しかったのが窺える。
　少し色褪せたような茶色の髪は緩やかなウェーブを描き、ゆるくひとつに纏められていた。
　フードを被った彼女はローブの前を手で掴んだまま、俯き気味に問う。

「貴方がたは……どうして追われているのです……？　盗人なのですか……？」

　その声と話し方にはチョッパーにはあまり馴染みのない品のようなものがあった。
　だからだろうか。無下に扱うのも不思議と躊躇われる。

「えと、おれたちは……」
「……おれたちはお喋りしている暇なんかねェんだよ。悪いが道を開けちゃくれねェか」
「ト、トラ男……！」

[21 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/23(月) 08:12:12]

　確かにそうなのだが、とチョッパーは慌てる。
　しかし、初老の女性は胸の前に置いていた手に力を込めて続けて問う。

「もう一度お聞きします……貴方がたは、盗人なのですか？　それとも――この国の秘密を暴きに来たのですか？」
「――ッ！？」

　チョッパーもローも息を飲む。
　それは彼女の言葉のせいだけではない。俯いていたはずの顔を上げた彼女がこちらに向ける視線に、一種の覚悟が見えたからだった。
　足の下から聞こえてくる兵士たちの騒ぎはまだ遠ざからない。急がねばならないのだ。
　ただ、目の前の女性を無視して通り過ぎるという選択肢は失われたように感じた。

（おれたちが〝誰か〟なんて、それは――）

　この国に潜む闇の形を見た時から、決めていたはずだ。
　たとえ誰であっても、命の安寧を一方的に奪うような、人間として生きる権利を蹂躙されるような権利はないのだと。
　だからチョッパーの持つ答えは、これしかなかった。

「ッ……おれたちは海賊だ！　だけど、医者でもあるッ！」
「トニー屋……！？」
「なァ、なんなんだこの国は！？　珀鉛なんて毒を使って何をするつもりなんだ！？
いや……何をするつもりでも関係ないッ！！」

　チョッパーは頭を振り、歯を食いしばるように叫ぶ。

「おれは医者として――この国を止めなきゃなんねェッ！！！！」

[22 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/23(月) 08:38:05]

　それが全てだ。
　始まりは違った。この国の過去を垣間見て、その形を確かめようと踏み込んだ。それが少し道を逸れて、こんなところまで来てしまった。
　だが、今チョッパーは己の『欲』のためにここに立っている。
　《万能薬》に――何でも治せる医者になると誓ってあの日、立ち上がったのだから。
　フーッ、フーッ、と荒くなった呼吸を必死に整える。
　チョッパーの叫びを聞いた女性は再び俯いたかと思えば、その場に膝をついた。

「ごめ、ごめん、なさッ……わた、わたくしの、声はもう、届か、な……くてッ……！
でも、ぉ、おねが……ッ、あ……あの人、と、あの子たちを……止めて……ッ」

　顔を両手で覆い、彼女は魂を搾り出すように告げた。
　チョッパーの背に置かれていたローの手に力が籠る。

「おいッ……！　だからお前らはなにをしようとしてるんだッ！？　さっきの巨人も言っていたが……あの子ってのは何処のどいつだ！？」

　怒りや焦りが滲んだ声に彼女は呆然とした様子で顔を上げる。
　涙に濡れた瞳は遠く、チョッパーたちを通り過ぎていた。彼女は見ているのだ。ここにいない何かを。
　色の悪い唇を動かし、彼女は言った。

「あの子は、白い、化け物……――《ホワイトモンスター》」
「――――は？」

　ローの吐き出したその声は、虚に響いた。

[23 二次元好きの匿名さん 23/01/23(月) 08:53:13]

おいおいおい……

[24 二次元好きの匿名さん 23/01/23(月) 10:09:35]

誰かさんのお友達？誰かさんの記憶ってわりと最近のものなのかな？
頭ではわかってそうだけど踏み込めば踏み込むほど自分の地雷にぶち当たってくの辛そう...

[25 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/23(月) 12:54:45]

　頭を揺らしながら彼女はポツポツと溢す。

「十三年前、この国に、現れ……わたくしたちを救い、そして……あの人を、王を……変えて、しまった」
「……おい、あんた、何を言って」
「あの人は目が曇って、気づけないのです……ッ！
死んだ子たちはもう戻って来ないのにッ！！」

　突如叫び出し、頭を抱えた彼女は床に顔を突っ伏した。
　ぶつぶつと小声で呟いているが、その全てを拾うのは難しい。
　だが、確かにチョッパーの耳に届く言葉があった。

「そう、あの、子……あの化け物は、まだ、生きてる。何処、何処にいるの、何処。
ああああ、早く気づいていれば、もっと早く、早くに……あの化け物は、ホワイトモンスターはッ……！
――世界を、壊そうとしているのにッ！！」

　ぷつんと、完全に糸が途切れた人形のように彼女は動かなくなった。
　ローがすぐさまチョッパーの上から降り、彼女の脈などを確認し始めた。

「トラ男……その人……」
「……失神している。体が弱りきってるところに気を昂らせすぎたんだ」
「あ……」

[26 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/23(月) 12:56:41]

　近くで見た女性の状態は酷い物だった。
　目の下にはくっきりとしたクマが浮かび、頬がこけている。チョッパーも鼻先で彼女の額に触れるが、体温も低かった。

「よほど精神的に追い詰められているな。日常的に錯乱を起こしていても不思議じゃない。……ん？」

　彼女の体に触れていて気づいたのだろう。
　ローは彼女のローブの下にしまってあったらしい古びた紙を取り出した。
　そこにはふたつの大きな建物の見取り図のようなものが描かれている。

「これは……」
「こっちのは城、か？」
「ああ、それでこっちがおそらくここの工場だな。……地下で城と繋がっていたのか」
「ウェッ！　この工場、まるっと崖の中に入ってたのか！？」

　場所としては城の後方に位置する、森に包まれた崖の中。見取り図の様子から、出入り口はいくつかあるようだった。
　ローは軽くそれを眺めるとくるくると丸めて自分が着ている上着の中にしまいこんだ。

「ありがたく頂いていこう。入り口で待ち伏せされているかもしれねェが」

　わざとらしく笑うような声だった。
　それが妙に引っ掛かり、チョッパーは倒れている女性を眺めながら言う。

「トラ男……あのさ、この人の言ってたことって……」
「……話は後だ。今はここから脱出することが先だろ」

　いつも通りの受け答えに見える。だが、だからこそチョッパーは直感的にそれがおかしいのだと感じた。

[27 二次元好きの匿名さん 23/01/23(月) 16:20:34]

ホワイトモンスターってローにクリティカルヒットもいいとこだな…

[28 二次元好きの匿名さん 23/01/23(月) 16:40:57]

13年前とホワイトモンスター…
ローが珀鉛病を治したのは13年前
フレバンスにはロー以外の生き残りがいた？

[29 二次元好きの匿名さん 23/01/23(月) 16:43:36]

>>28

でもフレバンス滅亡は16年前だし珀鉛病で普通なら死んでるんじゃないか？

[30 二次元好きの匿名さん 23/01/23(月) 17:18:51]

この国の人が何かして珀鉛病患者が増えることを恐れてるんじゃなくて、ホワイトモンスターが何かしてが世界壊していくことを恐れてる、ってことか…？
世界壊す思想を持ってるなら、まんま16年前のローと同じだよね…
おばあさんの言うホワイトモンスターはこの国の工夫された珀鉛による珀鉛病だからフレバンスのものより病の進行具合が遅いとか？
タンポポたち、最後の世代になるまで年数めっちゃ短そうなんだけど、タンポポと人の溜め込む量違いそうだしな…

[31 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/23(月) 22:03:39]

「――トラ男ッ！！」
「ッ……！？」

　チョッパーのほうも見ようともせずに淡々と答えるローに、軽い頭突きを食らわせた。
　帽子もない無防備な頭を小突かれたことに驚いたのか彼は目をまん丸にして、やっとチョッパーを見る。
　その顔を見て、チョッパーは鼻息荒く言った。

「よくわかんねェけど、トラ男なんか無理してるだろ！
医者だって元気じゃなきゃ気づけることにも気づけないじゃないか！
……なァ、話せる範囲で良いから考えてること……教えてくれよ……！」
「……トニー屋」

　彼は少し黙り込む。
　だが、それよりも先に後方が騒がしくなってきた。
　どうやら兵士たちが追いついてきたようだ。チョッパーはすぐさま振り返り、己の身を『重力強化』に切り替える。

「トラ男！　その人を奥に連れてってくれ！」
「おい、何をするつもりだ！？」
「別に無茶はしない！　ただ――こうするだけだァッ！！」

　腹の底から叫びながらチョッパーは足元に拳を叩きつける。そして半ば同時に後方に跳躍した。
　ここは簡易的な渡り廊下だ。人を支えるのに十分であっても力の限りの破壊には耐えきれない。
　中央から損壊したせいで支えを失い、見る見るうちに自重で折れ曲がっていく。
　向こう側からやってくる兵士たちの姿が見えたが、彼らは慌てて立ち止まった。
　今まさに通ろうとした渡り廊下がひしゃげて、下の通路に落ちていったのだ。あと少し踏み出していれば彼らも危なかっただろう。

[32 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/23(月) 22:05:49]

　振り向けば、ローが女性を廊下の隅に寝かせている。
　きちんと気道を確保しているのを見て、チョッパーは何となく肩の力が抜けた気がした。
　再び『脚力強化』の姿で近づけば、彼は呆れた視線を投げ寄越す。

「……流石、麦わら屋のとこの船医だな。無茶の定義が違う」

　それは少し揶揄うような声だった。チョッパーはきょとんとしてから、照れ臭さに足が勝手に踊り出す。

「トラ男も似たようなもんだろー！　でもありがとな！　嬉しくなんかないけどなコノヤロー！」
「……そういうことにしといてやる」

　女性はこの場に置いていくことになった。
　おそらくだが、高貴な身の上なのだろう。海賊が連れ去ったなどと騒がれれば罪が増えていくばかりだ。
　念のため、気が安らぐ薬だけをメモ付きで彼女の懐に忍ばせ、チョッパーはローを背中に乗せて走り出す。
　道を分断したのが効いたのか、兵士たちの追跡は今のところ止んでいた。
　だからだろう。ローがチョッパーの背中を軽く叩いたのは。

[33 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/23(月) 22:06:56]

「……なァ、トニー屋は世界をぶっ壊したくなったことはあるか？」
「エッ！？　ね、ねェけど……さっきの人の話か？」

　先ほどの女性は言っていた。
　『ホワイトモンスターが世界を壊そうとしている』と。
　それがこの国をおかしな方向に動かしている人物なのだろうか。しかし、化け物などと呼ばれるのはよほどのことをしたに違いない。

（……いや、今からしようとしてるってことか）

　その方法が珀鉛を世界中にばら撒くことなのか、無差別に、関係ない人まで巻き込んで、次世代にまで毒を蓄えていく手段はあまりに悪辣だ。
　仮に、それが成立した世界はどうなるのか。
　突如再流行したように見える珀鉛病に、人々が疑心暗鬼に陥って隣人同士で殺し合うことが起きるのであれば――なるほどそれは地獄だ。
　だが、そんな世界を目指す『ホワイトモンスター』とはいったい何なのか。
　実在するのであれば、その人物の願いは、目的は、いったい何なのか。
　世界を壊したくなるほど、この世界に絶望してしまったのだろうか。

「トニー屋、おれにはある」
「へ？」
「……世界をぶっ壊したいと願った時が」

　ローはチョッパーが走る動きに揺られながら前を見据えて言った。
　チョッパーは息を飲み、そして何も答えない。

[34 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/23(月) 22:08:23]

「自分の命が尽き果てるその最後の一秒まで、あらん限りの力を振り絞って世界を壊してやろうと思っていた。
まあ、そんなもの、夢物語も良いとこだったが」
「……その夢、諦めたのか？」

　思わず漏れたチョッパーの小さな問いに、彼は肩を竦める。

「おれを救ってくれた人がいた。おれを人間に戻してくれた人がいた。おれを信じて、未来に進ませてくれた人がいた。
だから、いつの間にかそんな馬鹿げた夢は忘れちまったよ」

　懐かしむような声だ。
　何故だかチョッパーは泣きそうになる。きっと己の恩人である、とある医者の男を思い出したからだろう。
　化け物だと、トナカイと人間の両方から爪弾きにされていたチョッパーに生き方を教えてくれた人だった。
　だから己はこうしてトナカイという身でありながら、医者としての未来を歩くことできたのだ。

「……ヘヘッ！　トラ男、その人のこと大好きなんだなッ！」
「ああ、大好きだ」
「おれも大好きな人がいるぞ！　……おかげで大好きな奴らにもっとたくさん会えた！」

　その大好きな彼らと海賊をやっているという現実は、チョッパーにとって何物にも変え難い幸福である。
　同時に、理解した。

[35 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/23(月) 22:10:15]

「その、世界を壊してェって奴、今も独りなのかな」
「…………」
「誰かひとりでも……手を差し伸べてくれた奴はいなかったのかな」

　何となく、そう思ったのだ。
　きっと立ち止まれる瞬間はあっただろう。だが、そうはならなかった。
　それはとても寂しくて、辛いことだ。
　考えるだけで落ち込みそうになるチョッパーの首の後ろを、ローが乱暴に撫でた。

「走るのに集中しろ。おれを落とす気か」
「ウオーッ！？　ごめんな！？」

　気を抜けば背中に彼を乗せていることを忘れて狭い通路に入ってしまうかもしれない。
　気を引き締め直すチョッパーを見て、ローは息を吐く。

「しかし『ホワイトモンスター』とは久々に聞いた。この国にいてもおかしくはないが……十三年前に現れたっていうなら話は変わってくる」
「その『ホワイトモンスター』って何なんだ？　なんか有名なのか？」
「……悠長に語っている場合じゃねェから話を聞いてもキレるなよ」
「え」

　どういう意味だ、と不穏な空気にビビるより先に彼は切り出した。

「『ホワイトモンスター』ってのはな、珀鉛病患者のことを示す蔑称だ」
「ハァッ！？」
「キレんなって言っただろう。……だからあの女の言っていた『ホワイトモンスター』ってのもおそらくそうなんだろうが……ありえねェんだよ。
いや、この国に珀鉛病患者がいること自体はありえる。
実際、珀鉛を扱ってる上に濃度も弄ってるみたいだしな。
何年前からこんなことをしてるか知らねェが、軽く発症してる奴がいる可能性はゼロじゃねェ」
「え？　じゃあ、ありえねェってなにがなんだ？」

[36 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/23(月) 22:12:16]

　チョッパーの言葉にローは僅かに言い淀む。
　そして酷く真剣な声で呟いた。

「生きてるはずがねェんだよ。珀鉛病は発症すればほんの数年で死ぬ。
十三年前に現れた？　今もこの国にいる？　珀鉛病を患ったまま？
……何処ぞの天才的な名医に運命的な出会いでもして、たまたま善意で治療されてたまたま生き残った……なんて言われたほうがまだ納得できる」
「え、えーと、うーん……な、治ったけど肌だけが白いままになっちまって、あの人に勘違いされた、とかか？」
「そうだな。そっちのほうがしっくりくる」

　ローは深いため息を吐いた。そこには気疲れなどからくる疲労が窺える。
　ガシガシと頭を掻いた彼はそのまま吐き捨てるような言った。

「本当にどうなってやがる、この国は。
ガキを政府に売ってるわ、珀鉛なんざ使ってるわ、珀鉛病患者がいるかもしれねェわ、途絶えたはずの病がまだあるわ……もはや国そのものが病んでると言ってもいい」
「それは確かに…………ん？」

　ローの言葉に引っかかるものがあった。今、彼は最後に何と言っただろうか。

[37 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/23(月) 22:14:10]

「トラ男……？　なんかおれ、聞き間違えたか？　途絶えた病がなんたらって……」
「あ……？」

　チョッパーの問いに彼が訝しげな声を出した。そして、ほんの少し考え込んでから「ああ」と言う。

「一応、もう治ってはいたみたいだからな。……言う必要もねェと思って忘れていた。
おれも本物は初めて見たから確証はねェが、あの特徴的な肌の炎症の名残は他にはなかなかない」
「え？　なに？　何の話だ？」

　チョッパーは頭の上に疑問符を飛ばしまくる。
　ローはそんなことを気にする様子もなく、淡々と告げたのだった。

「この国の嘘のひとつだったはずの病だ。
おれらを捕まえやがったあのピエロ――『十五歳鱗病』の元患者だったんだよ」

　――暗闇で聞いたピエロの笑い声が、再びチョッパーの耳の中に響いた気がした。

[38 二次元好きの匿名さん 23/01/23(月) 22:15:39]

ホグバックなら珀鉛病も治療できそうだよな

[39 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/23(月) 22:30:02]

★チョッパー＆ローの工場探索が終了しました。

★ピエロ捜索部隊の誰視点になるのか。

1：ゾロ

2：ナミ

3：ウソップ

dice1d3=1 (1)

[40 二次元好きの匿名さん 23/01/23(月) 23:36:14]

こういう時のファンタジスタってなんか頼りになるような感じがする。
すぐにはぐれちゃうけど、目的のものに早く着くイメージがあるせいかな

[41 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/23(月) 23:41:18]

思った以上にチョッパーとローの話が長くなりました…！
お付き合いありがとうございます！
皆さんが色々考えていらっしゃるの楽しく読んでます…感謝…！

何も関係ないですが衝動的に描いたモフモフチョッパーとローの落書き失礼します…

[42 二次元好きの匿名さん 23/01/23(月) 23:44:24]

>>41

うわああ可愛いなモフモフチョッパー！とロー！

相変わらずイラストが上手い…かっこいい

[43 二次元好きの匿名さん 23/01/24(火) 02:48:25]

挿絵付きでこんなおもしろい話を読んでいいのか？？！！！ありがたい
スレ主様の無理しない範囲でまた更新楽しみにしてます！！

[45 二次元好きの匿名さん 23/01/24(火) 05:10:17]

「かわいいーーっ！！　えっ、落書きなの！？」と叫びそうになりました。もはや叫んでいました、心の中で。
スレ主さんは絵と文章、どちらを取っても素晴らしいですね。

[46 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/24(火) 08:49:31]

★【誰かの記憶】を再生します。

――――――――――
　――私は本に囲まれて育ちました。
　私は初めてできた友達と、いつも書庫の中で一緒に本を読みながらいろんな話をしました。
　私はそれだけでも毎日がとても充実していて、とてもとても楽しかったのです。
　ただ、時間になるとその子は戻らないといけないと言って、迎えにきたおじ様と行ってしまいます。
　そのおじ様はその子の面倒を見ている人でした。
　私にとっては少しばかり恐ろしく感じる方で、お話もしたことはありませんでした。
　でもその子にそれを伝えると、その子は笑いながら「顔は怖いけど優しい人」だと教えてくれたのです。
　その子がそう言うならきっとそうなのでしょう。だから私は次から勇気を出して、おじ様にも声をかけるようになりました。
　おじ様は最初、返事もくれませんでした。私みたいなおどおどとした子供が嫌いだったのかもしれません。
　だけどその子が何かを伝えてくれたのか、本当に本当に少しずつ、簡単な受け答えはしてくれるようになりました。
　おじ様は以前、こことは全く違う場所に暮らしていたそうです。その子から私はおじ様の故郷のお話を聞いてとても興奮したのを覚えています。
　私もいつか行ってみたい、と言った時、その子とおじ様は少し笑っていました。
　おじ様が笑ったのを見たのは、その時が初めてでした。
.
.
.

[47 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/24(火) 08:50:09]

.
.
.
　私はその子を通じて少しずつお話しする人が増えていきました。
　私が知らなかっただけで書庫の外にはたくさんの人がいたのです。
　物怖じせずに色んな人と友達になれるその子に、私は訊いたことがあります。
　怖いものはないの？　と。
　その子は笑って「なにもない」と答えてくれました。やっぱりすごい子なのだと、私は感動したのを憶えています。
　私には怖いものがたくさんあります。そしてそのたくさんの中でいつしか、一番怖いものができていました。
　それは――その子を失うことでした。
　ずっとずっと一緒にいたいと願っていましたが、流石の私もそんなことは不可能だと知っています。
　それでもこの時間が長く続くことを愚かにも願ってしまうのです。
　だから、思わず父に伝えてしまいました。私の願いを素直にそのまま、口に出してしまったのです。
　父は驚いた顔をした後、すぐ嬉しそうに微笑んでくれました。
　そして優しく教えてくれました。その子と一生一緒にいるたった一つの方法を。

　確かにそれはその子とずっとずっとずっとずっとずっと……私が死ぬその瞬間まで一緒にいられる方法でした。
　同時に私は知りました。

　私が生きているこの場所が――どうしようもない、地獄の底だったのだと。
――――――――――
【再生終了しました】

[48 二次元好きの匿名さん 23/01/24(火) 09:01:36]

ろくでもないことなんだろうが、地獄の底っていうのはお友達と一緒にいられる方法を普通にやれてしまうから地獄なのか、その方法を知ってしまったから今の現状が地獄なのかわからない...純粋無垢すぎて...

[49 二次元好きの匿名さん 23/01/24(火) 12:37:57]

友達を奴隷にするとかか…？

[50 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/24(火) 12:53:09]

街の中/視点チェンジ
⇒麦わらの一味（ゾロ）

　日差しも落ち着く時間帯。近くの屋台はいまだに家族連れや観光客で賑わっている。
　誰もが楽しそうに穏やかな時間を過ごす中、ゾロは腕を組んで仁王立ちをしていた。
　サングラス、つけ髭、帽子――そしてハートの海賊団から借りた白いツナギを身につけて街を見渡す。ちなみに帽子は近くで買った、頭にトラが覆い被さるようなデザインだ。
　ゾロはそのトラの帽子を親指で少し押し上げた。

「んで？　そのピエロっていうのは何処にいるんだ？」
「それを今から捜すんだろうが。話聞いてたのか、クソマリモ」
「街の入り口にはいなかったもんなァ。他に良く現れる場所を絞り込むしかねェだろ」

　ウソップが地図を広げて言う。

「街の奴に聞いたら『キッズストリート』や『ヒストリーストリート』とかにも良く出るらしい。
なんか子供や老人を芸で楽しませてるんだと」
「なんだか、それだけ聞くと普通のピエロさんですねェ」
「そうやって油断させてから人知れずに攫って猟奇殺人に励んでいるかもしれないわね」
「今夜眠れなくなりそうな話はやめろォッ――！！」

　ギャアギャア騒ぐウソップにゾロは肩を竦める。
　ロビンの発想は確かにどうかと思うが、現にチョッパーとローがピエロの手によって何かしらの窮地に立たされているのだ。

[51 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/24(火) 12:54:24]

　自分たちとは違う海賊船の船長とはいえ、今までの共闘から『トラファルガー・ロー』の性格はある程度把握している。
　無意味にあんなメッセージを残すような男ではない。

（つまりおれたちに警告すると同時に、敵を差し出してくれたわけなんだが……）

　こうも人が多いと捜すのも一苦労だ。
　どうやらそのピエロとやらは何体もいると聞くので、ひとりでも捕まえられたら良いのだろうが。

「お前ら、遊んでないでさっさと行くぞ。ハートの奴らはもう行っちまったんだ」
「ええ、そうね。ところでゾロ、アンタ今何処に行こうとしてるわけ？」
「芸ができそうな広場が向こうにあったろ」

　地図でも見た。遊具はないが、多くの人間がゆっくりできそうな広さがあったはずだ。
　そう考えて答えればナミがゾロの首根っこをガッと掴んだ。

「ルフィもどっか行っちゃったのにアンタまで迷子になったら収拾つかないでしょーがッ！！
そっちは果樹園のあるほうよ！！　ブルックと一緒にいなさい！！」
「ヨホホ、お任せください！　ゾロさん、何処かに行く時は私にご相談くださいね」
「……ぐぬ」

[52 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/24(火) 12:55:39]

　個人行動を取ろうとはしているわけではないのだ。

　言われ方には色々と思うところもあるが、仕方なくナミたちの意見に従うことにした。

「ルフィも捜さねばならんだろ。騒ぎにはなっとらんようじゃが……」

「アウ、下手すると別のもんに気を取られてるかもしれねェな。ロボとか」

「ああ、ロボは仕方ねェ。ロボは仕方ねェよ」

「チョッパー攫われてんのに悠長にロボ見てる場合かァッ！！

まったく……じゃあ『キッズストリート』捜してみる？」

　団体で行動すると目立つだろうという話になり、結局ゾロたちは二手に分かれることになった。

　ゾロはブルックとロビンとフランキーと一緒だ。

　ルフィとピエロの同時捜索である。まずは何処から捜すのかとブルックたちと共に地図を覗き込んだ。

1：『キッズストリート』

2：『ヒストリーストリート』

3：『商店街』

dice1d3=2 (2)

[54 二次元好きの匿名さん 23/01/24(火) 13:43:24]

（すみません。上のレスと全く関係ないです）
前スレの129レス辺りを読み返してて、
もしピエロがそれぞれ別人だった場合、目撃者全員がピエロを同一人物として認識してしまうのは、別人として認識できないよう阻害されてるからなんじゃないか？
手長族の男が言ってた「消す」は、「周囲の認識を操作して、相手の存在を全世界から消す」っていうホビホビチックな意味なんじゃないか？
と思い至ってゾッした。

珀鉛を扱ってる連中がチョッパーとローを殺さないのは、それを知ったルフィ達に殺し返される（かもしれない）からで、認識を操作してふたりの存在を（ルフィ達からも）消せるなら連中に命の危険はない。
だから「ふたりが抵抗できないうちにやればいいんじゃない？」って疑問が湧くと思う。
けど、あくまでも本人として認識できなくなるだけで“捕まったふたりを助ける”っていう目的は忘れないのだとしたら、連中としては「ふたりはどこだァ～～！！」って工場にカチコミされる可能性も捨てきれない。
従って、下手に手を出して殺されるより『出荷日』が過ぎてから解放する方が安全だ、と連中は考えたんじゃないかな。

レンコンより穴だらけの考察だしわかりにくいだろうけど、これでも熟考した末にようやく導き出せたので書きました。十中八九当たってないから異論は認める。

[55 二次元好きの匿名さん 23/01/24(火) 17:17:01]

>>54

本当に申し訳ない！！　読み返したら文章めちゃくちゃでした……。

おかしな文章で何やこっちゃわからないと思いますが、自分でも何を言っているのかわかりません。お恥ずかしい限りです。

要は「国に認識を操作できる悪魔の実の能力者がいるのではないか」と言いたかったのです。それだけわかってもらえれば十分です！

[56 二次元好きの匿名さん 23/01/24(火) 20:22:21]

>>54需要があるかわかりませんが、少し整理してみました。

※複数人いるピエロは、悪魔の実の能力で複製されたのではなく、それぞれ別人であることが前提。

・目撃者全員が複数人のピエロを同一人物として認識している。

→”認識を操作できる悪魔の実の能力者”により、別人として認識できないようになっている。

・上記の能力を使えば、「周囲の認識を操作して、相手の存在を全世界から消す」ことも可能？

→ふたりと再会を果たしても、チョッパーとローは仲間達から”他人”として認識される。

→手長族の男の『消す』発言が事実になる（前スレの129レスにて）。

・チョッパーとローを殺さなかった理由。

→実の能力は、あくまでも認識を操作するだけであり、「捕まったふたりを助ける」という目的（記憶）までは操作する（消す）ことができない。

→ゆえに、チョッパーとローを探してルフィ達が工場まで攻め込んでくる可能性がある。

→そうなると、国がふたりを亡き者にしたとルフィ達に知られ、作業員はおろか王族にまで危険が及ぶ。（情報が洩れるなら工場が一番可能性がある、かも？）

→ならば、下手に手を出して命を危険に晒すより後で解放する方がいくらか安全（？）。

以上のことから、「国に認識を操作できる悪魔の実の能力者がいるのではないか」と考えました。

[57 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/24(火) 22:43:18]

「『ヒストリーストリート』？」
「歴史書を扱っている通りよ。私とナミが例の慰霊碑を見つけた場所でもあるわね」

　ロビンの説明にゾロは頷いた。
　ほとんど船で留守番をしていたり、色々あってローの海賊船に乗せられていたりして街の中はほとんど知らない状態だ。
　そういう意味でも、今は何度か街を探索している彼女たちに行き先は任せるべきだろう。
　ただ、それぞれの場所の特性は関係ない。
　結局そこにピエロがいさえすれば良いのだ。

「しかし、ここには各海ごとの歴史書も集めているんですね。
ヨホ、それぞれの海の似たような伝承を集めた本……なるほどなるほど……」
「おいおい、ゾロじゃなく、おめェが道を逸れてどうすんだ」

　近くの本棚を覗き込んだブルックをフランキーが掴んで止める。
　普段通り戯れるようなやりとりをする仲間たちをロビンが静かに眺めていた。

「……じーさんやばーさんばっかだな。人も少ねェ」
「ピエロを見なかったかだけ聞いて、何もなければ次に行くほうが良いかもしれないわね。
……ところでブルック、ひとつ訊きたいことがあるの」

　彼女は少し振り向き、後方にいるブルックに問いかけた。

「おや？　私にですか？　ヨホホ、今日の私のパンツは白ですよ」
「船でのことだけど」
「あっ、はい」
「……何か言いたげにウソップを見つめて、どうしたのかと思って」

[58 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/24(火) 22:44:55]

　ロビンの言葉にブルックが立ち止まる。
　眼球も皮膚も何もない白い顔からは感情が読み取れない。ただ、彼が脳もない頭で何かを考えこんでいることだけはわかった。
　ゾロもフランキーも足を止め、ブルックの答えを待つ。
　すると彼はおもむろに細い骨の指先で頬を掻き、口を開いた。

「……私、ずっとひとりで海を彷徨っていたでしょう？」

　ゾロたちが生まれるよりもずっと前、彼は濃い霧が漂う海域でたったひとり生き残った。
　正確には彼も死んだのだが、悪魔の実の能力で蘇ってしまった。誰もおらず、舵も壊れた船の上で。

「実は昨晩、私とっても驚いたんです。まさかそんなことになっていたなんて、って。
ほら、皆さんにお世話になるようになってからも様々なことが起きて、世界の変化の全てを知る暇はありませんでしたから」
「あー、つまり？」
「ヨホホ、急かさないでください。ちゃんとお話しますよ」

　フランキーにせっつかれても彼は笑って応えた。

「ええ、本当にびっくりしました。
まさか……珀鉛が毒で、その珀鉛の産出国であるフレバンスが――もう滅んでいたなんて」

　それは昨夜、チョッパーとローが話していたことだ。
　ゾロも詳しくは聞いていないが、その白い鉛とやらで国民が病気になったというものだったろう。
　ブルックは懐かしむように話した。

[59 二次元好きの匿名さん 23/01/24(火) 22:46:42]

そっかフレバンス知ってたのかブルック…

[60 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/24(火) 22:50:13]

　――私が前の海賊船で海賊をしていた頃、珀鉛の噂は良く聞いていましたよ。
　珀鉛で作った物は何もかも質も出来も良く、何より美しい。
　高級品として価値が高まるのはあっという間のことでした。
　産出国も珀鉛のように何もかも真っ白で幻想的な国と聞いて、仲間と一度は見てみたいなんてこともね、言ってたんです。
　そうそう、皆さん、珀鉛で作られた物を見たことあります？
　私はありますよ。まれにね、出てくるんです。戦った敵船の中から。
　見つけた日は仲間みんなで大騒ぎですよ。
　なにせ、そりゃあもう、高く売れるんです。ヨホホ、泣く子も笑う海賊団でも軍資金は必要ですからね。
　ええ、私たちは海賊ですよ。敵から奪う分には問題ないでしょう？
　まあ、そうやってすぐ売ってしまうので手元に残った物はありませんでしたが……。
　仲間とは珀鉛製の楽器でもあれば美しいだろうな、とか、もし見つけたら売らずに船に置こう、とか。
　ふざけて笑って酒飲みながら語ったもんです。
　なのに、私が船の上で彷徨っている内に、あの白い町が失われていたというじゃないですか。
　盛者必衰とは言いますが、それにしたって惨い話です。まさに天国から地獄です。
　もうあの美しい珀鉛の白を見ることもないのだと、そう思っていたんですがね……。
　……なのに、急に現れたじゃないですか。私、本当にびっくりしてしまって！
　え？　何がって？　いやだな、ずっと話していたじゃないですか。

　ええ、ええ……そうです。珀鉛のお話ですよ。
　だって、その、白い花畑からウソップさんが持ってきた〝白いタンポポ〟。
　遠い昔に見覚えのある、白でしたから。

　なら、あのおふたりも花を染める色の正体に気づいたことでしょう。
　そして姿を消した。
　それって……どういう意味を持つと思いますか？

[61 二次元好きの匿名さん 23/01/24(火) 23:00:45]

>>60

ブルックの頃だったらそりゃ出回ってただろうなあ。綺麗だからお高いだろうし

もしかして、珀鉛を知ってたローのこと、薄々気づくのかな

たぶん察しても皆には言わないだろうけど

[62 二次元好きの匿名さん 23/01/25(水) 09:06:42]

ブルックならたしかに珀鉛の実物もしっているよな
おちついたらローにもそれをちょっと語ってくれないかな？

[63 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/25(水) 09:27:21]

「……あー、つまりよォ」

　ブルックの話を聞いたフランキーが頭を掻いた。

「チョッパーたちはその……珀鉛があると気づいちまったから襲われたって言いてェのか？」
「まあ、そうですね」
「いやいや、それこそなんでだって話だろ。
確かその、珀鉛とかいうのは確かに危ねェってことはあいつらも言って……」
「――まず、私たちのその認識が間違っているわ」

　横から口を挟んだのはロビンだった。
　フランキーだけでなくゾロも彼女を見る。彼女の目は普段とは異なっていた。
　それは歴史を語る考古学者のものだ。
　
「昨晩、ふたりが話していた珀鉛と珀鉛病の関係性だけど……あれは一般的な知識ではないの」
「アウ？　どういうことだ？」
「正しいのはきっとあの珀鉛の論文に書かれていたことで間違いないと私も思うけど、世間的に珀鉛病は……『感染病』よ」
「……ああ？」

　これにはゾロも声を上げた。
　昨晩、チョッパーとローは確かその病のことを中毒からくるものだと言っていなかっただろうか。
　ゾロとて病の種類には全く詳しくないが、流石に感染と中毒の違いくらいはわかる。
　ただ、その認識が異なることで何が起きるかまでは上手く想像ができない。

「ん？　んんん？　……おいロビン。勿体ぶるな。さっさと答えを言いやがれ」
「だから、普通の人は珀鉛に毒が含まれているなんて知らないの」

　そうして彼女は静かに語り出す。

[64 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/25(水) 12:45:40]

　――今の世の中に珀鉛製の品々が出回っていないのは別の理由よ。
　珀鉛を生み出していたフレバンスが滅んだこと。
　珀鉛病の発生地を恐れた周囲の国々が、フレバンスの土地自体を完全封鎖していること。
　その恐ろしい病を連想させるからと、珀鉛製品を廃棄する運動が人々の間で少なからず生まれたこと。
　病気の名前も立場が違えば意味が異なるわ。
　当事者であるフレバンスの人々が病気の原因から珀鉛病と呼んだとしても、周囲の国々は肌が白くなる症状が珀鉛の色に似ているから珀鉛病と呼んだ、とかかしら。
　さっきも言ったけど、珀鉛そのものに原因があると知っているわけではないのよ。
　だから今、この世に残っている数少ない珀鉛製品はその希少価値から、信じられないくらい高額でやり取りされているの。
　……ええ、珀鉛病は感染病じゃない。中毒病。それを真実として良いとは思うわ。あの論文は筋が通っているし。
　どうしてその認識が全く広まっていないのかまでは知らないけれど……。
　ただ、その真実しか知らないと逆に意味がわからなくなるから、一般的な認識を知る必要があると思って。

　もしこの国がフレバンスのように珀鉛が眠っている土地だったとして……それを隠すのはおかしいわ。だって普通は毒なんて知らないのだから。
　いまだに珀鉛に忌避感を抱く人はいるでしょうけど、同時に強く望んでいる人々も多くいるわ。
　むしろ珀鉛を新たに生み出せる国として有名になっていても不思議じゃない。
　なのに、そうしない。そしてこの国にある珀鉛の存在に気づいていないわけでもない。
　つまり珀鉛を隠す理由は簡単だと思わない？

　そう、例えば――毒だと知った上で何かに利用しているような後ろめたいことがあるとか、ね。

[65 二次元好きの匿名さん 23/01/25(水) 21:05:55]

ローの過去が、明かされるのか明かされないのかドキドキする

[66 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/25(水) 21:58:48]

　ロビンの話にゾロたちは黙り込む。
　随分とややこしい、と感じながらもどこか納得した。ゾロは顎を撫でて言う。

「……チョッパーとトラ男を襲うくらいだ。確実にろくでもねェことだな」
「なんだか頭の中がめちゃくちゃですよ……。私、頭の中ないんですけど！」
「やかましい。……たくっ、どんだけ話が壮大になってくんだよ」

　フランキーが深いため息をつく。
　そして彼はすぐに顔を上げた。サングラス越しに見えた目は鋭く光っている。

「おれたちの目的はチョッパーたちではあるわけだが……もののついでに何かやらかしてもしかたねェよなァ？」
「ヨホホ、ヨホホホホホッ……！　そうですね、事故みたいなものですよ」
「いやだ、悪い顔」
「そういうテメェも目がギラついてんぞ」

　ゾロの指摘にロビンは微笑みだけで返してきた。
　血の気の多い船員たちである。
　あの船長の下に集うだけはあるだろう。だが、ゾロもまた己の刀の柄に手をかけて笑った。

「まァ、うちの船医に手を出したんだ。何もせずに引き下がるってェのはそもそも選択肢にねェな」
「ゾロさんが一番悪い顔してますよ」
「うるせェ。……というかブルック、お前なんでさっきまで黙ってたんだ」

　その珀鉛とやらの話のことを示して言う。
　話すタイミングならいくらでもあったはずだ。
　するとブルックは眼球のない目を瞬かせたような雰囲気で「ああ」と答えた。

[67 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/25(水) 21:59:24]

「いえ、私も皆さんがいる時に話そうか迷ったんです。

しかし、もしチョッパーさんたちが珀鉛のことを知っただけで捕まったとしたら、無闇に話すわけにいきません。

この様子だと街の人々は何も知らないようですしね。

街中でうっかり珀鉛のことを誰かに訊いて大事になっても大変です」

「……そうね。一応まだこの話も確証がないわけだし、私はそれで良かったと思うわ」

「まァ、情報てェのは使いどころも重要だしなァ」

　そういう意味ではこのメンバーだったからブルックも口を開いたのかもしれない。

　口が軽いわけではないが、表に感情が出すぎる船員がいるのも事実。

　下手に情報を与えすぎても突っ走る者もいただろう。

（……既にいねェ馬鹿もいるが）

　脳内に過る麦わら帽子にゾロは頭を掻いた。

　いっそのこと何か騒ぎを起こしてくれたほうが見つけやすくて助かる。

　そんなことを考えていると、隣にいるロビンが何処かを見たまま動かないことに気づいた。

「……？　どうした、何かあったか？」

「……あれ」

　そう言って、ロビンが示す方向へゾロも顔を向けた。

　

1：周囲にいる者たちが全員眠っている

2：ピエロがこちらを見ている

dice1d2=2 (2)

[68 二次元好きの匿名さん 23/01/25(水) 22:49:45]

誘われてる感がプンプン
ピエロってどういう立ち位置何だろう。警備隊とか守衛隊とかあったけど...
国を守る、秘密を守るで何かを守る役割持ってるのかな。
本来ないはずのものを守るのが役目とか繋ぎの役目だったりする？

[69 二次元好きの匿名さん 23/01/25(水) 23:02:45]

このタイミングでピエロは身構えるわ
聞こえてたか？

[70 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/25(水) 23:21:25]

　ストリートの真ん中に、それはいた。
　くるくると巻かれた茶色の髪。つやつやと光る赤い丸っ鼻。遠くからでもすぐにわかる派手な道化衣装。
　ピエロだ。ピエロが少し離れた場所からゾロたちのことを見ていた。
　ゾロたちが纏う空気が一変する。

「……あいつ」

　刀に手を掛け、ゾロが呟く。

「おや、あちらから出てきてくださるなんて僥倖……それとも」
「アウッ！　罠でも構わねェだろうが！　どっちにしろ、とッ捕まえるんだからよォッ！」

　ピエロは動かない。ただ、ゾロたちを観察するように立っているだけだ。
　一歩、ロビンが前に出た。
　彼女は己の手を体の前に交差させ、ピエロを見据えている。

「ここは人もいるわ。できるだけ静かに、穏便に――〝六輪咲き〟」
「――ッ！？」

　腕が咲いた。一瞬のことだ。ピエロの背中、腰、足元に合計六本の腕が生えている。
　首と胴体、足首を絡め取るロビンの腕にピエロの体が完全に拘束された。
　ピエロは暫くじたばたしていたが、他に大した抵抗もないようだ。それを見て、ブルックが構えかけていた杖を静かに降ろす。

「さすがロビンさん。私たちの出る幕もありませんね」
「油断はするなよ」

　どうしてピエロが自分たちの前に姿を現したのかもわからないのだ。
　罠である可能性は高い。ゾロは周囲を窺うが、このちょっとした騒ぎに目もくれない老人ばかりだ。

（なんだ……？）

[71 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/25(水) 23:24:58]

　妙な胸騒ぎがする。だが、それの明確な形が掴めない。
　刀からは手を離さないまま、ゾロはピエロを睨み続けた。
　――フフッ。
　小さな笑い声が響いた。

「……あァ？」

　それは、目の前にいるピエロから聞こえた。
　ピエロは笑い化粧を施した顔をこちらに向けて笑っている。
　笑っている。笑っている。笑っている。
　異様な空気を纏うピエロの様子にゾロは眉間にしわを寄せた。
　違和感が強くなる。笑うピエロを見つめ、そして、ゾロは息を飲んだ。

（あいつ――笑ってなんかねェ）

　大きく描かれた笑った口の化粧の下。無表情の上にハリボテの笑みが塗りたくられているだけだ。
　その異様な様子を見て、ゾロは反射的に叫んでいた。

「ロビンッ！！　あいつから手を離ッ――！！」

　大きな破裂音が響いた。視界が白く瞬く。火薬と煙の匂いに反射的に顔を腕で覆う。
　爆風によって飛び散る紙吹雪と色とりどりの花弁。
　ひらりひらりと落ちてくるそれらを振り払い、ゾロは傍らにいたロビンを見た。

「おいッ……！」
「あッ、あァ……ッ」

　彼女はその場に蹲り、己の腕を押さえている。額には脂汗が滲んでいた。
　それを見てゾロは舌打ちする。

[72 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/25(水) 23:25:47]

（あのピエロ、自爆しやがった！！）

　こんな街中で、だ。振り向いた先にあったのはピエロが立っていた場所。
　僅かに焦げた跡が残されているだけで何もいない。
　だが、その更に奥にまた、ピエロがいる。まるでこちらを誘っているかのようだった。

「ゾロさん……ッ！」
「おれが行く。お前らはロビンの様子を見てろ」

　ご丁寧にお誘いを貰っているのだ。
　何が待ち受けているのだとしても真正面から全て斬り捨てる。ゾロがすべきことはそれだけだ。
　だが、そんなゾロの隣に並び立つ影があった。

「おひとりなんて水臭い。私もお供しますよ」
「……勝手にしろ」

　後ろでロビンを介抱するフランキーが「ブルックスーパーナイス！」と親指を立てている理由は知らない。
　知らないが何となく腹が立つ気がした。
　そんなことをしていれば、ピエロはひらひらと軽やかに何処かへ走っていく。
　
「絶対逃すんじゃねェぞ！！」
「勿論ッ！」

　ゾロとブルックの剣士ふたりもまた駆け出した。
　しかし、奇妙なものである。爆発が目の前で起きたというのに、悲鳴をあげた者がいないのだ。
　さりげなく周囲に目を配り、ゾロは顔を顰めた。

[73 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/25(水) 23:27:00]

（……なんだ、こいつら）

　ベンチに座る者も、ゆっくりと歩いている者も、どこか呆けた様子だ。
　まるで周りのもの全てが目の入っていないようにも見えた。

「ブルック」
「ええ……皆さん、どうやら心ここに在らずといったご様子で」

　どうやら自分たちは既に敵の術中に足を踏み入れてしまっていたらしい。
　ゾロは笑みを深め、走りながら刀を抜いた。

「そっちがその気ならありがてェ。存分に相手になってやるよ」
「――あ、ゾロさん！　ピエロさんこちらに走って行かれましたよ～ッ！」
「……早く言え」

　ブルックの杖で軽く腕を引かれ、ゾロは方向転換をする。
　彼はそんなゾロを見ても「ヨホホ」と笑うだけだ。
　確かにピエロは前方にいた。華奢な体でよくあれだけ走れるものだと感心すらする。
　ピエロは徐々に人気のないところへ向かっているようだった。
　完全に誘い出されているが、都合が良いのはゾロたちも同じこと。
　存分に暴れられる場所であればチョッパーたちの話を聞いたり、ロビンの礼を返したりするには充分だ。
　――そして、ピエロが足を止めた。

「……こちらがあなたの見せたかったところですか？」

　周囲に人はいなかった。
　森林公園とでも呼べば良いのだろうか。人を歩かせるための道や、ちょっとしたベンチなどが設置された場所だ。
　ピエロは少し開けた簡素な広場の真ん中で立ち止まり、ゾロたちに顔を向けている。
　そして、芸を始める前の挨拶をするように頭を下げた。

[74 二次元好きの匿名さん 23/01/25(水) 23:39:44]

この国のおじいさん、おばあさんたちって目がよく見えてる人いない気がする...本屋のおじいさんもそうだったよね

[75 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/26(木) 00:06:51]

「――ロロノア・ゾロ様にソウルキング……いえ、ブルック様。
このような場所までご足労いただき、誠にありがとうございます。
街中で騒ぎを起こすわけにはいきませんから」

　高い声だ。わざとらしくおどけた言葉にゾロは鼻を鳴らす。

「爆発したのはそっちだろうが。白々しいにも程があるぜ。
……テメェの体がどうなっているかはどうでも良いが、話がある」
「はて、どういったことでしょう。私に答えられるものでありましたらなんなりと」
「――うちの船医とトラ男はどうした」

　ゾロの問いにピエロは黙り込み、そして首を傾げる。
　頭の上に疑問符が飛んでいるのが見えた気がした。

「……トラ男、様、ですか？」
「ん？」

　ピエロとゾロが数秒間見つめ合う。
　すると後ろからブルックが小さく囁きかけてきた。

「ゾロさん、ゾロさん……！　トラ男 さんじゃ多分通じませんよ！」
「あっ。あー……ローだよ、ロー！　『トラファルガー・ロー』だ！」

　いつもの調子で呼んでいたせいでうっかりしていた。
　ゾロが刀の切っ先を突き付けて再び問えば、ピエロは拳で手の平を叩いて大きく頷く。

「トラファルガー・ロー様ですね。ええ、ええ、存じ上げております。
御心配ございません。チョッパー様とご一緒にお過ごし頂いておりますよ」

　まるでなんてこともないように答えるピエロに、今度はゾロとブルックが顔を見合わせる。

[76 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/26(木) 00:07:47]

　関わりを隠す気もないようだが、それがまた薄気味悪い。

「……悪ィが、そいつら返して貰えねェか。大事な船医とうちの船長の友達なんでね」
「勿論！　おふたりとも明日には必ずお返しいたします。ですから――」

　何かを言い募ろうとするピエロの言葉を無視し、ゾロは踏み込んだ。
　黒く輝く秋水の切っ先が白く塗られた喉に迫る。

「あのふたりに何をする気か知らねェが、さっさと返せって言ってんだよ」
「…………」

　ピエロはぴたりと口を閉ざす。
　ゾロよりも頭ひとつ分は小さいだろうか。恐怖も焦りも感じさせない様子にゾロは目を細めた。
　もう命を握られているも同然といった状況なのだ。肝が据わっている、ということでもなさそうだった。
　白い顔を上げたピエロは、そっと手を持ち上げてゾロの秋水に触れる。

「ッ！？　テメッ……！」

　思いの外強い力で押された黒い刃は白い喉に食い込み――呆気なく頭が飛んだ。
　派手な衣装を着た体だけが残され、それもやがてゆっくりと地面に倒れ込む。
　ゾロはその体と転がるピエロの頭を見下ろした。

「ッキャ―――――！？！？！？」

　間を開けてから悲鳴をあげたのはブルックだった。
　骨の顔を真っ青に染め上げ、両手を上げてどたばたと走り出す。

「首ッ！　首ッ！！　斬れちゃいましたよッ！？　ゴロンッて！！　キャーッ！！」
「ウルセェッ！！」

[77 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/26(木) 00:13:50]

　ゾロは秋水の刃を見た。血などついていない。曇りなき黒がそこに残されている。

「なんだこいつ……――ッ？」

　ふらり、と足元がおぼつかなくなる。
　流石に倒れ込みはしなかったが、たたらを踏んだゾロを見てブルックが驚いた。

「ゾロさん！？」
「はぁっ……！　なんか、おかしい、ぞ……ッ！」

　いや――元々おかしかったのだ。
　ゾロは己の口元に手を当てて、強く擦る。そして逆上せた思考の中で気づいた。

（……匂い？）

　甘いような、辛いような、不思議な匂いが漂っている。
　ただ、その匂いを嗅いでいると強烈な眠気が襲ってくるのだ。
　持っていかれそうになる意識を引き戻すため、ゾロは己の頭をぶっ叩いた。

「今度は何ですかッ！？」
「ぎゃあぎゃあ騒ぐな！　……いや、ブルック、ずっと騒いでろ！！」
「えェ――――――ッ！？」

　気を散らさないとどうにも集中ができない。
　ゾロは刀を構え直し、呼吸を整える。そして、一瞬感じた気配に向けて刃を振り抜いた。
　太い木の枝が天高く飛んだ。それが地面の上に落ちるより先に、何かがゾロたちの前に降り立つ。

「――おやおや、気づくとはねェ」

　そこにいたのはくたびれた風貌の男だった。

[78 二次元好きの匿名さん 23/01/26(木) 00:23:18]

ピエロの本体かな？

[79 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/26(木) 08:07:58]

　目深に被ったテンガロンハットを手で押さえながら、無造作に生やした髭面を持ち上げる。
　黒く染められた長いコートを肩から羽織った彼は口元に笑みを浮かべた。
　すると、そんな男の後ろからピエロがひょっこりと顔を出す。

「アッ！？　ピエロさん！　ゾロさん、ピエロさん生きていらっしゃいます！」
「見りゃわかる」

　どうやら同じピエロが沢山いる、などといったトンチキな話は事実だったようだ。
　ただし、本当にそれが同じ人物なのかまではまだわからないが。
　男は自分の後ろから顔を出すピエロの頭に手を添え、無造作に撫でる。

「あんまり危ない真似しちゃいけねェよ。みんな心配するだろう」
「…………」
「怒っちゃいないさ。大丈夫、おじさんがどうにかするよ」
「……いいえ、私もお手伝いいたします」

　ふるふると頭を振ったピエロは前に出る。
　その姿を見て男は少しだけ黙った後、肩を竦めた。

「さて、麦わらの一味さんたち。お互い手が出た後だが……やめとかないかい？
さっきこの子も言ったが、あんたらが捜しているタヌキと『死の外科医』は明日ちゃんと返してやるさ。
勿論生きたまま、怪我もさせずにね」
「胡散臭い野郎の言葉をそう簡単に信用できるとでも？」
「うーん、それはそうだよなァ。おじさんも同意見だ。おれも海賊の言葉は信用ならねェからなァ」

　ぼりぼりと首を裏を掻きながら男は苦笑する。

[80 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/26(木) 12:44:28]

　ゾロは構えを解かない。最初からそうだ。この男は穏やかな雰囲気を纏ったまま、ゾロたちに向けて明確な敵意を持っている。
　何よりこの状況が気に食わない。深く息を吐いて、男を睨みつけた。

「さっきのストリートの奴らの反応も気になってたが、テメェの能力か何かか？」
「おや？　なんのことかな？」
「とぼけんな。この妙な匂いだ。……気分が悪くて仕方ねェ」

　ゾロの言葉に男はテンガロンハットを傾けながらニィ、と笑う。
　そしてその大きな手のひらを広げると先ほどから香っている匂いが強くなった。
　くらりとするそれに鼻を覆ったが、既に匂いが染み付いたように離れない。

「たいしたことはできないよ。ちょっと香りを操るのが得意なだけさ」

　それ以上語るつもりはないらしい。ゾロは眉間に皺を寄せる。
　やはり、悪魔の実の能力者だ。そして隣にいるピエロもそうだろう。
　男は香りを操る能力。ピエロは身代わりを作る、もしくはそれに準ずる能力だと当たりをつけた。

[81 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/26(木) 12:45:59]

　戦いにおいてゾロは負ける気がしないが、こういう者たちは搦手を使ってくるものだ。油断はできない。

「なら――さっさと終わらせるぞ」
「ええ、時間を掛けても良いことは起きそうにありませ……グーッ」
「言ってるそばから寝てんじゃねェよッ！！」
「ハッ！！」

　突然鼻提灯を作って頭を傾かせたブルックに怒鳴る。パチンと鼻提灯が弾け、彼は慌てたように己の両頬を手で覆った。

「すっごくいい匂いで……うっかりリラックスしてしまって……！」
「おーおー、良いだろう？　安眠効果のある香りだよ。この香りに包まれて眠るとなかなか目が覚めないぞ」
「やだ怖い」

　　ゾロは舌打ちをした。つまりそうやって香りからこちら側の体調に関与してくるのだ。
　先ほどの『ヒストリーストリート』でも住民に向けて似たような香りを使ったのかもしれない。
　ぼやける頭は強く意識を持たないと簡単に考えることを放棄させる。

（地味だがやりづれェ）

　匂いというものは目に見えず防ぎ辛い。しかし、完全に抗えないわけでもない。ゾロは己の中にある雑念を払い、目的に注視する。
　簡単なことだ。目の前にいる男を斬る。それだけで終わるのだから。
　ゾロから漂う殺気を感知したのか、男が口笛を吹いた。

[82 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/26(木) 12:46:48]

「怖いねェ。もう少し穏便にいかないのかい」

「抜かせ。こっちは遊びに来てるわけじゃねェんだ」

「はは、わかってるって。……たくっ、だから海賊ってのは……」

　男の雰囲気が変わる。ゾロは刀の柄を口元に運び、慣れた硬さを噛み締めた。

　靴の裏で地面を擦る感覚。踏み締めた力で砂利が飛ぶ。

　ゾロは一切の躊躇いもなく、男に向けて力の矛先を向けた。

　そして――。

「――はい！　おれらは逃げるよ！　さようなら！」

「ハァッ！？」

　クルッと身を翻した男がピエロを担ぎ上げて、さっさと森の奥に駆けていく。鍛えてはいるのか、あっという間に男たちの姿は見えなくなった。

　その場に残されたのは武器を構えたゾロとブルックだけだ。

　あまりにあっさりとした逃げ方に思わず呆然とする。

「あ、あいつら……逃げやがった……！？」

「すごい潔い逃げっぷりですね……って、追わないと！！」

「わかってる！！」

1：いや待て、と立ち止まる

2：森の奥に走って追いかける

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[83 二次元好きの匿名さん 23/01/26(木) 12:58:50]

どんどんバラバラになっていく…危ないぞ

[84 二次元好きの匿名さん 23/01/26(木) 18:29:49]

森にもなんかあるとかないよな…？

[85 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/26(木) 23:19:33]

　森の更に奥へ踏み入りながらも、ゾロたちはすでにその背中すら見失っていた。
　だが、道自体は一本。追うのは容易い。
　不思議とゾロにぴったりと張り付いて並走するブルックが口を開く。

「こうして追いかけておいて今更ですが、おそらく罠でしょうね」
「だろうな。あっちから接触してきたんだ。何か目的があるに決まってる」
「でも、追いかけちゃうんですね？」

　ブルックの問いかけにゾロは笑う。

「罠なら罠ごとぶった斬るまでだ」
「ヨホホホホホッ……！　ゾロさんのそういうところ大好きですよ！」
「そりゃどうも」

　そんなことを話していれば、やがてゾロたちは再び小さく開けた場所に出た。
　どうやらこのもりの中は似たような空間が何箇所かあるようだ。
　ふいにゾロは鼻を片手で覆う。辺りに満ちる香りに顔を顰め、わずかに汗を滲ませた。

「……ゾロさん」
「ああ。……何が逃げる、だ。やる気しかねェじゃねェか」

[86 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/26(木) 23:21:01]

　あの男の能力だ。
　この香りにどんな効果が含まれているかはわからないが、嗅覚を使わされるというのは思った以上にストレスが溜まる。
　強すぎる匂いは単純に、様々な感覚を狂わせた。
　何より、普段よりも力の入らない手に舌打ちをする。

（ピエロ野郎もいるはずだ。一体何処に……）

　突然、森の暗がりに白い顔が浮かんだ。
　一人、二人、三人、四人――ぞろぞろと増えていくその顔には丸い赤っ鼻がついている。
　異様な光景だ。ここにナミやウソップがいれば悲鳴をあげていたことだろう。

「ゾロさん……私、今すごく怖いんですけどォ……ッ！」
「我慢しろ、我慢」

　ここにも怖がりの骨面がいたことは一旦忘れる。
　ピエロたちはおもむろに走り出し、愚直にゾロたちへ襲い掛かってきた。
　その動作はお世辞にも戦い慣れているとは言い難い。数が増えたところで意味がないのだ。
　しかし、ピエロたちは各々を踏み台のように扱い、競い合って高く跳ぶ。
　覆い被さってくるピエロの群れを見上げながら、ゾロはとあることを思い出した。

「こいつらまさか……ッ！」

　――火薬の匂いが漂った。
　同時に強烈な寒気がゾロを覆う。間を開けずに目を焼くような閃光が破裂し、凄まじい爆音が響き渡った。

「――特攻で自爆なんて無茶をするじゃあないですか」

[87 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/26(木) 23:22:20]

　しかし、ゾロにまでその衝撃は届かない。
　キンッ！　と音を立ててブルックが杖の剣を鞘に納めた。
　眩む目を開くと、周囲は分厚い氷に覆われていた。その向こうにある地面は焼け焦げ、抉れている場所も見える。
　そして氷で歪む視界の奥にはピエロが立っていた。
　ブルックが生み出した氷の盾にひびが入り、やがて崩れていく。

「まったく、火遊びは危ないですよ」
「火遊びで済む話か？」

　どうやらこの増えるピエロは自爆したところダメージがないのだろう。
　だからこうして自爆などという物騒な手段を平気で使うのだ。
　ピエロは再び数を増やし、ゾロたちの出方を窺うようにゆらゆらふらふら動いている。
　ゾロはその様子を眺めながら溜息をついた。

「こいつら全部爆弾に見えてきたぜ」
「間違ってはいないでしょうね。いやはや恐ろしい」
「だな。やりづらいったらねェ、ぜッ――！」

　ブルックの黄泉の冷気で未だに凍った地面を踏み締め、ゾロはピエロたち迫る。
　自身の体を軸に、刀を握った両手を振り抜き全身を回転させた。

「――〝竜巻き〟！！」
「――ッ！？」

　鍛え上げられた斬撃は刃から離れてもその切れ味を保ったまま――暴風を生み出す。
　何人もいるピエロは斬撃の渦に絡め取られ、宙に舞いながら切り刻まれた。
　そしてゾロの頭上でそのピエロたちが次々に爆発する。耳を劈く破裂音の後には大量の紙吹雪が散っていった。

[88 二次元好きの匿名さん 23/01/26(木) 23:28:54]

剣士組強いな

[89 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/27(金) 08:48:12]

　それだけを見ていれば、まるでここが陽気な祭りの会場かのようだ。
　だが、生憎そんな賑やかで楽しげなものではない。
　得体のしれないピエロがゾロたちの命を刈り取るため、爆弾を抱えた体でひたすら襲い掛かってくるのだから。

（だが、無尽蔵ってわけにはいかないはずだ）

　今までの戦いの中で見てきた傾向から、こういった能力はある程度の制限があると踏んでいた。
　そこさえ突けば、鬱陶しいピエロの集団も失われるだろう。

（大抵は『本物』をぶったたけばおしまいだが……ッ？）

　突然、傍から敵意を感じた。反射的に刀を振り抜き、その切先をそこへ向ける。
　それはあまりに自然で――あまりに不自然なことだった。

「……おい、どういう冗談だ？」

　そこにいたのはピエロでもあの男でもない。
　見間違えるはずもない、骨の体を持ったブルックだった。
　向けられた敵意は確かに彼自身から放たれている。
　ゾロの問いに、震える声が返ってくる。

「……私も本当に、本当に……信じられないことなんですけれど……」

　ブルックは一歩下がると杖の剣を握りしめて吐き出すように言った。

[90 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/27(金) 08:49:18]

「――私ッ！！　ゾロさんのこと嫌いになってます！！」
「こんな時に何言ってんだテメェッ！？！？」

　頓珍漢なことを言い放つブルックに思わずゾロも怒声で返す。
　しかしブルックは本気なのか、頭を抱えてくねくねしながら骨の顔に苦悩の表情を浮かべていた。

「違うんですッ……ゾロさんのことはちゃんと大好きなんですけど嫌いなんです！！　なんですかこれ！？
嫌ッ！　頭と心がちぐはぐで気持ち悪いッ！！」
「余計わけがわからねェよ！！　だいたいなァッ、おれだってテメェのことが――ッ！？」

　心から湧き上がる衝動のまま口走りそうになった言葉を手のひらで受け止める。
　ドクドクと心臓が鼓動を打ち鳴らす。違和感と焦燥がゾロの背中を撫で上げた。
　ゾロは目の前にいるブルックを見る。
　ふざけた言動をすることも多いが、仲間として信頼している男だ。嫌いか好きかで言えば、仲間として好感を持っている。
　それは、間違いない。
　だが、この胸を支配する感情は――。

（今、おれはブルックが心底――嫌になってやがる）

　――間違いなく、嫌悪感だった。

[91 二次元好きの匿名さん 23/01/27(金) 12:41:14]

精神汚染！？どうなってんです？？？

[92 二次元好きの匿名さん 23/01/27(金) 12:45:16]

カラーズトラップの香りバージョンだ…
竜巻で吹き飛ばすどころか掻き回しちゃったって感じなのかな。催眠系はホントに強いから

[93 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/27(金) 12:48:55]

　この唐突な己の心境の変化が自然なものとは考えにくい。
　ならば思い当たるのはひとつだけ。

「……嫌がらせみたいな能力しやがって」
「――お？　やっぱり気づいちまったか？」

　能天気に響く男の声。
　森の中から複数のピエロと共に姿を現したのは、やはりテンガロンハットの男だ。
　ふわりと漂う香り。それと共に彼の姿を視界に入れ、ゾロはさらに顔を顰めさせた。

「頭がおかしくなりそうだな……」
「そうだろうそうだろう。おれに対して長年連れ添った仲間のような親近感が湧いてるんだろう」
「えェーッ……これもまた気持ち悪いですねェ……」
「悲しいことを言うなよ、仲良くしようぜ兄弟」

　男は気怠げな笑みを深めて答える。
　やはり彼の能力なのだ。ゾロは手の甲で何度も鼻を擦りながら、男を睨みつけた。
　男だけではない。先ほどまで頭のおかしい特攻を仕掛けてきているピエロに対しても、ある種の好意が胸の内に芽生えている。
　一方的に植え付けられた感情と、ゾロの理性が相反し、ひたすら不愉快だった。

「詳しく話すつもりはないが、このままじゃろくなことは起こらないのもわかってるだろ？
おれたちは別にあんたらの命を取るつもりなんかないんだ。
大人しく、大人しく……何事もなく、この国から出航してくれればそれで良い」

[94 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/27(金) 12:50:47]

「言ってることとやってることが違うんじゃねェのか？」

　ゾロの言葉に男はわざとらしいウィンクをした。

「そりゃあな。勝手に色々と嗅ぎ回ってるだろ？　
こっちはあんたらに、泥のついた靴で自宅のベッドの上を踏み荒らされているみたいなもんだ。
迷惑にも程があるだろ？　ちょっと釘を刺すくらいはするさ」
「元から汚れてるベッドなんだ。文句を言うなよ」
「……まったく、そういうところなんだよなァ」

　男はうんざりしたようなため息を吐く。
　そして帽子の下から剣呑な光を宿した視線を投げ寄越した。

「ボスは甘いんだ。あいつらだって『出荷日』まで置いとくなんてことせずに……ぶっ殺しちまえば良いのによォ」

　男の言葉にゾロは目を細める。
　『ボス』というのはそのまま彼らのリーダーを示すのだろう。そしてどうやら『ボス』とやらと、部下である彼らの間には意識の齟齬があるらしい。
　ゾロは口元に笑みを浮かべて言った。

「お前らのボスってのが誰だか知らねェが、こうして命令違反をして勝手に動き回る部下がいるんだ。
無能に悩まされてるのか、もしくはそいつも無能か。どちらにせよ大変だな」
「……海賊ってのはな、生きてるだけで迷惑なんだよ。
人様のことも考えられねェ連中がよ……」

[95 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/27(金) 12:53:13]

　色んな場所で似たような言葉を聞く。
　そう、海賊は自由だ。ゾロとてルフィに半ば脅されるようにして海賊になった身ではあるが、この生活と船の仲間たちは気に入っている。
　世間一般的には海賊は悪だ。それは否定しない。自分たちはそういうものであると認めている。
　だが、それでもゾロにはゾロの価値観があるのだ。
　わざわざ遠くの誰かを助けにいくようなことはしないが、必要ならば目の前に立ち塞がるものを斬ることくらいはする。

「なァ、ブルック」
「はい、なんでしょうゾロさん」

　いまだにゾロの気持ちは逆転している。
　本来好意を持つべき仲間のブルックには凄まじい嫌悪感を、本来敵意を持つべき敵には親友に向けるような好意を、それぞれ確かに抱いていた。
　きっと世の中にはそのせいで仲違いをするような連中も多くいるだろう。好意のせいで相手に武器を向けられない連中もいるだろう。
　理解している。理解した上でゾロは笑った。

「おれァ……嫌いな奴の相手はしたくねェから無視をするし、好きな奴とは戦ってみてェと思うな」
「おや、奇遇ですね。私も嫌いな人とは顔も合わせたくありませんし、好きな人には危ないことはおやめなさいと言いたくなります」

　ゾロとブルックは顔を見合わず、背中合わせに立ってまっすぐ男とピエロを見た。
　ふたりで同時に持ち上げた刀と剣の切先が鈍く輝く。

[96 二次元好きの匿名さん 23/01/27(金) 19:19:49]

いつぞやの2秒だを思い出す

[97 二次元好きの匿名さん 23/01/27(金) 19:43:13]

必ずしも好意≠害意ではないもんな人間は

[98 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/27(金) 21:14:59]

（ここまで書いておいて振り返ってみたらなんか色々と原作の記述と違う点ある気がするな…原作の設定を覚え間違えてるな…みたいなところ多々ありますけどなんかもうそこはパッションとかノリで流してくださいすみません…このまま走り抜けます…）

[99 二次元好きの匿名さん 23/01/27(金) 21:15:57]

かわいい……

[100 二次元好きの匿名さん 23/01/27(金) 21:22:08]

>>98

かわいい…

ってかもしかしてこの格好でシリアスしてるのか？

[101 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/27(金) 23:29:20]

　ゾロとブルックもう言葉は交わさない。その目に映っているのはもうそれぞれの獲物だけなのだ。
　そんな視線を受けた男が呆れを滲ませた。

「いやァ……今までの奴らそうやって意気込んでも結局動けねェのばっかだったが……」
「……おじ様」

　ピエロがゾロたちから顔を背けないまま、ぽつりと隣の男に声を掛けた。
　彼はそこで顔を片手で覆い、深い溜息を吐く。

「……そうだね、こいつらはダメだ。マジでやる。
あーあ、素直に観察だけに留めておけば良かったか」

　男はコートの下から幅広い鞘がついた剣を引き抜いた。そして鞘を固定するベルトを片手で外し、刃をさらけ出す。
　二本に枝分かれした奇妙な形の剣を目にしてゾロは口元を緩めた。

「あんたも剣士か。そりゃいい、さらにやる気が出た」
「いやだいやだ、本気で言ってるよこいつ。……たくっ、『海賊狩り』が海賊になってるなんざ世も末だ」
「つれないことを言うなよ――兄弟」

　親愛を込めて呼べば、男の顔が歪む。

「ロロノア・ゾロ、あんたは愛する人と殺し合えるタイプかい？」
「さァ、生憎とそんな機会はねェが……」

　ふいに脳裏に蘇るのは親友と打ち合い続けた幼い頃の記憶だ。
　どれだけ本気で挑んでも毎回負けて悔しい思いしかしたことがない。だが、思い返してみると満たされた日々だったのだと知れる。
　〝もしも〟などというものをいくら考えても意味はないが、想像することだけなら簡単だった。
　血が湧くような高揚感に「ああ、なるほど」とひとりで納得する。

「――案外楽しいかもなァ」

[102 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/27(金) 23:30:27]

　鉄と鉄が擦れる甲高い音が響く。
　散った火花すら斬り落とすように男の剣を押し上げた。一瞬離れ、またぶつかり合う刃は互いの命に狙いを定めている。
　打ちあう度に鼓膜を震わせる鉄の嘶きがゾロに生を実感させた。
　相変わらず普段よりも手に力が入らずとも、己の意識と離反した感覚もまた新鮮に思える。
　交差させた左右の刃を下から振り上げ、男の手首を斬り裂こうとした。
　だが、男はすぐさま手首を軽く返すとゾロの刃を剣の柄頭で弾く。同時に二人は跳び退り、距離を作った。

「結構動けんじゃねェか」
「いーや、運動不足を実感してるところさ。まったく、若いっていい、ねェッ！」

　たった一歩踏み込んだ勢いで剣の切っ先がゾロの額に迫る。
　思考はしない。反射的に右脚を軸にして体を半回転させれば額が薄く切れ、そのまま掬い上げられた帽子が高く飛んでいった。
　視線で行方など追いはしなかった。回転した勢いで横から男に刃を向けるが、瞬時に戻された剣がそれを弾く。
　香りの効力なのだろう。ゾロの手には上手く力が入らず、普段なら動じない斬撃にも簡単にいなされる。
　地面を削りながら後退し、ふ、と笑った。それを見た男が口をへの字に曲げる。

「最近の若い子ってみんなこうか？　おじさんついて行けないんだが」
「知るかよ。おれはおれだ」

　踏み込みながら二刀の刃を背側で平行に揃え、ゾロは駆け出す。
　腕の筋肉を瞬発的に高めて力の限り振り下ろした。

「〝極――虎狩り〟ッ！！」

　男の刃が僅かに触れ、瞬時に剣の腹で受け流される。力の流れを変えられた刃は地面を大きく抉り、消し飛ばした。
　その衝撃で男がたたらを踏みながら後退し、汗を滲ませる。

「怖ェな……まともに触れてたら体が裂けちまう」
「逃げてばっかじゃつまらねェじゃねェか。楽しもうぜ」
「悪いけどおれは戦いに狂えないタイプでねェ」

[103 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/27(金) 23:31:44]

　そう言って男は剣を振るう。すると剣先から何かが滴り、地面を濡らす。
　その正体を知るよりも先に――男の剣が燃え上がった。

「ッ……なに？」

　熱気と共に嗅いだこともない匂いがぶわりと広がった。甘いのか苦いのか酸っぱいのか何もわからない。ただただ濃すぎる香りに頭が痛む。
　内側からの苦痛にゾロが僅かに目を細めた瞬間、炎が眼前に迫った。
　受け止めるのもいなすのも簡単だったはずだ。だが、それができない。

「――頭が痺れるだろう？」

　男の囁く声が聞こえたと思った瞬間、ゾロの二の腕に熱が走る。
　汗が噴き出た。しかし、声を飲み込んだゾロはもつれそうになる足で大きく後方に飛んだ。
　血は出ない。焼き切れた傷口を押さえることもせず、男を睨んだ。

「テメェ……」
「〝匂い〟ていうのもね、情報なんだよ。
複雑すぎる匂いの解析に頭の中がパンクして身体機能の優先度が落ちるんだ。なんだか面白いよねェ」

　男の剣は未だに燃えていた。
　よく見れば剣の腹には枝分かれした深い溝が彫られている。そこに流れ込む何かが新たな糧となり、尽きない炎と化していた。
　匂いと炎。ゆらめく赤色を見ていると何となく思い出されるものがある。
　それは夜のサニー号でたまにナミが似たようなことをやっているのを見たからだ。

「……それは〝香水〟か」
「おや、ついにバレた。ハハッ、そうそう。香水だよ、当たり」

　そうして男が手を振れば、僅かに蒸気に似たものが散る。それが炎に落ちれば勢いが増した。

「おれは香水を自在に生み出す香水人間、パフュパフュの実の能力者――なんてな」

[104 二次元好きの匿名さん 23/01/28(土) 09:30:09]

香水でここまで出来るのやべえな…

[105 二次元好きの匿名さん 23/01/28(土) 09:45:42]

バトルシーンかっこいいな

しかしこのシリアスムードを>>98の姿のゾロがやってると思うと面白い

[106 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/28(土) 10:27:38]

　炎を纏った剣が鋭く振られる。ゾロは足の力を抜くようにして屈み、紙一重のところでそれを避けた。
　そして低く維持した姿勢のまま駆け出し、刀を下から打ち込む。熱と衝撃が手のひらに伝わる。
　幾度となく打ち合い、滲む汗を拭う暇もない。もう鼻が馬鹿になったみたいに何もわからなくなる。
　ぐらぐらぐにぐにと揺れ続ける視界が気持ち悪い。今は握り締めた刀の柄の感覚だけがゾロの意識を保たせるものとなっていた。
　ギィンッ！　――互いの刃が弾け合う。

（嗅覚ひとつでこのザマか）

　深く息を吐く。
　剣術の技術は己のほうが上という自負があった。だが今は身体能力を全体的に押さえ込まれている状態に近い。
　思ったような威力を出せない斬撃に僅かな苛立ちを覚え――ゾロは笑う。

（ごちゃごちゃ考えるのは面倒くせェ。なにより性に合わん）

　これ以上遊んではいられない。匂いにこの場が支配されているのであれば支配権を奪い返せば良いだけなのだ。
　一歩、二歩、三歩。地面を蹴って大きく後退したゾロは刀を構え直す。
　ブルックたちは近くにいない。戦っているうちに互いに距離ができたのだろう。
　心配はしない。あの男がたかが数が増えるだけの自爆ピエロに負けるはずがないのだ。

「何をするつもりか知らんが……さっさと大人しくなってくれねェかなァッ！！」

　踏み込みと同時に振られる剣。刃の溝に流し込まれた香水の量が増え、大きく育った炎が千切れ飛んだ。
　燃料となる香水の塊を包み込んだそれは巨大な炎弾と化した。
　熱がゾロに迫る。ひとつではない。剣が振られる度に生みだされる炎弾は四方からゾロを包み込み、飲み込もうとする。
　その瞬間もゾロの心は静かに凪ぎ、焦りなど微塵もなかった。
　構えた刀が僅かに鳴る。

[107 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/28(土) 10:28:49]

　脳裏に閃く姿は、地上のものを根こそぎ奪い去っていく暴虐無人の災害。
　全身を捩じり、全ての刀に力を乗せた。

「……〝黒縄〟――」

　肌の下で筋肉が軋む音がする。捩じり切った体を解放する瞬間、その瞬発力が鍛え上げられた膂力に上乗せされた。
　宙を斬る刃が回転する斬撃を生み出し、斬撃同士がぶつかり合う末に渦に変化する。
　男のテンガロンハットが弾かれるように空に飛んでいった。

「なッ――」
「――〝大龍巻〟ッ！！」

　ゾロを中心に発生した斬撃の竜巻は香りも炎も、男自身さえも絡め取って天高く巻き上げた。

「ぎッ、ァ……！！」

　悲鳴すら斬撃の渦に飲み込まれていった。全身を斬り刻まれ続けた男の手から剣が離れる。
　地面に落ちてきた剣が深々と突き刺さり――少し離れた地に男も背中から落下した。鈍い音に潰れた悲鳴が混じり、やがて静かになる。
　ゾロが生み出した斬撃の渦も消え失せ、空からなにから降って来た。
　ぽふりと頭の上に乗っかったのは、戦いの最中に吹き飛ばされた虎の帽子だ。
　痺れの抜けた手でそれを被り直して、ゾロは男を見下ろしながら笑う。

「初心に戻った気分で楽しかったぜ」

　男から返答はない。森を吹き抜けていく風が、ゾロに自然の香りを久々に思い出させてくれた。
　それがどれだけ気持ちの良いことだったのか初めて知った気分だ。

「……さて、ブルックはどうしてるか」

[108 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/28(土) 12:47:07]

　捜しに行くかと足を進めようとした途端、鳥肌が立つような寒気が蔓延る。
　顔を上げれば森の一部が凍り付き、自然の彫刻と化しているのが見えた。
　氷の中に閉じ込められた葉が揺れて、その奥から見慣れた姿が現れる。

「――おや、ゾロさん。そちらも終わりましたか」

　帽子を軽く持ち上げながら言ったのはブルックだった。
　まるで散歩の最中に擦れ違う隣人に挨拶するような気軽さだ。彼の顔を見て、ゾロは深く頷いた。

「おう、いつものブルックだな」
「ええ、いつものゾロさんですね。…………本当に良かった～～～～ッ！！」

　懐から取り出したハンカチを真っ暗な眼孔のふちに当てて、おいおいとブルックが泣いた。

「もうッ……もうッ……！　人の気持ちを弄るなんて酷いッ！
仲間のこと嫌いって思ってしまったことも嫌なんですけど、ゾロさんに嫌われるのもとても嫌だったんですよォ～ッ！」
「わかった、わかったからわめくな」
「そのドライさが今は温かいッ！」

　ゾロはブルックを追い越すように歩き、氷の草むらの向こうを覗き込んだ。
　そこには手足を凍らされたピエロが転がっていた。意識もないのか、ぴくりともしない。

「能力の詳細はともかく……どうやら体力の消費が激しいらしく、本体の特定は簡単でした。
多少覇気も使えたようですが、基本的には戦闘員ではないみたいです」

　そう言いながらピエロに近づいたブルックは、その小柄な体を抱き上げた。
　ピエロの体をあまり揺らさずに気遣うように歩く姿を見て、ゾロは目を瞬かせる。

[109 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/28(土) 12:47:53]

「随分と優しいじゃねェか」
「そりゃあそうですよ」

　気を失ったピエロを男の傍らに寝かせる。
　ついでのように男の手足を凍らせたブルックは、ゾロに振り返った。

「紳士として女性には優しくしないと」
「そうか。…………ん？」

　ゾロはしゃがみ込み、ピエロとブルックの顔を何度も繰り返し見比べた。
　白い骨の顔に笑みを浮かべて彼は言う。

「このピエロさん、まだ若い女性ですよ。……それなのに、こんな自棄みたいな戦い方をするなんて痛々しくって見ていられません」

　おかげで戦う時も力が入りましたね、なんてブルックは肩を竦めた。
　見ただけではわからないが、ブルックがそう言うならそうなのだろう。改めて己の相手がこちらの男で良かったと内心考えた。
　さて、これからどうするかと敵ふたりを見下ろす。
　考えられる手段としてはこの国で行われていることについて問いただし、チョッパーとローを引き渡してもらうための材料にするか、などだ。

「……お？」

　そんなゾロたちの耳に足音が届いた。草木を分けながら進んできたそれは、ぬっと大きな影を作る。

「アウッ！　もう終わっちまったか？」
「ふたりとも無事？」

　『ヒストリーストリート』で分かれたフランキーとロビンがそこにいた。
　ゾロとブルックは顔を見合わせてから、ふたり同時にピースを見せる。
　その姿と傍らに落ちている二人組が目に入ったのだろう。フランキーとロビンは視線だけ交らわせて、小さく笑った。

[110 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/28(土) 12:48:36]

「なんだなんだ。ピエロ以外もいるじゃねェかよ」
「手伝えなくてごめんなさい」
「良いんですよ。ロビンさん、お体のほうはもう平気ですか？」
「ええ、それは大丈夫だけど……ふたりが思ったよりも遠くに行っていたから捜すのに手間取ってしまって」

　ロビンの返答にブルックが自身の顎を擦って肩を竦めた。

「それはすみませんでした。ですが、チョッパーさんたちのこと知っている彼らを捕らえられたのは僥倖でしたね」

　ゾロは足元に転がる男の肩を足先で引っ掻け、体を傾けさせた。
　失神していた男はその衝撃で意識が引き戻されたのだろう。何度か咳きこんだ後にうっすらと目を開いた。

「あ……？」
「よォ、お目覚めか？　テメェらに聞きたいことが山ほどある」
「……ハッ、ハハッ……くそ、負けた、か」

　男は自由に動かない手足に視線を這わせてから、隣に転がるピエロを見た。
　そして、顔を歪めてか細い声で告げる。

「……タヌキ、と……死の、外科医、の解放が目的、なんだろ……？
はっ……ぁ、わか、った……上に、掛け合う……」
「やけに素直だな」
「ああ……その代わり、その子は……げほッ、は、放してやってくれ……頼む……」

　おれはどうなったっていい、なんて言葉が小さく続けられた。
　その子、というのはピエロのことだろう。
　未だに目を覚まさぬ〝彼女〟は己の隣で行われているやり取りを知らずにいる。

「……テメェよりもこっちのピエロのほうが殺る気が高かったようだが」
「しかた、ねェ……んだよ……ッ。だが、おれが……言い聞かせる、から……頼む、その子を……」

[111 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/28(土) 12:49:44]

　話の流れが見えないフランキーとロビンはただ見守るだけだ。
　ゾロはブルックを見ると、彼は少し考えこんでいるようだった。
　そして、口を開く。

「チョッパーさんとトラ男 さんは今すぐにでも返して貰えるんですね？」
「あ、ああ、おれがボスに、言うッ……」
「疑問なのですが……貴方がたのボスとやらはそう簡単に要求を飲んでくださるんですか？」
「元々あいつは、テメェらを傷つけるつもりなんか……なかったのさ……だから――」

　ふいに視界が白み始める。それに気づいたのはゾロだけではなかった。
　フランキーたちも周囲を見渡し、訝しげにつぶやく。

「なんだァ？　急に……霧か？」
「そんなはずはないわ。こんな天気に……けほっ」

　ロビンが小さく咳き込んだ。
　視界は徐々に白さを増し、濃霧の中に置かれたような状況になる。だが、ゾロも鼻や口から入り込む不快感に咳き込む。
　口元を覆って手の平の中で叫んだ。

「吸うなッ！　霧なんかじゃねェ――粉だッ！！」

　霧と見紛うほどの細かさになった粉が周囲を埋め尽くしているのだ。
　目の中にも否応なしに入り込む粒子に思わず目を瞑る。不明瞭な視界の中、フランキーの大げさなくしゃみが響き渡った。

「あれ？　あッ！！　ちょっと皆さん大変ですッ！！」

　そんな中、ブルックの悲鳴があがる。
　どうしたのかと問う暇もなく、周囲を覆っていた粉が晴れていく。

[112 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/28(土) 12:51:06]

　そうして、粉に塗れたゾロたちが目にしたのは何もなくなった地面だった。
　抉れたり焦げたりしている地面からは、ここで戦いが行われていた事実しか汲み取れない。
　そう、男もピエロも、跡形もなく消えていたのだ。

「……逃げられた、わね」
「ブルック！　あいつらの手足は凍らせたまんまだったんだよなァッ！？」
「ええ勿論！　でも何かに引き摺られるようにしてあっという間に……」

　体に残った白い粉を払い、ゾロは鼻を鳴らした。

「まだ仲間がいやがったか」
「これも能力者でしょうね。ああ……私のアフロが真っ白に……！」

　毛の間に入り込んだ粉を一生懸命払い落すブルックの姿を眺めて、ゾロは眉間に皴を寄せた。

「……粉」

　似たような話をどこかで見なかっただろうか。
　そしてひとつの古い新聞記事を思い出した。この国であったはずなのだ。おかしな死体と、そこに残された大量の粉が。

「十三年前の怪死事件……」
「ゾロさん？」

　ブルックがゾロの横顔を覗き込んだ。それを気にすることなく、ゾロは腕を組んで空を見上げた。
　晴れやかな、青い空が高く続いている。

「――あの事件の犯人もあいつらの仲間ってわけか」

　ただ、その事実のみがゾロの手元に残った。
　風が吹く。優しく体を撫でていく透明な風は、ゾロたちの体に纏わりついた白い粉を静かに空へ巻き上げていくのだった。

[113 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/28(土) 14:10:30]

★【誰かの記憶】を再生します。
――――――――――
　――私は本に囲まれて育ちました。
　だから私は何も知らなかったのです。
　外の世界を知らず、常識を知らず、人から与えられる情報の中だけで生きてきたのです。
　私は片端から本を読みました。きっと父の言うような方法以外にも大切なその子と普通に、今まで通り、できるだけ長く一緒にいられる方法があるのだと信じて。
　そして――私はまた自分の無知さを呪いました。
　その子と遊べる時間が少しずつ、少しずつ減っていることには何となく気づいていました。
　それに比例するように、その子の肌の色が変わっていくのも。
　ただ、その理由まではわからなかったのです。問いかけても、その子はいつだってさりげなく話を変えます。
　私はそれに乗せられて、また聞けなかったと頬を膨らませていました。

　私に真実を教えてくれたのはおじ様でした。
　その頃にはもう、その子は起き上がれなくなっていました。病気だったのです。それも治療法のない病気でした。
　知らなかったのです。私は本当に本当に何も知らなかったのです。
　知っていればその子の肌の色を綺麗だなんて褒めることだってしませんでした。
　知っていれば色んなところからお医者様を呼んで、その子を助けるように頼み込んでいたはずです。
　だけど現実はそうではなかったのです。
　ベッドと呼ぶにはお粗末すぎる床の上で、その子は熱に呻きながら――笑いました。
　大丈夫、楽しかった、死ぬのは怖くないよ、死んだら一緒にいられる。そんなようなことをうわごとのように言っていました。
　おじ様も、皆も、泣きました。私も泣きました。ただ、その子だけが笑っていました。私が知らなかっただけで、その子はとっくの昔に壊れていたのです。
　違うのです。私はそんな未来は欲しくないのです。そんな酷い世界はいらないのです。
　私は――諦めきれませんでした。まだその子は生きているのです。尽きかけた命でも、まだ目の前にいるのです。
　なら、私が諦めるわけにはいきません。限られた短い時間の中、私はその子を救う方法を探し始めました。
.
.
.

[114 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/28(土) 14:10:44]

.
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.
　私が日に何度もその子のところに通う度、周囲の人々は奇異なものを見る視線を投げかけました。
　だけどおじ様や、私とお話をしてくれるようになった皆は陰ながら助けてくれました。
　寝る間も惜しんで何日も何日も方法を探り続けました。そして、私はやっと可能性に辿り着きました。
　ただ、本当に欲しかった方法が失われていたことだけは悔やまれました。それでもその次に良い方法が見つかったのです。
　それはまるで魔法のような、信じられない力でした。

　私は喜びに打ち震え、涙を堪えながらその子や皆にその方法を話しました。
　その子もおじ様も皆も少し驚いた顔をしてから、今はそれしか方法がないだろうと頷いてくれました。
　時間はもうありません。私には何の迷いも躊躇いもありませんでした。
　だって、その子が認めたとしても〝あんな方法〟でずっと一緒にいるのは嫌でした。そんなことをするのは人間ではありません。化け物です。
　そう、私は化け物の子でした。私は人間ではなかったのです。こんな化け物の子を、その子も皆も受け入れてくれました。
　私は希望に手を伸ばしました。きっとこれからも辛いことが沢山起こるのでしょう。
　それでも物語に出てくるヒーローは化け物を助けようとはしません。
　ヒーローが現れる時は、化け物を――私を殺しに来る時に違いありません。
　ならば私は私の手段で戦うしかないのです。そして、これが今の私にできる唯一の方法だったのです。
　誰にも理解されなくても良い。私だけがわかっていれば、それで良いのです。

　だからあの日、私は〝化け物〟になりました。私が〝化け物〟になると■は喜びました。
　辛くて、悲しくて、吐きそうになりました。おじ様も辛そうにしていました。そんなおじ様を見るのも悲しく思いましたが、おかげで決心もついたのです。
　〝化け物〟になるのはもう怖くありませんでした。
　そして、私はあの日、■■■■■■■。
.
.
.

[115 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/28(土) 14:11:42]

.
.
.
　――何が起きたのでしょう。その時のことを私は憶えていません。目を覚ましたら傍らにその子がいました。
　そして目の前には■だったものがありました。状況が飲み込めずに呆然とする私の肩を抱いて、その子は優しく教えてくれました。

「そういう病気だったんだ。心臓が止まる病気もあるって先生にも教わったんだ。だから大丈夫。もう大丈夫だよ」

　その子がそう言うのなら、そうだったのでしょう。
　おじ様が私たちを見ていました。だけどその顔がどういう表情を浮かべていたのかは、やはりよく憶えていません。
　優しい声でその子は微笑みながら言いました。

「……魔法を掛けてくれるんでしょう？」

　涙が零れました。そうです。私はそのためだけにこの力を手に入れました。私は震える手で初めて魔法を使いました。強く願望を胸の内に抱いて、魔法をその子に掛けたのです。
　ずっと、ずっと一緒にいるための魔法です。ずっと、ずっとその子に生きてもらうための魔法です。魔法が完璧ではないことは知っていました。
　完璧ではない分、私が一生懸命、頑張れば良いだけなのです。決してこの魔法を途切れさせることがないように、私は生き続ける覚悟でした。
　その子は笑って――真っ白に染まった手で私の手を優しく握り締めました。ありがとう、とその子は言いました。

「お返し、しないとね。……ねェ、ずっとずっと考えていたんだ。みんなも、君も、幸せになれる方法を。
だから一緒にやろうよ。一緒に、この世界を、君を――」

　私はあの日から時間が止まっています。頭の中に焼き付いた思い出が私を支えてくれるのです。
　私は化け物です。私は人間ではありません。そういうふうに生まれてしまったのです。
　だから――化け物は化け物らしく生きるだけです。それがいつか、その子も皆も助けられるのであれば、私は喜んで化け物になります。
　――だってここはまだ、地獄の底なのですから。
――――――――――
【誰かの記憶】の記録の再生が終了しました。

[116 二次元好きの匿名さん 23/01/28(土) 14:14:04]

辛い……

[117 二次元好きの匿名さん 23/01/28(土) 14:15:43]

おじ様って呼んでいるのか
これピエロの女の子なんだろうか

[118 二次元好きの匿名さん 23/01/28(土) 14:26:00]

この“誰か”がホワイトモンスターと呼ばれてた人なのか？

[119 二次元好きの匿名さん 23/01/28(土) 15:15:52]

ゾロの戦闘で手に汗握ったわ格好いい
とある記憶が不穏すぎて悲しい
道を踏み外させることに愛ほど簡単で激しいものが無い怖さと後戻りできない感があるね
パフュパフュおっさんいいキャラだ…

[120 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/28(土) 18:18:57]

①誰視点になるのか。

1：ナミ

2：ウソップ

3：サンジ

4：ジンベエ

dice1d4=1 (1)

②ゾロ目で【？？？】視点になる

dice1d100=94 (94)

※ゾロ目が出た場合、①の結果は無効になります。

[121 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/28(土) 19:36:04]

街の中/視点チェンジ
⇒麦わらの一味（ナミ）

「――ピエロもルフィもいないじゃないッ！！」

　握り締めた拳は力が入り過ぎて小刻みに震えた。
　ピエロとルフィ捜索を初めて二時間は経っただろうか。
　望みをかけていた『キッズストリート』にもおらず、他のストリートや商店街も回ってみたが今のところ空振りだ。
　ひとまず喉が渇いたからと近くのカフェに入り、道を一望できるテラス席でジュースを啜っていた。
　切り分けられたフレッシュなフルーツを齧るジンベエもまた、眉間にしわを寄せている。

「早くしないと夕方になってしまうな……」
「だな。しかし、この街結構広いんだよなァ」

　揚げた芋を摘まみながらウソップがため息を吐く。
　その隣ではコーヒーを飲んでいるサンジが肩を竦めていた。

「そもそも『ピエロが敵』っていうのも……正確には何のことを差してるんだがな」
「トラ男君のことだから意味のないメッセージは残さないでしょうし、そのままの意味だとは思うんだけど」

　今のナミたちにわかるのが、チョッパーとローに繋がる手がかりがピエロであるということのみ。
　これだけ捜して見つからないのだ。もしかしたらチョッパーたちのこともあり、身を潜めているのかもしれない。

「ゾロたちは何か見つけたかしら」
「ゾロも迷子になっているのに一票」
「やめろやめろ！　縁起でもねェ！！」

[122 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/28(土) 19:37:43]

　ピシッと手を挙げるウソップの後頭部をサンジが小突いた。

　ナミは道を歩いていく人々の楽しげな姿を眺め、溜息をつく。

「もう、わけがわからないわ。この国のことを調べれば調べようとするほど、色々あって……」

　ジンベエたちが『隠れ港』で見つけたものの話は既に聞いている。

　動かぬ証拠と言っても良い。この国で行われていた非道は全て事実だったのだとナミたちは知ったのだ。

　それなのに今度はチョッパーとローの失踪である。しかも誰かに害された可能性があるのだ。

（どうにも一筋縄ではいかない雰囲気よね……早くチョッパーたちも助けてあげたいし……）

　氷も溶け始めたジュースの残りに口をつけ、ふいにナミは気づいた。

　視線の先にある人混みには住民や観光客とはまた違う姿が混じっている。

「あれって……」

1：魚人の警備兵と全身鎧の警備兵

2：白いツナギの集団

dice1d2=1 (1)

[123 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/28(土) 20:45:01]

人々の間をすり抜けるように歩いていたのは白い鎧を身に纏ったふたりの人物だ。
　片方はひとめで魚人とわかる男。もうひとりは顔まで覆ってしまった全身鎧の――おそらく男だ。
　ナミは思わず声を潜めて隣に座るジンベエに語り掛ける。

「ねェ！　あれ、この国の警備隊よね？」
「ん？　ああ、そうじゃな。それにあの魚人の男は確かに昨日、わしらに《永久指針》を寄越した者だ」
「あの人が……って、こっちに来てない……？」

　白い鎧のふたり組は確かにナミたちへ向けて歩き始めている。その足取りに迷いはない。
　慌て始めたナミとウソップを横目にジンベエとサンジの態度は変わらなかった。
　サンジなどマイペースに新しい煙草へ火をつけている。
　そうこうしている内に、ナミたちのいるテラス席に彼らは辿り着いた。

「やァ、少し遅いけど……お茶の時間かな？」

　爽やかに話しかけてきたのは全身鎧の男のほうだった。
　彼が警備隊の隊長という肩書を持っていることはナミも話に聞いている。そして昨日、ゾロと斬り合ったということもだ。

「……ど、どなたかしら？」
「怖がらないで欲しいな。私はお昼くらいにもそちらの………………」

　身を屈めた隊長がサンジとウソップに顔を向けて黙り込む。
　謎の沈黙にウソップは顔を引き攣らせたが、サンジはただ静かに煙を吐き出した。

「おい、男にジロジロと見られる趣味はねェよ。さっさと何か言え」
「すまないね。多分どちらか会った気がするんだけど、どちらだったかな？」
「「どっちとも会っとるわッ！！」」

　ウソップとサンジはテーブルを叩いて吠える。宙に浮いた皿やグラスはナミとジンベエがキャッチした。
　隊長は兜の上から頭を掻くような仕草をして苦笑する。

[124 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/28(土) 20:47:50]

「そうだったかな？　すまないね……その、私ってちょっと忘れっぽくて。
あ、大丈夫！　ルフィ君のことはちゃんと覚えているよ！」
「おれら影が薄いって言われてんのかこれ……ッ！？」
「わからねェ……わからねェがなんか腹立つ……ッ！」

　ぐぎぎ、と歯を食いしばるふたりにナミは呆れる。警備隊と海賊のやり取りにしてはじゃれ合いすぎているだろう。
　しかし、向こうも同じように感じたのだろう。
　隣に立っていた魚人の警備兵が肘で隊長の鎧の腹を思いきり突いた。

「なに馴染んでんだ、馬鹿ッ！！」
「怒らないでよ。これでも私はきみの上司である隊長だよ？　もう少し威厳を持たせてくれたって良いじゃないか」
「なら威厳があるように振る舞えってんだ、このクソガキッ……！」

　小さな声で彼を詰った魚人の警備兵は、額を片手で押さえて溜息をつく。
　そしてその鋭い視線をナミの横にいたジンベエに向けた。

「酷ェ話だ。『海侠のジンベエ』さん。約束を反故にされちゃあ、おれの立つ瀬がねェぜ」
「……それはすまんかったな。だが、わしはあの船の船員の一員に過ぎん。
船長の決定に納得したのならば従うだけじゃ。……ああ、《永久指針》は返そう」

　そう言って、ジンベエは腰に提げていた小さなポーチから《永久指針》を取り出す。
　テーブルの上に置かれたそれを見て、魚人の警備兵は眉間に皴を寄せた。

「受け取っておきなさい。もうルフィ君たちは私たち程度では止められそうにないし」

　そんな彼に隊長が静かに告げる。魚人の警備兵の手がぴくりと動いた。

「お前……。いや……もう少し街を守るモンとしての自覚をだな……」
「ちゃんと持っているつもりだよ。こういうのは柔軟さも必要だろ？
だって、ほら。ルフィ君とも話してみたけど、彼はなんというか……悪人というわけではないからさ」

[125 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/28(土) 20:51:10]

　「それがまた厄介なんだろうけど」と彼は笑う。目の前で繰り広げられる会話は気の抜けそうなものだった。

（……なんていうか、緩いわね）

　それはナミたちにとってはありがたい話ではある。

　ただ、事前に聞いていた話の印象とかけ離れていた。

　海兵が常駐していないからこそ警備隊たちの質が求められていたはずだが、戦闘力一辺倒というわけではないらしい。

　ナミはちらりとサンジを見る。彼はナミの視線を受け、小さく頷いた。

「で？　おれたちに絡んできたのはそういう話がしたかったのか？」

「うん？　ああ、まあそうだね。これでも見回りの最中なんだ。

そうしたら偶然きみたちを見かけたから、騒ぎを起こさないように釘を刺しに声を掛けた感じかな？」

　首を傾げながら隊長は答える。

　時々街中で警備兵を見かけていたが、こうして隊長と副隊長というトップが揃って行動しているのも珍しいのではないだろうか。

　ナミはストローを小さく舐め、思案する。

（今の内に聞けること聞いたほうが良さそうね）

　『ピエロ』がどの立場にいるかはわからない。しかし、もし国そのものが敵であった場合、このふたりも明確な敵になるのだ。

　その上で問い掛ける内容は考える必要がある。ナミは顔を上げて、隊長に向けて口を開いた。

1：「そのルフィなんだけど……見なかった？」

2：「今日は街中でピエロを見かけないんだけど、何処にいるか知らない？」

3：「お祭りの時っていつも、あなたたちふたりも見回りをするの？」

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[126 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/28(土) 21:25:16]

「そのルフィなんだけど……見なかった？」
「え？」

　いくら街が広いとはいえ、これだけ捜してもルフィの姿が見えないのはおかしい。
　もしかしたらチョッパーたちと同じような目に遭っている可能性も否めない。
　もちろん、あの滅茶苦茶な船長がそう簡単にやられるはずもないと知っていたが。
　だからこそ、少しでも怪しい警備隊に問いかけることで揺さぶりを掛けることにした。
　純粋に迷子になっているなら、それはそれでお世話になっているかもしれないという可能性も頭の片隅に入れている。

「もしかしてルフィ君、また迷子なのかい？」
「……また？」
「ああ、いや、昨日も『キッズストリート』で麦わら帽子の男の子が迷子になっていたって街の人に聞いていてね。
それってルフィ君のことかと思っていたんだけど違ったかな」

　何も間違っていない。ナミはひとまず微笑みを浮かべて話を受け流す。
　大海賊が子供向けコーナーで迷子になったなど、胸を張って言えるわけがない。
　しかし隊長は腕を組んで大きく首を傾げた。

「ルフィ君かァ、私は覚えがないかな……。きみはどう？」
「……おれも知らねェ。ていうか見つけたらお前らのところに引っ張ってきてるわ」

[127 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/28(土) 21:27:11]

　ギラリと睨まれて、ナミはメニュー表で顔を隠した。
　彼らの言葉には嘘がないように聞こえる。メニュー表の陰で隣のジンベエを窺えば、彼も頷いた。

「うーん、でも今ちょっとこの街大変なことになっているんだよね。巻き込まれていないと良いけど」
「大変なこと？」

　困った様子で言葉を漏らす隊長にナミは首を傾げる。

「少し外れにある森林公園で爆発騒ぎがあってね。
それだけじゃなくて森の一部が凍っているし、地面は抉れているし、木とかも斬り倒されているし……。
犯人は逃走中みたいだから街中の警備兵も増員しているんだ」
「おま……ペラペラ話すなッ！！」

　魚人の警備兵は隊長の鎧を横から殴りつけた。ゴンッという音を聞きながら、ナミは薄く微笑みを浮かべる。
　ナミだけではない。ウソップやサンジも、自分たちの飲み物に口を開けて微笑んでいた。
　――そして、その胸中にある思いも一致していたことだろう。

（（（ゾロやブルックの顔が浮かぶ――ッ！！）））

[128 二次元好きの匿名さん 23/01/29(日) 02:36:40]

ルフィはどこ行ったのか気になる……
でも何か大事なこと掴んでるんだろうなあという信頼しかない

[129 二次元好きの匿名さん 23/01/29(日) 12:01:15]

確かにその騒ぎの中心はブルックとゾロだけど二人ともカッコよかったのでセーフです（バルトロメオ並感）

[130 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 13:04:30]

　なんならふたりして「おれ（私）がやりました」と脳内でピースもしている。爆発はフランキーの仕業である可能性すらあった。

（少し離れてる間に何があったのよ……！）

　頭が痛み、思わず手で押さえてしまう。
　あの四人のことだ。やられたなんてことは考えられないが、事態がさらにややこしい方向に転がっている予感がした。

（でももしゾロたちのほうに敵襲があったのなら……もう私たち、完全に敵だと思われているわ）

　だというのにこの国の警備隊のトップの様子がこれだ。ちぐはぐで頭が混乱しそうになる。
　何らかの別の勢力がこの国に潜んでいるということなのか、と思考が深みに入っていった。
　そんな苦悩をするナミの横でお茶を啜っていたジンベエだけが、眉を下げた表情で口を開く。

「そりゃあ物騒じゃな……。情報感謝する。わしらも気をつけてルフィを捜すとしよう」
「アア、ソウダナ！」
「本当～ッに気をつけてクソマリモをとっ捕まえるとしようぜ……」
「……？」

　きょとんとしているジンベエにナミは口元を押さえて涙を滲ませる。普通はそういう反応だ。
　ナミたちはうっかり気づいてしまっただけである。

「……まあ、私たちもこの街に迷惑かけたいわけじゃないのよ？
ただ補給を済ませて《記録》がたまればそれで良いから」
「いけしゃあしゃあと……だったら《永久指針》を素直に使ってくれりゃ一番だったんだがな」

　魚人の警備兵に文句を言われるのは当然だ。ナミがもし同じ立場なら文句を言うどころか慰謝料だって請求している。
　そこでふと、ある意味この騒ぎの全ての発端となった〝事故〟のことを思い出した。

[131 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 13:05:28]

「そういえば……天竜人は今何をしているの？」
「ああ？」

　不機嫌そうに反応したのは魚人の警備兵のほうだった。
　普通の子供が見れば泣き出しそうな凶悪な顔である。

「うちの馬鹿が迷惑かけたからこっちも気にしているのよ。できればもう出くわしたくないし……」
「ったりめェだ！　誰が会わせるか！！」
「まあまあ、落ち着いて。……あの方なら街には降りてこないから安心して欲しい。
流石に昨日の騒ぎのこともあるし、身の安全を第一にしないとね」

　隊長は魚人の警備兵をなだめてから、腰に提げた剣の柄に手を掛けた。

「……ただ、もしまだ何かするのであれば、流石に私も命を懸けて相応の対応をしなければならないのだけど」
「だ、だから、しないわよ！　というかそもそも昨日のだって本当～～ッに事故だったの！」

　本気だとわかる声で告げられればナミも焦る。非常時にはこの国から逃げ切れる自信があるとはいえ、わざわざ戦いを巻き起こしたくはない。
　ナミたちとてゾロの迷子があんな最悪な騒ぎになるとは、これっぽっちも考えていなかったのだ。
　慌てて弁明するナミに隊長は剣から手を離し、肩を竦めた。

「それなら良いけれど……。こうやって目こぼししてるのだって本来ならいけないことなんだから。
……君たちがごく一般的な海賊だったらもう根こそぎ狩っているところさ」

　穏やかな声だが内容が若干物騒だ。そして本気なのだろうということはナミにもわかる。
　なにせ、彼らの背後には天竜人がいるのだ。顔に泥を塗った存在がいまだに街の中にいるとわかれば、天竜人の怒りは彼らにも降り注ぐはずだろう。
　なんなら警備隊の隊長のこの寛大すぎる対応は、裏で海賊と懇意にしていると捉えられても仕方ない。

[132 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 13:05:44]

（海賊が蔓延る時代だもの……。〝正義側〟がそうじゃないと生きられない場所があるのはわかるけれど）

　少しだけ故郷のことを思い出して憂鬱になる。もちろんあの魚人の海賊団に支配されていた村と、この街が全く異なることくらいわかっていた。

　あれはあの村に関わっていた海軍も腐っていたのだから。

「……それじゃあ、私たちもルフィを捜しに戻らなきゃね」

　流石にピエロのことは伏せる。ゾロたちが受けた襲撃のことも間接的に知られたのだ。

　こちら側も何処で誰が話を聞いているかわからない。

　席を立ち上がろうとしたナミを見て、隊長が口を開く。

「くどいようだけど……」

「大丈夫。私たちは騒ぎなんか起こすつもりは毛頭ないわ」

　にこり、と笑みを浮かべて返す。

　チョッパーたちを奪い返す時に何かが起こるかもしれないが、それはもう不可抗力だ。正当防衛としても良い。

「……それなら良いんだ」

　隊長は引き下がる。もう魚人の警備兵も口を出さなかった。

　彼の表情には不満がありありと浮かんでいたが、無駄だと悟ったのかもしれない。

「では私たちもこれで――」

　そう言って隊長が身を翻そうとした時だった。

1：「隊長ッ！！」

2：『プルプルプル……』

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[133 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 13:34:22]

「隊長ッ！！」

　人込みの中から数人の警備兵たちが駆け寄ってくる。
　ナミたちは慌てて顔を逸らすが、彼らは気にする様子もなく警備隊の隊長に顔を向けた。

「どうしたんだい。そんなに慌てて……」
「大変ですッ！　今、工場担当者から連絡があって――『麦わらのルフィ』です！！
工場の出入り口で暴れていると報告が……ッ！！」
「……なんだって？」

　隊長の声が低くなった。
　この時のナミたちの心境をどう表したら良いのか。
　ナミもウソップも目を剥いて口元を押さえる。ジンベエとサンジは顔を強張らせていた。

（ル、ルフィ～～～～～ッ！？）

　どう考えても最悪のタイミングだ。何をしたらそんなことになるかはわからない。
　だが、今はまずいのだ。一般警備兵はナミたちの正体には気づいていないのだろう。だからこそ急いで報告に来たのだから。

「しかも、何故か工場の中からトナカイと……麦わらに並ぶ海賊『死の外科医』が出てきて……ッ！
手配書通りです、間違いありませんッ！」
「何処から侵入されたのか未だわかっていません……！　しかし、普通の兵ではまったく歯が立たないんです！」

　続けて飛び込んだ情報にナミたちは息を飲み、顔を見合わせる。チョッパーとローだ。
　必死に報告をする警備兵たちは泣きそうな顔をしている。
　隊長は片手を上げて彼らの言葉を制止、首を振った。

「……落ち着いて。ここが何処だと思っているんだ。もう少し声を潜めなさい」

[134 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 13:35:52]

「ッ、す、すみません……！」
「ですが……どうしましょう！　なんでこの国に『麦わら』と『死の外科医』なんて大海賊が……ッ！
もしかして昨日の剣士の男も、もしかしたら……！」
「隊長、工場にはおれの家族も働いているんです……！！　もし、何かあったら……海軍を呼ぶにだって時間が……！」

　溜息をひとつついて、隊長は傍らにいた魚人の警備兵に視線を向けたようだった。
　それを受け、頭を掻いた彼は涙目になった若い警備兵たちの肩や背を叩く。

「シャキッとしろ！　何のためにお前らは警備隊に入ったんだ！？
おれが行く。現場の指揮もおれが取る。……それで良いな？」
「ああ、任せたよ。私は王に報告を終えたら向かう。
決して無理はしないこと。誰かひとりでも死なせないこと。いいね」
「当たり前だ」

　魚人の警備兵は最後にナミたちを強く睨みつけ、若い警備兵たちを連れて走っていった。
　人込みに消えていく白い鎧を見送る。そして、目の前にいる全身鎧の男をゆっくりと見上げた。
　彼はまたひとつ溜息を吐く。

「……言ったそばからこれか」
「あの、いや、その……」
「良いよ。きっとこれもルフィ君が彼自身の信条に則って動いた結果だろうから。
一応、きみたちの情報は私と副隊長のところで止めていたんだけど、流石にもう庇いきれないかな。
……ごめんね」

　苦笑するように彼は言って、一歩踏み出してから止まる。

「きみたちのこと、嫌いじゃないんだよ。だから……残念だ」

　そう言い残して、彼も人混みの中に消えていった。ナミたちはそれを見つめてから各々が頭を抱える。

[135 二次元好きの匿名さん 23/01/29(日) 13:43:05]

これは頭抱えるわ
見逃してもらって寛大な対応取ってもらったのに迷惑かけちゃってるし

[136 二次元好きの匿名さん 23/01/29(日) 13:48:52]

でもなぁ…
珀鉛で良からぬことしようとしてるのは国の方だからなぁ…
ままならんものだ

[137 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 15:16:39]

　ルフィが何処で何をしているのかがわかった。そして同時にチョッパーとローが何処にいるのかも。
　きっと三人は合流したのだろうと想像ができるのだが――最悪だ。

「ど、どうしよう……ッ！？」
「……迎えに行くしかないじゃろう」
「そうだけど、そうじゃなくてだなッ！？」
「も～ッ！　チョッパーたちもどういうことなの！？」

　聞いた限りではチョッパーもローも無事のようだ。それは喜ばしいことである。
　問題は事態が大きくなりすぎていることだ。
　しかし、こんなところでうだうだと考えていても仕方ない。
　ナミはテーブルに手の平を叩きつけるようにして席から立った。

「もう行くわよッ！！　とにかくルフィたちの回収！！
チョッパーたちにだって何処で何していたか聞かなきゃならないし……！！」
「お、おう、そうだな！」
「ったく……ナミさんの手を煩わせるんじゃねェよ」

　手早く会計を済ませ、ナミたちも走り出す。
　『工場』の場所は知らないが、先ほどの警備兵たちを見つけられれば後を追うだけだ。
　それよりも先に、ルフィたちが警備隊の包囲網を抜けて街側に出て来てくれたら儲けものである。

（それにしても……）

　走りながらナミは先ほどの若い警備兵たちの様子を思い返した。

（チョッパーとトラ男君が突然現れたみたいなこと言っていたけど……あのふたり、捕まっていたんじゃないのかしら？）

[138 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 15:17:14]

　少なくともあの警備兵たちはそれを知らなかったということだろう。
　ならば――隊長と副隊長のふたりはどうだったのか。
　単純にチョッパーとローが何かをきっかけに独自に動き、国の内部を調査している可能性もある。
　また、『ピエロ』が警備隊とは関係ない組織だった可能性も、だ。
　それなら彼らもチョッパーたちのことは知り得なかっただろう。だが、これも確証のない想像に過ぎない。
　ナミは答えの出ない思考にうんざりする。

「ああもうッ！　もう少し情報引き出せば良かったッ！」
「ウオッ！？　急に叫んで何なんだよ！」
「わけがわからないってことよ！！」
　
　どうであれ、信じられるのは仲間たちだけだ。そう思い、走る速度を上げた。
　すると傍らにいたウソップが鋭い声を上げる。彼が示す先には早足で駆ける、白い鎧を着た警備兵たちが見えた。

「おい、あれ警備兵だろ？　どっか行くみたいだぞ……！」
「例の応援かもしれんな。追うぞ」
「気づかれないようにね……！」

　とにかく今は考えるのは後だ。自分たちが置かれている状況について情報が足りない。
　そしてきっと、その答えの一端を握っているのはチョッパーとローだろう。
　ルフィも含め、穏便に彼らと合流しなければならない。もちろん既に穏便とはかけ離れていることは重々承知している。
　ナミは走りながら僅かに汗を滲ませ、息を吐き出した。

「……なんか、嫌な予感するのよね」

　それが何に対してなのかなど――ナミ自身にもわかるはずがなかった。

[139 二次元好きの匿名さん 23/01/29(日) 17:16:46]

発言的に警備隊の中でも上の方、隊長さんたちもローたちが捕まってるのは知ってる気がするんだよな
ピエロとおじ様も気になる…白い粉を操る能力者みたいなのも出てくるし、というかこの能力者っぽいのが化け物ちゃんの可能性がある気もするしナミさんたちと鉢合わせそう…警備隊が工場入口に向かってるならいいんだけど

[140 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 18:27:56]

街の中/視点チェンジ
⇒麦わらの一味（ルフィ）

「ピエロさん？　私、知ってるよ！」

　――そう言ったのはひとりの少女だ。
　『ピエロが敵だ』というローからのメッセージを受け取ってすぐ、ルフィは街に飛び出していた。
　敵がわかっているならわかりやすい。だから行動に移った。そういう単純な話だ。
　そうしてピエロがいそうな場所を走り回っていたところ、『キッズストリート』で出会った少女が話しだしてくれたのだ。
　ルフィは目をまん丸にして思わず彼女に詰め寄る。

「ホントか！？　おれ今、そのピエロっていうの捜してんだけどよ」
「ピエロさんはね、いつも一緒に遊んでくれるんだよ。あちこちで面白いこともしてくれるし。
おうちは見たことないけど、多分お城よりももっと向こうにあるんだと思うよ」
「うん？」

　少女の小さな手が城を指差した。
　城より向こうといえば切り立った断崖しか見えない。ルフィは首を傾げた。

「あんなとこに人なんか住んでるのかァ？」
「でもピエロさん、いつもあっちのほうに帰っていくんだよ？」
「ふうん……」
「今日は見かけないからおうちにいるのかもね」

　そう言いながら少女は花壇のへりに座り込み、嬉しそうに体を前後に揺らしている。
　ワクワクドキドキ、といった様子が隠し切れない彼女にルフィも感化され、口元に笑みを浮かべた。

[141 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 18:28:55]

「なんだァ？　なんか楽しいことでもあんのか？」
「え？　えへへ、実はね。毎年お祭りの時に遊んでくれるお姉さんと、今日やっと会えることになったの」
「お姉さん？」

　両手で頬を押さえた少女にルフィはまた首を傾げる。
　彼女は大きく頷いて嬉しそうに語り出した。どうやら一年に一度だけその『お姉さん』とやらと遊んでいるらしい。
　昨日は色々あって会えなかったが、今日遊べる約束を取り付けられたという話だ。

「よくわかんねェけど……良かったな！」
「うん！　……あ、お姉さんッ！」

　少女がそう言って立ち上がり、ぱたぱたと駆けていく。
　釣られてルフィもそちらに顔を向けた。視線の先にいたのはワインレッドのワンピースを着た、長い金髪の女性だ。
　そんな女性の足元に少女が嬉しそうに抱き着く。しかし、女性のほうの表情は少しばかり険しかった。

「なんだ……？」

　なんとなく気になってルフィはゆっくりと彼女たちのところへ歩み寄る。
　女性は膝をついて、少女に視線を合わせて何かを話しているようだった。

「――ごめんね？　今日なら大丈夫だと思ったのだけど、ちょっと用事ができてしまったの……」
「そんなァ……。あ、明日は？　明日は遊べる……？」
「明日は……ごめんなさい。明日はもう帰る準備をしなくてはいけないから……」
「遊べねェのか？」

[142 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 18:29:37]

　泣きそうな声で女性に縋りつく少女の後ろからルフィは覗き込んだ。
　やっとルフィのことに気づいたのだろう。女性は驚いた様子で目を見開いていた。

「え、ど、どなたですか……？」
「あ、お兄ちゃん……」
「おう、おれはルフィ！　こいつ、お前と遊ぶの楽しみだって言ってたけど、なんかあったのか？」

　ルフィの言葉に女性は顔を悲しそうに歪めた。
　そして緩やかに首を振る。

「少しなら大丈夫だと思ったけど、もう戻らなくちゃいけなくなって……。
でも大丈夫！　今年は上手く時間が合わせられなかったけど、来年はいっぱい遊べるわ！」
「……ほんと？」
「本当！　約束するわ。来年はいつもよりたくさん遊びましょ？　ね？」

　女性は少女の手を優しく包み込み、笑顔で言った。
　鼻の上を少し赤くしていた少女は、ぐっと堪えた様子で力強く頷く。
　そして女性の手を握り返して叫ぶように言った。

「約束だからね！　絶対、絶対だからね！」
「ええ、絶対よ」

　女性はワンピースの裾が汚れることも厭わず、膝をついて少女の体を抱き締めた。
　彼女が小さな背中をぽんぽんと撫でれば少女もまた、彼女を力強く抱き締め返す。
　そこでふたりは一言二言だけ会話を交わした。そして、最終的には少女も涙目のまま笑顔で手を振る。
　彼女は何度も振り返って手を振りながら、小さくなっていく少女の姿を見つめ続けていた。

[143 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 18:30:11]

「で、何処行くんだ？」
「キャッ！？　え、つ、着いてきていらっしゃるんですか……！？」

　少女との別れが完全に済んだ彼女に問い掛ければ、思った以上に驚かれた。
　ルフィは頷くと城を指差す。

「別に着いて行くわけじゃねェよ。おれ、あっちに用事があるんだ」
「……お城に？　もしかして城内案内に参加されるのですか？」

　口元を押さえて首を傾げる女性にルフィは首を振った。

「そうじゃねェよ。ピエロ捜してんだ」
「ピエロ？　ピエロって、あの？」
「どのピエロかわかんねェけど多分それだ。赤ッ鼻で変な恰好してる奴」

　ルフィもこの街に入る時にチラッと見ただけだ。
　それでも目立つ格好をしているのだから一目見ればすぐにわかるだろう。
　女性は少しだけ黙り込み、ルフィをちらちらと盗み見た。

「どうした？」
「いえ……見つけたらどうするんですか？」
「んー？　聞きてェことがあるんだ。さっきの子供が、ピエロは帰る時にあっちに行くって言ってたからさ」
「そうですか……」

　彼女はまた黙り込む。しかし、何故か一生懸命眉を吊り上げた表情をしてルフィに人差し指を突き付けた。

[144 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 18:30:41]

「あ、あの子は私の友達です！　もし変なことをするなら怒りますよ！」
「え？　お前、ピエロと友達なのか？」

　びっくりして目を丸くさせれば、彼女はこくこくと頷いた。

「そ……そうです！　この国で出来た、大切な友達です！　だから……ッ」
「なら話は早ェや！　なァ、そいつって今何処にいるんだ？」
「ええ……？」
「聞きたいことがあるんだ。……あ、でも、もしピエロがおれの仲間に手を出してたら色々約束はできねェな」

　ルフィの言葉に彼女は困惑したらしい。
　何度か口を開閉させて、結局、頬を膨らませてしまった。

「聞き捨てなりません」
「仕方ねェだろ。なんかおれの仲間とか友達がピエロに襲われたかもしれねェんだもん」
「……え？」

　彼女は足を止めてルフィを見た。
　赤い視線を背中で受け止め、ルフィも思わず足を止める。振り向けば、彼女はすぐに顔を逸らしてワンピースの裾を握り込んだ。
　そして、次に顔を上げた時には一種の覚悟が見えた。

「……私もあなたに着いて行きます」
「え、なんでだよ。お前、用事は良いのか？」
「問題ありません。それよりもあの子のほうが大事ですから」

[145 二次元好きの匿名さん 23/01/29(日) 18:31:39]

おおう、一緒に行動するのか……
この優しいお姉さん天竜人だったりしないか？

[146 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 18:31:40]

　そう言ってルフィの着ているツナギの腰の辺りを掴んだ。
　絶対に着いて行く、という意志が見える赤い瞳にルフィは頬を掻いた。

「別に良いけどよ……。それじゃあパッツンはピエロのいる場所教えてくれるんだな？」
「……パッツン？」
「パッツンはパッツンだろ」

　ルフィは彼女の前髪を示して言う。
　綺麗に切り揃えられた前髪だ。彼女は己の前髪を片手で押さえて、目をぱちくりさせていた。

「そういうふうに呼ばれるのは初めてです」
「わかりやすくていいだろ。で、ピエロは何処に……」

　彼女のことを気にせず、ずんずんと歩き始める。すると後ろから小さく笑い声が聞こえた。
　振り向けば、彼女が口元に手を当ててクスクスと笑っている。

「パ、パッツンって……変なの」
「そんなに笑うことかァ……？」
「いえ、なんかちょっと面白くなっちゃって……」

　ひとしきり笑ってすっきりしたのか、女性はルフィに並ぶようにして歩き出した。

「ルフィ君、でしたっけ？　私もあの子のいる場所を常に知っているわけじゃありませんが、会えれば話を聞くくらいできます」
「別にお前いなくても話せるだろ」
「あの子はすっっっご～～くシャイなんです！　急に男性が押しかけてくるなんてびっくりするに決まってます！」

[147 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 18:35:09]

　そう断言して、彼女はずんずんと進んでいく。
　ツナギを掴まれていればルフィも自然と引っ張られる。彼女は道案内も兼ねているのだ。逆らわずについて行った。
　祭りのおかげで街中には人が多かったが、徐々にその数も減っていく。どうやら向かう先はあの少女が言っていた通り、城を越えた森の方向らしい。

「……ルフィ君のお友達ってどんな方なんですか？　あれ？　お仲間さん、でしたっけ？」
「ん？　チョッパーとトラ男か？　ふたりともスッゲェ医者でよ、何でも治せるんだ」
「ヘェ、お医者様！」

　彼女の赤い瞳がキラキラと輝いた。
　
「チョッパーは沢山変身できるトナカイでカッケェぞ！
そんでどんな病気でも治す薬をすぐ作っちまうし、スゲェんだ！
トラ男のほうはおれの胸に空いた穴も治しちまってさ。あん時はトラ男が助けてくれてなきゃ、おれ死んでたなァ」

　ツナギの下で隠れて見えない傷を親指で示す。それは二年前、あの戦いで受けた傷だ。傷と呼ぶにはあまりに大きな穴だったが。

「し、死にかけたんですか……！？」
「おう！」

　しししッ！　と笑うルフィに、彼女は慄く。しかし、すぐにその表情も和らいだ。

「それが本当なら……トラ男 さんって、凄腕のお医者様ですね！　チョッパーさんもいっぱいお薬が作れるなんて……。
……そういうお医者様がたくさんいれば、色んな人が助かるんでしょうね」

　道は長かった。だからだろうか。話す時間はたっぷりとあった。
　彼女の問い掛けに応えるままにルフィは仲間の話や、冒険の話をする。
　それを聞いて彼女は驚いたり、熱くなったり、感涙したりと大忙しだった。

[148 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 18:35:37]

「――すごい！　ルフィ君はここまで大冒険してきたんですね！」
「そういや結構色んなとこ行ったなァ～」
「良いですね、私もあちこち見て回りたいです……」

　羨ましそうに零す彼女にルフィは目を瞬かせた。

「行きゃ良いだろ。冒険」
「え？」

　彼女はルフィの言葉に少し固まり、そして胸の前で指を絡ませながら手を組んだ。

「……そう、そうですよね。冒険、私も行けますよね？」
「おれも最初はひとりで船乗ったけどよ。すぐに仲間ができたし、あいつらと一緒に冒険すんのスゲェ楽しいんだ」
「ふふ、良いですね、それ！　私はお友達と一緒に冒険がしたいです！　
きっとすごく楽しんだろうな。うん、私も、あと少しで……」

　噛み締めるように彼女は呟く。
　そうしていれば、いつしかルフィたちは森の中にある道に来ていた。
　適度に人の行き来があるのか、道は踏み慣らされていて歩きやすい。
　ルフィは麦わら帽子を手で押さえて森を見上げる。

「なァ、ピエロってホントにここに住んでるのか？」
「住んではいませんよ。ただ、時々こちらでお仕事をしているから……。
いるかどうか私が見てくるので、ルフィ君はここで待っていてくださいね！」
「森と崖しかねェじゃん」
「もう、いいから待っていてください！」

[149 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 18:35:50]

　プンッ、と頬を膨らませた女性にルフィは頬を掻く。

　呼んできてくれるのであればそれを待つくらいはできる。

　仕方なく、近くにあった石に腰掛けてルフィは彼女の背を見送った。

「しっかし、チョッパーたちどうしてっかなァ。トラ男もいるし大丈夫だろうけどさ」

　足の上に肘をついて頬杖をつく。

　爽やかな風が吹き抜けていき、ルフィの短い黒髪が僅かに揺れた。

　あまりにのどかな時間だ。ルフィは頬から手を離し、鼻をほじった。

「……待ってんのも暇だな」

1：パッツンを追いかける

2：「おい、そこの少年」

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[150 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 21:12:45]

「おい、そこの少年」
「ん？」

　呼び掛けられて振り向くと、そこには白い鎧を身に纏った警備兵が数人いた。
　ルフィは目を瞬かせる。

「どうした？」
「いや……どうしたも何も、こんなところで君がどうしたんだい」
「おう、人を待ってんだ！　ここで待ってろって言われてるからよ」

　警備兵たちは顔を見合わせる。
　そして少しばかり難しい表情を浮かべた。

「普段なら別に構わないが……」
「あ？　何かあったのか？」
「いや……私たちもまだ調査中なんだが、どうやら『工場』で侵入者が暴れているみたいなんだ。
ここは入り口も近い。君も早く街に避難してくれ」
「……『工場』？　なんかどっかで聞いたなそれ……」

　ルフィが首を傾げていれば、森の奥が騒がしくなってきた。
　鉄の擦れる音が聞こえる。
　顔を向けると、幾人もの警備兵たちが走ってきていた。彼らはルフィたちの傍らにいる警備兵を見て、大声を出す。

「おいッ！　応援か！？　早くしてくれ、扉を封鎖する！」

　やけに焦った様子だ。ルフィに声を掛けてきた警備兵たちも目を丸くさせ、森から来た者に詰め寄った。

[151 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 21:13:45]

「封鎖って……何が起きているんだ？」
「押さえ込めねェんだよ！　お前たちは作業員の避難を手伝ってくれ……！」
「おれたちも自分の目が信じられないんだが――『死の外科医』が出たんだ！」

　耳に飛びこんで来た単語にルフィは顔を上げる。
　彼らはルフィに対する注意が既に逸れているらしい。話を聞いた警備兵たちが驚愕の声を上げる。

「な、何言ってるんだ！？　『死の外科医』って、あの大海賊の……」
「そうだ！　工場内に突然現れた上に、工場長がやられたらしい！　今はトナカイに乗って逃走中だ！」
「馬鹿なッ！　あの人は巨人族だぞ！？　いや、トナカイ！？　トナカイってなんだ！？」
「知るかよ！！　トナカイはトナカイだッ！！」

　目の前で繰り広げられている混乱を見て、ルフィは麦わら帽子を押さえながら立ち上がる。
　それでやっと存在を思い出したのだろう。
　警備兵のひとりがルフィを見て「あ」と言葉を漏らした。

「お、まえ……その、『麦わら帽子』は……」
「――しししッ！」

　口元をニィと歪めてルフィは笑った。

「チョッパーとトラ男、見っけ！！」

　ふたりの居場所がわかったのならもう十分だ。
　この警備兵たちがやってきた方向に『工場』があるのなら、そちらに向かえば良い。

[152 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 21:15:12]

「悪ィな！　パッツンが来たらチョッパーたち見つけたって言っておいてくれよ！」
「は！？　ちょ、一体何のこと……」
「馬鹿野郎ッ！！　こいつは……この『麦わら帽子』と目の下の傷は――」

　携えていた剣や槍を抜いた警備兵たちはその切っ先をルフィに向けた。

「――『麦わらのルフィ』だッ！！」

　タンッ――座っていた石を蹴り上げて跳んだ。
　右腕を振り上げるとルフィは森の奥に狙いを定める。すぐ下に迫る刃など気にすることでもない。

「待ってろよ、ふたりともッ！！」

　宙を殴るように前へ繰り出した拳。腕の全てが勢い良く伸び、手ごろな枝を掴んだ。
　同時に腕の長さが戻る勢いに任せ、ルフィの体は森の奥へ飛んでいく。
　警備兵たちの悲鳴に近い声が聞こえるが、何を言っているかまではもうわからなかった。
　完全に腕が縮み切る直前で枝から手を離し、次は左腕を繰り出して次の枝を掴む。
　そうしてあっという間にルフィは森の奥に到達する。

「お？　あれかッ！！」

　ルフィの視界に映ったのは巨大な鉄の扉だ。
　崖の壁に嵌め込むようにして作られた巨大な扉に口笛を吹く。

「デッケェなァ！　チョッパーたち、あそこにいんのか！」

[153 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 21:16:11]

　枝を掴む腕が縮み切る直前に手を離す。訪れる浮遊感。しかし、ここまで飛んできた勢いまでは消せない。
　ルフィの体はまっすぐ鉄の扉に向かって行く。周囲には複数の警備兵の姿も見えた。
　だが、もう何も関係ない。ルフィは突っ込んでいく速度に合わせて右腕を振り上げる。

「〝ゴムゴムのォ――銃〟ッ！！」

　ゴォンッ！！　と、鐘を打ち鳴らしたかのような音が響く。
　分厚い鉄の扉の片方が内側に弾け飛んだ。ルフィの体は止まることなく、そのまま壊した扉の内側に転がり込む。

「ウォォォォォォォォッ！？」
「ウォォォォォォォォッ！？！？」

　床に足を引っかけ、ルフィの体は凄まじい回転を見せながら奥に入り込んでいく。
　ゴロンゴロンと回る視界に目を回すが、やがて壁にぶつかってルフィは後ろに弾き飛ばされた。

「目がァ、ぐるぐるするゥ……」

　ぐらんぐらんと揺れる頭を押さえて数秒もすれば、視界は元に戻った。
　ルフィはすぐさま立ち上がり、周囲を見渡す。見えたのは困惑の表情を見せる白い兵隊たちだ。
　彼らに笑みを見せて、ルフィは問い掛けた。

「なァ、チョッパーとトラ男、どこだ？」
『誰だよッ！？』

　異口同音の言葉にルフィは目を丸くさせた。そして頭を掻いて首を傾げる。

「おかしーな、ここにいんだろ？　チョッパーとトラ男。ま、いいや」
「え、ちょ……」
「おーい！　チョッパーッ！　トラ男ォーッ！　返事しろーッ！！」

[154 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 21:18:17]

　警備兵たちを掻き分けてルフィは工場の奥に入っていく。
　ぽかんとしていた警備兵たちもすぐに息を飲み、各々の武器を手に取った。
　そしてルフィは己に向けられた剣や銃口に足を止める。

「おう？」
「……止まれ。これ以上進むというなら脅しでは済まないぞッ！」
「何言ってんだ？　お前らが持ってるのは最初から脅しの道具じゃねェだろ」

　ルフィは一歩進み、自分に向けられていた銃身を掴み上げた。
　銃を持っていた警備兵の震えがルフィにも伝わる。

「悪ィな。おれ、仲間を取り返しに来ただけなんだよ」
「な、にを……ッ――」

　警備兵の目がぐりんと回る。突如、彼らの足の力が抜けて崩れ落ちていった。

「――だからちょっとどいてくれ」

　己が持つ覇気を放つ。驚愕や戸惑いの短い声を上げる間もなく、ルフィを中心に警備兵たちが倒れていく。
　鎧、剣、槍、銃が床に落ちてけたたましい音を立てた。
　そして通路に立っているのはルフィひとりだけになる。ルフィは首の後ろを掻いて、息を吐いた。

「よしッ！　チョッパーたち捜すぞ！！」

　そう宣言して一歩を踏み出した瞬間だった。

[155 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 21:19:44]

「ッ――！？」

　一瞬感じた殺気にルフィは身を捩じる。つい先ほどまで頭があった空間に鉄の矢が過ぎ去っていった。
　見上げた先には複雑に絡み合ったパイプがある。そして、その上に立つふたりの影も見えた。

「……なんだお前ら」
「それはこっちのセリフだ」
「ああクソ……本当に何なんだよ、今年はよォッ！」

　ルフィの視界にひとつのビジョンが被る。それはほんの数秒後の未来。
　目の前に降り立つふたつの影の姿を目に映した。

「おっさんたち、魚人か」

　ルフィの言葉が終わるより先に、目の前にふたりは降り立つ。
　ゆらりと体を起こしたのは赤い肌の魚人と青い肌の魚人だった。
　ふたりは手に銛を持っている。ルフィよりも随分と背が高いだろう。彼らはサンダルを履いた足を踏み出した。

「お前……『麦わらのルフィ』だな」
「おう、そうだッ！　おっさんたち誰だ？」
「見た通り魚人さ。ここの守りを任されてるんだが……困ったもんだよ」

　周囲に転がる警備兵たちを見て、赤肌の魚人は額に手を当てた。

「こんなにしちまって、どうしてくれんだ」
「おれはチョッパーとトラ男を迎えに来ただけだぞ」
「そうか、そうか……」

[156 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 21:21:20]

　赤肌の魚人は深い深い溜息をつく。
　そこには疲れが含まれているようだった。

「だから、こうなりたくなかったんだよ……」
「どうすんだ……！？」
「……ああ、麦わら、ひとつ訊くが」

　顔を擦ってから彼は細めた目でルフィを見た。

「おたくのとこのタヌキも『死の外科医』も、ここを出て行くのを止めねェし、お前らを追わねェって言ったら大人しく出てってくれるか？」
「お、おいッ、お前流石にここまでされて……ッ！」
「おお、いいぞ！」
「いいのかよッ！？」

　青肌の魚人がびっくりしたように目を剥く。
　しかし、ルフィは頷くだけだ。

「ひとまずおれはチョッパーとトラ男が帰ってくれば良い。その他のことはまた考える。……だって、何かあったからあいつら捕まえたんだろ？」

　そう言えば、赤肌の魚人は口元を押さえて肩を震わせた。
　クックックッ、と喉を鳴らす笑い声をルフィはただ聞いて待つ。

「……ハァ、本当に困ったな。このタイミングでなァ……。運命っていうのはおれたちのことが大嫌いらしい」
「何言ってんだ？」
「いい、こっちのことだ。んじゃまァ、取引成立ってことで良いか？　こっちはもう手を出さねェから、さっさと――」
「――その要求は飲めねェな」

[157 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 22:54:53]

　声が響いた。それはルフィのものでも、魚人たちのものでもない。
　ルフィは振り返ることなく、笑みを浮かべた。
　背後からは床を引っ掻く蹄の音も聞こえてきている。
　目の前にいる魚人ふたりの顔が忌々しく歪むのだけがルフィの目に映った。
　カツ、カツ、カツ――蹄の音はルフィの隣で止まる。顔を向けなくとも、その立派なツノが視界の隅に入り込んだ。

「しししッ！　ふたりとも元気そうで良かった！」
「馬鹿言え。これくらいでおれたちがどうにかなるわけないだろ」

　そう言ってルフィの隣に降り立ったのは確かにローだった。
　見慣れた帽子を失った彼は乱れた黒い髪を掻き上げ、舌打ちをする。

「ルフィ～～～～ッ！！」
「おー！　チョッパ～ッ！！」

　そしてすぐにローを押しのける勢いでチョッパーが涙目でルフィにすり寄った。
　ローを乗せていたのか、『脚力強化』のトナカイらしい姿のままだ。そんな彼のツノがビシビシ当たるが、ルフィにすれば痛くもかゆくもない。
　思いきり顔を抱き込んで、頭や首元を撫で上げてやった。

「おい、敵の前で呑気に戯れてんなッ！」
「うっ……だ、だって、せっかくルフィに会えたんだぞッ！？」
「おっさんたち見逃してくれるって言うんだから良いだろ？」
「だから、それを断るって言ってんだ！！」

　ローは鬼哭を抜いて、魚人ふたりに突き付けた。
　鈍く輝く切っ先を見ても彼らは動じない。しかし、落胆の気配が滲んだのはわかった。

[158 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 22:56:06]

「あんたらを捕まえたのはそりゃ悪かった。だが、こっちだって不法侵入されたんだ。
当然の権利だっただろう」
「ハッ……権利だと？　寝言は寝て言え。あんなもの抱え込んで……こっちが見逃すと思ったか？」
「あんなもの？」

　ローの言葉にルフィは首を傾げる。
　すると、腕に抱いていたチョッパーが体を強張らせるのを感じた。
　そこに混じる怒りの気配に、ルフィは思わずチョッパーを見る。

「……よくわからねェな。どうしてあんたがそんなに必死になる」
「開き直んじゃねェよ。……ああ、おれは確かに海賊だ。こんな国、どうなろうとおれの知ったこっちゃねェ……本来ならな」

　そう言いながらも鬼哭の柄を握り締める彼の手に更なる力が籠められる。
　徐々に言葉に含まれる怒気が大きくなるのも手に取るように分かった。
　一歩踏み出したローの背中を、ルフィは静かに眺める。

「だがなッ！！　あれを――『珀鉛』を利用するってんならおれには止める権利があるッ！！
テメェらがどれだけ馬鹿げたことをしようとしてんのか、本当にわかってんのか！？」

　ローの叫びが空気をビリビリと震わせた。
　魚人たちは黙り込み、僅かな沈黙が訪れる。ルフィはチョッパーを抱いていた腕を解き、腰を上げた。
　彼は振り返らない。そのまま、ルフィに言った。

「麦わら屋」
「おう」

[159 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 22:57:45]

　短く答えれば、ローが微かに笑った気がした。
　ルフィもまた一歩を踏み出して、彼の横に並ぶ。

「――テメェの力を貸せ。こいつらを、こいつらの目論見ごとぶっ潰す！！」
「――おうッ！　いいぞッ！！」

　まだ何もわからない。だが、その声掛けだけで十分だ。
　彼の強い想いが確かに伝わってきたのだから。
　ルフィは己の拳を手の平に打ち付けて笑う。

「おいおいおいおい……マジかよ」
「ああ、悪い夢を見ている気分だぜ……」

　赤肌の魚人は己の拳で何度もこめかみを軽く叩いている。
　しかし、夢が覚めないと知って、大げさに肩を落とした。

「……ガキもやられた、姐御もやられた、あいつも……音沙汰がねェ」

　ぽつぽつと零していく内容にルフィは首を傾げる。
　赤肌の魚人は諦めに近い表情をして、それでも手にした銛を持ち上げた。
　青肌の魚人もまた、それに倣うようにして構える。

「せめて、おれたちが踏ん張らなくちゃいけねェな」
「つれェぜ」
「そう言うなよ、相棒。――地獄の底から這い上がるって誓ったろ」

[160 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 22:58:42]

　赤肌の魚人の言葉に青肌の魚人は歯を食いしばってから、大きく頷いた。

「……アァ、忘れてなんかねェさ」

　彼らの目に宿る覚悟にルフィは構える。
　いつしか『重力強化』の姿に変身したチョッパーも横に並んだ。
　ルフィは真正面から彼らを見て、笑いもしなかった。

「悪いな、おっさんたち。そこ、どいて貰うぞ」

　互いに床を蹴ったのは同時だった。
　繰り出される銛の先から鉄の矢が発射される。
　しかしそれは先に飛び出していたローが鬼哭の刃で弾く。
　ルフィの目には全て映っていた。
　――次にローが何をするのか。
　――チョッパーがどちらに向かうのか。
　――魚人のふたりがどんな攻撃をしようとしているのか。
　ひとつだけ瞬きをして、ルフィは拳を握る。

　無機質な通路に、鈍い音が響き渡った。

[161 二次元好きの匿名さん 23/01/29(日) 22:58:47]

珀鉛は天竜人に使うつもりなのかもな
まぁいずれにしろローが許せない気持ちもわかるが

[162 二次元好きの匿名さん 23/01/29(日) 23:00:03]

いくら天竜人相手だって珀鉛使われるのは嫌だろ…
フレバンス出身で元珀鉛病で医者のローなら絶対に止める

[163 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 23:00:59]

★【××の記憶】を再生します。
――――――――――
　――××は白い町で育ちました。
　白い町は植物から建物まで何もかも真っ白な、まるでおとぎ話の中のような場所でした。
　誰もが裕福で、飢えを知らず、幸せだけが満ちていました。
　××の両親はどちらも本に携わる仕事をしていました。
　父は小説家で、母は町にある図書館で司書として働いていました。
　だからでしょうか。××も本が大好きでした。
　本ならば小説でも図鑑でも難しい医学書でも読んでしまうので、まさに本の虫だと両親もよく笑っていました。

　××は幸せでした。
　自分も大きくなったら本に携わる仕事がしたいと願っていました。
　きっとそうなるのだと信じて疑いませんでした。
　だから少しも考えなかったのです。まさか、白い町が地獄に変わる日が来るなど。

　人々の苦しむ声。怒声や破壊音が響く日常。白く変わり果てた姿で倒れる隣人。
　××の体も白い毒に蝕まれていました。
　父も母も、××より先に白い毒にやられて倒れてしまいました。
　たったひとり残された××は病院のベッドの上で本を読むだけの時間を過ごしていました。
　しかし、それも家からやっと持ち出せた、とある英雄譚の一冊だけです。
　何度も読み返して擦り切れた表紙。自慢だった、作者のサインも掠れています。
　××は壊れていく街を窓の外から眺めていました。そして、よく病室に様子を見に来てくれる先生に訊きました。

「どうして××たちの体はダメになっていくんですか？」

　××の問い掛けに先生は少しだけ困った顔をして何かを言おうとしました。
　しかし、××の目を見て、すぐに口を閉ざして優しく微笑んでくれました。
.
.
.

[164 二次元好きの匿名さん 23/01/29(日) 23:02:02]

あぁ……

[165 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/29(日) 23:02:19]

.
.
.
「……君は本が大好きだったね。君のご両親からも聞いていたよ。
なんでも、難しい医学書だって読んでしまうって。それなら、これも読めるかもしれないね」

　そう言って渡されたのは、一冊の論文でした。
　××は先生の顔を見ました。やはり先生は優しく微笑んでくれています。そして、白くなりかけた頬を指先で掻いて言いました。

「自分の本を勧めるのも恥ずかしいものだな。……私たちは真実を知る権利がある。勿論それは、君もだ」

　外で大きな音がしました。何かがまた爆発したのでしょう。それがお祭りの音であれば良かったと何度願ったことかわかりません。

「いつか世界も真実を知る日がくる。だから私たちは諦めない。君も……諦めないでくれ」

　そうして先生は××の頭を撫でてくれました。誰かに触り慣れた、優しい手つきでした。
　××の頭を撫でてくれる両親はもういません。ベッドの上で××は泣きながら、渡された本を抱き締めて何度も頷きました。

「そうだ。元気になったら私の息子を紹介しよう。クラスは違うが、同い年だっただろう？
あの子も本当に頭が良くて……それに君がよく読んでいるその本、息子も大好きなんだ。きっと話が合う」

　××はただただ何度も頷きました。きっとそんな未来が来ることを祈って、ずっと頷きました。
　そして――そんな日が来ない内に、白い町は終わりを迎えました。燃えました。人々の命が失われていきました。
　××は燃え盛る病院から抜け出して、ただひたすらに走りました。もう何もありません。残ったのは腕の中にあるたった二冊の本だけです。
　泣き声も枯れ果てました。声も枯れました。心も尽き果てそうになりました。
　壊れた白い町から××は消えました。死体の山に隠れ、国境を越えました。この地獄から抜け出すために。ちゃんと生きるために。
　それがまた新しい地獄の入り口だったとは、少しも知らないまま。
――――――――――
【再生終了しました】

[166 二次元好きの匿名さん 23/01/29(日) 23:22:06]

うわぁ……マジで…？嘘だろ

[167 二次元好きの匿名さん 23/01/30(月) 01:13:16]

あぁ…xxはローと対比になってるのか…

[168 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/30(月) 07:49:39]

　鉄の扉の向こうは工場内の惨状と裏腹に、爽やかな風が吹いていた。
　もうだいぶ陽も落ちてきている。ルフィは木々の間から見える、薄明るい空を見上げた。

「ヨシッ！！　で、誰からぶっ飛ばすんだ？」
「お前、事情は聞かねェのか」
「ん？　教えてくれんだろ？」
「……お前はそういう奴だった」

　何故か頭を押さえて俯くローにルフィは疑問符を飛ばした。
　チョッパーを見たが、彼のほうは何故だかニコニコとしている。

「ルフィなら絶対そう言ってくれると思ったんだ！　おれもぶっ飛ばすぞ！」
「おうッ！！」
「……まずは状況整理からだろう。うちの船員たちはどうした」

　街に続く道を歩き始め、ローが零す。
　ルフィは自分が飛び出してきた時のことを思い浮かべた。

「多分、街にはいるんじゃねェかな。フランキーのロボからトラ男の帽子が出て来てよォ。
クマたちもびっくりしてたし。だからおれ、ピエロ捜しに出てきたんだ」
「ベポだ。……ああ、あれはちゃんと届いたのか」

　顎に手を添えて呟くローを見て、ルフィはあることに気づく。

[169 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/30(月) 07:50:04]

「あ？　トラ男、その手のやつって……」
「……海楼石だ。結局、鍵が見つからなかった」

　そう言って持ち上げられた手首には鎖の壊れた枷が嵌められていた。
　忌々しそうに顔を歪めるローに、ルフィも苦い表情を作る。

「ウエェ……マジか。さっきの工場の中にあんのかな？　取りに戻らなくていいのかよ」
「目ぼしいところにはなかった。巨人もあの魚人たちも持っていなかったが……他に誰かが持ち歩いているのかもしれねェ」
「ピエロが持ってんのかァ？　あ、ピエロといえば、パッツンの奴、何処行っちまったんだろ」

　きょろきょろと見回すが、それらしき姿はなかった。
　騒ぎを聞きつけてさっさと街に戻ったのかもしれない。

「お前はもう少し話題を絞れ……」

　ローは呆れた様子で前髪の前の空間を指で掴んで、少し固まった。
　それを見てルフィは、ししし、と笑う。

「トラ男、帽子ならサニー号にあるぞ」
「……なんでテメェの船にあるんだよ」
「だってサニー号に来たんだから当たり前だろ？」

　フンスと鼻息荒く返せば、ローは肩を竦めるだけだった。
　そんなふうにいつも通りのやりとりをしていれば、前方から影が差す。

[170 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/30(月) 07:50:34]

「――麦わらァ……ッ」
「お？」

　怒りの籠った声に顔を上げると、そこには見覚えのある魚人の警備兵がいた。
　彼の後ろには隊を組んだ多くの警備兵たちもいる。
　ローは魚人の警備兵を一瞥し、ルフィにに視線を戻した。

「例の副隊長とやらか？」
「そうだ！　ししっ、魚人のおっさん、元気か？」

　ヨッ！　と手を挙げて挨拶をすると魚人の警備兵の額に青筋が浮いた。

「おかげ様で血管がブチギレそうだ……」
「何ッ！？　よくわかんねェけどやべェんじゃねェのか！？　医者ならここにいるぞッ！！」
「ウルセェ」

　すぐさまローが鬼哭の柄頭でルフィの後頭部を殴った。
　良い音が響いたが覇気は使われていないので痛みは全くない。
　殴られた後頭部を擦っている内に彼はルフィに囁く。

「相手をしているのも面倒だ。さっさと制圧するぞ」
「うしッ！　早く皆に会いてェもんな！」

　ルフィも頷いて腕をぐるぐると回す。
　魚人の警備兵の背後にいた、多くの警備兵に緊張が走った。

[171 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/30(月) 07:51:17]

「うん？」

　しかし、そこでルフィは違和感を覚えて空を見上げた。
　陽が落ちてきたとはいえ、まだ明るかったはずだ。だというのに、頭上に影が差す。

「お？　お？　お？」

　空には真っ黒な雲が渦巻いていた。それも何故か、この場所だけに。
　覚えのある光景にルフィは口元に笑みを浮かべた。

「なんだ、もう来てたのか」
「……ありがたいことだな」

　鬼哭を降ろしたローが静かに数歩後ろに下がった。
　ゴロゴロと音を立てる雷雲に警備兵たちが戸惑いの声を上げる。
　魚人の警備兵もまた、それを見て汗を滲ませた。

「なんだ、こりゃ……ッ！？　おい、全員退――」
「――本日の天候は晴れ時々、雷になるでしょう」

　淡々とした声が聞こえた。雷雲の中で閃光が弾け出す。
　そして一際強く光った瞬間、地を揺るがす雷鳴が鳴り響いた。

「〝サンダーボルト=テンポ〟ッ！！」

　一瞬、全てのものが白く見えた。それが局地的に落ちてきた雷の輝きであると知れたのは、ルフィたちだけだっただろう。
　目の前にいた警備兵の多くはその身を雷に貫かれ、思考する暇もなかったはずだ。

「ぁ、がッ……！」

[172 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/30(月) 08:30:26]

　ばたばたと倒れていく警備兵たちの中、白眼を剥いた魚人の警備兵だけが最後まで立っていた。
　だが、それもやがて崩れ落ち、地面に突っ伏していく。結局、その場に残る警備兵はひとりもいなくなる。
　焦げた警備兵たちを追い越して姿を現したのは見慣れた航海士の姿――ナミだった。
　そしてその後ろから他の仲間たちもぞろぞろと顔を出してくる。
　ルフィは笑顔で彼らに手を振った。

「ナミッ！　よくここわかったなァッ！」
「……はァ。隠密行動もできない何処かの船長さんたちが大暴れしてるって聞いたのよ」
「ふうん？　おれたち以外にも誰か来てんのか？」
「あんたたちのことよ、あんたたちのことッ！！」

　ビシッ！！　とルフィとローを交互に指差すナミの剣幕に、ふたりは一歩身を引いた。

「まあ、見つかったんじゃ。よしとしよう」
「ジンベエは甘いのよ。もう、何処で何してたのかしっっっかり教えてもらうからね！」
「わか、わか、わかったから、もう頭、つつ、つつ、突くのやめてくんねェ？」

　ルフィの額をナミは揃えた指先で何度も弾く。前後に揺れた。
　ローはそんなやりとりも既に目に入っていないのか、ナミの後方を見て肩を竦める。

「――キャプテ〜ンッッッ！！」
「生きてる！！　動いてる！！　五体満足！！」
「また心配かけさせやがりましたね！？」

[173 二次元好きの匿名さん 23/01/30(月) 08:38:58]

ローとチョッパーに関しては逃げるためだったから勘弁してやってくれナミ…

[174 二次元好きの匿名さん 23/01/30(月) 10:00:10]

帽子無いのにキュッとしようとしてるとこルフィに見られちゃうロー可愛いな
この後あるであろう重々情報共有の前の和みだ

[175 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/30(月) 12:38:47]

　遠慮なく抱きついてくるベポを両手で抱き止め、左右から突っ込んでくるシャチとペンギンにローは一瞬苦しそうに顔を顰める。
　ベポの太い腕の上に顎を乗せた彼は一息ついてから言った。

「なんだ、お前らのそのテンションは……」
「キャプテンこそテンション低ッ！！」
「おれたちがどんだけ心配したと思ってんすか！？　アッ！！　指ボロボロじゃないですかァッ！！」
「トラ男のとこは賑やかだなァ〜」

　そうやって笑っていればルフィの頬をナミがむんずと掴んだ。

「もう！　こんなところでのんびりしてられないでしょ！
途中でゾロたちとも会えたし、さっさと船戻るわよ！」
「ふふぇにもひょるのふぁ？」

　引っ張られるままに伸びる頬では上手く言葉を発せられない。
　するとずっと様子を見守っていたウソップも前に出て、ルフィのもう片方の頬を掴んで引っ張った。

「あったり前だろスットコドッコイ！　チョッパーたちにも聞きてェことがたくさんあるんだ！
なのにこんだけ騒ぎになれば街に隠れることもできねェだろ！！」

[176 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/30(月) 12:40:00]

　そうやってふたりにズルズルと引き摺られる。
　サンジもタバコを吸いながら、そんなルフィを見下ろしていた。
　彼の傍らには駆け寄ってきたチョッパーがいる。顔が伸びきっているルフィに慄くチョッパーの背を彼は撫でた。

「チョッパー、怪我はねェか？」
「お、おう！　大丈夫だぞ！　あっ、それでな、おれ、トラ男と一緒に色々見ちまってさ！」
「おーおー、聞く聞く。お前らが捕まるなんてどうやらマジでヤベェみてェだな。
……まァ、それよりまずはお前の無事を祝わねェとな」
「サ、サンジ〜ッ！！」

　『脚力強化』から普段通りの小さな姿に戻ったチョッパーがサンジに抱きつく。
　海賊弁当を食べる暇がなかったと嘆くチョッパーに、彼は船に戻ったら何か新しい物を作る約束をしたようだった。
　ルフィもそこに口を挟もうとするが、開ききった口からはモニョモニョと意味をなさない言葉しか出てこない。

「とりあえず騒ぎにならないように私の〝蜃気楼〟で姿を隠して行きましょ。
トラ男君たちもそれで良い？」

　ナミが振り返ってローたちに問う。
　ローは少し口を開けてから一度閉じ、そして告げた。

[177 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/30(月) 12:42:19]

「先にこいつら連れて戻ってくれ。おれは少しだけ遅れて戻る」
「え！？　あんたまたなんかひとりでやろうとしてんですか！？」
「海楼石ついてるように見えますけど！？　絶対おれたちも残りますからね！」
「キャプテンそういうのホントにダメだと思うよ！！」

　ぐいぐい来る三人にローは眉間にしわを寄せた。

「違ェよ。……本当に少しだけこの街を見ていくだけだ。
考えをまとめさせる時間くらいくれ」

　その声の頑なさにシャチたちは歯噛みする。
　ローの気持ちを尊重したいが、どうしても心配だという思いが滲み出ていた。
　ルフィは彼らを見てからナミたちに顔を向ける。いつしか両頬から手は離されていた。
　だからルフィは体勢を直してローたちに声をかける。

「それじゃあよ、トラ男が戻るまでおれも一緒にいて良いか？
なんかあればおれがトラ男担いで走って帰ってくるしよ」
「おい、勝手なことを言うな。お前がいたらまとまる考えもまとまらねェよ」
「おれのこと無視してりゃいいだろ。おれならトラ男だって気ィ遣わなくて済むし」

　ローは呆れ果てた顔をした。ルフィは笑って答えを待つ。
　やがて彼はガシガシと頭を掻いて大きな溜息をついた。

[178 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/30(月) 12:43:38]

「……わかった。好きにしろ」
「うしっ！　街見るなら高いとこが良いよなァ。
そういやなんか見晴台みたいな場所なかったか？」
「ここのこと？　地図持っていきなさいよね。道わかんなくなったらトラ男君に聞くのよ？」

　ナミがルフィのツナギのポケットに地図を捩じ込んだ。しっかりと落ちないことを確認してルフィは頷いた。
　そしてぐるぐると腕を回して足を踏み出す。

「よし！　行くぞトラ男！！」
「ルフィ、方角あっちね。途中に見える高い木の枝がちょうどいいでしょ」
「そーだなー」
「おい、待て。ナミ屋どういう意味だ。……おい、麦わら屋！　待て！！
腹に腕を巻き付けるな！！　お前まさかッ――」

　ローを落とさないようにしっかりとその腹に、伸ばした自分の腕を何重にも巻き付けて笑う。
　そしてもう片方の腕を思い切り遠方に伸ばした。

「じゃあお前らも気をつけて戻れよッ！！」
「待ッ、おい、麦わら屋ァァァァァァァァッ！！！！」
『キャプテ――――ンッッッ！？』

　一瞬で視界の全てが溶けたように輪郭を失う。
　風を切る感覚が気持ち良い。なにか様々な声が聞こえている気がするが、その全ても遠くに吹き飛んでいく。
　
　そうしてルフィとローはほんの一時、空の旅を楽しんだのだった。

[179 二次元好きの匿名さん 23/01/30(月) 17:38:19]

ルフィにしかできない命綱好きだ…

[180 二次元好きの匿名さん 23/01/30(月) 18:23:22]

ドレスローザの時を思い出すな
ローも海楼石の枷付いてるし

[181 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/30(月) 21:31:40]

サニー号/視点チェンジ
⇒麦わらの一味（ロビン）

「――それで、ふたりはまだ戻ってこないの？」

　あと少しで夕方になる短い時間は、ほのかな肌寒さをロビンに伝える。
　とても慌ただしい日だ。
　目当てのピエロは見つけて撃退したものの、逃してしまうという痛手はあった。
　ただ、捕まっていたチョッパーとローが無事に脱出していたことが不幸中の幸いだろう。
　サニー号の芝生の上には、やはりロビンたち以外にもハートの海賊団の船員たちが集っていた。
　普段なら姿を見せない数人もサニー号には移らないまでも、浮上したポーラータング号の甲板の上に出てきているようだ。

「そうそう、キャプテンのワガママにも困ったもんだっての。
……まあ、でもなんかあったみたいだし、時間が必要なのは本当なんだろうな」

　シャチが不満を隠さずに言う。
　彼はサンジから分けてもらったコーヒーを啜ってから息を吐き出した。
　誰かを心配する気持ちはロビンにもよく理解できる。
　だから彼の隣で同じように紅茶を飲んでから微笑んだ。

「ルフィが一緒にいるからまた敵襲があっても心配はないと思うけど……みんな、彼のことを待ってるのね」

　ハートの海賊団全員が何かしらの形で表に出てきているのは、戻ってきたローの顔を真っ先に見るためだろう。
　それだけ彼は大切に思われているのだ。そう考えるだけでロビンも何だか温かな気持ちになれた。

[182 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/30(月) 21:32:09]

「でも、陽が落ちてきて冷えるわね。コーヒーだけで良いの？」
「良い良い。黒足は飲み物淹れるのも上手いなァ」

　ロビンの目の届く範囲には仲間も全員揃っていた。
　椅子に腰掛けてジュースを飲むナミ。敵襲を警戒して、一部のハートの海賊団の船員と共に船のへりに陣取るジンベエとゾロとウソップ。
　チョッパーにサンドイッチを差し出すサンジ。そのサンドイッチを美味しそうに頬張るチョッパー。
　わざわざ外に出て体のメンテナンスをするフランキー。他の者たちの口数が少なくなっているせいか、緩やかに楽器を奏でるブルック。
　いないのはルフィだけだ。
　普段は彼のめちゃくちゃな行動に苦言を呈する仲間は多いが、こういう時はきちんと待つ。
　ロビンもまた、その内のひとりだ。
　きっと少し待てばルフィがローを連れて、騒がしく戻って来るだろうという思いがあった。

「おたくのとこは船長がどっか行っちまって心配になることはねェのか？」
「あるわ。でも……絶対戻ってくると知っているから待てるの。
あと、どうしてもなら勝手に私たちも着いていくしね」

　そういたずらっぽく言えば、シャチも苦く笑った。
　ぽってりとした可愛らしい形状の帽子を被り直し、芝生の上に腰を下ろす。

「自由すぎる船長持つと色々と根性必要だよなァ」
「そうね」

　会話なんてその程度だ。だが、悪くない時間でもあった。

[183 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/30(月) 21:32:49]

「夜になる前に戻ってくるといいけど」
「帰って来なくてもお腹を減らしたルフィが引き摺ってくるわね」
「はは、今日は麦わらの性格にちょっと感謝しとこ」

　そんな軽口が出てくるなら大丈夫だろう。
　ロビンは少し緩くなった紅茶で喉を潤し、雲の散る空を見上げた。
　穏やかな時間だ。ひとつの国相手に堂々と喧嘩を売ったとは思えないほどに。
　サンジが夕飯のリクエストをナミとイッカクから募っている。傍らの男たちからブーイングを食らうが、いつもの調子で蹴散らしていた。
　今晩も彼はこの人数の食事を嬉々として作るのだろう。
　それに感謝をしつつ、ロビンは紅茶の最後の一口を飲み干した。

「ん？」

　ふいに隣のシャチが声を上げる。
　ロビンは目を瞬かせて彼を見た。

「どうしたの？」
「いや……なんか霧が出てきたからよ。この島で急になんて珍しいな」

　彼はそう言って、船外に漂う白いもやを手でかき混ぜた。

[184 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/30(月) 21:33:46]

「……霧？」

　ドクリとロビンの心臓が跳ねる。
　ここが天候も現象も複雑に入り混じった新世界の海とはいえ、船はもう島に寄せているのだ。
　天候はある程度固定される。
　だから、というわけではない。ロビンはすでに似たようなことを体験していた。
　霧に見える、霧ではない別の何かを。
　徐々に濃度を増していくそれに船上が騒がしくなっていった。

「あれ？　うわ、なんか目の前が真っ白だよ！」
「ゲホッ……！　ちょ、喉に張り付く……！」
　
　ロビンもまた、己の身を撫でるそれのざらつきにおののいた。
　そして船にいる者たちに向けて叫び上げる。

「ッ、みんな気をつけて！！　これは霧じゃないわ！！　敵の、能りょ――」
「――こんにちは」

　優しい、穏やかな声が頭上から降ってくる。
　まるで道の真ん中ですれ違った知人に声をかけるような親しみすらあった。
　誰もがその声に釣られて顔を上げる。
　ゆらゆら、ぷかぷか。ゆらゆら、ぷかぷか。
　サニー号の上に、それは浮いていた。
　まるで雲みたいに集めた、常に流動する白い何かの上に〝彼〟は腰をかけている。
　黒い上着を羽織った彼は顔にかかるフードを僅かにずらした。

[185 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/30(月) 21:36:45]

「それとも、もうこんばんは、かな？　この時間帯はどちらで挨拶すれば良いかわからないね」

　背は高いのだろう。青年と呼ぶべき彼は少年のような純真な表情を浮かべている。
　微笑んだ彼の顔にロビンは目を奪われた。
　顔だけではない。開かれた上着から覗く、剥き出しの上半身にも視線を辿らせて思わず身を引いた。

「あれ、って……」

　隣でシャチがか細い声で呟いた。
　どうやら彼は〝あれ〟が何だか知っているらしい。その表情の強張りから、ロビンも察せざるを得ない。
　刻一刻と白くなっていく視界の中、青年のその姿はあまりに馴染みすぎている。
　フードから覗く白い髪。袖から覗く白い指先。顔も鼻の上だけ僅かに肌色を残して、それ以外は白く侵食されている。
　そう、青年はその身に白そのものを宿していた。
　彼はサニー号とポーラータング号の船上に視線を巡らせる。

「船長はどちらも不在？　どうしたものかな。お届け物があったのだけど……」
「……テメェ、誰だ」

　低い声で問いかけたのはサンジだ。彼は背にナミを庇い、頭上に現れた青年を睨みつける。
　射殺されそうな視線を受けて、彼は困ったように笑うだけだ。

[186 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/30(月) 21:37:35]

「誰だと言われてしまうと迷うな。名乗るような名前もないからね。
あれ？　そういえば父様と母様は『ぼく』のことなんて呼んでたっけな。
……ああ、いやでもひとつだけあった。うん、覚えてる覚えてる」

　青年は嬉しそうに言って立ち上がる。その足元では白い何かが常に渦巻いて、彼を空に立たせていた。
　白い手が振られる。揺れた上着の下から彼の胸の真ん中に刻まれた、大きな花の模様が覗く。
　それは太陽に花びらをつけたような、大輪の花の焼き印だった。

「周りの人たちは『ぼくら』をこう呼んでいたよ」

　青年は微笑む。そして、優しく告げた。

「――『ホワイトモンスター』」

　白が弾ける。鼻や目、口から入り込む白い粉がロビンたちをその場に閉じ込めた。
　咳き込む声や嘔吐の音。誰かが海に飛び込もうとして、何かに引き摺られて船の上に転がされる。
　視界の全てが白く染まり、呼吸さえままならない。
　今聞こえた悲鳴はナミのものだったのか、それともチョッパーだったのか。
　ロビンは限られた感覚の中で能力を使おうとしたが、もはや何も見えなかった。

「テ、メェ……ッ」

　薄れゆく意識の最後に聞こえたのは、悔しそうな、悲しそうな、怒っているような――そんなシャチの声だけだった。

[187 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/30(月) 21:39:04]

★2日目午後が終了しました。
★ルフィとロー以外が行動不能になりました。
★ルフィとローは街にいるためサニー号で起きていることを認識していません。
★エンディング②以降のルートに入っています。
（①ノーマルエンド　②バッドエンド　③トゥルーエンド）

▼情報
【警備隊の噂】◎
【海の戦士ソラのサイン入り初版の話】◎
【白い花畑の話】◎
【『名前のない医者の古い論文』取得】◎
【祭りに来る天竜人の話】◎
【天上金と貢物の話】◎
【子供だけが罹る病の話】◎
【双子姫の話】◎
【天竜人と警備隊の関係】◎
【祭りの由来】◎

【『お姉さん』の話】◎
【工場の場所】◎NEW！
【城の中の話（最大値の5個）】◎
【城の中の隠し金庫の中身】◎
【警備隊副隊長の様子】◎
【警備隊隊長の様子】◎
【『お姉さん』の様子】◎

【十五歳鱗病の話】◎
【『売買契約破棄書』の話】◎
【ハートの海賊団の集めた情報】◎
【〝珀鉛病〟の話】◎

[188 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/30(月) 21:39:37]

街のはずれ
【白いタンポポの正体】◎
【ピエロの様子】◎
【地下の珀鉛貯蔵庫】◎
【複数の魚人の確認】◎
【※〝珀鉛〟とフレバンスの話】◎NEW！
※ブルック、ゾロ、ロビン、フランキーのみ情報共有。

街の中
【天竜人の酒の話】◎
【天竜人の酒の味】◎
【海ソラのサイン入り初版の持ち主の話】◎
【珀鉛論文と海ソラ初版の売り主の話】◎
【未取得】※『公園』で取得可能
【施設職員のその後の話】◎NEW！
【海軍がいない理由の話】◎NEW！
【先代天竜人と王の親交の話】◎NEW！
【城の謎の足音の話】◎NEW！
【パフュパフュの実の能力者】◎NEW！
【ピエロの性別の話】◎NEW！
【粉？の能力者】◎NEW！
【警備隊の様子】◎NEW！
【『お姉さん』とピエロの関係の話】◎NEW！

[189 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/30(月) 21:40:33]

サニー号の見張り
【隠れ港】◎
【隠れ港に残された情報（4つ中3つ取得）】◎
【能力者の存在の話】◎
【ミニミニフランキー将軍の持ち帰ったもの（ローの帽子）】◎NEW！

工場
【〝姫〟？の話】◎NEW！
【大きな花の紋様を刻印した者たち】◎NEW！
【世界政府との契約書】◎NEW！
【〝酒〟の取得】◎NEW！
【未取得】※もう取得できません。
【〝ホワイトモンスター〟の話】◎NEW！
【城と工場の見取り図】◎NEW！
【ピエロの病の話】◎NEW！

extra
【誰かの記憶①〜④】◎NEW！
【××の記憶①】※取得途中です。

・取得可能な情報は随時増減、もしくは取得条件が変動します。
・ルフィ＆ロー以外行動不能なため、自動的にルフィからストーリーが再開します。

[190 二次元好きの匿名さん 23/01/30(月) 21:45:13]

旗揚げ組はローの過去について聞いてるのか…
そりゃそういう反応になるよなシャチ…

[191 二次元好きの匿名さん 23/01/30(月) 21:52:32]

やっぱり白粉能力者はホワイトモンスターなんだ…この子がもう一人の生き残りの××ちゃんなのかな
ホントのギリギリで珀鉛病を治したのかな、肌までは治らなかったかわざと治してないんだか…
とりあえず船長たちブチギレの状況にはなったね…あとやっぱり旗揚げ組は珀鉛病知ってたしキャプテンが時間ほしいって言った理由もわかったかな
船長たちもおじ様たちに絡まれてる可能性もありそう、パフュパフュなんてルフィめっちゃ効くだろ

[192 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/30(月) 23:39:50]

>>123

[193 二次元好きの匿名さん 23/01/31(火) 08:26:56]

>>192

スレ主さん

絵が上手い、これは煮込まないと…

[194 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/31(火) 08:50:17]

2日目夜
街の中/視点チェンジ
⇒麦わらの一味（ルフィ）

　空は既に月と星の輝きを見せていた。
　街を一望できる見晴台の柵に寄り掛かったルフィは、街頭に照らされた白い建物の連なりを眺め続ける。

「トラ男ォ、おれ、腹減っちまったよ」
「……だから先に戻れって言ったんだよ」

　ルフィよりも数歩後ろにあるベンチに腰掛けたローは、その長い脚を組んで呆れた声を出した。
　仲間たちと離れて数時間。ローはこの街を眺めながら口数少なく思考に耽っているようだ。
　ルフィもそれに付き合って、この人気のない見晴台で暇を潰し続けていた。
　だが、空腹がそろそろ誤魔化せなくなっている。ローのほうはまだ動く様子がないので、ルフィも動けないのだが。

「そんなに街ばっか眺めてて飽きねェ？」
「飽きる飽きねェの話じゃねェよ。……故郷に少し似てんだ」
「トラ男の故郷？」

　ルフィは身を翻すと地面にどかりと座ってローを見上げた。
　彼のほうはベンチの背もたれに体重を預けるように体を傾ける。

[195 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/31(火) 09:06:37]

「……この街よりもっと白かったがな。聞いた話によるとここは胡粉を塗料に使っているらしい」
「〝ゴハン〟？　なんだ？　飯塗ってんのか？　カビ生えねェかそれ」
「〝ゴフン〟だ。飯じゃねェ。貝殻の粉末だよ。
理由までは知らねェが、十数年前に突然街全体を塗り直したんだと」
「へー」
「……興味ねェだろ」

　ローの言葉にルフィは鼻をほじる手を止めて口笛を吹いた。
　彼はそんなルフィの様子に目を細めるだけで何も言わない。そして頭を掻いて、息を漏らした。

「……お前と話していると本当に色々と馬鹿らしくなってくる」
「なんかそれ前も言われたな？」
「言われたことを覚えてるならまだ上等だ」

　そう言ってローは喉を鳴らすように笑う。
　彼はベンチから立ち上がると柵に近づき、夜に沈む街を見下ろした。
　柵に手を掛けた彼はそのまま口を開く。

「似てるまでは良かったんだがな。別に、似なくても良いところまで似ているのが腹立たしい」

　ローの言葉にルフィはぼんやりと思い出すものがあった。
　そして彼の隣に並ぶと、また柵に腕を掛けて背を丸める。

「おれもドレスローザ行った時、おれの育った国の嫌なとこが似てると思ったなァ」
「……そうか」
「そうだ」

　それきり、お互い黙り込む。別にルフィは他に言葉を持たないからだったが、ローは違うのだろう。
　ルフィはニッと笑った。

[196 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/31(火) 09:14:11]

「よくわかんねェけど、ごちゃごちゃ考えるより飯食おう飯！
腹減ってると元気出ねェぞ！　サンジの握り飯食えば元気出るぞッ！」
「梅干しは嫌いだ」
「サンジに言えよ」

　ローは柵に肘をついて、頭を垂れさせるように街を眺めてからすぐに姿勢を正す。
　そして身を翻すとさっさと歩き始めた。

「お、帰るのか？」
「ベポたちがうるさいからな」
「よーしッ！　今日も宴やろう宴ッ！！」
「今夜はやらねェッ！！」

　そんなようなことを言い合いながら歩いていれば、ふいにルフィの感覚に引っ掛かるものがあった。
　誰かが来る。
　ローも気づいたのだろう。ふたりして立ち止まり、この見晴台に続く坂道を歩いてくるひとつの影を見た。
　道に備わった街頭の灯りが、その姿を浮き彫りにさせる。

「あれ？　白鎧じゃねェか」

　そう、そこにいたのは昼間に出会ったこの国の警備隊の隊長だった。

[197 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/31(火) 12:28:32]

　ローはルフィを見てから、まだ姿が遠い鎧の男に顔を向ける。しかし、その手は鬼哭に添えられていた。

「……ひとりのようだが」
「んー……あいつも街眺めに来たんじゃねェのか？」
「そんな馬鹿な話あるか。おれたちが昼間に何したと思ってやがる」
「でもなんでここがわかったんだ？
それにもうおれたちのこと見えてるのに、あいつ普通だぞ？」

　ルフィの言葉にローは訝しげな顔になる。
　隊長から敵意を欠片も感じていないのは彼も同じなのだろう。
　話の中心にならざるを得ない隊長は呑気に坂道を登っている。
　あと少しで叫ばずとも声が届くだろうという距離まできたところで――白い鎧が暗闇に消えた。

「ッ！？　あいつ……！」
「待てトラ男！」

　鬼哭を泣き掛けたローの手を掴んでルフィは止める。
　そしてたった今、目の前で起きたことをそのまま口に出した。

「転んだだけみてェだぞ」
「………………」

[198 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/31(火) 12:29:26]

　ローの視線が下がり、石畳の上でモタモタしている隊長をその目で捉えた。
　少しして、彼はまるで肺の中の酸素を全て吐き出すかのような大きな溜息を吐く。

「……どういう運動神経してやがんだ」
「ドジだよなァ。今日の昼間も転んでたぞ」
「ドジってお前、そんな簡単にホイホイ転ぶ奴が…………いるな」

　何を思い出しているのか遠い目になるローを置いて、ルフィは転んだままの隊長に駆け寄った。

「おーい、白鎧、大丈夫か？」
「こんばんはルフィ君。こんなところで何をしているんだい？」
「トラ男が街見てェって言うからよ」
「お前に警戒心ってもんはねェのか！！」

　後方から聞こえる叫びはそのままに、ルフィは立ち上がる隊長を眺めていた。
　彼は鎧の表面についた砂利などを簡単に払い、恥ずかしそうに笑う。

「いやァ、こんなところを見られるなんてね」
「白鎧は何しに来たんだよ」
「私は仕事終わりにここで街を眺めるのが日課なんだ」

　そんなことを言って彼は気にした様子もなく、ルフィの横を通り抜けて行った。

[199 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/31(火) 12:49:21]

「……もしそれを本気で言っているなら呆れた奴だ。
お前、目の前に誰がいると思ってんだ」

　隊長が進めばもちろんローと顔を合わせることになる。
　彼はその怪訝な表情を隠さず、真っ向から隊長に告げた。
　隊長のほうはローの言葉に小さく頷く。

「初めまして、で良いかな。……そうか、きみが『トラファルガー・ロー』だね」
「知っててその態度か。肝が据わってんのか、信じられねェほどの能天気か……」
「どちらでもないかもね」

　そう言って隊長はローを追い越して、見晴台の中央にまで進んでいく。
　夜の気温に冷やされた風が吹き抜けていった。

「綺麗な街だろう？　私はこの国が大好きでね。初めて訪れた時に感動したことを覚えているよ」
「あ？　なんだ急に……」
「……きみたちがまだこんなところにいることに、私も少しは驚いているんだよ？」

　そう、穏やかな声で言った。

[200 スレ主◆UmOy/gVenc 23/01/31(火) 12:50:13]

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