【SS】カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受ける話でした【ウマ娘×ミステリ】

  • 1◆T68FLP7Ceo22/08/07(日) 20:46:40

    ※少々長いですが、よろしければお付き合いください。(約9,000文字ですので、読了目安時間は18分です)
    ※事件編/解決編に分けて時間差登投稿します。
    ※固有名詞ありのオリジナル登場人物が出てきます。ミステリなので、不要なときに代名詞で叙述トリックを疑わせたくない。というのが主な理由です。ご容赦ください。

  • 2◆T68FLP7Ceo22/08/07(日) 20:47:01

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     薄灰色の空から冷たい風が吹き下ろしてきて、校舎の隙間を駆け抜けてゆく。
     群青色のスカートがふわりと舞い上がるのを左手で押さえながら、マンハッタンカフェはその冷たさに思わず身を窄めた。長く、つややかな青鹿毛の黒髪は、今日はマフラーの下に引っ込んでいる。
     先日までしぶとく残っていた日陰の雪も今はすっかり失せていたが、それでもまだ春は遠くにあるように感じられた。強いて挙げるのなら、卒業後の進路についての話題が口頭に上る事が多くなったのは春の気配なのだろうか。

     レースから離れた自分の人生を、カフェは考えたことがなかった。ただ漠然と「コーヒーを出すお店ができたら素敵だな」なんて思ったりしている。ただし、それには少々現実味が欠けていることも重々理解していた。
     技能も資格も無い。そのための勉強もしていない。夢想と現実には大きな隔たりがある。

     ため息を漏らすと、右手の先に居た栗毛の友人がくいと短く袖を引いた。

     「どうしたんだい?」

     彼女のトレーナーから、「校内で被検体を探してうろついているらしいので、見かけたら確保しておいて欲しい」と連絡があってから30分。探しに出たわけではなかったが、鉢合わせてしまっては仕方がない。
     無理やりその手を掴んで逃げ出さないようにしておきながら、その存在を無視するように本来の目的である待ち合わせ場所に向かっていた。

     「タキオンさんは……卒業後どうするおつもりですか?」
     「藪から棒だね」

     アグネスタキオンは彼女の着ている袖余りの白衣が象徴するようにだらしなく、生活力に欠けている。彼女のとの付き合いが始まったのも、そのだらしなさを見かねた生徒会にお目付け役を任されたからだ。
     前に一度、旧理科準備室を共有するうち、一緒に過ごした延べ時間がルームメイトのユキノビジンよりも長くなった可能性に気づいて、計算するのを辞めたことがある。

  • 3◆T68FLP7Ceo22/08/07(日) 20:47:13

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     そんな彼女が卒業後についての質問に迷うようなこともなく
     「大学へ行って研究を続けようと思っているよ」
     と答えたのは意外なようで、当然のようにも思えた。

     「……できますか?」
     「できるとも。こう見えて学生としては異例とも言える成果を上げているからね」
     「いえ、学力や資金のことではなく……」

     タキオンの壊滅的な私生活を支えるのは、彼女のトレーナーとカフェだ。大学へと進めばそのどちらとも離れることになる。

     「大学となると寮も出ますし……研究の環境としては、今より良いでしょうが」
     「ふむ……参考までに、カフェはどうするんだい?」
     「……そうですね」
     目下ノープランであるとは答えられず、曖昧な返事がぽつりと口をつく。

     「ふむ……トレーナー君にアドバイスを貰うのもいいと思うが?ほら、無関係とは言えないだろう?」
     「……もう、専属契約は切ってありますから」

     そう答えてから「無関係とは言えない」に含みを持たせていた事に気づく。曲がり角を曲がるのに乗じてタキオンの手を乱暴に引いた。

     「まあ、いいか……ときにカフェ―、我々は今どこへ向かっているんだい?」
     「トリコロールフラグさん……先日、旧理科準備室に来ていたウマ娘を覚えていますか?」
     「……あんまり」

     ともするとタキオンはいつもカフェのところに持ち込まれた相談を傍聞きにしている印象があるが、無関心なときは全くの無関心のまま過ごすのもいつもの旧理科準備室の光景だった。

  • 4◆T68FLP7Ceo22/08/07(日) 20:47:24

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     トリ子ちゃんこと、トリコロールフラグはカフェと同じトレーナー、彼が現在担当しているチームで指導を受けた、言ってみれば後輩にあたるウマ娘で、来季には地方トレセンへの移籍が決まっていた。

     「……先々週、雪の翌日。雪だるまと一緒に自撮りした1枚の写真がウマスタに投稿されました。しかし、話題になったのは雪だるまでも、その子自身でもなく、背景に写り込んだものでした」

     写真は削除されてしまっていたので、保存していた人が居ないか調べていた。そして、今向かっている先にその人物が居る。

     「トリ子さんのクラスメイトが、画面を直接スマホで撮影する方法で保存していたそうです」
     「あんまり鮮明な画像は期待できそうにないねえ。なんでまたそんな原始的な方法で?」

     タキオンは呆れたような声色だったが、カフェにはそれが判る気がした。
     スクリーンショットの方法なんて教えられないとわからないし、インターネット上の画像を保存するのはそもそもやっていいことなのか判断がつかない。そういう人も居るのだ。

     「それを見て不安を覚えたトリ子さんに、霊視をお願いされました」
     「それで?写り込んでいたものとは?もったいぶらずに教えておくれよ」

     「……人影です。目算で身長3mはあるそうです」

  • 5◆T68FLP7Ceo22/08/07(日) 20:47:39

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     練習グラウンドの芝コースを見下ろす校舎裏の非常階段。写真が撮られたのは珍しく雪の積もった先々週の週明け、ランチタイムのことだった。
     まだ誰にも踏みしめられていないヴァージン・スノーを求めて校舎裏にやってきたウマ娘、スタージントーとその友人らは、ひとしきり雪遊びを楽しんだ後、両手に収まるサイズの雪だるまと記念撮影を行った。昼休憩のうちにそれをウマスタにアップロードし、授業に戻ったのだという。
     夕方には背後に写るコースのさらに奥、けやきの木の根本の暗がりに立つ、1つの影に気づくフォロワーが出始めた。画面の転写はこのときのものらしい。その後、件の画像は拡散し始めたために消してしまった。

     遠くて鮮明ではないが、枝つきが白く染まったその下に、確かに誰かが立っている。一見すると、ただそこに誰かがいるだけのように見えるが、実際にけやきを見たことのあるウマ娘たちは違和感に気づく。
     頭上の枝までが近すぎるのだ。
     樹齢100年を超える大けやきは、横広に伸ばした一番低い枝でも手が届かないほどの高さにある。しかし、写真の影は頭上の両耳が触れそうなほどに近い。

     「カフェ、たしかこの日の積雪は15cm程度だったね?」
     「ええ、積もった雪が踏み台になったにしても……高さが足りません」

     校舎裏の非常階段の下。撮影当時は吹き溜まりになっていて雪が多く残っていた場所から、4人のウマ娘たちはけやきへと目を移した。
     樹齢100年のけやきの木が、寒そうに葉のついていない枝を晒している。その下で、タキオンに言いくるめられて対象物として呼び出された彼女のトレーナーが所在なさげにしていた。

  • 6◆T68FLP7Ceo22/08/07(日) 20:47:51

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     「“八尺様”は見下ろしてる角度のせい……ってわけでもなさそうですね」
     巷で怪異に名付けられた名前を口に出したのはトリコロールフラグの友人だ。実際の光景と見比べようと、待ち合わせをこの場所にしたのは怪談話に興味深々の彼女のアイデアだった。

     「ふむ、多少影響しているとは思うけど……それが全てでは無さそうだねえ。トレーナー君の身長を鑑みて……30cmくらいなら高く見えているかな?」

     「でもそれじゃあ、足りませんよね……」
     それに加えて15cmの積雪。吹き溜まりになっていたと仮定して倍にしてもまだ少し足りない計算になる。もっと盛ればわからないが、そうすると意図的にそうしたという事になる。写り込んだのは偶然である以上、それはそれで謎だ。

     「あの、やっぱり幽霊なんですか?」
     トリ子がおずおずと尋ねる。

     「何か幽霊だと都合の悪いことでも?」

     大抵の人にとっては身近に彼らが居るというのはいい気持ちはしない。
     カフェは自分と居るうちにすっかり感覚が麻痺してしまったらしい友人を脇に追いやりながら、写真が表示されたままのスマホを持ち主の手へと返した。

     「ここからではなんとも……近くに行ってみましょう。スマホ、ありがとうございます」

  • 7◆T68FLP7Ceo22/08/07(日) 20:48:03

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     葉が落ちて寒々しい枝の下はじっとりと湿っていて、仄暗く感じられる。
     カフェはこの世ならざるものの気配を感じようと、目を閉じて木の幹と向かい合った。頭頂の両耳が風に揺られ、マフラーが髪の代わりにたなびいている。

     湿気に日陰、生きている人からの関心。確かに彼らが好みそうな条件は揃っている。だが、揃っているだけだ。
     「ここには、何も悪いものは居ませんね……」

     「それなら、祓ったことにすれば悪い噂は払拭できるんじゃ……」
     「それはダメ」
     タキオンとカフェが口をそろえたので、トリ子とその友人(それとタキオンのトレーナー)がたじろぐのがわかった。

     確かに、不安の元を取り除くには効果的だ。しかし、それでは思いがけない原因があった時に手遅れになってしまいかねない。秋にそれで痛い目を見たばかりなのだ。

     「……しかし立派な木だねえ」
     タキオンが頭上に手をかざす。一番近い枝まで3/4バ身といったところだろうか。写真の影は耳が触れそうだったので、低く見積もっても身長は2m後半。やはり大きすぎる。

     「……“彼ら”が通りすがっただけかもしれません……もう少し調べてから判断しましょう」

  • 8◆T68FLP7Ceo22/08/07(日) 20:48:14

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     「依頼人……トリ子君といったか。彼女がなぜ祓ったことにしてでも噂の払拭を提案したのか、わかった気がするよ」
     「藪から棒ですね」

     ここ数日、写り込んだ影の話など忘れたかのように無関心だったにもかかわらず、タキオンの口ぶりは獲物を捕らえた猫のように誇らしげだった。校庭で出くわすというのも珍しい。普段の彼女が徘徊するのは屋根のある場所か、コースの付近のどちらかだ。

     「あの木にはとあるジンクスがあるらしい」
     「ジンクス、ですか……?」

     並木の下、足を止めないカフェに並びながら、タキオンの伸ばした指が宙にハートの図形を描く。
     「あの木の下で愛を告白し、結ばれた恋人は生涯離れることはない。というものだ」

     それはまた、ずいぶんと可愛らしい伝説である。
     「……なるほど、それで」

     悪い噂が先行していては相手を呼び出すのに心証が悪い。相手に待ち合わせ場所を伝えたとき、霊が出たという噂を信じてしまっていたら、実る恋も実らないというものだ。

     「……では、こちらも分かったことを……どうやら今回の件より前から噂はあったみたいです」
     「ほう?」

     ウマスタにアップロードされてから広まるまでが早かったのは、以前からの噂も一因としてあるのだろう、とは思うのだが、インターネットに疎いカフェでは自信を持って言い切ることはできない。

  • 9◆T68FLP7Ceo22/08/07(日) 20:48:25

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     「あの……」
     不意に声がかかり、2人は歩みを止めた。
     振り返ると、鹿毛のウマ娘が、彼女の姿勢と同じように耳をピンと立てている。

     「やあ、サトノ君」
     「お知り合いですか?」
     「ジンクスについて教えてくれたのが彼女でね」

     サトノダイヤモンドが紹介に合わせて上品に頭を下げる。

     「ちょうどそのことについて話しておいででしたので、気になりまして」
     「……情報提供、感謝します」
     「いえいえ……ところで、タキオンさん。あのとき一緒に居た、キタちゃ……キタサンブラックを見ませんでしたか?黒っぽい鹿毛で、背丈はこのくらいの……」

     タキオンが「いや……」と言いかけた瞬間、全員の耳がピクリと動いて同じ方を見た。頭上から音がしたのだ。
     ギッと木が軋み、目の前に一つの影が落ちてくる。反動でバサバサと小枝を飛ばしながら、水平な枝ぶりが大きく跳ねた。

     「おっとと」
     それは、今しがた話していた特徴に合致する暗い鹿毛に鋭い流星のウマ娘だった。手の中には大事そうに1匹の猫を抱えている。

     「キタちゃん!」
     「もー、2度めなんだから気をつけるにゃー。ほら、行った行った!」

     キタサンの両手から開放された猫は、居合わせた生徒に向けられたスマホを避けるように走り去って行く。それをキタサンが見送る間、身体についた猫の毛や小枝をサトノが甲斐甲斐しくハンカチで払った。

  • 10◆T68FLP7Ceo22/08/07(日) 20:48:37

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     「ところでダイヤちゃん、先輩たちと何の話?」
     「もう......ジンクスについて……ではなくて、幽霊騒ぎについてだよ」
     「もしかして、お困りですか?力になれる事があれば!」
     「ではこの試薬なんだが……」
     「タキオンさん……」
     首根っこを掴んでタキオンを2人から引き離す。
     「実は……」

     少し迷ったが、事前にタキオンが少し話してしまっていたこともあり、八尺様が収められた写真、それを見たトリ子が除霊の相談を持ち込んだ話をする。撮影された場所にまつわるジンクスの内容を説明すると、キタサンが「破っちゃ駄目なタイプのジンクスだね」とサトノに耳打ちしていた。

     「どうやら、2例目があるようなのですが、まだ確かな情報がなくて……」
     「あたし、それ知ってるかも……待って下さい……」

     キタサンはカフェのスマホを借りると自分のスマホと並べてなにやら忙しく操作を始める。手元に返ってくるのとほぼ同時に通知音が鳴って、アイコンがポップした。

    「LANEのグループを作りました。心当たりの子を招待してるので、やり取りしてみましょう」
     「どうかしました?」

     カフェがキョトンとしているので、ダイヤが首をかしげる。

     「……いえ、最近の子は使いこなしてるな、と……」
     「おばあちゃんみたいだよ、カフェ……」

  • 11◆T68FLP7Ceo22/08/07(日) 20:48:48

    10 / 18

     いくらかのやり取りの後送られてきた写真には、例のけやきとその枝に届きそうな大きさの影。今回も遠景である。

     「……雪ではありませんね」
     積雪は認められない。
     これで積もった雪の上に立っていたという説は完全に否定された。

     「あれ……?」
     キタサンが首をかしげる。

     「どうかしましたか?」
     「いえ、なんだか見覚えがあるな、と思ったんですけど……ああ!なんとなくの域を出ないっ!!」

     「……悪いことばかりじゃないさ。複数の事例があるということは、再現性があるということだ」

  • 12◆T68FLP7Ceo22/08/07(日) 20:49:03

    11 / 18

     「困ったことがあればいつでも」と言う2人にお礼を言って別れる。旧理科準備室への道すがら、タキオンがポツリと口を開いた。

     「そういえば、依頼人は誰に想いを伝えようとしているんだろうね?」
     タキオンがそういった色恋沙汰に興味を示すのは、少し意外なことである。

     「あんまり踏み入るのは野暮かと思いますが」
     「いやいや、いや、他人事ではないかもしれないよ?彼女は君の後輩なんだろう?ウマ娘の1番身近にいる、想いを寄せる対象といえばトレーナーじゃないか」
     「……そうでしょうか?」
     「そうだとも。身近にいくつか例もあるだろう?」

     トレーナーと担当ウマ娘がくっつくのはご法度である、と、トレーナー間では口を酸っぱくして言われていることらしい。それでも、思春期の少女と、二人三脚で夢を目指すという体験はそれはもう強烈なものであり、価値観をパンケーキのようにひっくり返して焼き固めるには充分なものだ。

     「もしかしたら、彼女もそうかもしれないよ?」
     「彼女がトレーナーさんの下についてからまだ半年と経ってませんよ?」
     「そりゃあ、キャリア最初の担当と比べたら短いだろうさ。だけど、シバームソーダという子だって居ただろう?」

     ソーダはトレーナーさんがカフェの次に専属契約を結んだウマ娘であり、現状チーム内でも唯一の専属契約、そして時折彼に熱い視線を向けているウマ娘である。

     「彼女は……」

     ふとタキオンが立ち止まっていることに気づいた。
     首を傾げて見せても、両の瞳は脳内に焦点を結んでいるらしく、反応を示さない。

     「そうか……しかし二例目は……もしかして……」

  • 13◆T68FLP7Ceo22/08/07(日) 20:49:13

    12 / 18

     カフェがなにか追加で問いかけようと口を開いたとき、不意にタキオンの視線が現実世界へと帰ってきた。

     「確かめたいことができた。さっきの2人を探そう」
     「確かめたいこと?」
     「面倒だから2人に確認しながら、カフェにも話すとするよ」

  • 14◆T68FLP7Ceo22/08/07(日) 20:52:53

    以降解決編です。今回はけっこうシンプルですので、是非考えてみてください。
    (けっこう「そんなんなるか?」「そうはならんやろ」みたいなツッコミを覚悟してます)
    21時半頃に投稿します。

  • 15二次元好きの匿名さん22/08/07(日) 20:53:55

    ブロッケン現象がパッと思い浮かんだけど思いっきり的外れそうだな…ははぁ…

  • 16◆T68FLP7Ceo22/08/07(日) 21:30:23

    解決編始まります。

  • 17◆T68FLP7Ceo22/08/07(日) 21:30:36

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     春を前にようやく長くなり始めた太陽が、旧理科準備室へと続く廊下をオレンジ色に染めている。トリ子は足早にそのオレンジ色の影を踏んで扉を叩いた。
    「どうぞ」と部屋へ招き入れられ、少し緊張した面持ちで開く。
     カフェの瞳が夕暮れの太陽のように輝いていた。
     
     「――あなたは、例の木の下に行ったことがありますね?」

     トリ子は困惑をにじませた表情で動きを止める。

     「あなたはもしかして、あの積雪の日」
     「カフェ、もう少し段階的に、仮定を挟まず」

     タキオンにたしなめられて、カフェは一呼吸ついた。

     「……失礼しました。けやきの下に行ったことは?」

     そこで行おうとしている事を考えれば、周囲からどのように見えるか、逆に周囲がどのくらいノイズになりそうか、確認しておきたいのが人情だろう。
     八尺様はそうして現れた。

  • 18◆T68FLP7Ceo22/08/07(日) 21:30:49

    14 / 18

     「はい……写真の日ではありませんが」
     「それでは……あなたがけやきの下に行った日のように、その日も、同じ場所に行った人物が居たんです。練習だったのか、本番だったのか……」
     「それって」
     「ご存知かと思います。あの木にまつわる伝説、ジンクス……」

     その下で結ばれた恋人は生涯分かたれることがないという伝説。

     「その日、その人はけやきの袂に入りました。そして、偶然写真に収まってしまったんです」
     「待って下さい。ただ写り込んだだけ?あの枝に手が届きそうなウマ娘なんて、学園には……どこ探したって居ませんよ?」
     「ええ、まさにその点です……枝に手が届きそうなウマ娘はいない。だから、私達は写り込んだ影を異様に長身な、八尺様だと、そう思いこんでしまったんです」

     「先程、キタサンブラックというウマ娘に出会ってね。知ってるかな?中等部の」
     タキオンが何か珍妙なジェスチャーをするが、キタサン本人を知っているカフェにもよくわからなかったので、トリ子に伝わったとは思い難い。

     「その時、彼女は猫を抱えていたんだ」
     「猫?」
     「顔見知りの猫のようでね、後になって確認したが、以前にも同じように木の上から降りられなくなっていたそうだ」
     「それがなにか?」

     「その木というのが、件のけやきだ。もっとも、彼女らは撮られた当時、ジンクスは聞き及んでいなかったらしいが」

     伝説の木の話は、毎年卒業間際に卒業生を中心に出回る。それまでは皆忘れていて、土壇場になって思い出したり、すがったりするのだ。サトノが知っていたのも、最近になって耳に挟んだとのことだった。

     「木に登ったキタサン君を、サトノ君が見上げていたその日、もう一例の八尺様の写真が撮られた。正体はサトノ君……もうわかったかな?」

  • 19◆T68FLP7Ceo22/08/07(日) 21:31:03

    15 / 18

     「もしかして……」

     タキオンが身振りで促す。

     「もしかしたらですけど……枝のほうが下がっていた?」

     タキオンが確かめるようにカフェに視線を投げかけ、頷く。それは、先程キタサンたちと話し合った場で出した結論と同じものだった。
     同じことが、あの積雪の日に起きていた。雪が降り積もったのは地面だけではない。枝の上にも、である。

     「この季節、けやきは葉をつけない。にも関わらず、例の写真のにはけやきの下に暗がりができていた」
     それは、枝に大量に積もった雪によるものだったのだ。その重量が、二例目では猫を助けに登ったキタサンが、枝を曲げて頭上近くまで低くしていた。
     八尺様が大きいのではない。比較対象の枝が低かったのだ。

     「樹齢の大きいけやきは水平方向にも結構な長さの枝を持つから、少し違和感は覚えにくいけれど……よくみればしなっているのがわかるかな?」
     「なんだ……良かった……心配することなかったんですね」

     この、わかってみれば拍子抜けするような事実こそ、今回の八尺様騒動の真相である。

  • 20◆T68FLP7Ceo22/08/07(日) 21:31:24

    16 / 18

     「ところで、話は変わりますが、差し支えなければ……」

     そのとき、旧理科準備室のドアがノックされた。
     いつもなら相談中の来客は時間をずらしてもらうのだが、依頼人の感覚としてはもう相談は終わってしまっている。「それじゃあ、失礼しますね。ありがとうございました」と席を立つトリ子を止める言葉は咄嗟には出なかった。

     「あれ?トレーナーさん」

     慌ててそちらを見ると、依頼人と入れ替わりに部屋に入ろうとしていたのは彼女のトレーナー。カフェにとっては元担当トレーナーだった。

     思いがけず決定的な場面に出くわしてしまったかもしれない。
     不安の晴れた彼女は、今にも「あの木の下でトレーナーさんに話がある」と言い出すのではないか。

     目が泳いで定まらない。こんな時、私はどこを見ればいいんだろう?少なくとも、アルカイックスマイルを浮かべるタキオンの顔ではなさそうだ。

     「――それじゃあ、また、今日のチーム練習は体育館でしたね」

     「……え?」

     途中を盛大に聞き逃したが、待ち構えていたけやきの下だとか、伝説の木の袂だとかいう言葉は出なかった。体育館。普通だ。様々な器具があって、ウマ娘たちが基礎トレーニングに利用している。なんのことはない、日常の一部だ。

  • 21◆T68FLP7Ceo22/08/07(日) 21:31:37

    17 / 18

     「あの、」

     今度こそ彼女を呼び止める言葉が出た。

     「想いを伝えたかった相手というのは……トレーナーさんでは?」

     一瞬の間。
     トリ子は顔を赤くして否定すると、トレーナーさんを押しやってカフェの耳に口を寄せた。

     「来年、地元の幼なじみがトレーナーの資格を取得して中央トレセンに来るんです。私とは入れ違いになっちゃうんですが、少し早めに引っ越してくると言うので、会うチャンスがあるんです」

     勘違いの熱が頬を焦がすのを感じる。

     「若い娘に目移りしちゃう前に、と思ってます」

     その言葉には明確に「カフェさんはどうするんですか?」というニュアンスが込められていた……気がする。

     「それじゃあ、私はここで」
     「カフェ―、彼はうちのトレーナー君に呼び出されたらしい。私は呼び出しておいてその場に居ないドジなトレーナー君を探してくるから、ちょっと相手しててあげてくれたまえ」

     なんだか説明するような言葉を残して、タキオンは旧理科準備室の扉を閉めた。残ったのはカフェと、その元トレーナーのみである。

     2人きり、久しぶりの状況だった。

     「……あの、トレーナーさん?」

     頬はまだ熱かったし、瞳はいやに潤っていた。

  • 22◆T68FLP7Ceo22/08/07(日) 21:31:58

    18 / 18
     ―――

     カフェの元トレーナーが退室してくる。どうやら、指示していた通りタキオンのトレーナーから待ち合わせ場所変更の連絡が入ったようだ。

     「やあ、もしかして、カフェにグラウンドにあるけやきの下にでも呼び出されたかな?」

     タキオンは彼の返事を聞くと、笑いながら、それ以上は語らず旧理科準備室へと戻っていく。
     窓の外では春の足音を感じさせる風が、群青色の空に向かって吹いていた。


    ――Part.10 エイトフィート・ラヴ・コメディ おわり

  • 23◆T68FLP7Ceo22/08/07(日) 21:36:37

    お付き合いありがとうございました。

    pixivに上げてる分の最終回として書いたので卒業しそうな雰囲気出してますが、次回は普通にサザエさん時空に入るか時間軸が前の話だったりしながら続くと思います。


    「カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受ける話」シリーズ

    【SS】カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受ける話|あにまん掲示板※長いですが、書き溜めてあるので一気に投下します。bbs.animanch.com
    【SS】カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受けて最終的にタキオンが泣く話|あにまん掲示板※すごい長いですが、書き溜めはしてあります。よろしければお付き合いください。bbs.animanch.com
    【SS】カフェが怪奇事件の相談を受ける話|あにまん掲示板少し長いですが、よろしければお付き合いください。https://bbs.animanch.com/img/148443/865bbs.animanch.com
    【SS】カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受けて温泉に入る話【ウマ娘×ミステリ】|あにまん掲示板※ 事件編 / 解決編 に分けて時間差投稿します。※ 9,000字 / 6000字 くらいありますがよろしければお付き合い下さい。https://bbs.animanch.com/img/243226…bbs.animanch.com
    【SS】カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受けた裏で頑張る話【ウマ娘×ミステリ】|あにまん掲示板※事件編 / 解決編 に分けて時間差投稿します。※今回から行間を空けるようにした結果、これまでより分割数が多いですがご容赦ください。bbs.animanch.com
    【SS】タキオンが怪奇事件の相談を受ける話【ウマ娘×ミステリ】|あにまん掲示板※やや長めですが、よろしければお付き合いください。※オリウマ、オリヒトが出てきます。ミステリなので、不要なときに代名詞で叙述トリックを疑わせたくない。というのが主な理由です。ご容赦ください。https…bbs.animanch.com
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  • 24二次元好きの匿名さん22/08/08(月) 08:39:37

    くっそ面白かった、お疲れ様です

  • 25二次元好きの匿名さん22/08/08(月) 17:53:01

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