【SS】カフェがタキオンの起こした怪奇事件と対決する話【ウマ娘×ミステリ】

  • 1◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 20:56:06

    ※やや長めですが、よろしければお付き合いください。

    ※固有名詞ありのオリウマが出てきます。ミステリなので、不要なときに代名詞で叙述トリックを疑わせたくない。というのが主な理由です。ご容赦ください。

    ※正直、あまり事件編/解決編の境目がはっきりしていませんが、時間差で分けて投稿します。


  • 2◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 20:56:30

    1 / 20

     「――そういうわけで、内側の足を踏み込むときには、かかとから拇指球を意識しているんだけど、これがもう合わない合わない!タイムは伸び悩むし、ふとした瞬間に忘れるしで……」

     時刻表示モードになったキッチンタイマーの7セグメント液晶ディスプレイが17時10分を示している。その数字は、このウマ娘がかれこれ1時間以上に渡って話し続けていることを意味していた。
     彼女の対面に座り、辛抱強く相槌を打っている青鹿毛の友人に、そろそろ助け舟を出してやるべきなのかもしれない。

     栗毛のウマ娘、アグネスタキオンは半ばまで白衣の袖に隠れた右手を唇に当て、しばしの逡巡を終えると、おもむろに屈み込んで冷蔵庫の扉を開いた。本来、卵を保管する場所に並べられた小瓶の中から1本を選び、中身を1滴2滴とシャーレに移す。
     すぐに酸化反応が始まり、シュウシュウと音を立てながら小さな煙が立ち昇り始めた。

     「……少し、お待ち下さい。……こちらの引き出しに、私のときの記録が……」

     ああ、自力で反撃中だったか。済まないね。


     耳を塞ぐ。
     ポンッ!とコルクの栓を飛ばしたときの音を10倍にしたような衝撃が肺を叩いた。

  • 3◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 20:56:52

    2 / 20

     3年間のトゥインクル・シリーズを戦い抜いたマンハッタンカフェは、タキオンと共有するこの旧理科準備室で後輩ウマ娘たちの相談に乗るようになっていた。
     たまには彼女の霊感を頼った奇妙な相談が舞い込むこともあるが、基本的には今回のように走りについての悩み事を聞いている。

     その相談者も「また爆発されてはかなわない」とそそくさと部屋を後にし、残されたのは話の腰を折られて不機嫌なカフェと、上機嫌なタキオンだけとなった。

     「……二度と、しないでください」

     「心外だなあ。一応、頃合いかな、と思ったんだよ?」

     「……気持ちだけで、けっこうです……ほんとうに」
     カフェが真鍮製の鍵を壁の戸棚に仕舞う。話が寸断される前に探していたのはこれらしい。

     「お茶にしようか。貰い物だけど、雛あられがあるよ」

     「……コーヒーが冷めてしまいました……タキオンさんは爆発の片付けをしておいてください」

     ひな祭りの絵柄がついた日めくりカレンダーを破り取り、ひびの入ってしまったシャーレを包む。それをインターネット通販の段ボール箱に放り込みながら、今しがた生まれたアイデアを胸中でぐるぐると回転させるのだった。

  • 4◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 20:57:12

    3 / 20

     ―――

     目の前には崩れた資料の山と倒れた実験器具の数々そして、床に伏したウマ娘たち。
     時刻表示モードになったキッチンタイマーの7セグメント液晶ディスプレイは23時45分を示している。

     タキオンは一番手近に居た栗毛のウマ娘の傍らに膝をつくと、手を取って立ち上がるのに力を貸した。

     「す、すみません、タキオンさん……」

     「どういたしまして。ガラス片は……ついてなさそうだけど、念のためガムテープでぺたぺたしておこうね」

     「い、いえ、そんな……」
     ダイワスカーレットが普段から紅の差した頬をさらに赤くしながらぶんぶんと長い髪を揺らす。その背後でエアシャカールとファインモーションが互いの身体の埃を払いながら立ち上がるのが見えた。

     「まさかファインさんがうっかり零した薬品の爆発からシャカールさんが身を挺して守る姿に、思わず尊死したデジたんを介抱しようとしてくださったスカーレットさんが、躓いて机に激突した結果、部屋中蛍光色の薬品がばらまかれるとは、このデジたんの目を持ってしても読めませんでした……!」

     「状況整理ありがとう、デジタル君。昏倒中に起きた出来事すらも正確に把握しているのだから、立派な目だよ」

  • 5◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 20:57:29

    4 / 20

     不幸中の幸いで怪我人は出なかったものの、旧理科準備室はひどい有様だ。爆発に巻き込まれたいくつかのガラス製品が割れ、蛍光色の薬品が部屋中に飛散している。
     ウマ娘の体当たりを受けた机は元あった場所から50cmは移動しているし、いつの間にかカーテンも半分破れていた。(そういえばスカーレット君が躓いたときにとっさに掴んでいたような……)

     「ああっ?!ぐしょぐしょ!どうしよう!?」

     「人体に影響はねェだろうな?」

     「安心したまえ。経口摂取どころか皮下注射にすら用いられる薬品だよ……匂いは、少々改善の余地があるが」

     タキオンの言葉に、それぞれが自身の身体の匂いを確認し、みな一様に耳を垂らして暗然とした表情を浮かべた。部屋中なので少々紛れているが、ちょうど灯油か牛脂を砂糖抜きのメープルシロップで割ったような匂いである。

  • 6◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 20:57:46

    5 / 20

     「無事なのは……タキオンさんのだけね」

     「朝一番で買い出しに行くしかないね……カフェも早いんだよね?どっちにしても掃除だけはしておかなくちゃ」

     「いいから殿下サマは帰ンな。また取り巻き連中にやいのやいの言われンぞ」

     「いいえ、掃除はしますし、買い出しにも行きますー!」

     早々に説得を諦めて部屋の隅に立てかけられたモップのもとに向かうシャカールの背中を、ファインは上機嫌に追いかけて行った。

     「良き……」

     「……掃除するにしても、どうします?」

     「カーテンはさすがに目を引くからね……」

     タキオンはしばらく眼前の光景を見つめていたが、いつもカフェが収まっているソファを掴むと、慎重に位置をずらし始めた。

     「タキオンさん?」

     「……プランBだ」

  • 7◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 20:58:11

    6 / 20

    ―――

     ぱたり。

     その音で自分の手から学生鞄が落ちたことに気づいた。
     それを拾い上げるべきか、という点も含めて何から手をつけていいのかわからない。

     カフェは散らばった資料を踏みつけないよう、つま先立ちになりながら斜めになったソファにたどり着くと、まっすぐに戻してから腰掛けてみた。

     部屋を間違えたわけではない。
     いつものソファ。いつもの旧理科準備室だ。

     その様相だけが荒れ果てたものに変わっていた。
     サイドテーブルは部屋の反対端まで移動しているし、テーブルも横倒しになっている。カーテンは半分破れてしまっていて、朝の光が差し込んでいた。

     事故?
     考えられなくはない。旧理科準備室のもうひとりの主であるあの栗毛の友人はしょっちゅう小規模な爆発を起こす……いや、しょっちゅうは些か大げさか。故意でないものは年に2,3度だ。あと、小火が過去2回……

     しかし、どうにも他に原因を求めたほうがよさそうだ。実験スペースの散らかり方だけならともかく、家具の移動が放射状になっていないから。

     カフェはスマートフォンを開くと、ふらふらと親指を迷わせてから「アグネスタキオン」の名前をタップした。

  • 8◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 20:58:28

    7 / 20

     「……タキオンさん!……ええ、おはようございます……」

     あくび混じりの挨拶に答えながら、部屋を見渡す。学園や自身のトレーナーより先にタキオンに連絡したのは、目の前の惨状が彼女のばかな実験の結果であるという一縷の望みがあったためである。

     「……何か、爆発するような薬品を放置しましたか?」
     言いながら、一昨日、タキオンが厄介払いに使用した薬品のことを思い出す。そうだ。あれこそがこの事態を招いたのではないか?

     しかし、タキオンの答えは
     「心当たりがないな」
     だった。

     「あの薬品は貴重だからね。放置したりしないさ」

     「……そうですか……実は、旧理科準備室が……ひどい有様です。泥棒かもしれません」
     通話をフリーハンドモードに切り替え、横倒しになっていたテーブルを直す。幸い、傷ついてはいなかった。

     「カフェ、ひょっとするとそれはポルターガイストというやつじゃあないかい?」

     「残念ながら、そういった気配は……」
     言いながら、感覚を張り巡らせてみる。
     「……ありませんね」

  • 9◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 20:58:48

    8 / 20

     旧理科準備室は校舎3階、廊下の隅の、行き詰まりにある理科室の隣にある。

     暦の上ではとっくに春が来ているにも関わらず、まだまだ冷え込むその廊下にタキオンが現れたのは、電話を終えて5分と経たないうちだった。
     気だるそうにしているが、彼女なりに急いでくれたのだろう。

     廊下で待っていたカフェが軽く手を振って合図すると、タキオンの余り気味の白衣の袖もそれに応えた。

     「――それで、もう片付けたりは?」

     「……して、いません……現場保存を言い出したのはタキオンさんですよ」
     そのために肌寒いのを我慢して廊下に立っていたのだ。もっとも、ソファと机は所定の位置に戻してしまったので、全く手を着けていないとは言い難い。

     タキオンを引き連れて旧理科準備室に入ったとき、そのことに言及されるかも、とも考えたが、彼女の口から漏れたのは呆れとも嘆じたとも取れるため息だけだった。

     「……あちら側の存在の仕業では、ありません」

     「うん?ああ、電話でも聞いたね……そもそも、ポルターガイストの事例というのは、殆ど人為的なものだったり、固有振動数によるものだったりするんだ……とりあえず、お茶を淹れようか」

     「……現場保存はどうしたんですか」

  • 10◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 20:59:04

    9 / 20

     タキオンが少しくらい、と言いながらティーポットやアルコールランプを引っ張り出すので、カフェも自分のカップを探すことにした。

     幸い、割れたり紛失したものはなく。扉が開いたままの戸棚に全て収納されている。

     ……全て、収納されている。

     「……ポルターガイストにしろ……それを装うにしろ、食器が飛び交うような事態には……ならなかったみたいですね」

     「ああ!幸運だね。不幸中の幸いというべきか」

     戸や家具が動いていて、その中身が無事というのなら、もはや偶発的なものである可能性は消えたといえるだろう。
     アルコールランプが音もなく水を温め、肌で感じられる湿度がいくらか増したようだった。

     「……幸運、というより不思議ですね……なぜ、犯人は戸棚の中をそのままにしたのでしょうか」
     それはもう、「案外悪気は無かった」だとか、「忍びなく思った」だとか、犯人の善性に答えを求めるほかない。随分おかしな話だ。

     「……となると……なぜ、ポルターガイストを装ったのか、ですが……やはり、窃盗?」

  • 11◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 20:59:24

    10 / 20

     「何か失くなっているのかい?」

     「……それが判りにくい状況ができてしまっている、という話です……少し確認してみましょう」
     そもそも、「泥棒」という言葉は、この部屋を最初に見たときに浮かんだものである。

     「そ、そうだね……あれ?」
     タキオンの視点が高い位置で止まる。つられて同じ方向を見たが、木製の本棚が一つ、佇んでいるだけだった。こちらも蔵書は無事である。

     「……どうか、しましたか?」

     「いや……カフェの言うとおりだ。確認してみよう」

     思い返せば即時通報せず、こうしてお茶を飲みながら一旦落ち着こうとしているのも、タキオンの言動に誘導されてのことである。
     火花のように走った動揺に、指先が震える。

     「……タキオンさん……何か、隠していませんか?」

     「そんなことはないさ……」
     目が泳ぐのに任せるようにして白衣に包まれた背中が向けられる。疑いの目を向けるには、これまで頼って来すぎた背中だが、案外、待ち受けているのは大したオチではないのかもしれない。

     「ソファを元に戻しますから、そちらを持って頂けますか?」

  • 12◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 20:59:51

    11 / 20

     「……カフェ?ソファはもう戻してあるように見えるが?」

     「ええ、“戻して”あります……よく分かりましたね?」

     タキオンが首をかしげる。
     「と、言うと?」

     「ソファは……私が、最初に事態に気づいた時に直しました……ですが……廊下で、私はタキオンさんに『片づけはしていない』と答えているんです」
     それ自体に他意はなく、ソファと机を戻したところで状況に大差が出るようなものではなかったから説明を省いた言葉だった。
     「……だから、タキオンさんが……元から被害を受けていない、だとか……わからないがどこか不具合があるのか……ではなく、『もう戻してある』と言ったのが不思議で……」

     「んー……なに、状況判断さ。ここは私の研究室でもある。この状況でカフェの席だけが正常なら、君自身がその場所を確保した、と考えても不思議ではないだろう?」

     一理ある。
     返す言葉が無いのを見たタキオンは少し安堵したように肩をすくめて見せると、こちらも大分移動していた自身の椅子を研究スペースの真ん中に戻した。
     「それより、片づけようじゃないか……どうも、君の卓上チェストが見当たらないようだ」

  • 13◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 21:00:15

    12 / 20

     サイドテーブル、傘付きのライト、鏡……
     ほとんどが所定の位置に戻っていく中、空席のままの場所があった。
     サイドテーブルの上。タキオンの指摘した通り、卓上チェストが置かれていた場所だ。

     炊飯器くらいのサイズの、真鍮製の鍵がついた引き出しと片開きの戸棚が複合された、年代物の卓上チェストはあまりしょっちゅう開け閉めしてはいなかったが、お気に入りの家具のひとつだった。保管していたのは――

     慌てて壁の戸棚を確認する。卓上チェストの鍵を開けるためのキーは残されていたが、いかんせん本体のほうが年代物だ。工具があれば――ウマ娘なら素手でも――破壊は容易だろう。

     「大丈夫かい?顔が青いよ?」

     「ええ……幸い、金銭的な価値がるものではありませんから……」
     いや、金銭的価値がないからこそ、その場で遺棄される心配もある。

     「犯人に心当たりは?」

     「……タキオンさん、その前に、はっきりさせておきましょう」

  • 14◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 21:03:22

    以降、解決編になります。
    続きは21時半頃。

    今回は推理してもらうところがあんまりないような気がしますが……
    カフェがどの点を突き崩すのか?とかですかね

  • 15◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 21:09:11

    >>13

    アッ

    構成不足ですごい変な文章……わかりにくかったら下記を参照してください。


    (5.6行目)

     炊飯器くらいのサイズの、卓上チェスト。真鍮製の鍵がついた引き出しと、片開きの戸棚が複合された年代物で、使用頻度は高くなかったが、お気に入りの家具のひとつだった。

     保管していたのは――

  • 16◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 21:34:31

    解決編

  • 17◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 21:35:12

    13 / 20

     旧理科準備室の床には、片づけきれていない資料が散らばったままになっている。
     確認のための片づけの間、タキオンは私のスペースの片づけに手を貸してくれる場面が多かった。

     「……ポルターガイストを装い、部屋を散らかした犯人は……あなたですね?」

     少し沈黙があったが、やがて彼女は暗い栗毛の頭を縦に振った。
     「いやはや、少し口が滑ったね……あんなに早く鎌をかけてくるとは。やはり、同じ部屋を共有する者同士、まず真っ先に疑いの目が向くか」

     「……いいえ、今さら理由もなく、疑ったりしません……あなたの胡散臭さは、信頼していますから……」

     「うん……うん?」

     「きっかけは……最初の電話です……あの時、タキオンさん……研究スペースがどんな様子か、訊きませんでしたから」
     つまりは、知っていたということだ。研究器具が倒れているとか、原因が爆発ではないということを。

     「そうか……それはケアレスミスだった」

     「まだあります……タキオンさん、一度も冷蔵庫を確認していません。貴重な薬品、爆発の可能性も……研究スペースの状態だけ見れば、考えられなくはありません」

     2人の視線が同時に冷蔵庫に注がれた。ブーンと低い運転音を響かせている。

     「……もしかしたら、薬品は本当に爆発してしまって、もう無いのかも知れませんね……万一、横目にでも私が冷蔵庫の中を見て喪失に気づいたら……厄介でしょうから」

  • 18◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 21:35:27

    14 / 20

     本当に薬品が爆発してしまったのだとしたら、説明がつくことも多い。
     「……ポルターガイストは、片づけきるより……さらに散らかした方が早いから……?」

     「まあ、そんなところだよ。破れたカーテンを縫い合わせるほどの時間は無かったからね」

     私のスペースの片づけに協力的だったのも、負い目からだろう。
     謝罪は後からたっぷり受けることにして、問題がひとつ残っている。

     「……卓上チェストを持ち去った犯人は……この状況を見て、今なら気づかれにくいと、思ったのでしょう……」

     タキオンが視線を上げる。
     「カフェー!分かってくれるのかい?!盗みの犯人が私たちでないと……いや、どう証明しようかと思っていたところだよ!」

     「……状況判断です」
     さらっと判明した、ポルターガイスト偽装が複数犯だったという新事実は一旦脇に置く。

     「……もしかしたら……一昨日、相談に来ていた子……名前しか分かりませんが、彼女に……卓上チェストの中身を見せようとしていたところで、話の腰が折れましたから……これ、やっぱりタキオンさんが悪いですね……」

  • 19◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 21:35:41

    15 / 20

    ―――

     「百貨店って開店前に行列ができるんだね!」

     「ンで先頭も確認せず並ぶんだよ?しかもケーキ屋の列だったじゃねェか」

     何の列か判明した時点でスカーレットとデジタルの2人には本来の目的の店に向かってもらったが、ファインはシャカールのスカートを引っ張って引き留め、並び続けることにした。
     徐々に周囲のテナントにも客足が増え、観察するのに退屈はしなかった。

     「見て!うちの制服の子……ボノちゃんくらいあったかな?いいなあ」

     「カギ屋だぞ?見間違いじゃないか?」

     列がまた2,3歩進み、焼きたての小麦の香りが近づいてきた。

     「あ、居た居た!先輩!」

     「あれ?スカーレットちゃん」

     「あーもう、至近距離で手ェ振ンな」

     シャカールが毒づくのを無視して、振っていた手のひらをそのまま合わせるように手を取る。スカーレットは口元を綻ばせたまま目だけ真剣なまなざしにすると、シャカールにも聞こえるよう、体を傾けた。

     「タキオンさんから電話で、チキちゃんという名前のウマ娘を探して欲しいそうです。爪の不安でカフェさんのところに相談に来てた子で、美浦寮所属、ショートボブの黒鹿毛で身長は179cm、体重■■kgの増減なし、北海道出身、趣味と特技は水泳、口癖は――」

     「待て待て、多い多い!」

  • 20◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 21:35:59

    16 / 20

     「デジタルちゃんのデータベースね。と、いうか、さっき見たよ」

     「ホントですか?!」

     「っし、殿下サマはこちらにてお待ち下さい」
     シャカールが前髪を掻き上げる。フラストレーションが溜まっていたのか、邪悪でエネルギッシュな笑みだ。

     「乱暴はダメだからね!」

     行列がまた2,3歩進むので、ファインはスカーレットの腕を引いて列に引き入れながらシャカールの背中を見送った。

  • 21◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 21:36:56

    17 / 20

    ―――

     「無事、返してもらえたそうだよ」

     その報告から30分ほど。キッチンタイマーの7セグメント液晶ディスプレイは10時45分を指している。

     「鍵も開けられる前に取り返せたそうだよ……ちなみになんだけど、中身はなんだったんだい?」

     「……日記です」
     それは、トレーナーさんとタキオンのサポートを受けながら戦い抜いた日々の財産だ。
     「……ふつうに、もう一度相談に来てくれれば……」

     「私はもう謝ったよ?」

     解決したのだから事前に何があったのか、もう少し詳細を語って欲しいところだが、タキオンは「まあ、後で」という言葉を最後に口をつぐんで黙々と片づけを続けていた。

     研究スペースからは死角に隠れていたらしいゴミ袋いっぱいの廃棄物が出てきた。薬品を拭き取った雑巾、爆発で壊れた器具など、触れるのが憚られるラインアップだ。

     「よし、じゃあ、ゴミステーションに……おっと」
     腕まくりをしたタキオンが壁にかけられた日めくりカレンダーに気づいて、1枚を破り取る。
     「すぐに戻るよ」

     今日の日付である5の数字が大きく書かれた1枚が、退室するタキオンの動きを追いかけて揺れていた。

  • 22◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 21:37:26

    18 / 20

    ―――

     勢いよく扉が開かれ、5人のウマ娘がなだれ込んでくる。タイミングの揃わないクラッカーが彼女らと同じ数、鳴らされた。

     「誕生日おめでとう!!」

    ―――

  • 23◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 21:39:13

    19 / 20

     「――こうして、サプライズパーティーの飾り付けを諦めた我々は、薬品で駄目になった包装紙の換えを買いに行っていたのです」

     「状況整理ありがとう、デジタル君」

     タキオンが力なく拍手する。
     散らかった部屋の利用の側面もあったポルターガイストの偽装は、本棚の上というきわめて気づきにくい場所に置かれた卓上チェストの発見で締めくくられるはずだった。

     「……開けても?」

     タキオンが身振りだけで「どうぞ」というのを待ってから、カフェは卓上チェストの戸をゆっくりと開いた。

     この箱だけが、インターネット通販で購入したままの梱包であったため、難を逃れた。
     ポルターガイストの偽装はこのプレゼントの発見を持って種明かし。片づけが終わるころには他の面々が買い出しを終えていて、種明かしと同時に入室、という算段であったらしい。

  • 24◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 21:39:43

    20 / 20

     実に色気のない、製品のパッケージそのままにリボンを貼り付けた箱が姿を表した。
     明朝体で書かれた、これまたいかつい字面の表示を読み上げる。

     「真空断熱……」

     「コーヒーが冷めないマグカップだそうだ」

     ああ、なんとなくだが、愚痴をこぼした覚えがある。

     「……ありがとう、ございます……大事に使います」

     「私からはこれ!」
     少し照れくさそうなタキオンの顔は、ファインたちからの贈り物でさえぎられてしまった。

     3月5日のカレンダーが、笑い声に呼応するように揺れていた。


    ――part.7「3月5日の騒霊」おわり

  • 25◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 21:40:33

    カフェ誕生日おめでとう!!

    倒叙ものが書きたかった。難しいね……
    ホント色々チャレンジさせてくれるシリーズだよお前は(自画自賛)

    お付き合いありがとうございました。

  • 26◆VoV.aSMTHM22/03/05(土) 22:04:15

    過去作はこちら


    「カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受ける話」シリーズ

    【SS】カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受ける話|あにまん掲示板※長いですが、書き溜めてあるので一気に投下します。bbs.animanch.com
    【SS】カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受けて最終的にタキオンが泣く話|あにまん掲示板※すごい長いですが、書き溜めはしてあります。よろしければお付き合いください。bbs.animanch.com
    【SS】カフェが怪奇事件の相談を受ける話|あにまん掲示板少し長いですが、よろしければお付き合いください。https://bbs.animanch.com/img/148443/865bbs.animanch.com
    【SS】カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受けて温泉に入る話【ウマ娘×ミステリ】|あにまん掲示板※ 事件編 / 解決編 に分けて時間差投稿します。※ 9,000字 / 6000字 くらいありますがよろしければお付き合い下さい。https://bbs.animanch.com/img/243226…bbs.animanch.com
    【SS】カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受けた裏で頑張る話【ウマ娘×ミステリ】|あにまん掲示板※事件編 / 解決編 に分けて時間差投稿します。※今回から行間を空けるようにした結果、これまでより分割数が多いですがご容赦ください。bbs.animanch.com
    【SS】タキオンが怪奇事件の相談を受ける話【ウマ娘×ミステリ】|あにまん掲示板※やや長めですが、よろしければお付き合いください。※オリウマ、オリヒトが出てきます。ミステリなので、不要なときに代名詞で叙述トリックを疑わせたくない。というのが主な理由です。ご容赦ください。https…bbs.animanch.com
  • 27二次元好きの匿名さん22/03/05(土) 22:09:10

    うわっ新作来てたの気づかなかった…!
    タキオンの自分にこれ以上傷つくイメージもないしと言わんばかりの助け舟の出し方が好きです…(無関係)

  • 28二次元好きの匿名さん22/03/05(土) 22:19:02

    相変わらず絵も文章も好き……
    こういうの倒叙って言うんですね

  • 29二次元好きの匿名さん22/03/06(日) 09:27:17

    感想ありがとうございます!
    地味にSSのスレでイラストも褒めていただけるの滅多にないので嬉しいです!

  • 30二次元好きの匿名さん22/03/06(日) 19:47:18

オススメ

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