【SS】ユキノビジンが怪奇事件に巻き込まれる話【ウマ娘×ミステリ】

  • 1◆k4Sl/SYssc22/08/19(金) 19:01:06

    ※少々長いですが、よろしければお付き合いください。(約8,500文字ですので、読了目安時間は17分です)
    ※いつもは事件編/解決編に分けて時間差登投稿しているシリーズですが、今回はその区切りが最序盤にあるので一括投稿です。

  • 2◆k4Sl/SYssc22/08/19(金) 19:01:19

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     春を迎えたトレセン学園の学生用カフェテリアには紫外線避けのパラソルが貼られていた。程よい陽気と、新作スイーツの香り、どこか浮かれた話し声に満ちている。
     その中の1席で栗毛のウマ娘、アグネスタキオンが体重の半分をテーブルに預けるように突っ伏していた。
     丸いテーブルの空いたスペースには紅茶のカップと、ケーキ、それにサンドイッチとノートパソコンが置かれている。
     「……カフェは毎日コレと付き合ってンのかよ」
     「うーん、いつもはここまででもない気がするな」
     ノートパソコンから顔を上げたエアシャカールにファインモーションが相槌を入れた。
     タキオンの無二の友人とも言うべき、優しく、世話焼きで、ちょっと不思議な雰囲気を持つウマ娘、マンハッタンカフェは先週から遠征に出かけていて不在なのだ。
     「タキオンのこの症状は、そう、名付けるならカフェ欠乏症!」
     「……そんなタマか?」
     「どうだろうね?そっちのほうが素敵だと思っただけ」
     「ハァ、これだから殿下サマは……」
     シャカールが呆れ顔をノートパソコンの画面に戻す。タキオンはもうしばらくこのままだろう。
     ファインはお昼休みをカフェテリアで楽しむウマ娘たちに目を向けた。
     春のG1戦線は佳境を迎え、それぞれの過ごし方の違いが濃くなっている気がする。
     体作りのためメモを片手に食事を頼むコ。きゃあきゃあと騒ぎながら誰の応援をするか、話し合うコたち。目を向けるたびに新しい皿を持ってきているコも居た。(あれは何の挑戦をしているんだろう?)

  • 3◆k4Sl/SYssc22/08/19(金) 19:01:33

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     ふと、カフェテリアの外を歩いているウマ娘に目を留めて、手を振った。その動きに気づいたシャカールも顔を上げる。振り返したその腕を通すカーディガンは少し暑そうだが、パステルカラーが彼女によく似合っていた。
     「ユキノちゃん、ごきげんよう。カフェが居なくて寂しくない?」
     「ファインさん!ごぎげンようがんす。わんつか寂しいども、平気です」
     ユキノビジンはカフェと同じ美浦寮所属で、ルームメイトだ。カフェが出立前にまだ中等部の彼女を独りにすることを心配していたが、これなら心配には及ばなかったと言ってよさそうだ。
     「ハッ、そこの腑抜けヅラにも見習わせてやりたいもんだな」
     話を振られたタキオンは、突っ伏したままわずかに耳を動かすだけだ。寝ているのかもしれない。
     「座って座って!私もカフェが居なくて寂しいの。ね、普段カフェは部屋でどうしてるの?」
     「そっだなあ……あンまり四六時中おしゃべりはしねンだども、悩ンでるごどさあるどぎには気にかげで話さ聞いでぐれます」
     以前、カフェはユキノの事を優しいウマ娘と評していたが、カフェだって十分に優しい。
     ファインはうんうんと頷いた。

  • 4◆k4Sl/SYssc22/08/19(金) 19:01:49

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     「悩みかあ……学園でもいつも相談受けてるもんね。そうだ!私でよければ、悩み事聞くよ?」
     「絞り出させるもんじゃねエだろ」というシャカールの至極まっとうな意見はこの際無視する。
     「ほンだなぁ……それだば、今朝のごどなンだども、駅でばっちゃに声さかげられだンです。あたしの制服さ見で『孫さ会いに来だ。トレセン学園さ行ぎでえ』ってへるすけ、案内してけだんです」
     ファインの脳裏に大きな風呂敷を背負ったおばあちゃんの映像が浮かぶ。たぶん、こんなふうでは無かっただろう。
     「すたども、いざ学園にづいだっきゃ、校門前でしばらぐあたしと話して帰ってしまわれだンだ。あれでいがったンだべが?って思ってまって」
     「あー……要約するとこうだな?『老婆が孫に会いに学園に来た。しかし、しばらく校門で話をした後帰ってしまった。なぜだろう?』」
     「……その締め方はウミガメのスープだね?」
     タキオンが顔を起こす。額は長時間机に押し付けていたせいで赤く痕になっていた。
     「ウミガメの?」
     怪訝そうにテーブルの上を見るユキノだが、スープ類は見当たらない。
     「論理パズルだよ」
     「へえ!シャカール、得意なんじゃない?」
     「本来は出題者にyes/noで答えられる質問を投げかけながら解くんだが、まア、やりようはある」

  • 5◆k4Sl/SYssc22/08/19(金) 19:01:59

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    ―――

     ユキノビジンは晴れやかな空のもとを走っている。東京競バ場、オークスの舞台。ゲートが見えてきた。足を緩めると、桜花賞で苦杯をなめさせられたあの子と目が合う。勝てるイメージはある。大丈夫だとゲートへ進む。
     呼吸を整えて、足元から視線を上げた。違和感。暗い。先程までの晴れやかな空は消え去り、代わりに赤黒い雲が空を覆っている。ターフは冬枯れのように茶色く乾いていた。隣のゲートには知らないウマ娘。身動ぎせずうつろな目で前を見つめている。

     『一番人気――第一指骨折』

     合成音声のような無機質なアナウンスが流れる。背後をずりずり、ざりざりという音が通過した。
     2つ右のゲートで嫌な音――くぐもった破擦音――が響く。
     声にならない声、倒れ込む音。
     激しい嫌悪感。倦怠感。
     何者かの気配。

     そして、目が覚めた。

  • 6◆k4Sl/SYssc22/08/19(金) 19:02:10

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    ―――

     今しがた見た夢が何だったのか、覚えていない。ただ乱れた呼吸と心臓の早鐘だけが響いている。
     いつもならユキノの心の変化に敏く、温かいコーヒーを入れてくれるルームメイトは居ない。彼女のベッドには冷たく張られたシーツだけが横たわっている。
     なんだか部屋の暗がりをつぶさに観察するのが怖くて、少し暑いと感じながらも布団を体に巻き付けるようにして眠った。
     よく眠れなかった。

  • 7◆k4Sl/SYssc22/08/19(金) 19:02:24

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    ―――

     「――例えば、行動から絞る」
     シャカールが人差し指を立てる。
     「校門の前で話したってコトは、学園には一歩も踏み入れてねえ。違うか?」
     「んだ」
     ユキノの訛った返事に拍子抜けしたのか、まっすぐ立てていた人差し指がへなっと曲がる。
     「……入らなかったんじゃねえ。入れなかった、とは考えられねえか?朝の校門なら、見張りにたづなも立ってンだろ?」
     確かに、生徒以外の人間が通ろうとすれば、事務員のたづなさんに呼び止められていただろう。
     「でも、お孫さんに会いに来たって言えば、少なくとも事務局までは通してもらえるんじゃない?」
     「そうだ。だが、事実としてそうしてねエ。何故か?」
     ユキノも考えてみる。あのおばあちゃんは校門前で「ここでいいです」と立ち止まると、ユキノの話を聞きながら、行き交うウマ娘たちを見つめていた。その間、いくつか質問はされたが、あまり自分の事は話してくれなかった印象がある。
     「お孫さんが通りかかるのを待ってたんじゃない?」
     「あたしもそう思って、どったな子が聞いでみたンだども、なンだが話しさ逸らされでまりまして」
     「それは妙な話だね」
     「事務局に案内してもらった方が手っ取り早いのに、そうしない。最初にユキノには話しかけてっから、コミュ障ってワケでもねえ」
     「こみゅしょー?」
     「恥ずかしがり屋さんって意味だ。ユキノ君は覚えなくていいよ」

  • 8◆k4Sl/SYssc22/08/19(金) 19:02:36

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     「と、なると答えはこうだ」
     タキオンの言葉を無視してシャカールが続ける。
     「孫は学園に在学してねえ。ついでに実は生徒じゃなく教員やスタッフなんてトンチでもねえ」
     「なるほど、該当人物が最初から居なければ、事務局に掛け合ったところで誰の親族でもない。だから入る事ができない、ってことね?」
     「そうだ。そうすっと『孫に会いに来た』の意味も変わってくる。たとえばそう、」
     ユキノのほうを指差すので、ユキノは「あたしのばっちゃでねだよ?!」と否定したが、クククと悪そうな声でシャカールに笑われてしまった。
     「ちげーよ、ソコだ」
     指先が少し主張するように動いた。黒いネイルチップはユキノの顔ではなく胸を指している。
     「孫は故人。んで、オマエはその孫から臓器移植を受けた。ばあさんは臓器だけでも生きてるのを見たくて来たが、会話の中でオマエが臓器提供を受けたウマ娘だと確信。満足して帰った」
     「ええ?!」
     「なるほど、流石はシャカール君。完璧なロジックだ。ユキノ君に移植手術の経験が無いことを除けば、だが」
     一瞬の間が空いてシャカールたちが笑い始めたので、からかわれていた事に気づいたユキノは頬を膨らませた。
     「まあまあ、シャカールの説を少し変えて、こうも考えられない?おばあちゃんは記念碑とか、記念樹を見に来たんだよ。お孫さんは……そうね。シャカールの言う通り亡くなってて、学園に遺されたものに会いに来た。これでどうかな?」
     なるほど、納得できる解答である。

  • 9◆k4Sl/SYssc22/08/19(金) 19:02:49

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    ―――

     ――寝不足だろうか、気がついたら白昼夢のように昨日のカフェテリアでの出来事を思い出していた。
     ユキノはぶんぶんと頭を左右に振ると、板書の途中で止まっていたノートにペンを走らせ始める。
     漠然とした不安と恐怖が、胸の真ん中で煙を吐き続けているようだった。

  • 10◆k4Sl/SYssc22/08/19(金) 19:03:00

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    ―――

     「ねえ、猿夢って知ってる?」
     「なにそれ?」
     ぼんやりとしていたせいか、時間の感覚がおかしい。先程まで朝の授業だったはずだが、もう夕暮れの中にあった。ユキノの目の前には、帰り支度の終わった自分のカバンがある。
     何処からか吹くなまぬるい風が、クラスメイトの会話を運んでいた。
     「遊園地にあるような、遊具の電車に乗ってる夢なの。前の座席には他の人も乗っていて微動だにしない。そのあたりで『これは夢だ』って気づくのね」
     「明晰夢なんだ?それでそれで?」
     「アナウンスで『次は活造り〜活造り〜』って停車駅の案内みたいなアナウンスが流れて、駅に着くと前の前に乗ってた人がでっかい猿のおもちゃみたいなのに引き擦り降ろされて、活造りにされちゃうんだって」
     「ええ……悪夢の話なのこれ?」
     「『起きなきゃ!』明晰夢だから、頑張れば起きられるの。でも、次の日、また同じ夢。2つ前の席は
    空っぽになってて、今度は1つ前の席の人がアナウンス通り針串刺しに……『次は自分の番だ!起きなきゃ!』」
     「それでそれで?」
     「また続きの夢を見るんだけど、もう今夜は自分の番って分かってるから、即起きするのね」
     「できるんだ」
     「そうすると耳元で『また逃げるんですか?次は逃しませんよ』って声がして目が覚めるんだって。その人はこの話を友達にして、遠くに逃げるって言って居なくなっちゃったらしいよ」
     「コワ〜」
     気分の悪くなってきたユキノはカバンを手に取る。内心でトレーニングに向かう前に、おばあさんが見に来た記念碑か記念樹を探して拝んでいくことに決めていた。

     しばらく探してみたが、記念碑も記念樹も存在していなかった。

  • 11◆k4Sl/SYssc22/08/19(金) 19:03:19

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    ―――

     『2番人気――腸骨骨折』

     ユキノは、昨晩も同じ夢を見ていた事を思い出していた。
     今度は左側2つ隣。芝の枯れた地面を、ウマ娘が倒れた振動が伝わってくる。
     横一列に並んだゲートの背後をずりずり、ざりざりと乾いた音を立てる何かが移動している。
     金縛りのように身動ぎできないのとは無関係に、恐怖で振り返ることができなかった。

  • 12◆k4Sl/SYssc22/08/19(金) 19:03:30

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    ―――

     「有り得そうだが、私の知る限り校門の周囲にそういったものは……無かったと思う」
     「うーん……言われてみれば」
     ファインがしばらく記憶の風景を探ってから耳を垂れる。
     「……これは、二人の折衷案というか、途中までアイデアを拝借するから恐縮ではあるんだが……ユキノ君。おばあちゃんに何を質問されたか、思い出せるかい?」
     「えっと……たしか、今いぐづなのが?とが、次の出走予定ぁ?とがだったど思います」

     次の出走はオークス、東京競馬場。ユキノは3番人気に推されていた。

  • 13◆k4Sl/SYssc22/08/19(金) 19:03:46

    12 / 20

    ―――

     『3番人気――』
     身体が震える。戦慄、という表現がふさわしいのだろう。
     呼吸が乱れ、瞳には涙が溜まり始めた。それでも、振り返れない。
     ずりずり、ざりざりが背後にあって、今まで気づかなかった弱い息遣いが産毛を揺らしている。

     「ユキノさん!」
     声に顔を上げると、ゲートの向こう、ターフの上にカフェが立っていた。冬枯れの中、彼女の足元だけが青々としている。
     「手を!」
     身体が動いた。
     言われるままにゲートの隙間から手を延ばす。その手を強く握り返されるのと同時に、ゲートが幻のように消えてユキノはつんのめった。
     「走って!」
     振り返ると、それが居た。囲炉裏の燃え尽きた灰で作った人形のような“何か”だった。
     「カフェさん!あれはなンだが?!」
     「……判るのは、恨み、眺望、嫉妬……よくないものです」
      ラチを飛び越え、地下バ道へ駆け下り、走る。時折カフェが背中を叩くように押すようにしてユキノを励まし続けた。
     「とりあえず、夢から出ましょう」
     そうだ、ここは夢である。
     出たらまた一人ぼっちだ。
     「!……大丈夫です。私はもう部屋に帰っています。一緒に、居ます」
     ほんの少し、目覚めるのを怖がってしまった影響だろうか、闇が濃くなり、背後から迫るものの気配が大きくなる。
     「すンません!」

  • 14◆k4Sl/SYssc22/08/19(金) 19:04:03

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     「……回り込まれました」
     「えっ?」
     地下バ道を抜けた先は、なぜかトレセン学園だった。
     夢なので整合性を求めても仕方ない。教室に逃げ込んだ二人は息を殺してしゃがみこんでいた。
     「失礼……」
     カフェがスマホを取り出す。
     「あれに目をつけられた理由に心当たりは?」
     「レースへの不安だと思ってたども」
     「……それも、無関係ではなさそうですが」
     ふと、老婆のことを思い出した。
     あの日、タキオンは何と結論づけたのだったか。
     なぜだかひどく遠い昔のことのように感じる。

     「……そのおばあさんとは、どのようなやり取りを?」
     「それが、うまぐ思い出せねンだども……」
     それでも、記憶を絞り出すようにカフェテリアでファインに呼び止められ、タキオンとシャカールも交えて納得の行く答えを探していたことを説明し終えると、カフェはスマホを叩いて電話を発信した。
     夢の中でそんな行動に出ることに少し驚く。
     「ユキノさん、私達が今、目覚められないのは、逃げようとする先にあれが居るからです」
     「逃げようとする先?」
     「ええ……現実の美浦寮の、私達の部屋です」

  • 15◆k4Sl/SYssc22/08/19(金) 19:04:18

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    ―――

     スマホには数日振りの友人の名前。そういえば最速なら帰っているころである。
     タキオンは眠い目をこすりながらサイドテーブル上のライトを灯すと、ルームメイトを起こしてしまわないように傘を傾けた。
     「やあ、真っ先に私に連絡とは、恋しかったかい?」
     「……電話なら出先でもかけられます。もし恋しかったのならそうしています」
     「一理あるね」
     「要件ですが、お願いがあります。今すぐ、美浦寮の私の部屋まで来てください」
     もう少しからかうことも出来そうだが、カフェの声は真剣だ。タキオンはベッドから足を下ろすと、つま先をスリッパに滑り込ませた。
     「……わかった。君から寮長に連絡は?」
     「できませんので、忍び込んでください」

  • 16◆k4Sl/SYssc22/08/19(金) 19:04:31

    15 / 20

     奇しくも午前2時。丑三つ時。
     窓から抜け出して美浦寮へ向かう。
     門限近い時間はウマ娘の出入りを見張っている両寮長も、さすがにこの時間には眠っている。
     普段なら施錠されている玄関も、今日は深夜に戻るカフェのためにだろうか、開けられていた。

     美浦寮の廊下を、足音を立てないよう進む。
     何度か来たことのあるカフェの部屋のドアノブをそっと回すと、常夜灯の薄明かりの下、ベッドで眠るユキノと、そのベッドに半身を預けて突っ伏したカフェの姿が見えた。手をつなぎ、険しい表情で眠っている。
     音を立てないようドアを閉めてからスマホの画面に目を移す。切らずにおいたままの通話は続いていて、目の前で寝ているはずのカフェから「起こさないように」と注意を受けるのはなかなかに気味が悪かった。
     「助けるのはやぶさかでないんだけど、通話の料金はどこ持ちなんだい?」
     「いいですから、ユキノさんがその日……おばあさんと出会い、その事を皆さんに話した日、着ていた服を覚えていますか?」
     「その日も何も、学園だから毎日制服……いやまてよ、カーディガンを羽織っていたっけ。少し季節外れだと思ったのを覚えている」
    「シチーさんのオススメこーでで……オススメされだのぁ結構前なンだども」
    「今すぐ調べてください。いいですよね?ユキノさん」
     備え付けのクローゼットは栗東寮と同じものだ。確認を待たずにユキノのベッド側の扉を開き、パステルカラーのカーディガンを引っ張り出す。その拍子に、ポケットから何かが落ちた。
    「これは……」

  • 17◆k4Sl/SYssc22/08/19(金) 19:04:45

    16 / 20

    ―――

     廊下をずりずりと乾いた音が這い回っている。時折動きを止め、教室の窓を覗き込んでいるのがわかった。
     「前の扉から覗き込んでいるうちに後ろの扉から出ます……慌てすぎず、静かに全速力でお願いします」
     難しい注文にユキノが頷く。すでに音は扉の前へと集まり始めていた。
     「……今です!」
     勢いよく扉を開き、駆け出す。アレがこちらを振り返るのがちらりと視界に入った。
     カフェと繋いだ手がぐいと引っ張られ、階段へと
     「逃げでも先回りされでらンだよね?どやするンだが?」
     踊り場の明かり取りの窓からの光が遮られ、あれが追ってきているのが分かる。
     「背後を……レースでマークした相手が仕掛けるのを待っていると、背後から別の子が仕掛けたことに気づかなかったりします……」
     階段を飛び降り、廊下を疾走して、校門を抜ける。ユキノにもカフェの言ったことの意味がわかり始めた。引っ張られるままだった手が徐々に緩み、いつしか同じ速度で駆けていく。
     美浦寮の廊下。揃って扉の前で急停止すると、勢いよく扉を開けた。
     驚いて振り返るタキオンと目があった。

  • 18◆k4Sl/SYssc22/08/19(金) 19:04:59

    17 / 20

    ―――

     目を覚ますと、常夜灯の明かりの下、カフェの顔が目の前にあった。
     手はつないだまま、じっとりと汗に濡れていた。
     安堵と恐怖が洪水のように湧き上がってきて、ユキノは涙を流しながら抱きついた。抱きしめ返すカフェの細腕は優しく、確かにそこに居ると実感させてくれた。

     「……タキオンさん。ありがとうございました。もうひと手間おかけしますが、コーヒーを沸かす準備を」
     「紅茶のほうが良くないかい?」
      開きっぱなしのドアから泣き声が廊下に漏れたのか、隣室で起きだした気配がする。タキオンは人差し指を唇に当てると音がしないようにゆっくりとドアを閉めた。

  • 19エピローグ◆k4Sl/SYssc22/08/19(金) 19:05:33

    18 / 20

    ―――

     「では、あのばっちゃがあたしにお孫さんの姿重ねだのが原因で、悪いものさ引ぎ寄せでまったんだが?」
     「ええ、いくら憧憬や眺望の念だとしても……そういったものの拠り所にはなり得ます」
     一夜明けた旧理科準備室は温かいコーヒーが注がれたカップから立ち上るいい香りに包まれていた。
     起きがけにはまだ少し顔色が悪かったユキノの頬にも、今は紅が差している。
     「お孫さんの御霊ど、悪いものがあたしのとごろでごっちゃになったのなら、ばっちゃには悪いごどしてまりました」
     「そう思えるのは、美点です……きっと、大丈夫ですよ」
     カフェは自分のカップに目を落とす。コンデンスミルクと混ざりあったコーヒーはユキノに合わせて少し甘くしてあった。
     「そういえば、タキオンさんにカーディガンさ調べでもらってらったのはなしてです?」
     「……説明が難しいのですが、現実であらためてもらうことで、夢の中での位置のようなものを確定しました。夢の中で迷わず美浦寮に帰れたのも、そのおかげです」
     「なるほど……」
     話の内容をコーヒーと一緒に流し込むように、ユキノはゆっくりとカップを傾けた。
     時刻は7時45分。そろそろここを出て教室に向かわなければならない。
     それでもカフェは、いつもの調子を取り戻していくルームメイトの顔をじっくりと見つめていた。

  • 20◆k4Sl/SYssc22/08/19(金) 19:05:47

    19 / 20

    ―――

     「通話の記録自体が消えていたよ。少し腑に落ちないが、通信料金の心配は無さそうだね」
     いつものように、久しぶりに、放課後になればタキオンと顔を合わせる。
     遠征の間どうしていたかと気にかけなかったわけではないが、このぶんだといつもどおりだったのだろう。と、カフェはひとり納得して言及しないことにした。あんまり心配していたと思われるのも、なんだか癪だった。
     「っと、ユキノ君からおばあさんの事を聞いた時の話だったね……私はこう考えたんだ。お孫さんの姿を重ねるウマ娘を見に来た。いわば、思い出に会いに来たんじゃないか。ユキノ君がまさに同じ……例えば、そう、オークスへの想いを抱いてる事を知って、その目的は達成されたんじゃないか。とね」
     タキオンがため息をつく。
     「想いだけでなくこんなものまで託しているとは思いもよらなかったが」
     机の上に保管袋を置く。密閉された袋の中に、白い乾燥した塊が収められていた。
     「カフェ、これは」
     「おそらく、遺骨でしょう……お孫さんの」
     もう一度、今度は先程よりやや静かで深いため息。
     「まさか、『孫と同じ目標を持つウマ娘に、遺骨を夢の成就の瞬間に連れて行ってもらう』が完答とはね……」

  • 21◆k4Sl/SYssc22/08/19(金) 19:05:59

    20 / 20

     「本来は警察に持ち込むべきなんでしょうが……知り合いのお寺さんに頼んでみます」
     警察に頼めばきちんと経緯を話さなくてはならないだろう。大事なレースを前にしたユキノにはこれ以上心労をかけたくない。ただ単に過ぎた応援のせい、ということにしたい。
     「悪夢のこと……おばあさんはどこまで把握していたんだろうね?遺骨を持っていれば夢に出るのなら、おばあさんの手元にあった時、おばあさんの夢枕に立ったりしたんだろうか?」
     「お孫さんの悪夢にうなされてのことではないと、おもいます……そうだとしたら遺骨をむき出しで持っているというスタート地点がまず、不自然ですから」
     もし、「完答」が夢を叶える瞬間に持っていてもらうことでなく、あの悪夢の先にあるものだとするなら、それは何を意味するのだろうか。
     窓の外ではウマ娘たちの声。
     春の浮かれた弾む笑い声の中にしわがれた老婆の声が聞こえた気がして、タキオンは思わず身震いするのだった。


    ―― Part.11「グレーコラージュ」おわり

  • 22◆k4Sl/SYssc22/08/19(金) 23:04:16

    「カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受ける話」シリーズ

    【SS】カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受ける話|あにまん掲示板※長いですが、書き溜めてあるので一気に投下します。bbs.animanch.com
    【SS】カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受けて最終的にタキオンが泣く話|あにまん掲示板※すごい長いですが、書き溜めはしてあります。よろしければお付き合いください。bbs.animanch.com
    【SS】カフェが怪奇事件の相談を受ける話|あにまん掲示板少し長いですが、よろしければお付き合いください。https://bbs.animanch.com/img/148443/865bbs.animanch.com
    【SS】カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受けて温泉に入る話【ウマ娘×ミステリ】|あにまん掲示板※ 事件編 / 解決編 に分けて時間差投稿します。※ 9,000字 / 6000字 くらいありますがよろしければお付き合い下さい。https://bbs.animanch.com/img/243226…bbs.animanch.com
    【SS】カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受けた裏で頑張る話【ウマ娘×ミステリ】|あにまん掲示板※事件編 / 解決編 に分けて時間差投稿します。※今回から行間を空けるようにした結果、これまでより分割数が多いですがご容赦ください。bbs.animanch.com
    【SS】タキオンが怪奇事件の相談を受ける話【ウマ娘×ミステリ】|あにまん掲示板※やや長めですが、よろしければお付き合いください。※オリウマ、オリヒトが出てきます。ミステリなので、不要なときに代名詞で叙述トリックを疑わせたくない。というのが主な理由です。ご容赦ください。https…bbs.animanch.com
    【SS】カフェがタキオンの起こした怪奇事件と対決する話【ウマ娘×ミステリ】|あにまん掲示板※やや長めですが、よろしければお付き合いください。※固有名詞ありのオリウマが出てきます。ミステリなので、不要なときに代名詞で叙述トリックを疑わせたくない。というのが主な理由です。ご容赦ください。※正直…bbs.animanch.com
    【SS】カフェが合宿先で怪奇事件に巻き込まれる話【ウマ娘×ミステリ】|あにまん掲示板※あまりに長いので、連載という形で3夜に分割投稿することにしました。※固有名詞ありのオリジナル登場人物が出てきます。ミステリなので、不要なときに代名詞で叙述トリックを疑わせたくない。というのが主な理由…bbs.animanch.com
    【SS】カフェとタキオンの怪奇事件より生きてる人のが怖い話【ウマ娘×ミステリ】|あにまん掲示板※少々長いですが、よろしければお付き合いください。(約14,000文字ですので、読了目安時間は28分です。事件編の文量は全体の約2/3です)※事件編/解決編に分けて時間差登投稿します。※固有名詞ありの…bbs.animanch.com
    【SS】カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受ける話でした【ウマ娘×ミステリ】|あにまん掲示板※少々長いですが、よろしければお付き合いください。(約9,000文字ですので、読了目安時間は18分です)※事件編/解決編に分けて時間差登投稿します。※固有名詞ありのオリジナル登場人物が出てきます。ミス…bbs.animanch.com

    ユキノの方言(南部弁)参考:BEPPERちゃんねる「恋する方言変換」様

    恋する方言変換 | BEPPERちゃんねる日本語(標準語)を全国各地の方言に変換します。30種類を超える方言に変換可能です。www.8toch.net
  • 23◆k4Sl/SYssc22/08/20(土) 10:48:41

    そういえば、モチーフにする怪異のネタが尽きたのでよいものがあれば教えてください

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