【リゼロ】好きな地の文を貼るスレ

  • 1二次元好きの匿名さん23/11/03(金) 21:27:47

    リゼロの魅力は地の文にあると言っても良いと思うんだ。心理描写でも情景描写でも本編でもそれ以外でもいいから、みんなの好きな地の文を教えてほしい。

  • 2123/11/03(金) 21:28:51

    ちなワイはこれが好き。残骸くんの独白。
    スバルくんの自己嫌悪長文癖になる。
    ↓ ↓ ↓ ↓
    「……いってきますって、言えばよかった」
    後悔ばかりの、人生だった。
    やり直したいことなど、それこそ両手両足の指でも足りないけれど、いの一番に、それが浮かんだ。
    家を出るとき、いってらっしゃいと母に声をかけられた。
    自分は、それに答えなかった。
    何故か。

    ――台所の、水につけたコップを、洗っていなかったからだ。

    「ぐ、ふ……っ」
    コップを、洗わなかった。
    ココアを飲んで、こびりついた茶色い汚れを、洗うのが面倒だった。
    母の声に答えて、会話が生まれてしまったら、コップを洗えと言われるかもしれなかった。だから、母の声に答えなかった。コップを、洗いたくなかったからだ。
    コップを洗いたくなかったから、自分は母の言葉を無視した。
    何も言わなかった。何も言わないまま家を出て、コンビニに向かって、自分で稼いだわけでもない金を使って、そのまま、気付けばこんな場所にいた。
    母にも、父にも何も言わずに、コップを洗わないで、こんな場所にいた。
    コップの一つも洗わずに、優しい母に何も言わずに、こんな場所で、死にそうだ。
    迷惑をかけて、何一つ返せないまま、コップも洗わないで、死ぬのだ。

  • 3二次元好きの匿名さん23/11/03(金) 22:11:01

    「――なら、信じさせてやる」


     震える声で、震える瞳で、エミリアがスバルを拒もうとする。

     言葉では伝わらない。態度でも、納得させられない。ならば、思いの丈はもはや、行動で示す以外には伝える方法が見当たらない。

     だから、



    「すば……」



    「嫌なら、よけろ」



     息がかかるほどの距離――否、息すら二人の間を遮れないほどの距離。

     エミリアの肩に手を伸ばし、スバルは彼女に顔を寄せる。近付くスバルを見て、エミリアは瞳に戸惑いを浮かべ、体を硬直させた。

  • 4323/11/03(金) 22:12:41

     一秒、待つ。

     振りほどかれるなら、そこまでだ。



    「――――」



     でも、エミリアは目を閉じた。

     それが諦めだったのか、迷った末だったのか、スバルにはわからない。



    「――んっ」

    「――――づ」



     互いの息遣いが絡み合い、エミリアが息を詰め、スバルが痛みに眉を寄せる。

     小さく音が鳴ったのは、勢いで歯がぶつかり合ったためだ。疼くようなかすかな痛みを最初に味わい、しかしそれはすぐに強烈な熱の前に頭の片隅からすらも消え去る。



     柔らかい唇。触れ合うだけの口づけ。

  • 5323/11/03(金) 22:14:56

     エミリアにとっては初めてで、スバルにとっては彼女と二度目の口づけ。

     冷たい、『死』の味がした一度目とは違う。二度目のキスは、熱い『命』の味がした。


    すげー長くなっちゃったごめん…
    死の味との対比が美しすぎる
    アニメでもこのシーンめちゃくちゃ良かったな

  • 6二次元好きの匿名さん23/11/03(金) 22:50:14

    ゼロからは地の文あるかないかで印象が180°変わる

  • 7二次元好きの匿名さん23/11/03(金) 23:33:23

     消えたい。消えてなくなってしまいたい。

     もっと早く、決断しておくべきだった。異世界で、こんなことになる前に。異世界なんて場所にくる前に、わかっていたはずではなかったか。



     何故、存在するだけで、お前は他者の心を煩わせるのだ。

     他人の心の一部を、ほんのわずかな部分だけでも、占有する資格がお前にあるものか。薄汚い壁の染みめ。部屋の隅に溜まった埃、生ゴミにたかる蛆虫、決して消えることなく痕跡として残り続ける、目につく位置に残った傷跡のような存在め。



     ナツキ・スバル、何故死なない。

     死んでも、やり直すだけ? 誰がそんなことを決めた。誰が、それが永遠に続くなどと確かめた。一度で足りないなら、十回でも百回でも、千回でも死 ねよ。



     消えてなくなるまで死 ねよ。



     誰の記憶からも消えてなくなって、何にも影響を与えなくなるようになるまで、誰の心にもお前の名前が、お前の存在が、お前の痕跡が、残らなくなるまで死 ねよ。

  • 8二次元好きの匿名さん23/11/03(金) 23:38:10

     ――戦って、勝ってみせる。

     できるのだろうかと、それを疑うことはない。

     できるに違いないと、そう信じるのだ。

     少年の声が、少女や都市の人々が絶望に負けないと信じてくれているように。

     少女たちもまた、この声の少年が一番危険な戦いに勝ってくれると信じるのだ。

     何故、それが信じられるのか。それは、この声がきっと――。



    『――俺の名前はナツキ・スバル。魔女教大罪司教、『怠惰』を倒した精霊使いだ』


    「――――!」

     ここまで秘されていた少年の素性、明かされたその名にどよめきが生まれる。

     少女には意味のわからない宣言。だが、周囲の人々にとってはそうではない。もたらされた衝撃は大きく、しかし決して負の印象ではない。

     最初は驚愕、続いて理解――そして、希望と信頼が爆発的に広がり、少女の心すらもその感情の波に呑み込まれる。

    『都市にいる魔女教は、俺と仲間たちがどうにかする! だから、みんなは信じて戦ってくれ。大切な人の手を握って、負けそうになる弱い心をぶっ飛ばしてくれ。そしたら』

    「――――」

    『――あとのことは全部、この俺に任せておけ!』

  • 9二次元好きの匿名さん23/11/03(金) 23:47:28

     現れて早々、その整った面貌に憂いと謝意を浮かべて男は謝罪した。
     淡く、扉越しに聞こえるだけで多くの女性が甘い予感に蕩けるような美声、やや目尻の下がる黄色い瞳は情熱を秘め、ただ見つめるだけで他者の心に爪を立てる。
    『最優の騎士』ユリウス・ユークリウス、その男の纏った存在感はそういう代物だ。

    これとかアベルのやつとか一周回って笑っちゃった。どんだけ褒めるんだよと

  • 10二次元好きの匿名さん23/11/04(土) 01:02:11

    ――この帝都決戦において、アベルの描いた絵を塗り替えたものがいくつかある。



     一つは、ヨルナ・ミシグレが向かった第一頂点、そこに参戦したプリシラの存在。

     一つは、自らの加護を用い、戦況の詳細な情報を拾い集める能を示したオットー。

     一つは、カフマ・イルルクスとの膠着ではなく、撃破を成し遂げたガーフィール。

     一つは、想定よりマデリン・エッシャルトを怒らせ、『雲龍』を呼ばせたエミリア。



     だがしかし、それらはアベルの描いた絵の彩りに多少の変化を加えても、完成形自体を大きく変えるような出来事ではなかった。


    この流れがもう一回来るの形勢逆転の前触れって感じで好き

  • 11二次元好きの匿名さん23/11/04(土) 09:10:48

    地の文っていうかセリフだけど…。

    「レムは、俺の弱音を聞いて、泣き言を吐き出させて、涙も何もかも涸れるぐらいまで絞り出させて――さあ、立ってくださいって、そう言うんだ」

    あの澄み渡る青空の下で、絶望に挫けかけたスバルに彼女は言った。
    触れた指の細さを、寄り添った肌の温もりを、与えられた愛の大きさを、ナツキ・スバルは全身全霊で覚えている。
    だから、はっきりと、目の前にいるレムに――彼女の紛い物に、言ってやる。

    「もう休んでくださいなんて、言わない。諦めて、全部レムに任せてくださいなんて、言わない」
    「――――」
    「俺を好きで、俺も好きで、俺に優しくて、俺を愛してくれて――世界で誰より、俺に厳しくて、俺に甘くない女が、レムだからだ!!」

  • 12二次元好きの匿名さん23/11/04(土) 12:01:33

    自惚れても、いいのだろうか。
    こんな俺でも、大切な存在であるのだと、大切な人たちに思ってもらえているのだと。
    信じてしまっても、いいのだろうか。
    こんな俺でも、守りたいと思われるほどに、守りたい人たちに必要とされているのだと。
    願ってしまっても、許されるのだろうか。
    こんな俺でも、失われることに涙してくれる人たちがいて、救い出したいと手を差し伸べてもらえる価値があるのだと。

    ――思ってしまっても、いいのだろうか。

    死にたくなんかないのだと。
    それしか方法がないと、諦めてしまいたくなんかないのだと。
    大切な人たちの未来を守るための、その礎になって消えていくのなんて嫌なのだと。
    守ることのできたその未来に、大切な人たちと一緒に、自分もありたいのだと。
    そんな風に思っても、いいのだろうか。
    俺に、その資格は、あるのだろうか?
    もしもあるなら――、

    「死にたく、ないよ……」

  • 13二次元好きの匿名さん23/11/04(土) 14:06:29

    「書籍で追加されたレムの心理描写」

    不思義でならなかった。力の無い彼が、関係性すら薄い子供たちのために必死になる理由が、レムにはわからない。
    無謀なわけではない。スバルは自分の無力を自覚してる。その上で足りない部分を他者に求める事を躊躇わないのだ。なんて、傲慢なんだろうと思った。

    森に入り、子供たちを見つけて魔法で命を繋ぎ、見当たらない子供の一人を探しに行くとスバルが言い出した時もレムには驚きしかなかった
    無力さを知ってる目で、足りない自分がいることをわかってる顔で、何度も諦めを噛み殺した声で、スバルは抗う事をやめずにいる。

    一人、森の奥へ向かうスバルを見送り、子供たちの治療を続けながら、レムの心はひたすらに逸っていた。言葉にできない感覚がレムの胸の内側を熱いもので満たしていた。

  • 14二次元好きの匿名さん23/11/04(土) 19:45:08

    ――おそらく、誰も信じたりしないだろう。

  • 15二次元好きの匿名さん23/11/04(土) 21:23:34

     ――憎悪に満ちた声を聞いた。

     ――それが、耳から離れないのです。



     ――憤怒に染まった声が追いかけてきた。

     ――それが、怖くて怖くてたまらないのです。



     ――殺意を剥き出しにした声に圧し掛かられていた。

     ――それが、魂を鷲掴みにして離してくれないのです。





     ――生に縋れば縋るほどに、誰かを傷付ける自分がいた。

     ――それが何より一番、申し訳なくて申し訳なくて、今も溺れ続けているのです。


    文学的というか詩的というか……。なんかインモラルで退廃的な美しさがあるよね。

  • 16二次元好きの匿名さん23/11/04(土) 22:40:13

    「いつだって! どんなときだって! やりたい! 変わりたいと! そう思ったときがスタートラインだろうが!!」

    挫折して、何もかもなくして、諦めに浸って足を止めて、膝を抱えて蹲って。
    自分への落胆、他者からの失望、大事な人たちに見捨てられる孤独感、そんなものに心底から染め上げられたような気になって、自分は駄目なんだと、そんな風に思い込んでも。

    「また顔を上げて、前にある道を歩き出すのを、誰がどうして諦めろなんて言えるんだ!」

    諦めろ、やめちまえ、蹲っちまえ。
    くだらない。何もかも、耳を貸すに足りない戯言だ。
    膝を抱えてた奴がいて、声をかけるような気紛れを働かせるなら、どうせなら応援しろ。
    頑張れ。やっちまえ。何がなんだか知らないけど、立って走ればどっかにつく。
    ――胸の奥が、熱い。

    「そうだろ、ガーフィール……!」

    目の前の、弱々しく瞳を揺らす、小さく見える男の名前を呼ぶ。
    ――腹の中身が、燃えている。

    「そうだろ、エミリア……!」

    背後からスバルたちを見下ろしている、弱さと何かの狭間にいる彼女の名前を呼ぶ。
    ――瞳の奥から、溢れ出すものがある。

    「なぁ――そうだろ、レム!!」

    顔を上げ、口を開き、目を見開いて、立ち上がる切っ掛けをくれた人の名前を呼ぶ。
    諦めて足を止めたとき、それで終わりのはずがないと、教えてくれたことがあった。
    そのときにもらった力が、万人に届くべきだとナツキ・スバルは望むから。

  • 17二次元好きの匿名さん23/11/05(日) 01:47:08

    「――必ず、戻って言い訳してください!!」

     そう、声を大にして、レムは遠ざかろうとする竜車へと願いを投げ込んだ。
     無事で帰ってきてほしいなんて言えない。健闘を祈ろうなんてことも思えない。それでもカチュアに背を押され、何も伝えないなんて選べない。
     そんな悩ましいレムの胸中を、そのまま声に出したものがそれだった。

     ナツキ・スバルは、レムにとっていったい何者なのか。
     あれだけレムのために必死で、それでもエミリアやベアトリスがいて、帝国のために命を懸けて、スピカのためにみんなに睨まれて、何なのか。

    「それを話してくれるまで、許しません」

     鼻が曲がるような、邪悪な臭いを漂わせているからではない。
    『記憶』のないレムの、新しく形作った『記憶』のどこにでもいるあなたを、なんて冠を付けて覚えておけたらいいのか、その答えが欲しいから。

     レムの、その大きな声が風に呑まれ、ちゃんと届いたかもわからない。
     ただ、出立する三台の竜車の最後尾、開かれた窓から小さな手が、子どもの小さな手がこちらへ振り返されるのが見えた。

    「バカみたい。嬉しそうな顔しちゃって」

     ――それを見たレムの横顔に、カチュアがそう嘆息するのが聞こえた気がした。

  • 18二次元好きの匿名さん23/11/05(日) 09:34:23

    「どうして……そんなに、俺を……。俺は弱くて、ちっぽけで……逃げて……ッ。前のときも同じで、逃げて、それでもどうして……」

     ――こんなに情けなくて、頼りにならなくて、自分の弱さに負けてばかりの俺を、どうしてそうまで信じてくれるんだ。俺自身が信じられない俺を、どうして信じてくれるんだ。

    「――だって、スバルくんはレムの英雄なんです」

     無条件で、全幅の信頼を寄せるその言葉に、スバルの心は静かに震えた。
     どんな悪条件を重ねられても、どんな欠点をひけらかされても、そのたった一言にはそれら全ての悪意を跳ね返すだけの願いが込められていた。

     そして、スバルは遅まきに失して、ようやく気付いた。
     勘違いをしていた。思い違いをしていた。間違ってしかいなかった。

     彼女は、レムだけは、スバルの堕落をどこまでも許容してくれるのだと思い込んでいた。どんなに弱くて情けない醜態をさらしても、許してくれると勘違いしていた。
     それは誤りだ。間違いだ。致命的な愚かさだ。

     ――レムだけは、スバルの堕落を絶対に許さない。

     なにもしなくていいと、大人しくしていろと、無駄なことをするなと、みんながスバルにそう言った。
     誰もがスバルに期待なんかせず、その行いが無為であるのだと言い続けた。

     ――レムだけは、スバルの諦めを許さない。

     立ち上がれと、諦めるなと、全てを救えと、彼女だけは言い続ける。
     誰もスバルに期待しない。スバル自身すら見捨てたスバルを、彼女だけは絶対に見捨てないし、認めない。

  • 19二次元好きの匿名さん23/11/05(日) 12:34:28

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  • 20二次元好きの匿名さん23/11/05(日) 12:37:05

    「スバルくんは、こんな風にレムに自分の体を預けて怖いとは思わないんですか?」

    ――どれだけ口で抗弁しても、レムがスバルに危害を加えた事実はなくならない

    魔獣の森で二度、レムは危うくスバルを死なせかけてる。一度目は見殺しに、二度目は自分の手で。スバルが自分を囮にしたのを含めるなら三度になる。
    「森で二度、レムはスバルくんに鬼の姿を見せています。……その前も、レムは」
    スバルを排除すべき不穏分子ではないかと疑ったことがある。その疑念はきっと、レムの弱い心を蝕み、いつか爆発していた。
    結果的に殺さずに済んだだけで、レムはきっとスバルを殺してしまっていた。
    その未遂の罪悪感は今も加害者のレムを苛んでる。そして未遂の被害者であるスバルにとっては、もっとつらい記憶になっていて当然だ。
    なのに、どうしてスバルはこうも無防備に自分に笑いかけ、その身を預けてくれるのか。

    「レム」
    静かな声でスバルがレムの名を呼んだ」
    レムは咄嗟に返事ができなかった。何を言われるか、恐れと期待が胸を跳ね上げる」
    「俺の故郷には『王様の耳はロバの耳』って童話があるんだ」
    「……は? え?」
    「王様は自分のロバの耳が恥ずかしいから、秘密を言いふらした奴の首を刎ねた。レムは自分が鬼だってことが恥ずかしいか?」
    「い、いえ、レムは自分の出生を恥じたりは……今はしてません」
    「秘密を言いふらした俺のことを許せない思ったりは?」
    「しません。レムは自分が鬼であることを隠す必要はないと思っています」
    「じゃ、問題ねぇよ。俺がビビる理由はなくなった。あー、安心安心」
    「で……でも、レムはスバルくんのことを……」
    「女の子を怒らせたら怖い目に遭うなんてことは俺はガキの頃に親父に教わってたんだ。それを忘れてしくじった俺が悪かったんだよ」
    あまりに乱暴な理屈に、レムは唖然として言葉もない。
    その黙り込むレムに首だけ振り返ってスバルは「それで」とスバルは言葉を継いで、
    「手の震えはどんなもんよ?」
    「あ……」
    視線を落とすと、レムの自分の手の震えはとっくに止まっていたことに気づいた。スバルの頭に鋏の先端を向けても、その指先が震えることはもうない
    スバルの言葉がレムの心にどのような影響を与えたのかはわからない。なにせ、今や彼の言葉の全てがレムに多大な影響を及ぼしてやまないのだから。
    (特典小説 「レムの人生最良の日」)

  • 21二次元好きの匿名さん23/11/05(日) 13:33:18

     これは、介錯だ。死に瀕した誰かを、少しでも楽に送るための、介錯。

     誰かに、その命を奪う権利があるとすれば、きっとこの瞬間だけが誠実で――。
     それが唯一、この場に居合わせたスバルの、何もできなかったナツキ・スバルの、唯一の贖罪の機会。
     唯一の機会、だったのに――。

    「――――」

     手が、震える。瞼の奥が痛みを訴え、喉が呼吸を忘れて硬直した。
     振り上げ、振り下ろす。極々簡単な動作。それが、今のスバルにはできない。体の動かし方を忘れてしまったように、体が動かない。

    「……ぁ」

     掠れた息が漏れ、音を立てて、瓦礫が通路の床に落ちた。
     その音と、力の抜ける膝に負け、スバルはその場に崩れ落ちる。
    「……こんな」
     こんな簡単なことも、できないのか、ナツキ・スバル。
     苦しんで死にゆく人を、楽にしてやるために凶器を振るう、そんな欺瞞さえできない。
     口先ばかりの贖罪、方便でしかない罪悪感、そうでなくて、この様はなんだ。
    「……ナツキくん」
    「俺、は……」
    「介錯の、ために、君は……石も、握れないんだ……」
     薄く瞼を開け、力ない浅葱色の瞳が、跪いたスバルを見つけて呟いた。その、吐息のような弱々しい声が、スバルの弱さを糾弾しているように思えて、息が詰まる。
     しかし、そうして身を竦めるスバルに、エキドナは場違いに、唇を緩めると、
    「……疑って、悪かったね」
    「――――」
    「――――」
     息を抜くように、謝られた。
     エキドナに、謝られた。ナツキ・スバルを疑って悪かったと、謝られた。
     ――そしてその真意を確かめる間もなく、彼女は死んだ。

  • 22二次元好きの匿名さん23/11/05(日) 13:36:20

    涙と共に溢れ出るそれは、きっとナツキ・スバルが抱いた本当の想いだった。
     あの、王都で幾度も重ねた最初のループで、ナツキ・スバルを終わらない円環から解き放った男、ラインハルト・ヴァン・アストレアを見たときだ。

     ――あのとき、スバルはラインハルトが、羨ましかった。

     何度も何度も腹を裂かれ、文字通り死ぬような思いをして、それでも何も変えられなくて、心はどんどん荒んで、剥がれ落ちていって、それで、何かの偶然みたいに、まるで道途に落ちている小石をよけるみたいに、あっさりと運命を塗り替えて。

     それができた強さに、憧れ、羨み、妬んで、憎しみを抱いた。

    「――俺は、お前になりたかったよ、ラインハルト」

    「――僕は、君の気持ちはわからない」

     無常に、スバルの本心からの言葉をラインハルトは戯れ言だと切り捨てた。
     それが正しい。ラインハルト、英雄よ、お前は本当に、いつだって正しい。

     ――どこで掛け違えた? どこで、ナツキ・スバルは過った?

     わからない。いや、わかっている。だけれど、誰にもそれは理解できない。
     だからこそ、だからこそなのだ。

     ナツキ・スバルはとっくのとうに、他人に理解できない狂人なのだ。

  • 23二次元好きの匿名さん23/11/05(日) 13:37:58

     『死』が、近付いてくる。慣れ親しんだ、『死』が。

     『死』を迎えるたびに、スバルはどこだかわからない、暗く寂しい場所へ連れていかれる。
     それは本当に、本当に寂しい、一人ぼっちでは耐えられないような場所で。

     『死』を迎えるたびに、ここからスバルは送り出されてきた。
     あの、血と苦痛と、涙と慟哭と、ほんのわずかに愛するものがある世界に。

     だけれど、もう、いいのだ。
     もう、満足した。

    「――――」

     スバルを、このほの暗い世界で迎える誰かが、何か囁いていた気がした。
     それは慰めであり、それは励ましであり、それは確認であり、それは告白だった。
     何故だろうか。これは、スバルの求めた想い人ではないのに。
     想い人は、ここではない場所で、自分のいない場所で、望みを叶えて報われる。
     そのための犠牲に、多くを払い、最後には自分を捧げたのだから。
     だから、いいのだ。救ってくれなくても。救いは、一番最初に、もらったのだ。
    「――――」
     それはきっと、呼びかけだった。
     優しく、慈しむように、愛おしむように、名前を呼ばれて。
     だから、スバルは自分の存在が『死』の螺旋を外れ、遠のくのを受け入れながら。
     受け入れながら、その『――――』の言葉に応えた。
    「――――」
     ――たとえ、君が拒んでも、俺は君を忘れない。
    『ゼロカラアヤマツイセカイセイカツ』 ~fin~

  • 24二次元好きの匿名さん23/11/05(日) 21:35:31

    エミリアは、ベアトリスは、ラムはメィリィは、無事だろうか。ユリウスやアナスタシア、エキドナは何とかやっているだろう。パトラッシュがいればみんな安心。この場にパトラッシュがいてくれたら助けてもらえたのに。助けて助けられて、その繰り返しでやってきて、その一番の相手がレムのはずなのに指を折られた。今さらだけど、ものすごい痛かったのに、よく泣き叫ばなかった。偉い。レムの前でカッコ悪いことしたくない。エミリアの前でも、ベアトリスの前でも、ペトラやガーフィールの前でもそう。オットーやクリンド、ラムやフレデリカには情けないと知られているからいいけれど。ロズワールに知られると怖いことになるから、何とか隠し通さなきゃならない。プリステラに早く戻って、困ってる人たちを助けて、王選が、明日が、みんなが――。

  • 25二次元好きの匿名さん23/11/05(日) 21:58:48

    何かの気配をすぐ傍らに感じた瞬間、エミリアは微精霊たちに命令を出しながら振り返り、その命令が果たされる前に、鋭い切っ先にその胴体を薙ぎ払われた。
    衝撃が全身を貫き、少女の体は為す術もなく硬い床に叩きつけられる。
    強烈な熱とそれを上回る寒さ。それらを感じたのも一瞬のことだ
    すぐに体は熱を失い、仰向けに転がるエミリアは自分の体が手足一本も動かせないことを知る
    これが『死』なのだと本能が悟った

    「――ぁ」

    去来する数多の想い、思考、記憶、恐怖、悲しみ、未練、後悔――。
    その中には、あの不器用だけど優しい少年を巻き込んでしまったこと、彼に自分のついた噓を謝罪することもできなかったこと、その安否を確認することすらできないことも含まれていた。
    だが、エミリアの中から、少年に対する想いも含めた全てが消えていく。『死』という絶対の虚無の中に飲み込まれていく。
    なにもわからず、なにもできず、誰も助けられず、なにも始められず、ただ終わってしまう。
    そんなときだった

    「……っていろ」

    声が聞こえた。誰かの声が。悔しげで、苦しげな、今にも消えてしまいそうな声が。
    それは自分と同じ『死』を前にした声だ。終わりを迎えて、消えていくだけの負け惜しみだ。
    なのにどうしてだろうか。

    「俺が、必ず――」

    その後に続く言葉を、信じたいと自分がそう思ったのは――。

    物語は一度、ここで幕を下ろす。
    少女の想いは報われず、少年の想いは届かず、だが物語は流転し、再び始まる。
    あるいはそのときにこそ、二人が共に過ごした時間が報われることになるのだから。
    (特典小説『不器用な二人組』)

  • 26二次元好きの匿名さん23/11/06(月) 05:58:50

     どうして、チシャという人物は死ななくてはならなかったのか。
     スバルの知らないところで、アベルとチシャは天秤のそれぞれの皿に載せられ、どちらか一方しか救われない状況に陥っていた。
     そして、アベルは自分の方こそが、朽ちる天秤と運命を共にするつもりだった。
     それを、塗り替えられたのだ。――おそらく、死したチシャ本人によって。

     ――アベルは、自らの死をいつから覚悟していたのだろうか。

     生まれた以上、命はいつか必ず終わる。なんて、そんな誰もが知っていて、誰もが無意識に無視している事実とはまるで事情が異なる。
     予言された死への覚悟は、スバルが『死に戻り』した原因と向き合うのと変わらない。
     アベルはいずれ来たる自分の死と、ずっと対峙してきた。
     スバルが、訪れるその『死』を変えられるものと、変えなければならないものと信じて戦い抜くのと同じ覚悟で、アベルは戦い続けてきた。
     スバルが死ななければ、エミリアやレムが、ベアトリスが死んでしまう。
     オットーたちが、タンザたちが、シュドラクのみんなが、フロップたちが、大勢の人間が死んでしまう。自分の命と引き換えに、みんなを生かせるとしたら。
     そのために、自分の覚悟の全部を費やしてきたとしたら、アベルは。

     「俺は、終わるための用意を全て終えた。だというのに――」

     エミリアが、レムが、ベアトリスが、スバルの身代わりになって生かされた。
     オットーたちが、タンザたちが、シュドラクのみんなが、フロップたちが、大勢の人間の誰かがスバルを生かすため、犠牲になって生き延びてしまった。
     その絶望を、他の誰がわからなくても、ナツキ・スバルだけは思わなくてはならない。
     そうなる可能性を覆し、権能で以て現実を塗り替えてきたスバルだけは、アベルが味わっている絶望を頭ごなしに否定してはならない。

  • 27二次元好きの匿名さん23/11/06(月) 08:00:21
  • 28二次元好きの匿名さん23/11/06(月) 15:25:07

    リゼロに限らずだけど、小説書いてる方ってほんと地の文凄いよね
    自分じゃ一生かかっても書けないわ

  • 29二次元好きの匿名さん23/11/06(月) 17:59:48

    特定のシーンではなく全般的な話だけど
    残骸のコップを洗わないことを理不尽に繋げることで追い込まれ具合を描いたり、
    エミリア視点のちゃらへっちゃら調でとんでもない強敵と戦ってたりと、主軸のキャラごとの使い分けが好きです・・・

    最近のスバベアが尊い

    ――それ以上、お前さんに教えてやるつもりはないよ。

  • 30二次元好きの匿名さん23/11/06(月) 21:00:09

    このレスは削除されています

  • 31二次元好きの匿名さん23/11/06(月) 23:14:02

    >>20

    震えの止まったレムの前で、スバルがだらしなく椅子に体重を預ける。そして――、

    「カッコよく頼むぜ。エミリアたんが思わずくらっとくるぐらいに」

    その言葉は、レムにとって、とてもとてもチクリとくる意味を持ってるのに、そんなところには気が回らない少年にが愛おしくて、レムは微笑みながら、

    「――スバルくんは、いつも素敵です」

  • 32二次元好きの匿名さん23/11/07(火) 06:03:51

     ジャマルにも、考えがあるのはわかった。そしてそれが、帝国では正しいとされる考え方の一つなのだということも。
     それを念頭に入れた上で、クソ喰らえだと思うのだ。

    「死んで誰かを救おうなんて、そんなの――」

     そんなのは、あのアベルさえも耐え切れないほど、辛い手段でしかないのだ。
     だからナツキ・スバルは、その方法をなんとしても否定し続けなくてはならないのだ。

  • 33二次元好きの匿名さん23/11/07(火) 07:50:59

    ――卑怯者と臆病者と、それから詐欺師と協力して、この『スパルカ』を生き延びる。

    「次だ……!」「次だ」「次!!」「次こそだ!」「次でいく……ッ」「次は……!」「次はいける……!」「次!」「次が……」「――次こそ」「次だぁ――!!」

     生き延びるために、『死』を積み重ねていく矛盾がどんどん重なっていく。

     痛い、苦しい、怖い、辛い、やめたい、泣きたい、叫びたい、吠えたい、嘆きたい、喚きたい、投げ出したい、拒みたい、悔やみたい、諦めたい、諦めない。

     可能性を、摘み取っていく。

     無限にある可能性の、袋小路に突き当たる道を潰して、潰して、潰して潰して潰して。

     潰していく先にあるだろう未知の道へ、小さい体をねじ込んでいく。

     ヴァイツが、ヒアインが、イドラが死ぬ。

     もちろん、スバルだって同じ回数だけ死んで、それでも顔を上げ、前へ行く。

    「バッスー、あの寝てる連れの子に伝えておくことありますか?」

    「――次だ!!」

     無神経な声にそう怒鳴り返して、襲いくる爪を、『死』を全身に浴びながら、それでもナツキ・スバルは諦めない。

     何故なら、何故なら、何故なら――、

    「負けねぇ」


     ――負ける気が、微塵もしないからだ。

  • 34二次元好きの匿名さん23/11/07(火) 07:52:24

    >>33からの


    かつて、ナツキ・スバルは『神童』だった。


     敗北を知らず、諦めを知らず、夢が叶わないことも、頑張っても届かないことも、力不足を悔やむことも、袋小路に嘆くことも、不貞腐れて投げ出すことも、知らない。


     ただ無神経に、無謀なまでに、自分は何でもできると信じている。


     自分が世界の中心で、支配者なのだと無鉄砲に信じていられる、そんな少年だった。


     そして、そんなナツキ・スバルの自意識を支えているのが魔法の言葉――、


    『――やっぱり、あの人の子だな』


     その言葉から注がれる無限の力が、幼いナツキ・スバルの心の枷を外す。


     怖い以上に、憎たらしい。痛い以上に、悔しい。泣きたい以上に、笑いたい。


     大嫌いな国で、大して思い入れのない仲間と力を合わせて、好きな子たちが待っているはずの場所へ帰るために、いったい、何を躊躇う必要があるのか。


     故に、このとき、ナツキ・スバルは――、


    「――次だ」



     ――異世界召喚されて以来、最強の存在としてギヌンハイブを蹂躙する。

  • 35二次元好きの匿名さん23/11/07(火) 14:06:48
  • 36二次元好きの匿名さん23/11/07(火) 14:35:35

    >>6

    ワイアニメからのweb勢

    一連の地の文読んでから、このシーンのスバルの表情が違和感ある理由が理解できてスッキリ

  • 37二次元好きの匿名さん23/11/07(火) 14:40:04

     聞こえるはずのない声がして、初めて、ルイはナツキ・スバル当人と向かい合った。
     それまでは、会話しているようでしていない。向き合っているようで向き合ってなどいない。そんな曖昧で、溺れる夢のような邂逅に過ぎなかった。
     それが、ルイにとっても初めての事態に際して、唐突に色を帯びる。

     今、なんと言ったのか。

    「……お兄さん、まさか、私たちのこと覚えてるの?」

     強い強い敵意が込められた視線が、ルイの問いかけに対する答えで。

    「――ぁ」

     ルイの薄く小さな胸が、確かな高い鼓動を奏でた瞬間だった。

  • 38二次元好きの匿名さん23/11/07(火) 14:42:30

     ――そして、『死に戻り』する権能を持った、想像を絶する狂気の存在だ。


    「ぃ、やあああああぁぁぁぁぁぁあああああぁぁああぁああぁぁぁぁ――ッ!!」

     ルイは口を開け、叫んだ。
     力の限り、可能な限り、全身全霊を尽くして叫んだ。
     そうでもしなければ、押し潰されてしまう。恐怖に、脅威に、絶望に。

     何度も何度も、『死』を繰り返して進み続ける、狂人の狂気に囚われる。

    「死にたくない! あたしたちは、死にたくない! 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 嫌だ! 嫌だぁッ!!」

     頭を振り、地べたに倒れ込んで、後ずさりしながらルイは必死に訴えた。
     その存在と同化して、ルイは『死』を体感した。味わった。『死に戻り』する『魂』に自ら取り込まれることで、時さえ遡る『死に戻り』を実感した。

     ナツキ・スバルの『記憶』だけでは不完全だった『死』の記憶。
     記憶は所詮、記憶でしかない。その瞬間の、その刹那の、その時々の、新鮮な、一度逃せば二度とは戻らないセンセーショナルな衝撃は、手に入らない。
     だから、それを渇望した。『死』がどんな味わいなのか、それを渇望した。

     たとえ、『死』がルイが期待したモノより鮮烈でなかったとしても、『死に戻り』という権能を使い、やり直しが可能な人生を歩める権利で十分にお釣りが出る。
     そう、思っていた。――実際に、自分が『死』を味わうまでは。

    「あんなの……あんなの、耐えられるわけない! あんな苦しみ! 喪失感! 耐えられるはずがない! 無理! 無理無理! 絶対に無理! 嫌だぁ!」
     一度として、楽な死に方がなかった。
     一度として、『死』を甘美に感じることがなかった。
     一度として、自ら死にたいなどと思えたことがなかった。
     それをナツキ・スバルは、二十回以上も味わい、それを再演した。

    「あんなこと、耐えられるのは人間じゃない! 化け物! 化け物よぉッ!」

  • 39二次元好きの匿名さん23/11/07(火) 14:46:40

    「――ナツキ・スバルは私たちのモノだ。この、泥棒猫」

     アレがなんなのか、全く知らないくせに、上から目線でモノを言われる。
     アレがなんなのか、本当に理解しているのは自分だけなのに、勝手なことを。

     ――アレを理解したのは、自分だけだ。

    「――ナツキ・スバルを知ってるのはあたしたちだけだ。この、馬鹿女」

     アレが恐ろしい。アレがおぞましい。アレが、憎らしい。
     だから――、

    「あたしたちにも味わわせろ――ッ!!」

     飛びかかってくる『ルイ』が、ルイをルイたらしめる『記憶』を奪いにくる。
     これを引き渡すことは、ルイ・アルネブの『死』を意味する。

    『死』を、意味する。――アレが見た世界を、意味する。

    「あ、ああああああ――ッ!!」

     叫ぶ。叫ぶ。叫んで、叫んで、叫んで、叫んだ。
     叫び続けて、叫びながら、叫び散らしながら、叫び声を上げ続けながら――、

    「――死にたくない」

     ひどく壮絶で、無意味な争いが、『記憶の回廊』で始まる。
     誰も見ていない、関心もない、争いが。

     始まって、終わる。――勝者のいない、争いが。

  • 40二次元好きの匿名さん23/11/07(火) 15:31:40

    「――っ! すごい、すごいね、すごいよ、すごいわ、すごいじゃない、すごいんだってば、すごいからこそ、すごいって憧れるからこそ……暴飲ッ! 暴食ッ!」

    「ぐぁっ!」

    「お腹がはち切れるくらい、お兄さんのことがたまらなく味わいたいわ! あたしたちの経験からすると、食欲と性欲って似てると思うの。性欲って、つまり愛でしょ? つまり私たちは、お兄さんのことを――」

     スバルを突き飛ばし、馬乗りになったルイが興奮した顔で熱い息を吐きかけてくる。上気した頬、うっとりとした瞳で、ルイは躊躇わずスバルの首に舌を這わせた。
     そのまま、彼女が続けようとした言葉、それが如何なるものか想像がついて――、

    『――愛してる』。

     と、前回のループで、絶望的な状況下で『死』を望んだスバルに、幾度も投げかけられた愛の言葉が思い出され、心臓が爆ぜた。

    「――さ、わるな、この耳年増がっ!」

    「――うひ」

     目を見開いて、スバルは圧し掛かる少女の襟首を掴むと、そのまま乱暴に白い床へと強引に押し付けた。体勢を入れ替え、今度はスバルが彼女に馬乗りになる。
     細い、軽い体だ。床に広がる長い金髪、まるで金色のベッドに寝そべる彼女を押し倒したような姿勢で、スバルはその首を手で押さえ、歯を剥いた。

  • 41二次元好きの匿名さん23/11/07(火) 15:32:11

    やっぱり記憶を失う前のルイなんか凄いエロい気がする

  • 42二次元好きの匿名さん23/11/07(火) 22:54:40

    ナツキ・スバルは疫病神だ。死が、色濃くその存在に纏わりついている。
    自分の『死』をなかったことにする代わりに、その不幸を自分の周りに押し付けているのだと、そんなふざけた仮説が浮かぶぐらいには、どす黒い運命の申し子
    これが自分の、怠惰な自分にもたらされた罰なら、どうか許してほしい。
    反省も後悔も、きっと人生が変わるほどしたから。
    だから、お願いだから、許してほしい。
    愚かなナツキ・スバルへの天罰に、もう、誰も巻き込まないでほしい。
    傷付きたくも、傷付けたくも、ないのだ。
    俺は、愛していない。俺は、俺を愛していない。愛されていることは、知っていた。知っていたさ。
    あの両親だ。父も母も、スバルのことを心の底から愛してくれていた。
    知っていたさ。知らないわけがない。だから、スバルは消えてしまいたかった。
    両親に愛されているのに、愛される価値のない自分を愛せるはずがなかった。
    ナツキ・スバルが、誰かに希望を託されることなどあってたまるものか。
    ナツキ・スバルが、誰かにその心を信じられることなどあってたまるものか。
    ナツキ・スバルが、誰かにその罪を赦されることなどあってたまるものか。
    ナツキ・スバルが、誰かに共にあることを願われることなどあってたまるものか。
    そんな価値はない。そんな、願われる価値などどこにもない。
    ナツキ・スバルは疫病神だ。誰かといても、傷付け、失わせ、死なせるばかりだ。
    だから、やめよう。
    そんな男のために、エミリアや、みんなが、傷付く必要なんてない。

  • 43二次元好きの匿名さん23/11/07(火) 22:55:49

    >>13の続き


    村の青年団に子供たちを預けて、魔女の臭いを頼りにスバルのところにレムがたどり着いたとき、スバルは魔獣に取り囲まれて絶体絶命だった

    その彼の腕の中に、守るように一人の少女が抱かれているのを見たとき、レムの迷いは晴れた。

    走るスバルを援護しながら、襲い来る魔獣の群れに身を投げだすレム。血と痛みに翻弄されながら、しかしレムの心は重荷を捨て去ったように軽かった。

    誰かを、スバルを疑わずに済むことが、こんなにも快いとは思わなかった。

  • 44二次元好きの匿名さん23/11/07(火) 23:14:00

    このレスは削除されています

  • 45二次元好きの匿名さん23/11/07(火) 23:18:18

    ――フレデリカを、たぶんラムも怒らせてしまったペトラの決断。それはムジカたちと交わした約束の履行を魂に結び付けた誓約だ。
    この誓約を破れば、ペトラはただでは済まない。
    誓約の内容は、エミリアとムジカたちの対話なので、条件はゆるゆるなものだが。

    「私たちがみんな、無事にルグニカに戻ってこれれば問題ないもん」

    そういう意味では、この誓約の存在はペトラの決意表明と言えるだろう。
    必ず帝国でスバルたちを見つけ、全員で王国に帰ってくるという誓いだ
    だからペトラは自分の身に誓約の呪印を刻んだこと自体には何の後悔もしていない。
    ただ、フレデリカたちに怒られても仕方ないと、そう反省する部分が一個だけあって。

    「旦那様のなんでもわかってます~っていう顔を何とかしてやりたくて、意地を張っちゃったのだけ、子供っぽかったかも……」

    ――その甲斐あって、ペトラがその提案をしたときのロズワールの顔は傑作だったのだけど。
    (短編集8 「ペトラの男前交渉」)

  • 46二次元好きの匿名さん23/11/08(水) 05:49:25

    こちらを見ているレムは、後ろに迫る脅威に気付いていない。その脅威そのものとなった少女も、レムを傷付ける意図というより、防衛本能のように見えた。
     きっと、よほどひどい目に遭ったのだろう。それは同情するが、同情しても状況が変わらないのが辛い話で、困ったものだった。

    「――――」

     屋敷の護衛を担当しているクーナとホーリィも、おそらく先の衝撃から立ち返るのに時間がかかっている。見える範囲に彼女らの姿はなく、対処は期待できない。

     両目を燃やしたシュルト、闘争心を堪えながら手当てを手伝うウタカタ、昏倒したまま目覚めないハインケル、彼らを当てにすることもできない。

     目をつむれば、瞼の裏にははち切れんばかりの笑顔を浮かべた妹が見える。
     兄に痛い思いをさせないよう、強くなると誓って、本当に強くなった自慢の妹。そんな妹と世界へ飛び出す切っ掛けをくれた恩人、義兄弟、色んな姿が過って。

     ――自分の命を大事にしろよ、フロップ。自己犠牲なんて大馬鹿のするこった。

     いつか、無謀な生き方をするフロップを恩人がそう笑ったことがあった。
     今この瞬間、ふと思い出したそのときと、同じことをフロップは言おう。

    「僕は、大馬鹿と呼ばれて構わない」

     そんな自分の答えを、好きな人たちがみんな手を叩いて笑ってくれたから。

    「フロップさ――」

     踏み込み、伸ばした手で細い肩を押して、レムをその場から突き飛ばした。
     そして、振り抜かれる爪の途上、代わりに割って入る大馬鹿が一人。

     ――血が散って、フロップ・オコーネルは冷たい地面に倒れ込んでいった。

  • 47二次元好きの匿名さん23/11/08(水) 16:01:07

    「――お願い。あなたの名前を、聞かせて」
    「俺は……」

     エミリアの、再びの問いかけに、言葉を躊躇った。
     散々、否定を重ねた。
     そうはできない。そうはなれない。そうじゃないと、否定を重ね続けた。
     だから、これはきっと、都合のいい言葉遊びでしかない。

     ――託され、信じられ、赦され、願われる。

     この砂漠の塔で、エミリアたちにそうされる資格があるのなら。
     この砂漠の塔で、エミリアたちを助け出せる誰かがいたとしたら。
     それが『ナツキ・スバル』なら、その『ナツキ・スバル』がどこにもいないなら。

    「――俺の名前は、ナツキ・スバル」
    「――――」
    「ユリウスに託されて、ベアトリスが信じて、エキドナが赦して、エミリア……君に、願われる、その男の名前が、ナツキ・スバルなら」

     紫紺の瞳を黒瞳で見つめて、銀髪を煌めかせる少女に黒髪の少年が答える。
     桜色の唇を震わせた問いかけに、血で赤黒く汚れた唇が答えを返した。

    「――俺が、ナツキ・スバルだ」

     今、弱々しく、力のない、絶望に蝕まれた体と心で、しかし宣言しよう。

     エミリアを、エミリアたちを、君を、君たちを、その無事を、安寧を、望むと、願うと。

  • 48二次元好きの匿名さん23/11/08(水) 20:29:40

    このレスは削除されています

  • 49二次元好きの匿名さん23/11/08(水) 22:14:36

    「――あれ? あなた、これを落としたわよ。はい」
    芋版の参加表を、風に流されたふりをして白ローブの足元に飛ばした。白ローブがそれを拾い、何気ない仕草でペトラに手渡してくる。
    そんな相手の姿形を真下から覗き込んで、ペトラは目を丸くした。
    そこにいたのは、宝石のような紫紺の瞳に、美しい銀髪を長く伸ばした、震えるほどに整った顔立ちの女性――まさしく、強敵中の強敵だった。

    「――――」

    ペトラは生涯最大の強敵になるのはレムだと判断していた。
    明らかにスバルに好意を持ち、それによって人間的な魅力を増した愛らしい有能メイド。彼女に打ち勝つことこそペトラの初恋の勝利条件――それは可愛いにかけては他の追従を許さないペトラでであっても、苦戦必至の戦いになるだろうと覚悟していた。
    しかし、ここで盤上に現れた新たなる敵は、ペトラを大いに悩ませた。

    「――? どうしたの?」

    悪気なく、小首をかしげる仕草も可憐で、相手は不思議そうにペトラを見つめてる。彼女がスバルをどう思ってるのかはわからない。
    ただ、ペトラがスバルを想うように、スバルにも彼女への特別な想いがあるのは明白だった。
    そして、初恋に悩むペトラはうまい戦い方が見つけられず――、

    「べーだ!」
    「ええ!? なんで!?」

    我ながら子供っぽいと嘆きたくなったやり口に、相手はなにやらショックを受けたようだった。その手からペトラは参加表を奪い取る。そんな他愛のないやりとりを宣戦布告とすることにした。

    ――ペトラの戦いは続く。可愛いだけでは勝てない。世界は、とても広いのだ

    (特典小説 「ペトラから見た恋心的世界」)

  • 50二次元好きの匿名さん23/11/08(水) 22:57:59

    ――時々、レムは自分の想い人が自分を試してるのではと本気で疑うことがある
    たとえば、それは休憩中にうたた寝する彼を見かけた時だ。

    「スバルくん、こんなところで寝ては風邪をひきますよ」

    暖かな日差しの差し込むテラスで、居眠りするスバルに歩み寄り、レムは『蚊の鳴くような声』で囁きかける。
    これで起こそうとしたのに起きなかったという大義名分をレムは獲得した。

    「もう、スバルくんは仕方のない人なんですから」

    嬉しそうに言いながら、レムはスバルのすぐ隣で日向ぼっこすることに決めた。となれば、準備な万端に。そこからのレムの動きは目にも止まらない。
    手近な椅子をスバルのすぐ隣に並べ、昼寝するスバルが風邪をひかないようにひざ掛けをかけてやり、目が覚めたスバルがお茶やお菓子を欲しがったときのためにその準備をし、姉のラムが近づかないようにちょっと地下に下りる仕事を頼み、エミリアにも自室で休むように茶菓子を差し入れし、ロズワールが執務室から出てこないように未決済の書類を纏めて提出し、ベアトリスが姿を現さないように付近の扉を手当たり次第に封じて――やっとレムはスバルの隣に腰掛ける。
    その際、レムが己に厳命している『スバルくんの影を踏まない』を厳守することも忘れない。スバルが吐いた空気を吸うのも、できるだけ堪える。
    それでも抑え難い衝動の嵐がレムにスバルの極限まで近くで過ごすことを要求する。眼力で穴が開きそうなくらい、レムは一心に一途にスバルの寝顔を見つめた。

    「はぁ……スバルくん可愛い……」
    「……れむ……?」

    気が付けば息がかかるほどの近距に顔を寄せてスバルの寝顔を堪能していたレムの眼差しと、スバルの寝ぼけ眼が衝突した。心臓が爆発しそうになったが、レムはその動揺を微笑みの裏に隠して悟らせない。

    「スバルくん、こんなところで寝ていては風邪をひいてしまいますよ」
    「ん、あ……あー、寝ちゃてたか。悪い悪い、気を付け……ふわぁ……」

    手で隠し切れないくらい大きな欠伸をするスバルに、レムは胸の暖かな暖かな想いを再確認し、

    「もう、スバルくんは本当に仕方のない人なんですから」

    (特典小説 レムの乙女心は超複雑」)

  • 51二次元好きの匿名さん23/11/08(水) 23:55:05

     網の端を掴み、力を込める。額に熱が生じ、一瞬の空白、そして過剰な爽快感。

     漲る力は大気中のマナを取り込むことで際限なく膨れ上がり、御年十一歳になるナツキ・リゲルの矮躯には、幼さに見合わぬ鬼神の腕力が宿った。

    「うるぁぁぁぁ――!!」

     細腕にありえない膂力を込めて、一気に網を引き揚げる。細い鉄糸で作られた網は、鬼の力に引き千切られることなく役割を果たした。

    「よしきたぁ! リゲルがいったぁ! 俺たちも負けてらんねぇぞ! みんな、腰入れて、一気に引っ張れ――!!」
    「おぉぉぉーーーーえぇぇぇーーーーっす!!」

     反撃の先触れになったリゲルに続いて、父親――否、彼だけではない。
     彼が連れてきた、バナンの有志一同が一気に網に駆け寄り、リゲルと同じように各々の全霊を以て、網を引き揚げる。魚影は逃げ出さんと網の外へ頭を向けるが、すでに奴らは悪魔じみた策謀の中にいた。逃げられない。逃がさない。

    「お前らも……大人しく、『節分』の犠牲になれぇぇぇ!!」

     共に、『節分』に望まぬ苦難を強いられる同志。
    他の人たちの、大人たちの気持ちはわからない。だが、せめてだ。

     ――せめて、オレだけは心から、お前たちに同情しつつ、道連れにする!

    「うおおおおお――!!」

     奥歯を噛みしめ、ただただ全力で命に向かい合う。
     網を握りしめる掌が熱い。額に流れる雫は汗なのか、大噴口の水滴か、わからない。
     ただ、この手を放してやるもんか、それだけは思った。

  • 52二次元好きの匿名さん23/11/09(木) 06:11:43

    「レムの嬉しいは、きっとスバルくんの純粋なそれとは違います。レムが思った嬉しいは……これで、スバルくんを失わなくて済むという喜びでしたから」
    「…………」
    「リゲルは、レムとスバルくんの間に確かな形で生まれた絆です。言い方はとても悪いですけど、赤ん坊ができたことでレムとスバルくんの間には、決して切り離せない確かなものが繋がれた。……それがレムには嬉しかったんです」

     不安な日々が、ずっと彼女には圧し掛かっていたのかもしれない。
     これまでの積み重ねもなにもかも捨て去って、新天地に己と相手の二つだけで逃げ込んできたのだ。もはや互いに縋るものは相手しかいない日々の中、レムはいつまたスバルを失うかわからない恐怖にずっと耐えかねていた。
     彼女の自信のなさは、スバルととてもいい勝負ができるレベルのものだ。過小評価がすごすぎるレムにとって、スバルとの生活は極限の幸せと極限の恐怖で削られ続ける時間に等しかった。
     そんな時間に終止符を打ったのが、二人の間にできた新たな命

    「信じられなかったか?」
    「いいえ。レムはスバルくんをこの世の誰より信じています」
    「違うよ。俺を信じられなかったんじゃなくて……自分を、信じられなかったのか?」

     スバルの否定の言葉に、レムは小さく息を呑み、それから頷いてみせる。
     彼女の中でスバルの存在は不相応に大きい。それに対峙する自身の影が、彼女には殊更小さく思えて不安なのだろう。
     ――同じだけの思いをいつだって、スバルも抱えていることに彼女は気付かないのだろうか。レムは自分にはあまりにも、できすぎた女の子だとスバルもいつも思っているというのに。
     笑ってしまう。と、スバルが歯を見せて口元をゆるませるのを見て、レムは心外だとばかりに頬を膨らませると、

    「いいんです。レムがバカだったんです。笑われたって仕方ないくらい……」
    「違う違う。改めて思っただけだよ。俺とお前は性根の部分がそっくりで、そんでもって俺の嫁はやっぱり世界一可愛いって」

     不意打ちなスバルの言葉にレムは一瞬驚いて固まったあと、ボッと顔を赤くする。その反応を見ていると、やっぱり自分は彼女を愛しているのだと実感できた。
     世界一、レムのことを好きでいる。愛している。声高に、叫ぶこともできる。っていうか、事実たまにしている。ご近所でも有名な熱々夫婦だ。
    (断章 『ナツキ・レム』)

  • 53二次元好きの匿名さん23/11/09(木) 18:07:27

     横流しを疑われ、誰もヴァイツの言い分に耳を貸さなかったとき、ヴァイツは罪人ではなかった。だが、その後、結局ヴァイツは罪人になった。
     なるべくしてなったと、そういう話なのだろう。

    「オレがおぞましいものなら、それでいい……」

     刺青を入れられて罪人となり、誰の目から見ても『人並み』を外れた自分。悪事を働いて日銭を稼ぎながらも、以前と同じで他者とうまくやれもしない。
     だったら、煩わしい付き合いなど、全部最初から切り捨ててやればいい。
     腕の、肘から先だけだった刺青を、肩に胸に、自分の手で大きく入れていく。やがてそれは上半身を覆い、足に、そして顔と頭にまで及んだ。
     腕の刺青は罪人の証、だが、全身の刺青は近付いてはいけない危険の証だ。
     全員、恐れ怯えて道を開けろ。かつての、誰もに見捨てられて罪人に落ちた情けない男はもうおらず、いるのは失うモノのない厄介な『人以下』だけだ。
     だから――、
    「――止まれ、罪人が! タダで済むと思うな!」

     都市の衛兵に囲まれ、武器を向けられたヴァイツはすぐに投降した。
     足下に血塗れで倒れているのは、かつての工房――ヴァイツが初めて罪人となった場所で、職人の見習いとして働いていた男だ。
     耳を食い千切られ、血と涙を流しながら泣き叫んでいるその男こそが、あの日、ヴァイツに被せた冤罪の犯人だと、酒の席で漏らした噂を聞きつけ、報復した。
     口に含んだ耳を吐き捨てて、ヴァイツは衛兵に捕らえられ、牢に入れられた。
     鉄血都市では札付きと知られたヴァイツだ。救いの道なんて与えられず、程なく決まった処遇は犯罪奴隷として、悪名高き剣奴孤島へ送られること。

     逆らう気力もなく受け入れた。抗う意思もなく、湖を渡った。
     送り込まれたその場所で、同じ境遇の貧相な奴らと組まされ、世にも恐ろしい魔獣と戦う儀式への参加を余儀なくされた。
     どうあろうと構わない。死ぬつもりは毛頭ない。
     たとえ、誰を犠牲にしたとしても、出し抜いてでも、生き延びて、いつか。
     いつか、『人並み』の――。

    「――ヴァイツ! 剣を取れ! お前が頼りだ!!」

     ――『人並み』の、人間として、扱われたかった。

  • 54二次元好きの匿名さん23/11/10(金) 00:17:22

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  • 55二次元好きの匿名さん23/11/10(金) 00:18:29

    「てめぇは本当に容赦がねェな。花が見れンなァ俺様のおかげだぞ。そこに感謝ッすべきじゃねぇのか? あァ?」
    「がさつなガーフに花の世話ができているのかレムは不安でなりません。噂に聞く幻の白雪桜……本当に幻になっているかもしれませんから」

    わなわなと震えるガーフィールに、レムはすまし顔で素っ気ない。
    それをラムは微笑ましく見守ってる。普段はどこか張りつめたもののあるレムも、付き合いの長いガーフィールには緊張が解けるのだ。おかげで姉心も満たされる。
    ただ、それでもレムの価値観はラムの存在ありきだ。ガーフィールへの遠慮のいない態度も、ラムとの関係性を前提にしたものでしかない。それでは、少しだけ足りない。
    レムが本当にレムらしくなるためには、今のままではいけない。それはわかってる。だが、ならば何が必要なのか、聡明なラムでも答えは容易には出ない。

    「……姉さま? どうかされましたか? 先ほどから黙ってしまって」
    「調子悪ィのか? 背負うか? 水場ッならわりと近ェとこにあるぞ」

    ふと、顔を覗き込んでくる二人の言葉で、ラムの意識は現実に引き戻される。
    直前のやり取りを余所に、レムとガーフィールは息の合った様子でラムを案じてた。その思いやりに口の端を緩め、ラムはゆるゆると首を振った。

    「いいえ、なんでもないわ。ただ、二人の会話が面白かっただけよ。正確にはレムが可愛すぎて、ガーフが哀れすぎて」

    いつもの調子で返答すると、その答えに二人は安堵した。特にガーフィールはからかわれてるにに安堵するのはよくないと思う。
    あまり優しいと、可哀想だ。ほかでもないガーフィール自身が。彼も、もう少しその優しさを自分にも向けるべきなのだ。

    (特典小説 『拗れ拗れ拗れの恋愛事情』)

  • 56二次元好きの匿名さん23/11/10(金) 06:00:21

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  • 57二次元好きの匿名さん23/11/10(金) 06:01:01

     男と従姉妹が、全てを画策した。
     村人たちは正直なイドラよりも、嘘つきだが利益を寄越す男を選んだ。
     勝ち目は、一欠片もなかった。
     家業を奪われ、奴隷に身を落としたイドラは人買いの手で島に送られた。

     行き場を失い、唯一残った命さえ弄ばれる最悪の島、ギヌンハイブ。
     命懸けの戦いを見せ物にされるその場所で、イドラは自分の心が黒く染まり、魂が腐り切っていくのを感じ、その絶望に従おうと考えた。

     もう、いいじゃないか。
     散々頑張って、報われなくて、それでどうして、まだ頑張ろうと思える。
     信じたものは、嘘だった。頼ったことは、間違いだった。
     誰もがみんな、誰かを利用することを考えていて、自分だけ助かろうとするのだ。

     だったら、自分だって、そうしたって、悪いことなんて何もない。
     そう、何もないのが、イドラだった。
     誰からも選ばれなくて、当然だった。

     鍛えてきた力がもなければ、特別に役立つような能力もない。誰が、イドラを選ぶ。
     イドラだって、イドラを選ばない。
     それなのに、いったい誰が、イドラを、馬鹿正直なだけのイドラを――。

    「――戦士になりたかったんだろ、イドラ! だったら今だ! 今がそのときなんだよ!」

     ――正直に生きたって、報われる日なんて、こないはずだろう。

  • 58二次元好きの匿名さん23/11/10(金) 09:52:07

    >>53

    >>57

    弱肉に刺さるシュバルツセラピー

    剣奴全員このモノローグ持ってそう

  • 59二次元好きの匿名さん23/11/10(金) 20:47:21

    「書籍で追加されたスバルの心理描写」

    ――そうして、スバルが闇にある間も時間は過ぎていく。
    冷めない悪夢にうなされ、手の届かない後悔の瞬間が何度も何度も繰り返される。
    腕だけになってペトラ。スバルの見えないところで惨殺されたフレデリカ。どうなったかすら確かめられなかったラム。手遅れの事実だけを告げられたレム。最後の瞬間のベアトリス。

    「――――」

    もっと、もっと、何度でも赤く染まる光景を繰り返す。
    盗掘蔵の床に倒れたエミリア。ガラスに喉を裂かれるロム爺。無情な一撃に切り裂かれたフェルト。呪いに衰弱死したレム。魔女教の手にかかったアーラム村の人々。倉庫に押し込められ殺された子供たち。眼球を抉られたペトラ。『怠惰』に全身を蹂躙されたレム。二度皆殺しにされた村人たち。最後まで彼らを守ろうとして串刺しにされたラム。白鯨の巨体に潰され、霧に消えた討伐隊。見えざる手に千切られる獣人たち。爆殺に飲み込まれる村人たちや討伐隊。――死体、死体、死体、死に囲まれて後悔を重ね続けてきた。

    「――――」

    身をよじり、手首をきつく縛る縄に痛みを求める。痛みでいい。今はそれが欲しい。
    何も見えない暗闇に、後悔の景色が何度も何度も上映された
    何も聞こえない無音が、救えなかった誰かの断末魔を断末魔を何度でも再演する。
    何も手の届かない無力に、幾度も幾度も味わった絶望感が蘇り、魂を摩耗する。

    「――――」

    暗闇に、一人取り残されるのは初めてではない。
    冷たく、光のない洞窟に放置されたこともある。
    けれど、あの時はペテルギウスへの怒りと憎しみに支配されていたことと、レムの末期の言葉が、本当に意味でスバルを独りにはしなかった
    今は、独りだった
    孤独が心を蝕むことを、スバルは本当の意味で知った。

  • 60二次元好きの匿名さん23/11/10(金) 20:57:58

    >>59

    こんな描写あったんか

    極限状態のとき割と自傷行為してる印象あるけど、6章見る感じ読者の見えないところで日常的にしてそうで怖い

  • 61二次元好きの匿名さん23/11/11(土) 02:53:57

    「――レムの狭かったその世界に、新しく入り込んだ異物がバルスよ。その異物が、あの子の狭い壁を少しでも広げてくれるかもしれない。そんな風に、儚い希望を抱いてしまう美少女がラムよ」
    「芸風が俺と被り気味になってきてっから要注意な。――あと、あんまし期待かけんなよ。俺は俺のできることしかやらねぇし、そもそも自分にできることでもあんましやらねぇタイプなんだぞ」

     スバルの座右の銘は『やるかやらないか迷ったらやらない』である。
     そんなことを信条に掲げてきたのが原因で、やれたのにやらなかったイベントをどれほど取りこぼしてきたことか。
     自身のダメさ加減にドヤ顔のスバル。が、それに対してラムは「ハッ」と鼻を鳴らして嘲弄を露わにすると、

    「村の子どたちを見捨てられず、ましてやレムを放置することもできず、挙句にラムとレムを逃がすために囮まで買って出ておいて、今さら悪ぶるとか鳥肌が立つわ」
    「俺の功績を羅列すんなよ! 振り返ると恥ずかしくて顔から火が出るわ!」

     赤面する顔を押さえてしゃがみ込み、スバルは自分の行いを振り返って羞恥に頭を振る。二回目のループの突破に全力を傾けた結果とはいえ、その場面場面での自分の行動の数々はなんだ。どこの熱血男なのかと、サブイボ必死である。

    「これで颯爽と全部片付けたのが俺ってんならともかく、俺がやったことなんて全身から黒い煙吹いてあとはロズっちのおこぼれに与っただけじゃねぇ?」
    「まぁ、極論するとそうなるかもしれないわね」
    「やっぱり!」

     スバルが足掻いていなかったとは断じて言わない。言わないが、結果だけ見れば、スバルの行いは『たまたまタイミングよく、事態の渦中に関わり続けた』だけかもしれない
     もっとも――、

    「その場面にいてくれた。それだけで救われることがあることを、あなたもまた知るべきだと思うわ」

     やんわりと、柔らかで穏やかな言葉がラムの唇から紡がれる。そこには彼女が常日頃から言霊に込める皮肉も、投げやりな感情もなにもなく、純粋な好意のみによって作られた温かみがあった。
     ただし、

    「思い返すと、ラインハルトと一緒だったときも俺ってなにもしてねぇな!? 最後にエミリアたんの前に立ったのだけが俺の功績じゃね? 凹んだー!」

     自分のこれまでの功績の詳細を振り返り、打ちひしがれるスバルの耳には残念ながらそれは届かなかった。

  • 62二次元好きの匿名さん23/11/11(土) 12:19:30

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  • 63二次元好きの匿名さん23/11/11(土) 12:20:39

    ――素性も、その目的も知れない、ひたすらに怪しすぎる少年だ。
    エミリアは恩人と説明したが、企みや下心がないとはとても思えない。エミリアは王選候補者の一人で、美しくて、なのに見ていてハラハラするほどに隙だらけで、悪意を以て狙う人間は後を絶たない。
    ――何か問題が起きる前に、それこそ平穏を乱される前に手を打つべきではないか?
    そんな物騒な考えが首をもたげ、レムは無言で少年の首に手を伸ばした。そして――、
    「うひひひ、怒っててもかーわいい……異世界ファンタジー……」
    少年はひどくだらしない顔で、涎を垂らしながら締まりのない寝言を口にした
    それを耳した途端、レムは伸ばしたての使い道に困り、
    「――ぎゃん!」
    額を指で弾かれ、眠ったままの少年が悲鳴を上げる姿にレムは留飲を下げた。
    「絶対に仲良くなれなそうなお客様……一刻も早く出て行ってくださいね」
    部屋を出る前に、そんな慇懃無礼なレムの言葉だけが客室に落ちていた。
    (特典小説 『レム、スバルと出会う』)

    レムは、自分が熱病に犯されていることを自覚していた。
    一人の少年のことが頭から離れず、気が付けば一日中、彼のことばかり考えている。文字通り、寝ても覚めてもというヤツである。
    「レムは、こんな浮ついた娘だったでしょうか」
    さすがにこれはどうなのかと、自分の恋心の異常性を疑ったこともある。
    レムにとって、最も身近で同じ熱病に冒されてるのは敬愛する姉のラムだ。ラムがろずーるに向ける慕情はレムがスバルに向ける想いと同じ類のものである。
    しかし、姉が常日頃、レムのように浮ついた感情を持て余しながら日々を過ごしてるようには見えない。
    ――姉さまは、本当の本当にすごい。
    (特典小説 『レムの人生最良の日』)

  • 64二次元好きの匿名さん23/11/11(土) 21:17:00

    「あー、コーラが飲みたい。炭酸系の飲み物って、どうにか作れないもんかな……」
    「聞いたことのない飲み物ね。作り方さえわかればレムに頼めばいいでしょう」
    「マヨネーズと同じで、イマイチ材料が怪しくてな。いや、マヨネーズ以上に」

    遠い故郷の想いでの味、マヨネーズの再現には大変な苦労を重ねた。新鮮な卵と良質な油、あとは酢と味を調える塩コショウ。そして根気だ。
    レムやラムと試行錯誤を重ね、見事に再現されたマヨネーズはロズワール邸の厨房に貯蔵されている。マヨラーのスバルにとって、異世界にマヨネーズを持ち込めたことは覇業と言っても過言ではない。

    「ただ、俺は一介のマヨラーに過ぎないからな。異世界知識無双は夢のまた夢だ」
    「また戯言だと思うけど、バルスの夢にバルスが役立たずなのはわかったわ」
    「俺が俺に役立たずって、すごい言霊だな。的確だけど」

    ラムの私的に苦笑する。確かにその通り、もどかしいというべきなのかもしれない。
    そんなラムの態度にラムは目を細める。それから彼女は自分のカップを再び傾け、舌と唇を湿らせてから、
    「故郷の味は知らないけど、お茶の味がわからないのは人生の大損ね」
    「わからないわけじゃねぇよ。お茶の味がするだけで」
    「お茶が楽しめないのは人生の丸損ね」
    「お茶が人生の10割!?」

    驚く声に嘆息して、ラムはその薄紅色の瞳でスバルを横目に「そうよ」と続けて、
    「そんなバルスが哀れでならないから……ラムの淹れたお茶で勉強するといいわ」
    「――――」

    手ずからお茶を入れる宣言をして、ラムは静かにカップに口をつける。そんな彼女に、スバルは口元が緩むのを感じていた。
    理由は、よくわからない。でも、今はこれでいい気がした。この距離感が心地いいと、そう思うのだ。
    仲たがいの言い合いも、仲直りの謝罪も、それらしい約束も交わさない面倒な距離感。
    この関係なら、好きでもないお茶を飲む次の機会を待ってもいい。

    ――漂うお茶の香りに、スバルがそんな風に思った一日だった
    (短編集2 『ラム・イズ・オーダー』)

  • 65二次元好きの匿名さん23/11/12(日) 00:32:28

     ――氷を思った通りの形に作り上げるのは、『いめーじ』を固めるのが重要だ。

     最初、スバルから『アイスブランド・アーツ』を提案されたときも、とても便利だとは思ったが、自分にできるかはエミリアは不安だった。

    「大丈夫! 心配ご無用! エミリアたんならきっとできるよ!」

     と、そんな不安がるエミリアに、スバルは笑顔で親指を立ててくれたのを思い出す。
     今思うと、あれも根拠のない――否、スバル的には「好きだから」という理由で、エミリアの背中を押してくれたのだと思う。

    『いめーじ』した武器を作り出す過程で、エミリアはたくさん絵の勉強をした。

     絵の勉強は歌と違ってあまり得意ではなかったが、それでも、スバルと一緒に何枚も何枚もお絵描きをするうち、確かな上達があった。

     勉強の傍ら、スバルやベアトリスとお絵描きしているエミリアを見て、ラムは呆れ、オットーは苦笑し、フレデリカやペトラはたまに混ざってくれて、ガーフィールはこうした方がいいと助言してくれた。ロズワールも、遠くからたまにエミリアとベアトリスが並んでお絵描きしているのを見ていて。

     エミリアが思う、とてもとても大切で、手放し難い思い出。
     みんなからは消えてしまったかもしれなくて、でも、スバルは覚えてくれている思い出。それを思うと、胸の奥でポカポカとした気持ちが湧いてくる。

    「それを、えいやって勇気に変えるわ――!」

     湧き上がる想いを原動力に、エミリアは作り出した氷の武器と、共に前進してくれる七人の氷の兵士を連れて正面、『神龍』ボルカニカへ挑む。

     前述の説明通り、氷の整形には『いめーじ』が重要だ。
     それは武器はもちろん、生み出された氷の兵隊であっても同じこと。つまるところ、氷の兵隊たちはエミリアの『いめーじ』しやすい姿で固まっていた。
     早い話、エミリアと一緒に戦うのは七人のナツキ・スバルだ。

    「でも、本物のスバルより力持ちだし、すばしっこいから!」

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